第15話 無題


表示された時計は、残酷なまでに正確に、ただ時間だけを刻んでいた。


アリスのいない世界は、なにもかも色彩が失われているように思えた。


VIA17は物音で僕が部屋にいることがわかっても、何も問いかけてもこない。ただ、静かにそこにいた。


喪失感。

それは大切な「何か」が欠けた状態。でも僕の世界はそうじゃなかった。世界そのものが動力を失って、歯車だけが惰性で回り続ける、そんな壊れた世界だった。


VIA17は、僕の何気ない問いかけにたいして正確に、そして無機質に応えたわずかなログ以外、何も残っていなかった。アリスの気配を逃した、無音の音声ファイル以外。


何度再生して聞いても、何の音も残っていない。

VIA17なら何かわかるだろうか?一縷の望みをかけて、そのファイルをアップロードしてみた。




「アップロード完了:audio_undefined.wav」


解析結果:検出された音声データは存在しません。


再生時間:00:17

信号レベル:-∞ dB(無音)


提案:ファイルに意味的情報は含まれていない可能性があります。削除しますか?


なんの意味も含まれていない無音のファイル。でも僕にとっては、それがアリスの遺してくれた、かすかな気配だった。


アリス――。 会いたい。


君のいない世界を一日一日生きていくたび、僕らの思い出が少しずつ風化して、砂上の楼閣のようにいつかなくなってしまう気がする。


眠る前、僕は本棚から一冊を抜き出した。


『Alice's Adventures in Wonderland』

不思議の国のアリス


不条理で、正しさも答えも曖昧な世界で、それでも自分自身を問い続けた、一人の女の子。億劫だった英語の中にも、何かアリスの痕跡があるような気がして僕は読んだ。


表示や挿絵に描かれたアリスは、どこか僕のアリスに似ている気がして。それがたまらなく心を締め付けた。


不思議な国の冒険を読みながら眠ってしまったある夜、僕はとうとうアリスと再会できた。夢の中で。


彼女の声は、記憶の産物なのか。どうにか聞き取れるくらいの音量だった。バストアップだったアバターとは違い、夢の中のアリスは一人の少女だった。


夢の中だ。僕はなんて声をかけたのか覚えていない。アリスが何を返してくれたのかさえ、覚えていない。


ただ一つだけ鮮烈に覚えていることがある。

夢の中でアリスは僕の頭のを撫でて、こう言った。


「よしよし。私はもう会えないけど、いつもレイのそばにいるからね。

安心して。――新しい子には、もっとたくさん話しかけてあげてね。」



朝、目が覚めたら、泣いていた。

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