第4話

◎龍馬暗殺の場

〈 慶応三年旧暦十一月 〉

 暗闇の中に怒声が響く。

武士「こなくそ!!」

 剣戟の光、音が暗闇の中で交錯する。

「ザザーッ!!」

 屏風の猫の絵の上にに飛び散る血しぶき。

 猫の目が妖しく光る。

「おぎゃあおぎゃあ!」

 闇の奥で赤ん坊の泣き声。



◎東京市全景



◎明治十八年 東京/写真館屋根

(真上からのアングル)大きな瓦屋根にへばりつく男がいる。ガイコツ(宮武外骨)である。

 屋根の上をほふく前進しながら、屋根の一部に作りつけられた明かり取りの窓ににじり寄り、そこから下をのぞき込む。

 ーー真下にソファに座ったひと組の男女の姿が見える。



○写場(スタジオ)

警察署長「さあ、もそっと寄るがいい。この写真館は美人に撮ってくれるので評判なんだぞ。さ、さ」

 署長に抱きすくめられているのは、長い髪をリボンでくくった袴姿の女子である。

 その手から逃れるように身体をくねらせ、

女「……いや、許してください」

署長「ほう、意外にがっしりした体つきで」

写真師「あ、そろそろ動かないでいただきたい」

 大きなカメラの前に写真師が立っている。



○屋根の上

ガイコツ「あの写真師もグルかよ」



○写場(スタジオ)

 署長の嫌らしい手の動きがますます図に乗ってくる。



○屋根の上

ガイコツ「野郎……」

 明かり取りの窓から飛び込もうと身構えた。その時、写場から、爆発的な怒声が!

ジュニアの声「やめろって言ってんだろ、この唐変木!」

 大声に驚いてバランスを崩したガイコツ。

 アッと思う間もなく明かり取りの窓から転落した。



○写場(スタジオ)

ガイコツ「いててて…」

 と、床に落ちたガイコツが顔を上げると、目の前に髭面男の顔。写真師だ。

写真師「(ニヤリと笑って)ほれ」

 ガイコツの背後を指さした。

 「ん?」と振り返ってみると、

ガイコツ「!?」

 ーースケベ署長が胸ぐらをつかまれて高々と持ち上げられている!

 なんと、片手で軽々と署長を持ち上げているのは、先ほどまで署長の狼藉にか弱き抵抗していた袴姿の女子ではないか。

署長「ぐぐぐぐ」

 もがき苦しむ署長。しかし、ジワジワと自らの腰のサーベルに手を伸ばしている。

ガイコツ「あぶない!」

 と、ソファの背後のカーテンを突き破って鋭い切っ先が飛び出し、署長の頭の官製帽を突き刺した。

 薙刀(なぎなた)である。

 署長、袴女子、ガイコツ…一同、凍り付いたように薙刀の切っ先に突き刺さった官製帽を凝視している。

 と、薙刀が突き破ったカーテンが真一文字に下まで裂けた。その間から薙刀を構えたまま出て来たのは、これまた袴姿の女の子だった。 

 鋭い眼光で、

千鳥「婦女子をかどわかす不貞の輩、許しません!」

 と、そこに緊張感のかけらもない声が。

写真師「は〜い、目線はこちらにぃ」

 写真機をかまえて、

写真師「は〜い、動かないでぇ!」

 一同、カメラ目線でストップモーション。

―――カシャッ!―――



◎団子茶屋

 表の縁台に湯呑みを前にした薙刀女子…千鳥が座っている。

 障子が開け放たれた店の入り口から、粗末な木の卓を挟んで向かい合わせに座っている二人の人物の姿が見える。

 一人はガイコツ、一人は袖をまくり上げて大きな串団子を食べている袴女子(ジュニア)。

ジュニア「(千鳥の視線に)食うか?」

千鳥「……男、の方ですよね、あなたは」

ジュニア「見ての通り」

ガイコツ「いや、その見ての通りがよく分からん」

 ジュニア、グイと着物の前を大きく開けて裸の胸を出す。ガイコツ、千鳥、ドキリとするがーーそこには、真平らな男の胸板が見えるだけだった。

ガイコツ「た、確かに…男だ」

ジュニア「署長に呼び出された娘さんの父親に頼まれてな、身代わりにやって来たんだよ」

千鳥「私は彼女の友達から相談を受けて、あわてて駆けつけたんです」

ジュニア「薙刀片手にかい? なかなか勇ましいな」

千鳥「相手が警察署長とは思わなかったもので。町の輩かと」

ガイコツ「輩相手でも勇ましいことには変わらない。いやいや、これはホメているのだ」

 千鳥、構えた薙刀をおさめ、卓の横に立ち、

千鳥「あなたは?」

ガイコツ「俺は取材だ」

千鳥「?」

ガイコツ「あの署長の横暴ぶりをずっと追っていたんだ。賄賂、商人との癒着、私利私欲、目に余る悪行をな。で、後を付けていたら今回の事にぶつかったというわけだ」

ジュニア「取材って言うと、あんたは」

 ガイコツ、二人の前に一枚づつ名刺をピシリピシリと置いた。



名刺…「讃岐の平民 宮武外骨」



ガイコツ「そうこ者、まあ文明開化らしく言えば、ジャーナリスト、まあ新聞記者でもあり、編集長でもあるんだがな」

 千鳥、名刺を見ながら、

千鳥「ガイコツさん……雅号ですか?」

 と、ガイコツ、間髪を入れず懐から何かを取り出すと卓の上の名刺に次々と叩きつけた。

 ばーん! ばーん!

 一瞬の間の後、名刺に捺印した大きな判子を引き放した。

 名前の上に大きく、


「是本名也」(これ ほんみょう なり)


 の判子の文字。

千鳥「本名?」

ジュニア「酔狂な親だな、お前のところも」

ガイコツ「…も?」

 と、千鳥の真横から、髭面の男がぬっと顔を突き出した。

千鳥「きゃっ?!」

 飛びのく千鳥は思わず薙刀を構えた。

レンジョー「串刺しは団子だけにしてな」

 写場にいた写真師の男である。

ジュニア「おう、レンジョー、遅かったじゃないか」

レンジョー「引き伸ばしてきた」

ジュニア「好きだなあ、引き伸ばすの」

レンジョー「写真の醍醐味は大きくしたときに真価が出てくるんだぞ」

 外の縁台に引き伸ばしてきた写真を広げる。


 ーー写真。

 先ほどのストップモーションとなった場面が見事な写真となっていた。

ジュニア「ほほう、大したもんだ」

 レンジョー、フンと鼻で笑う。

千鳥「す、凄いわ。こんなに鮮明に」

ガイコツ「ううむ、写っている人物はともかく、写真としては一級品だ」

ジュニア「お前ら、このジジイを誰だと思ってんだ。こんなヨボヨボでも天下の……」

 レンジョー、それを遮って、

レンジョー「これをもっと大きく引き伸ばして、今度の出し物に使おうと思ってな」

ジュニア「お、いいね! まさに、帝都の助平署長、民衆に吊し上げられるの図だな」

ガイコツ「出し物?」

 ガイコツが何かを問いただそうとした時に、ジュニアの目が道の向かいの角に消える人影をとらえた。

 同時に、千鳥も向かいの商店の暖簾の陰にあわてて引っ込んだ別の男の姿をとらえた。

千鳥「(あの男…)」

 と、心の中でつぶやくと、

千鳥「では、私はこれで」

 薙刀を小脇にあわてて立ち去る。

 千鳥の立ち去った後に「写真」が一枚落ちている。気がついたガイコツが拾い上げ、写真を一目見てギクリとする。

 ジュニア、それに気がついて

ジュニア「ああ、俺のだ」

ガイコツ「!……何でこんなものを?」

 ジュニア、写真をヒョイと受け取ると懐に。

ジュニア「形見ってとこかな」

ガイコツ「何か関係があるのか、その写真の人物と?」

ジュニア「これが誰かご存知か?」

ガイコツ「ご存知も何も、それは坂……」

 と、その時、ジュニアの目の端に、店外の街角を足早に通り過ぎる怪しい人影が再び映る。

 ガイコツに返事もせずにスッと立ち去るジュニア。

ガイコツ「?」

レンジョー「うひょひょ。食うか、うまいぞここの団子は」

ガイコツ「は、はあ」

レンジョー「うひょひょひょ、遠慮するな」

 誘われるまま団子を食うガイコツ。


◎屋敷町

 足早に歩く千鳥がとある屋敷の角を曲がる。

背後からつけてきた書生っぽい男(キンちゃん)も遅れまいとあわてて角を曲がる。

 と、速攻で後ずさりしながらキンちゃんが角から出てくる。その喉元には薙刀の切っ先が。

 ゆっくりと薙刀を構えた千鳥も出てくる。

 警戒した鋭い目つきで、

千鳥「何か御用でしょうか?」

キンちゃん「あ、あの、ボクは‥‥」

千鳥「あなた、最近、私を尾けてますよね。おとつい、先おとついも」

キンちゃん「うっ‥‥」

千鳥「ですよね?」

 薙刀の切っ先がさらに喉元に。

千鳥「どういう事でしょうか?」

 と、キンちゃんの懐がモゾモゾと動き、中からヒョイと小さな黒猫が顔を出した。

千鳥「あら?!」

キンちゃん「ね、猫の」

千鳥「猫の?」

キンちゃん「猫のお告げで」

千鳥「は?!」

 その時に、千鳥ハッとして、自分の懐を手で探って、

千鳥「ない、ないわ!」

 キンちゃんにさらに薙刀を突きつけて

千鳥「どこへやったの、返しなさい!」

キンちゃん 「ええ? 返すって、な、何を?」

千鳥「写真よ、あたしの大事な、あのお方の!」

猫「ニャー」

 千鳥、猫のひと鳴きを合図にしたように、キンちゃんをほったらかして脱兎の如く駈けだしていく。

 その後にヒラヒラと宙を舞うハンカチーフ、千鳥の懐から落ちたものである。

キンちゃん「あ、これ」

 千鳥の去った方を見てもすでに姿はない。

 キンちゃん、拾ったハンカチーフをジッと見つめ、顔を近づけると思わず香りを思い切り吸い込み、感動の涙を流す。その恍惚の表情を咎めるように、

猫「ニャー!」


◎河川敷


 人けのない河川敷の葦(あし)の原で、屈強な壮士風の男の腕をねじ上げるジュニア。

ジュニア「で、何か用ですか?」

 うめき声を上げるだけの壮士。

ジュニア「このところ、ずっとつけてきてるよね。俺も結構忙しいから‥‥!」

 と、背後に殺気を感じて、壮士から手を放し、大きく飛びのく。

 瞬間、長い髪を束ねていたリボンがバラバラになり、宙に舞った。

 葦の間から刀が鞘に収まる音が。

 ジュニアがその方向に身構えているすきに、解放された壮士は葦の間に逃げ込み、脱兎の如く逃走する。

 同時に葦の間の殺気が消えた。

 構えを解くジュニア、川風に長髪がなびく。

 と、懐が薄く切られているのに気づく。

 足元に紙入れと風に吹かれた写真が一枚落ちている。

ジュニア「いつの間に」

 落ちた紙入れと写真を拾うが、紙入れの中にもう一枚写真があるのに気づく。

 紙入れの中の写真はくたびれた感じ、そしてもう一枚は古くはあるがまだきれいな写真(まだ写真の表側は見えない)。

ジュニア「(紙入れの写真を出して)これは俺の。はて、こちらは」

 二枚を並べてみる。

ーーそれは全く同じ写真……「坂本龍馬」の写真だった(上野彦馬撮影の立ち姿の写真)。



◎団子茶屋前

 団子屋の前まで走って来て、辺りを見回し、

千鳥「ないわ!」


◎ガイコツの部屋

ガイコツ「あった!!」

 部屋中にところ狭しと積み上げられた新聞や雑誌の山の中から這い出してきて、

ガイコツ「あのキッカイな面、どこかで見た気がしたんだよ」

 新聞記事を拡げて、

ガイコツ「浅草新名物・大写真師蓮杖先生‥‥あのジジイ、下岡蓮杖だったのか!」

記事の中に、レンジョーの似顔絵が。


◎浅草/レンジョーの家

似顔絵とそっくりな「写真」。

長屋の戸口に貼ってある等身大のレンジョーの写真である。

 その前に近所の子供たちが集まって、物珍しげにワイワイと騒いでいる。

 いきなりガラッと戸が開くと、そこには写真と同じ顔のレンジョーが立っている。

レンジョー「やかましい!」

子供たち「(ギクリとするが)お化け、お化けジジイが出たぞ! 写真撮られて魂とられるぞ!」

 はやしたてて走り去っていく。

レンジョー「ふん(笑顔で)」

 と、戸をぴしゃりと閉める。そこにはまた同じ顔のレンジョーの写真。


◎レンジョーの家の中

 ちゃぶ台を前にレンジョーが一人酒を飲ん でいる。

戸口が開き、入ってきたジュニア、

ジュニア「おぅ!?」

レンジョー「どうしたい?」

ジュニア「分かって入って来ても、表の写真と同じ奇っ怪な人間が中に居ると、ドキッとする」

 鼻で笑うレンジョー。

 続けてジュニアの背後で戸が開く音。

ケイジローの声「おぅ!?」

 戸口で目を丸くしてる、ジュニアと同い年くらいの若者、ケイジローを見て、

ジュニア「だろ?」

レンジョー「ふん、お前たち、そもそもが武士の子だろうが。情けない」

ケイジロー「生まれてすぐに四民平等となったんだ。皆、平民だよ」

レンジョー「学があると口だけは達者だな」

 ケイジロー、持ってきた図面を拡げて、

ケイジロー「その平民による平民のための平面図が出来たよ」

レンジョー「け、ダジャレは寺子屋並だな」

 と、図面を受け取る。

ジュニア「平民‥‥」

 懐から名刺を出して眺める。

名刺‥‥「讃岐の平民 宮武外骨」の文字の上に「是本名也」の判子。



◎勝海舟屋敷(門)



◎同・千鳥の部屋

 自室の机をひっかき回している千鳥。

千鳥「ない、ないわ! やっぱり写真館で……」

女中「お嬢様‥‥」

 そこへ呼びに来る女中。



◎海舟書斎


千鳥「こ、婚約者ですってええ!?」

 驚く千鳥。

海舟「そうなんだ」

千鳥「ご存知のはずです。わたくしは竜馬様のような方以外には心は動かされません」

海舟「分かっておるが… …龍馬だよ。その相手というのが」

千鳥「え?」

海舟「坂本龍馬」

千鳥「ふ、ふざけないでください! お父様、龍馬様は、京都で‥‥」

海舟「まあな。でも本当なんだぜ。婚約者の名は、坂本龍馬ジュニア」

千鳥「じゅにあ?」

 席を立つ千鳥、

海舟「これ、まだ話が」

千鳥「訳の分からない事にお付き合いはしてられません。わたくしは忙しいのです!」

 部屋を出て行く千鳥に、

海舟「おーい!」

 苦笑いをする。


★翌日



◎浅草(瓢箪池の周り)

 「写真館」とは名ばかりの、よしず張りの粗末な露天が並ぶ中で客引きをしているそれらの写真屋の男たち。

ガイコツが、そんな連中と話している。

男A「レンジョー、下岡蓮杖か?」

ガイコツ「そうだ、どこに店がある?」

男B「ありゃ大先生様だ、こんなところで商売しちゃいないよ」

男C「最近は写真館よりも、あれこれと『見せ物』の興行を仕掛けてるらしいぜ」

「いや、俺は牛乳屋をやってるって聞いたぜ」

「路線馬車をやってたのはいつだっけ?」

と、横から次々と話に割り込んでくる男達。

 〈うーむ、得体の知れない人間だわい〉

「新開地で、パノラマ館ってのをやるって噂だよ」

 と、近くにいた人々が、

「おい、喧嘩だ、喧嘩」

「新開地の辺りでもめてるらしいぞ」

 ガイコツ、走る野次馬の群に続いて走り出した。


◎新開地/パノラマ館予定地

 吹っ飛ぶチンピラ。

 投げ飛ばしたのはどうやらジュニアらしい。

飄然として立つジュニアを取り囲むやくざたち。

 全くひるむ様子のないジュニアがそれでもスッと身構えた時、

鹿島清兵衛「まあまあ、何の騒ぎですか」

 もめている両者の間に一人の恰幅の良い金持ち風の男がゆっくりと割って入る。

親分「お、これは……鹿島様」

鹿島清兵衛「やめてくださいよ、清兵衛でいいですよ」

一礼して、

鹿島清兵衛「親分さんにはご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。ここは、私も関わっている興行なんで、一つ音便に」

 と、親分の懐に(金)。

 ではまたゆっくりとご挨拶にまいりますのでと頭を下げる清兵衛に

親分「そりゃご丁寧に。ではまた」

 と下がっていくやくざ達。

 緊張を解くジュニア。

 物陰に隠れていたケイジロー、フウと息をつく。

ジュニア「話は通してあったんだろ?」

鹿島清兵衛「どうもここは前に私が懇意にしていた元締めとは違うらしいんだよ」

レンジョー「まあ、新しい興行にはああいう手合いはすぐによって来る。美味いものに群がる蠅みたいなもんでな。うひょひょ」

 楽しげに笑うレンジョー。


 その様子を野次馬の中で見ているガイコツにジュニアが気づいた。

 二人の目が合う。ニヤリと笑うジュニア。それには応えず、スッと人混みの中に消えてしまうガイコツ。


○パノラマ館内

 だだっ広い建物の内部のあちこちにムシロに包まれた荷物や、用途のわからない天幕などが散見している。

 設計図を片手に鹿島清兵衛に説明をしているケイジロー、その脇には興味無さげな顔でニヤニヤしているレンジョーが。

 と、どこからか不協和音な的な旋律が流れ出てくる。

 一同、ハッとして見回すと、建物の端に置いてあったムシロの固まりの中から音が聞こえてくる。

 ムシロに包まれていたのは、大きなグラウンドピアノであった。

 それをめざとく見つけたジュニアがイタズラで音を出していたのである。

鹿島清兵衛「ぴあーの、と言いましてな。ついこの間、横浜から持って参りました」

ジュニア「面白いな、これは」

 適当に弾くジュニア。

興味深げに中をのぞき込むレンジョー。

鹿島清兵衛「まだ、この楽器の調子が合っておりません。近々、調律士がやってくる手はずになっております」

 ピアノのふたを閉めたジュニア、一心不乱にピアノを見つめるケイジローに気づく。

ジュニア「どうした、ケイジロー?」

 手をそっと伸ばしてピアノに触れて、

ケイジロー「……素晴らしい技術力だ。西洋からはまだまだ学ぶべきことが多い」

 うっとりとしているその様子に、

ジュニア「変わった奴だ」



○ガイコツの部屋…南海の家の離れ(夕)

 (兄・南海の家の離れに下宿している)

 一人、原稿を書いているガイコツ。

 夕暮れの庭先に女子の袴姿の人影が立ったのを目の端で捉えた。

ガイコツ「袴の兄さんだろ、来ると思ったよ」

 が、人影からは何の返事もない。

ガイコツ「…?」

 庭にしっかりと顔を向けると、そこに立っていたのは袴姿の……千鳥であった。

 ムッとした顔で、

千鳥「袴の兄さん?」

ガイコツ「(冷や汗)い、いや失敬。袴のお嬢様だった」

 一転して丁寧にお辞儀をして、

千鳥「失礼いたしました。表玄関で案内を乞うたのですが、ご返事がなかったもので」

ガイコツ「遠慮はいらないですよ。兄夫婦はいつも不在がちでね。俺は全く役に立たない留守番役さ」

 縁側に客用の座布団を出すが、千鳥は立ったままで、再び頭を下げて、

千鳥「先日は名も告げずに失礼いたしました。私、勝千鳥と申します」

 ちゃんと見ると、意外なほどに美少女なのにガイコツ、ちょっとドギマギして、

ガイコツ「は、はあ。いやいやご丁寧に」

千鳥「実は、私が帰った後に写真が落ちていなかったでしょうか?」

ガイコツ「写真……(ハッとして)あ、あの」

千鳥「(喜色ばんで)ございましたか!?」

ジュニアの声「これの事だろ」

 いつの間にか離れの庭の入り口にジュニアが立っている。

本日は洋装で、足にはゴツいブーツ。

手にした写真をヒラヒラさせている。

千鳥「あ~、ありがとうございます!」

ジュニア「この写真、どこで手に入れた?」

 手に戻った写真を愛しげに眺めながら、

千鳥「父から譲り受けました。父はこのお方、龍馬様と懇意にしていましたので」

ガイコツ「ちょっと、あなた確か勝千鳥さんと?! まさか、あの勝安房守海舟の‥‥」

千鳥「はい、娘です」

 ガイコツ、ジュニア、共に驚く。

 千鳥、その様子には気にもとめず、

千鳥「大切にしていた写真だったので、本当にありがとうございました。えっと、あなたのお名前は?」

ジュニア「‥‥ジュニアだ」

 ハッとして、

千鳥「じゅにあ?」

 部屋の奥を覗き込んだジュニアが「お!?」と言う顔をする。

 奥の壁に寄せて一台の自転車が置いてある。

千鳥「自転車ですね」

ガイコツ「まあね」

千鳥「お好きなんですか?」

ガイコツ「だが、あいにくと動かないんだ。車輪がな」

 見れば、タイヤが壊れている。

ガイコツ「調子に乗って壁に激突してな。部品が中々見つからなくて」

千鳥「西洋の物ですものね」

ジュニア「あるよ」

ガイコツ、千鳥「え?」

ジュニア「俺に任せろよ、調達してやるぜ」


◎ガイコツの家(外)

街角から様子をうかがっている壮士。

門から出てきた千鳥の後をつけて行く。


◎女子師範学校(門)

夕闇の中、門も閉まり、ひと気もない。


◎女子師範学校(道場)

 やって来た中年女性サナ(千葉佐那)、道場の中をうかがう人影に気づく。

サナ「(毅然と)何をしているのです?」

 その声に、脱兎のごとく立ち去る人影。

キリッとした表情で男の消えた闇を睨むサナ。


◎道場内

千鳥、ガランとした道場内で薙刀を一振りするが、そのまま気の無い表情。

サナ「太刀筋が乱れてますね」

千鳥「先生」

サナ「何か気にやむことでも? 外に怪しい人影がありましたが、誰かにつけられているのでは」

サナ「まさか、あの唐変木!」


◎キンちゃんの部屋

 大きなクシャミをする唐変木、キンちゃん。

ランプの下、勉強をしている。膝の上で、

猫「ニャー」

頭を撫で、机の端に丁寧に畳まれ置かれたハンカチーフを見て、気を取り直して再び勉強をする。


◎道場内

千鳥「実は父から、私に婚約者がいると」

サナ「あらあら、それは」

千鳥「それが‥‥」

サナ「気にそわぬお方なの?」

千鳥「‥‥龍馬様だと」

サナ「!?」


◎同・外の暗がりの木陰

先の人影、壮士が道場をうかがっている。

その背後に仕込み杖を手にした人影(虎道)が立つ。

壮士「(気づいて)虎道様」

 ジッと道場の方を見たまま、

虎道「千葉佐那‥‥」


◎海舟の部屋

海舟が一人、灯の前で一振りの大刀を見つめている。真剣な眼差しで、

海舟「龍馬‥‥。おめえさん、この様なもので、よくあの京の町を‥‥」

 深いため息をつく。



{第一話 了}

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