第3話 2

 ギイは自己嫌悪に陥った。


(コンテナ広めってことは、イズーは魔法が使えるのかな……って、そういうことが分かっちゃうから、みんな聞かないように、言わないようにしているんだろうな。あ、でも荷物持ちする使用人はどうなんだ? 特注品だから、当人の魔力とは関係ない……だっけ? ああもう、だんだん分からなくなってきた。俺の知っている常識と違いすぎる……)


 ギイは頭を掻きむしったあと、イズーのほうを向く。


「ごめん。聞いて悪かった。すぐ忘れるようにするから」

「いいえ。ギイ様は我が主君なれば、家臣のことを知ろうとするのは当然かと。これからも、何なりとお訊ねください」


 どこまでも実直なイズーに、ギイはますます申し訳なくなった。

 イズーは慰めるように付け加える。



「それに私は旅の前日に、王太后陛下から直々に、ギイ様のことをお守りするよう頼まれました」

「ええっ!?」


 ギイの顔から血の気が引いた。


 王太后というと前国王の王妃であり、現国王とギイの母親である。

 亡くなったのは、あくまでも前国王だけなので、王太后は生きているだろうとは思っていた。


 だが王太后が自分の母親という実感がなかったので、会いに行くという発想がなかったのだ。


(俺(ギイ)にとっては実の母親でも、この俺にとっては全然知らない人だもんな。うっかり会ったら、絶対怪しまれる)


 王太后に会わなかったのは、いまのギイにとってはよかったと言えるだろう。

 しかしイズーには、とても不自然に思えるはずだ。



(やばいな。どうやってごまかそう……)


 ギイの焦りが顔に出ていたのか、イズーの表情が曇る。


「ギイ様。王都を出る前に、お母上に会われていないのですか?」

「あー、まあ……うん」


 ギイは顔を引きつらせながら、ごまかすように笑みを作る。


「イズーみたいに呼ばれたわけでもないし……。王都を出る理由が理由だから、会いに行っても迷惑かなーと思って……」

「なんと……おいたわしい……」


 イズーの表情に、悲しみと悔しさが混じった。


「陛下は、あまりにも非情ではありますまいか。ギイ様には、お母上とお会いする権利があるはず。今生の別れになるかもしれないのに、お許しにならないとは……」

「確かに許しとか、そういうのはなかったけど……」



(そもそも会わせてくれって、こちらから頼んだわけでもなかったんだよな)


 口ごもるギイに、イズーは、ますます熱を込めて語る。


「恐れながら陛下はギイ様に対して厳しすぎます。愚かな家臣を重用するなら、実の弟君であるギイ様と、しっかり手を携えて……」


「分かった分かった。そういう話は、王都をもう少し離れてからしよう。まだ、どこかに誰かがいるかもしれないし。な、そうしよう?」


「……仰せのままに。ギイ様は本当に、おやさしくていらっしゃる」


 言い足りなくて不満げな様子を見せながらも、イズーはギイの言葉に従った。



 気まずい沈黙が流れる。


 このまま寝てしまうべきかと思ったが、ギイには、どうしても気になることがあった。



「ところで……母上は俺のこと、何か言ってなかったか?」

「王太后陛下はギイ様のことを、くれぐれも頼むと仰せでした」

「あー、いや、『こういう性格だから、うまくやってくれ』とか、そういう感じのこと、言ってなかった?」



 きわどい質問である。


 だが、いつか王太后と会ったときのために、実の母が知る息子(ギルロード)というものを、ギイは知っておきたかった。


(この流れなら、訊いてもおかしくないと思うんだけど……)


 イズーは、しばらく考えたあと、言葉を選びながら言う。


「恐れながら――ギイ様は、あまり王族らしくないところがあると……。いえ、もちろん良い意味かと存じます。王太后陛下は、相変わらず率直なおかたでした」


「そうか……」


(母親的には、俺(ギイ)は変わり者に見えたってことか。確かに引きこもりだし、親としては思うところはあるだろうな)


 もっと知りたいことはあるが、根掘り葉掘り聞くと、イズーに怪しまれそうである。

 ギイは話を切り上げることにした。



「母上がお元気そうでよかったよ。――そろそろ着替えて寝るか」


 すかさずイズーが、アイテムコンテナから服を出してくる。


「こちらをどうぞ。ギイ様のために平民の服を何着か、ご用意しています。森の中では何があるか分かりませんので、しばらくは移動するときと眠るときが同じ服になります。ご不便を掛けますが、その点はご理解ください」


 ギイは、ありがたく受け取る。


「不便どころか、充分すぎるぐらいだ。イズーは本当に気が利くな」

「もったいないお言葉です」

「だから、かしこまらなくていいって」


 ギイは服に袖を通した。少し大きめだが着心地はいい。


 イズーが敷布を渡してきた。



「しばらく火の番をしていますので、ギイ様はどうぞお休みください」

「イズーは、いつ寝るんだ」

「折を見て眠るつもりです」

「そんなこと言って、眠らないつもりだろ。火の番は交代で――」


 イズーは、きっぱりと言う。


「今日、何度も倒れていたことをお忘れですか? ギイ様には、きちんと眠っていただかなければ困ります」

「う……」


 自分が倒れた回数を思い出すと、逆らえなかった。

 ギイはイズーから敷布を受け取り、やわらかい草地に広げる。


「じゃあ、お言葉に甘えて、先に休ませてもらうよ。――おやすみ」

「おやすみなさいませ、ギイ様」


 ギイは敷布の上に横たわり、ブランケットを身体に掛けた。



 次の瞬間、飛び起きる。


「む、虫! い、いまなんか飛んでる気配がした! 蚊よりもでっかいやつ!」


 イズーは平然とした顔で、周囲を見渡す。


「ブユでしょうか。一応虫除けの香を焚いておりますが、効き目が現れるまで、いましばらくのご辛抱を」

「そ、そうか……」


 ギイは敷布周辺の草むらを、じっと見つめる。

 植物が芽吹く季節だけあって、草丈も長い。



「ムカデとかも居そうだよな……」

「いるかもしれません。ムカデは、お嫌いですか?」

「好きな人間なんて、いないだろ」


 イズーは、わずかに眉を寄せる。


「一応ムカデにも効く香ですが……もしもギイ様が早急に虫を始末することをお望みであれば、付近一帯を焼き払うことも可能です」


 ギイは慌てて両手を振る。


「いや、そこまでしなくていいよ」


 すぐにギイは、ブランケットを頭からかぶった。


「――虫除けの効果、信じてるからな」


 イズーは少し笑ったようだった。


「はい。おやすみなさいませ、ギイ様」


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