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これは私が体験した、本当にあったお話です。
もう二十年くらい昔のことなんですが、私、名前は伏せますけど、とある新興宗教に入信してたんです。
それで駅前なんかでよく、道行く人に声をかけて、「もしよろしければ、私たちと一緒にお祈りしませんか」って、まあ早い話が勧誘活動をしてたんですね。
その時は確か夕方の、といってもまだ日の高い時間だったから、午後三時くらいだったのかな。
私は駅前のベンチに座っていた大学生くらいの男の子に、何気なく声をかけたんです。
その男の子は、最初のうちは無視というか、こっちを見もしなかったんですけど、私が隣に座ると、そこでようやく私の存在に気付いたみたいで。
私が改めて「一緒にお祈りしませんか」って言うと、その男の子がこう言ったんです。
「わかりました。でもその前に、僕の話を聞いてもらえませんか」って。
私の経験上、こういう悩みを抱えている感じの子っていうのは、わりとあっさり入信してくれることが多いんですね。
だから私も、これは手ごたえありかも、なんて思いながら、「何か悩みがあるんなら、遠慮なく話してみてよ」って言って。
そしたらその男の子が、ぽつり、ぽつりと、自分のことを話し始めたんです。
「僕、実は病気なんですよね。病気っていっても、そんなに重いわけじゃないんですけど。でも、そのくせに日常生活には、しっかり支障があって。体がついていかないから、大学も通うのがやっとで、単位もヤバいし。女の子ともまともに付き合えないし、就職もこのままだと無理なんじゃないかな」と。
一言一句この通り、というわけではないんですけど、まあ、こういう話をされたんです。
私は「うん、うん」って相槌を打ちながら、しばらく話を聞いてたんですが、私にはこの男の子の言っていることが、どうしても大した悩みには思えなくて。
それでだんだん聞くのが億劫になってきて、「もう少し話を聞いてあげたら、お祈りはやめて、さっさとパンフレットだけ渡して別れよう」と思い始めたんですね。
その後も男の子はしばらく「自分の人生には希望がない」みたいな話を続けてて、私も適当に、「君はまだ若いんだし、前を向かないとだめだよー」とか、あたりさわりのないことを言いながら聞いてたんですけど、そしたらその男の子が不意に、ちょっと変なことを言ったんです。
「自殺って、何回やってもダメなんですよ」って。
この発言、私はちょっと引っかかったんですよね。
何回やっても?
「この子、もしかして自殺未遂を繰り返してるの?」って。
実は私も若い頃に何度か自殺未遂をした経験があったんで、そこでちょっと同情というか、思わず感情移入しちゃって。
「自殺なんて絶対ダメだよ、私も経験あるから分かる」って言ったら、その男の子、そこで初めて、ちょっと笑ったんです。
そうですよね。自殺じゃダメでした。自殺じゃダメなんです。
そんなことを言いながら、その子、顔だけは相変わらず笑ってるんですけど、その笑顔っていうのが、変な例えですけど、入院してる人がお見舞いにきた人にするみたいな、すごく無理してる感じの笑顔なんですよ。
で、それを見たら私、なんだかすごく、その子のことが心配になってきて。
「あのさ、良かったら一回、ここに電話してみてよ。たぶん力になれるから」って言って、自分のところのパンフレットを鞄から出して、男の子に渡そうとしたんですけど、でも、顔を上げたらもう、何故かそこに、男の子はいなくて。
辺りを見回してみても、その子、どこにも見当たらないんです。
その時のことが私、二十年以上経った今でも、どうしても忘れられないんですよね。
私、自殺って何か辛いことがあって、それで衝動的にするものだと、ずっと思ってたんです。でも、実際はそうじゃないんですよね。
人生の、未来の可能性というか、進める道というか、そういうのが一つ一つ消えて行って、とうとうゼロになって。
そのことを自分が冷静に受け入れられた時に、ふっと最後に一本の道が現れるんですよ。それが、自殺なんです。
でも、やっぱり自殺じゃ、どうしてもダメなんですよね。
お聞きいただき、ありがとうございました。
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