Story 5. 欠けた心

よく晴れた日の、病室の中。

天気とは裏腹に、幸都は胸にモヤモヤとした気持ちを抱えながら、一生と共に退院の準備をしていた。

両親は共働きで来られないので、彼が代わりに幸都の手伝いへ来たのだ。


「いやー、本当によかったなぁ幸都!」

「お前さっきからそればっかりじゃん。無駄口叩いてないで手動かしてくれる?」

「ちぇ、めでてぇ日なのに塩辛ぇの」

「うるさい」

「いでぇ!」


じゃれ合いながら、荷物をまとめていく。

ここにいない、誰かの存在を感じながらー。



「退院祝いにファミレス行かねぇ?」


タクシーから降り、荷物を幸都の自室へ運び終えると、一生が嬉々として言った。


「病み上がりであんな騒がしい所へ行きたくない」

「じゃあどこがいんだよ」

「喫茶店」

「駅から離れたあそこか?オレあんまり好きじゃねぇのに・・・」

「主役は誰?」

「だぁー!わかったよ!」

「よろしい」


喫茶店に着き、テーブル席へ案内される。

穴場だからか、人はまばらだ。

静かな場所が苦手な一生は、居心地が悪そうにソワソワとしている。


「じっとしてくれる?」

「だってよ・・・」


注文していた二つのブレンドコーヒーが運ばれてくる。

それに角砂糖を落としながら、一生は口を開いた。


「それにしても、奇跡みてぇな話だよな。昏睡状態が一日で持ち直すとは、お前の生命力なめてたわ」

「僕だって、自分で信じられないよ」


コーヒーを一口飲み、幸都は茶色い水面を見つめる。


「どうした?」


心ここにあらずな幼馴染に、一生は気遣わしげに声をかける。


「・・・何かが、足りない気がするんだ」

「どういう意味だ?」

「わからない。でもずっと、心に穴が空いてるような感覚がしてるんだ」


胸元をぎゅ、と握り、幸都は俯く。

彼の様子をしばらく無言で見つめていた一生だったが、


「長いこと入院してたからな。楽しみに飢えてるだけじゃねぇか?」


やがて優しい表情を浮かべて、言った。


「そう、なのかな・・・」

「そうそう。あんまり考えない方がいい、また体調崩すぜ?」

「・・・ああ」


短く返した幸都は、再び一口、コーヒーに口をつける。

釈然としない気持ちに、気づかないふりをして。



帰宅した幸都は自室へ入ると、気晴らしに医学書を開いた。

両親が帰ってくるまで、まだ時間がある。

黙々とページを捲っていくうちに、久しぶりに体を動かして疲れが溜まっていたのか、彼の意識は闇へと沈んでいった。



どこかの部屋で、二人の少女が向かい合っている。

一人はカジュアルな部屋着、もう一人はワンピースを着ている。

後者の少女が差し出した手に、前者の少女はてのひらを合わせるように、自分のそれを持ち上げる。


「・・・ダメだ」


無意識に、幸都は呟いていた。

それでも、彼女等は手を合わせてしまう。


「ー!!!」


誰かの名前を叫びながら、幸都は飛び起きた。


「君は・・・誰なんだ?」


一人の少女の笑顔が、脳裏を掠めていく。

彼女に向かい、幸都は呟いた。

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