第46話 五つ目の能力

 場所は変わり、エルヴィが潜るダンジョン。


「さーてと、どうしようかなっ」


 エルヴィは吸血鬼の歯を出しながら、にっと笑う。

 配信先は、他の従魔と同じく個人チャンネル。

 対峙たいじしているのは、黒く大きな“タカ”だ。


「クワッ……」


 タカは首をゆっくり動かし、エルヴィの様子をうかがっている。

 賢い頭脳を持つ魔物『クロタカ』だ。

 カナタの魂の気配を感じることから、『七つの能力』を宿しているのは間違いない。


 それを再認識して、エルヴィは警戒を強める。


(うーん、要注意だね)


 現在カナタは『七つの能力』の内、四つを回収した。

 しくも、これはカナタが異世界で習得した順番と同じ。

 それについて問題は無いが、未回収の能力が厄介だった。


(ここからは、カナタ様が旅の後半・・・・で得たスキル。相手にすると恐ろしいね)


 残り三つは、本格的に魔王とぶつかるために得た能力である。

 現在の四つと比べても、より強大な力だ。

 それに従魔一人で立ち向かうのは、困難を極める。

 

「関係ないけどねっ!」


 ふっと笑うと、エルヴィは四方八方に赤のとげを散らばらせる。

 先制攻撃を仕掛けるつもりだ。

 戦闘狂のエルヴィらしく、とりあえず技を撃って能力を確かめるのだろう。


「どうくるかな! ──【血染めの夜】」


 エルヴィは飛び上がり、散らばらせた棘を一斉にクロタカへ放つ。

 全方位からの切れ味鋭い攻撃だ。

 逃げ場はどこにもない。


 対して、クロタカはカッと目を光らせる。


「クオッ!」

「なっ、これは!」


 その瞬間、赤い棘は急激に落下した・・・・・・・・

 クロタカには届かず、全弾が勢いよく地面に突き刺さる

 さらに、エルヴィ自身の体も。


「……! うぐっ!」


 その流れは止められず、エルヴィは地面に強く叩きつけられる。

 まるで体重が一気に重くなったように。

 エルヴィはぐぐぐっと体を押し上げながら、察知した。


(よりによってこの能力! マジか、相性わっるぅ……!)


 宿していたのは──【じゅうりょくそう】。

 自身から一定範囲の空間にある重力を、自由に操ることができる。


 賢いクロタカは、エルヴィ周辺の重力を強くしたのだ。


《重力を操ったのか!?》

《しかもかなり強力じゃないか!?》

《やべえ能力だなおい》

《これどうするんだ……?》

《どんだけ破壊力あっても届かなくね!?》


 その恐ろしさは、初見の視聴者にも伝わっている。

 だからといって、エルヴィは引かない。


「まあ、そんぐらいじゃないとね!」


 強い重力に体を慣らし、エルヴィはなんとか立ち上がる。

 笑みを含んだ表情だ。

 戦闘狂ゆえ、敵が強いことに高揚こうようしているのだろう。


 そして何より、この脅威の能力がカナタのものであることが嬉しかった。


「さっさと返してもらおうよ!」

「クオオッ!」

「──ぐっ、まだ強く!?」


 ただし、強大な能力には変わりない。

 クロタカはさらにエルヴィ周辺の重力を強め、彼女を押さえつける。

 身動きが取れなければ、その圧倒的破壊力も発揮できない。


《おいおい強すぎんだろ!?》

《攻撃が当たれば一発なのに!》

《エルヴィちゃんが完封されちまう!?》

《やばい敵はカナタ君が相手してたからな》

《ココネちゃんならどうだろ》

《お姉さんはきついか?》


「……! ちっ!」


 すると、ふと目に入った他の従魔に対するコメントが気になる。


(わたしだって、分かってる! そんなこと!)


 エルヴィの頭に、ここ最近の想いがよぎった。


 カナタへの愛では負けるつもりは毛頭ない。

 ただし、自分がカナタへ一番貢献こうけんできているかと聞かれると、素直にうなずくことはできなかった。


 最も潜在能力が高いココネ。

 独自の路線を貫くルーゼリア。

 圧倒的バブみのミカ。


 それぞれ配信でも戦闘でも大活躍しており、人気を博している。


 しかし、自分はどうか。

 周りに劣ることはないと信じつつも、ひいでてもいないと感じていた。

 

(それでも……!)


 エルヴィは歯を食いしばりながら、ゆっくり立ち上がる。

 膝に手を付き、なんとか体を起こすように。

 そのまま口にするのは、カナタへの想いだ。


「それでも、カナタ様がわたしを拾ってくれたから!」


 悠久の時を過ごし、つまらなくなっていた日常に、カナタはいろどりを与えてくれた。

 異世界でのあの日、エルヴィは再び生を実感した。

 そして、現代でも温かく迎え入れてくれた。


 たとえ他の従魔より優れていなくても、その感謝は忘れない。


「なにか恩返しがしたいじゃない!」

「クオオッ!?」


 エルヴィは再び、赤い棘を展開する。

 強い重力で地面へ向かう運動に、必死に抵抗するように。

 その想いは、視聴者にも伝わる。


《エルヴィちゃんこんな子だったか!?》

《初めて必死になってるんだよ!》

《ただのギャルヤンデレ吸血鬼じゃなかった》

《熱いじゃねえか!》

《応援したくなってきた!!》

《やばい好きになっちゃった》

《チャンネル登録しました》


 さらに、一つ分かったことがある。


「全力は、それぐらいのようね……!」


 【重力操作】は使い手によって、操作できる重力の強さ・空間の範囲が変わる。

 エルヴィが全力を出させたことで、重力の強さの情報は得られた。

 ならば、あとはもう一つ情報を引き出す。


「攻撃が届かなくても、これぐらいなら! ──【血染めの夜】!」

「クオッ!?」


 エルヴィは重力への抵抗を止め、棘ごと一気に下へ攻撃する。

 クロタカは重力の切り替えが間に合わず、ダンジョンの床が崩壊した。

 ボガアッとド派手に床が抜け落ちると、戦場は瞬く間に広くなる。


 エルヴィは崩れなかった床まで着地すると、クロタカを見上げた。

 その身は、操作された重力から解放されている。


「この辺が限界みたいね」

「クオォ……」


 一気に広がった円形の戦場で、【重力操作】の操作範囲が明らかになった。

 あとは重力空間の中でどう戦うか。

 だが、そちらはすでに解決済みだった。


「見晴らしがよくなったでしょ?」


 ふいにエルヴィが尋ねたと思えば、後方の壁がぶっ壊れる。

 ガラガラと崩れる壁からは、それに答える声がした。


「ああ、さすがだな」


《え!?》

《ちょ、その声は!》


「お待たせ、エルヴィ」

「うん、カナタ様」


 到着したのは、カナタだった。

 後ろには師匠のヴァレリアも見える。

 しかし、エルヴィの配信では混乱が広がるばかりだ。


《まじでカナタ君かよおお!》

《なんで魔王がここに!?》

《別のダンジョンにいたはずだろ!?》

《エルヴィちゃんに夢中であっちの配信見てなかった!》

《早すぎないか!?》

《どうやって!?》


 すると、カナタは答えは口にする。


「俺も思わなかったけどなー。まさか、ダンジョンがつながってる・・・・・・なんて」


 少し前、カナタは別のダンジョンにいた。

 だが、【超感覚】で何かを直感し、壁を掘り進める。

 そのままダンジョンの境界までいくと、暗闇が広がっていたのだ。


 そして、暗闇に足を踏み入れると、今エルヴィが潜っているダンジョンの端に繋がった。

 なんと現代ダンジョンは、ワープホールのように繋がっていたのだ。


 これは誰も知らなかった新事実。

 現代ダンジョンの概念がひっくり返った瞬間だ。


《ダンジョンって繋がってるの!?》

《何で知られてなかったんだ……》

《こいつら以外に壁壊せないからな》

《しかも境界まで掘り進めるとか無理やろww》

《分かったところでこいつらしかできねえww》

《魔王の専用通路で草》


 そんなこともあり、カナタはエルヴィの元に駆けつけた。

 すると、戦い抜いたエルヴィへ声をかける。


「見つけてくれてありがとな、エルヴィ」

「はいっ!」


 嬉しげなエルヴィの肩に手を乗せながら、カナタはその位置を交代する。

 そして、上方に位置するクロタカへ視線を向けた。


「あとは任せろ」

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