片頭痛の彼女がめんどくさいけど、放っておけない件
悠・A・ロッサ @GN契約作家
第1話 その痛みの名前を、僕はまだ知らない
雨の気配を含んだ朝の空気は、どこか重たく感じられた。
頭がズキズキと痛む。いつもの片頭痛だ。最近、ひどくなっている気がする。
夜は眠れず、朝は起きづらい。朝ごはんは抜き、バスに乗る頃にはもう「今日一日やっていけるのか」と不安になる。
保健室に行くほどじゃない。でも、なにをしても集中できない。
なのに、周囲にはわかってもらえない。「ちょっと頭が痛いだけでしょ」と言われたら、それ以上は何も言えなくなる。
音がつらい。光がつらい。ガヤガヤと話し声が響く教室の中で、俺はひとり、ずっと眉間に力を入れていた。
そんな朝のホームルーム、彼女はやってきた。
「……御影ひよりです。転校してきました。よろしくお願いします」
長いまつげの奥にある目は鋭く、それでいて光に耐えるように伏せられていた。
寒色系のセーラー服に、黒いサングラスとヘッドホン。明らかに浮いていた。
だけど、不思議と誰も彼女に触れようとしなかった。どこか『触れてはいけないもの』のような雰囲気をまとっていた。
俺の隣の席は、ずっと空いたままだった。
誰が転校してきてもそこには座らなかったし、先生も理由を説明せず、席替えのたびにそこだけ避けていた。
みんな、なんとなく『あの席は使っちゃいけない』と思っていたのだと思う。
だから、「御影さんは中山の隣の席で」と先生が当たり前のように言ったとき、教室が一瞬ざわついた。
「え、あの席……」「えっ、マジで?」
ヒソヒソ声が飛び交う中、彼女は気にした様子もなく、まっすぐ俺の隣に座った。
そして、こちらを一瞥する。
「……あんた、またコーヒー飲んだでしょ。カフェインは、私にとって毒なの」
「……は?」
初対面のはずなのに、彼女は俺の習慣を見透かしたように言った。
その目は、じっと俺の頭を見ている。冷たいようで、どこか哀しげだった。
「やっぱり……痛むよね、右側。ズキズキ、脈打つような痛み……でしょ?」
俺は、息をのんだ。
そんなこと、誰にも言っていない。病院にも行ってないし、家族にすら説明したことはない。ただ、時々こめかみの奥がズンズンと脈打つ感覚があるだけだ。
「最初に来たのは……中二の春。体育のあと、教室に戻ったとき」
「えっ……待って、なんで……」
そのとき、教室の外で雷が鳴った。重たい雲の下、雨が降りはじめていた。
空気が揺れて、窓ガラスがかすかに振動する。
クラスメイトたちはワイワイと騒ぎ出したが、彼女はその音すらうるさそうに眉をひそめた。
窓の向こうをぼんやりと見つめながら、彼女は小さく息を吐く。
「……私は御影ひより。あなたの――片頭痛よ」
まるで、当たり前のことを告げるように。
それが、俺と彼女の、奇妙な関係の始まりだった。
***
症状擬人化という少し風変りな話しかもしれませんが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、「★」「💖」「フォロー」などで応援いただけると嬉しいです。
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