第11話 王子様とヤンデレ達

 時は少しさかのぼり、ダンジョンシフト発生直後。


「くっ、なんなの、これ……!」


 身をよじるのは、おとリラだ。


 明るい茶髪のショート。

 少し童顔で整った容姿。

 健康的な体つきは、綺麗にいろどられた装備で守っている。


 登録者200万人超えの大人気配信者の彼女だが、現在はピンチにおちいっていた。


「う、うごけない……!」


 リラは壁のはざにいた。

 ダンジョンシフトの際、壁の移動に巻き込まれたのだ。

 

 不幸中の幸いか、体は潰れていない。

 しかし、カメラは破損し、配信も途切れた。

 手元に連絡手段は無い。


 すると、嫌な想像がリラの頭をよぎる。


(もしかして私、ずっとここで……?)

 

 ダンジョンの壁は非常に強固だ。

 どんなに強い探索者であろうと、破壊した事例は聞いたことが無い。

 まさに絶体絶命だった。


「そ、そんなの……!」


 嫌に決まっている。

 もちろん命を落とすのも怖いが、それ以上に配信を続ける目的のためにも。

 

 幼い頃、リラは事故で父を失う。

 以来は、母が女手一つで育ててくれた。

 毎日疲れた顔で帰ってこようと、思春期の難しい時期に差し掛かろうと、母は嫌な顔一つせず必死に育ててくれた。


 加えて、弟もいる。

 弟には満足に学校生活を送らせてあげたい。

 だからこそ、少しでも母を助けるために、リラは配信を始めた。


 承認欲求や視聴者のためでもある。

 それでも根底には、母を助けたい想いがあった。


 初めて自分のお金でプレゼントした時の、母の表情は忘れない。

 誇りだと言ってくれた家族を、置いていくわけにはいかない。

 リラはこんなところで諦められない。


 ──そんな時、外から音が聞こえてきた。 


「……!」


 ドドドドとした異様な轟音ごうおんだ。

 魔物が立てる音ではない。

 リラは声を上げるべく息を吸った。


「ここにいます! 誰か助け──」

「「あはははははっ!」」

「……ッ!?」


 しかし、リラの声は一瞬で引っ込む。


 狂気に満ちた二人が過ぎて行ったからだ。

 正体はココネとルーゼリアである。

 さらに、遅れて聞こえたのは魔物たちの阿鼻あびきょうかん


「「「ギャアアアアアッ!」」」

「……!?!?」


 リラは確信した。

 今のは人ではない、人の言葉を話す何かだ。


「──うっ」


 極限状態のリラに、追い打ちをかける衝撃。

 その多大なショックは、リラを気絶させるに十分だった。


「ヒエッ」


 リラは意識を失った。





 少し経ち。


『弱点は使い手が一番知ってるからな!』

「──はっ!」


 外からの声で、リラはようやく目を覚ました。

 状況を把握できないながら、なんとか耳をます。

 決着はすぐについたようだ。


『【空間断絶】』

『ウキャアアアアッ……!』

「……!」


 ほんの数秒。

 魔物の断末魔が聞こえた。

 少年が勝ったのだろう。


 その後、ガラガラッと前方の壁が崩れる。

 

「──あっ」

「遅くなりました。音羽リラさん、ですか?」

「……っ!」


 現れたのは、カナタ。

 その姿には、リラの目元に自然と涙が浮かぶ。


 絶望的な状況だった。

 ただでさえ最悪の想像がつく中、悪魔のような二人が通って行った。

 芽生えた希望が、恐怖に変わった瞬間だった。


 そんなジェットコースターのような感情の起伏を経て、最後は救出された。

 助けてくれたカナタは、まるで“王子様”。

 音羽リラ十六歳、初めての恋だった。

 

「ありがとう、ございます……っ」

「おっとと」


 リラは重たい体を動かす。

 だが、足元がおぼつかず、カナタに支えられる。

 リラはまたキュンとしてしまう。


 しかし、ハッとしたリラは声をかける。


「た、助けてくれたことは本当に感謝します! ですが、早くここを離れましょう!」

「どうしたの?」

「さっき、とんでもない人達がいたんです!」


 昨日のリラは忙しく、SNSをチェックできていない。

 彼が話題のカナタだと分からなかった。

 つまり、従魔のことも知らない・・・・


「炎と氷が入り混じってて、すごく怖い──」

「「いますけど?」」

「きゃあああああああっ!?」


 ぬっと現れた従魔二人に、リラは絶叫する。

 だが、おかしい。

 従魔二人とカナタの距離が近すぎる。


 リラは体を震わせながら、カナタにたずねた。


「え、あ、あの、三人はどういうご関係で……」

「あーこいつらは従魔です」

「「はい♡」」

「従魔……!?」


 ココネとルーゼリアも、リラが“ときめいた”ことに気づいている。

 その上で、早速牽制けんせいの笑顔を見せた。


(これで主様におびえて近づけないでしょう?)

(あなたはお姉さんが怖いもんねぇ?)


 ふふふっと悪い笑みを浮かべる二人。

 しかし、上手くはいかず。


「お強いんですね。かっこいい……」

「「は?」」


 リラも肝がわっていた。

 さすがは大物配信者だ。

 だが、それにはカナタも焦った顔を浮かべる。


「ちょっ、そんなこと言っちゃまずいんじゃ!」


 カナタは配信を切ってなかったからだ。


《リラちゃん!?》

《おいおいこれって!》

《完全にホレてますね》

《カナタてめええええ!》

《助けたのは感謝するけど!》

《リラちゃん嘘だよな?;;》

《ガチ恋勢おつwwwww》

《配信者に恋してるからだってww》

《推し取られ民発狂してて草》

《いや実際かっこよすぎる》

《こんな救われ方したらなあ》

《こりゃ勝てん》

《青春してていいじゃん》


「あぁ……」


 冷や汗をかくカナタだが、リラの姿勢は変わらない。


「大丈夫です。普段からガチ恋禁止って言ってましたから!」

「あ、そうなんですか?」

「はい! それに──」


 リラはもう一歩カナタに近づいた。


「私の気持ちはもう止まりません!」

「……!?」


《リラちゃあああああん》

《これはあかん》

《ガチ恋勢終了のお知らせwww》

《完全に恋する乙女》

《可愛いじゃんこの子》

《真っ直ぐでいいな》

《リラちゃんもチャンネル登録してきたわ》

《俺も》


 普段から言っているだけあり、コメントも予想よりは荒れなかった。

 むしろ好感を持つ者がいるほどである。

 しかし、“彼女ら”は黙って見過ごすはずもない。


「「おい」」

「……!」


 リラの両肩に、それぞれ手が乗せられた。

 ココネとルーゼリアだ。

 二人の目には光が灯ってない。


「ちょーっと主様に近すぎないでしょうかぁ」

「お姉さん、最近目が悪くてねえ。危うく魔物と見間違えちゃうかも」

「……うっ」


《うわあ!》

《こえええええ(;゚Д゚)》

《なんか顔がかげってる……》

《目の光が消えちゃったよ!?》

《やばい人たち敵に回しちゃった……》

《ヤンデレ従魔さんたち》

《言い回しがまたwww》

《魔物と見間違える=死》

《リラちゃん逃げてええ!》

 

 もう止められる者はいない。

 ──ひとりを除いては。


「二人ともやめなよ!」

「「……!」」


 ココネとルーゼリアの手を掴んだのは、カナタ。

 リラから手を引きがしながら、彼女に頭を下げた。


「ごめんね。二人とも頼れる・・・心強い・・・んだけど、ちょっとやりすぎなところがあってさ」

「あ、ううん。大丈夫」

「本気じゃないから気にしないでね」

「……! はいっ」


 またも守ってくれたカナタに、リラは頬を赤らめる。

 さらに──。


「頼れる!?」

「心強い!?」


 従魔二人にもクリーンヒットしていた。

 普段のカナタは恥ずかしがって滅多めったに褒めないが、自覚なく本心が出てしまったのだ。

 

 すぐさま機嫌が直ったのか、二人はすっとリラから引いた。


「ま、まあ? ここは頼れるココネが引きましょうか、頼れるココネが」

「心強いお姉さんは引いてあげる。なんてたって心強いし」


 褒められた言葉をやけに強調し、笑みをこぼす。

 よっぽど嬉しかったのだろう。

 それから、カナタと触れた部分をすーはーしていた。


《こいつらwww》

《めんどくせえなあ笑》

《けどそこが良い!》

《褒められたの嬉しそうでかわいい》

《なんだかんだで従魔》

《匂いかぐなwww》

《すーはーしてて草》

《その満足そうな顔やめろwww》

《カナタ君って人たらしだよな》

《今のやり取りで三人抑えてるからな》

《カナタ君、さてはやり手か!?》


 最後に、リラはふっと笑顔を浮かべた。


「カナタさん、よければこれからも仲良くしてください!」

「もちろん!」

「「は?」」


 せっかくできた関係に、カナタもうなずく。

 ……従魔は真逆の反応だったようだが。


 こうして、カナタは二回目の配信を終えた。

 弁明から始まった今回だが、いくとなく衝撃映像が繰り返され、カナタ一行の話題はさらに拡散されていく。


 最終的に約80万人が見届けたこの配信は、後に伝説として語り継がれる。

 “魔王カナタ”の始まりの日と──。

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