決闘
あれからドラゴンは食肉業者や医者、庶民に肉を切り取られ一日で骨になってしまった。ドラゴンの肉を食べると不老長寿が約束されるという言い伝えがあるからだ。
王室も業者から肩の肉をたっぷり買った。今日は新鮮な内に諸侯にも振る舞おうと臭みを取るために珍しくカレーにし、宴を催すつもりだ。
午後から諸侯が続々と集まってきた。ドラゴンの肉も食べたいし、カレーという珍しい食べ物にも興味津々である。スパイスが手に入り辛いのでまだ高価な食べ物だからだ。
しばらくしてデミアン王とクエル王妃が現れた。皆が拍手で迎え入れる。
「今日は忙しいなかよく集まってくれた。リューホのクーデターの終結と、コーエンのドラゴン退治を祝って乾杯といこうではないか。乾杯!」
皆がシャンパンを空ける中、皿に盛られたカレーが配られてゆく。
「こ、これがドラゴンの肉……」
皆まずはじっくりと見たり、匂いを嗅いでいる。カレーのスパイシーな香りに食欲をもようし、まずは一口食べてみる。
ドラゴンの肉は口の中でホロホロと溶けるまで煮込んであってコーエンもその旨さに思わず唸る。
私もカレーは大好物だ。少しスープカレーのようだが味は絶品。ドラゴンの肉も美味しく満足のカレーである。横におかれたパンも風味がよく、もぐもぐ食べているとコーエンが笑いだす。
「お前は本当にうまそうに食うなあ」
「あら、そういうコーエン様こそ一口が大盛りで食べるのがお速いですわ。もっと味わって食べないと勿体ないですわよ」
「こりゃやられたな。味わうことにするよ。最後の食事になるかもしれないしな」
「最後の食事?どういう事ですの?」
「なんでもない……いや話しておこうか。俺は明日リューホと決闘をする。長年の怨恨を絶ちきるために」
「け、決闘ですって!そんな事私が許しません!」
私が大声を出したものだから、皆がこっちを見ている。
「決闘ですって……」
皆がざわざわし始める。
「父上と母上にはすでに許可を取ってある。もう決断したことだ」
「やめて下さいコーエン様、コーエン様がいなくなると私はどうすれば……」
私が涙声でおろおろするとコーエンが答える。
「もし俺が死んだらお前はゲーテと添い遂げてほしい。王家の血を絶やさないために。それにまだ敗北が決まっているわけじゃない。俺の勝利を信じてくれ」
侯爵の一人が言う。
「若様、逆賊リューホは、尋常ならざる剣の使い手とか。それでもやられますか」
「ああ、あれは俺が八歳の時だった。先生の質問にリューホが答えられなかったのに対し、俺が答えを朗々と述べると、リューホは俺の手の甲にペンをぶっ指しやがった。あの時の事を思い出すと今でも怒りで眠れない時がある。そういう意味不明のことをしてくるやつなんだ、あいつは。その日から復讐の炎は俺の中でぐずぐずとくすぶり続けているんだ」
「では若様が自らギロチンのロープをお切りになれば気がすむのではないでしょうか」
「いや、正々堂々とやりたい。リューホに殺された多くの人達の為にも!」
ホールはしーんとなった。
「若様のご決意、並々ならぬものとお見受けいたしました。そこまでおっしゃるのであれば、もはや何も言いますまい。ご健闘をお祈りいたしまする」
侯爵は頭を下げた。
その日コーエンは早く寝るため、カレーを食べた後すぐに寝室に行ってしまった。私もその後を追う。その日、コーエンは私を激しく求めてきた。
篠つく雨も止み、曇天が空を覆いつくしている。
馬に乗った二人の男が相対している。一人は焦げ茶の馬に、一人は白馬に。リューホとコーエンである。
「お前もバカな男よ。おとなしくしていれば死なずに済むものを」
「うるさーい!これは俺の問題なんだ。そっちこそ暗黒の未来にうち震えるがいい。負ければ俺に殺されるだけ。勝ってもギロチンになるだけよ!」
二人は剣を立てて礼をする。
「参る!」
同時に馬を走らす。リューホが近づいてくる。まずはコーエンが剣を振るう。リューホは難なく受け止めた。
鍔迫り合いからふたりが離れると、コーエンが言った。
「兜を脱げ!リューホよ。それとも勇気が出ないか!」
「望むところよ!後で吠えずらかくなよ」
二人は同時に兜を投げ捨てた。
再度突進する二頭の馬。
ガキッ、ガンガン!
剣の打ち合いになった。リューホの攻撃に一歩も引かないコーエン。するとリューホはコーエンの馬の首を斬ったではないか!
あまりの痛さに馬がいななき、コーエンを振り落とす。地面に叩きつけられ状況は一気に不利になる。
ズバッ!
リューホの剣がコーエンの横っ面を捉える。耳の上を斬ったようで血があふれ出る。
リューホがいかずちを落とすように剣を振るう。コーエンは間一髪でそれをよける。そしてこちらも馬の腹部に剣を射し込む。
馬はたまらずリューホをふるい落とす。そしてどこかに去って行った。
「これであいこだ!リューホよ、覚悟しろ!」
押しては引く波のように、剣を突き合わせては引き、突き回しては引きという展開。両者一歩も譲らない。
二人とも相手の頭を狙っている。自然と頭を防御する構えになる。下半身が空いている。特に膝頭が。
ガチャ!
コーエンはリューホの攻撃を受け止め、擦るように膝に剣を滑らせる。
ブザッ!
コーエンの剣がリューホの膝を捉えた!
「むぐうっ」
とうめき、一度はその場に片膝をついた。
「やったわ!」
私はつい大声を出した。これで決まりと思ったからだ。
しかしリューホは体勢を立て直し、またすっくと立ち上がった。しかしもう足は使えない。
足を引きずりながらリューホはまだ前に進もうとしている。コーエンはリューホの顔に突きを三連発お見舞いすると、一発が当たり頬をざっくりと斬った。
リューホは喉を狙って剣を一閃する。これを避けようとして後ろに下がると、大きな石に足が引っ掛かり尻もちをついてしまったコーエン。そこを素早く見定めリューホが覆い被さってくる。リューホはコーエンの喉を断ち切ろうと剣を振り下ろす。コーエンはそれを避けようと剣で受ける。また鍔迫り合いが始まった。
「俺はお前のやることなすことすべてが腹ただしかった。俺の後ろ楯になってくれるのは、わずかな貴族のみ。俺はお前に嫉妬をしていた。やがてそれは憎しみに変わっていった」
リューホが怒りの表情を浮かべながら叫ぶ。
ガリガリと剣が擦れる音がする。
「それはこちらも同じことよ。時折理不尽な暴力をふるうお前が憎くて堪らなかった」
コーエンが返す。
するとリューホが鬼のような目から大粒の涙をぼたぼたとこぼし始める。
剣を伝わり涙の雫がコーエンの顔にしたたる。
コーエンは戸惑った。闘いの最中に兄が泣き出すなんて。
「……お前はお袋に似てきれいな顔立ちをしている。俺は親父に似て不細工だ。お前はお袋に似て頭がいい。俺は親父に似て頭が悪い。お前は皆に人気があり俺には人気がない。お前は行動力があり、俺にはない。お前には共に笑いあえる仲間がいて俺にはいない。お前は明るい。俺は暗い。お前はいさぎがいい。俺は卑怯だ。最後にはあのように美しい女を妻にめとり俺には腰が曲がった妻がいるだけ。お前は、お前は……」
涙が止まらない。コーエンはだまって聞いている。
「どうしようのないものはどうしようもない。俺は小さなころからひたすら剣を振るい続けた。お前を超えるためだ。一剣、一剣、憎しみの刃を振り下ろし続けた。天性の者に対抗するには努力をするしか道はない。この道だけは超えてやる。その見えない、いや、見せることができない努力。それは苦しい道のりだった。どれほど暗くみじめな人生だったか、お前には解るまい。その悔しさ。運命に歯ぎしりし、神を呪い続けた日々を。悪の王子で結構だ。だがな、悪に落ちていくにはそれだけの心の底からの叫びがあるのだ!」
私はリューホの言葉に思わず顔をそらし泣いてしまった。あんなに憎かったリューホ。その人生の最後の告白。人は運命を受け入れるしかない。リューホの心の内が解り涙せずにいられなかったのだ。
力はリューホの方が強い。ぎりぎりと押されるコーエン。リューホの剣が、喉元まできたときリューホが上段に剣を振り上げる。
「死ねい!」
振りかぶってから剣を下ろすのにわずかな隙が生じた。そこを素早く見極めコーエンは下っ腹に深く剣を突き入れる!
「ぐはっ!」
下っ腹に力が入らない。コーエンはリューホの下から素早く脱すると、リューホの頭蓋を目掛けて渾身の力をこめて剣を振り下ろす。
「うおー!」
ザシッ!
頭を真っ二つに割られるととろんとした目になり、リューホはしばらくゆらゆら揺れていたが、どたりとその場にうつ伏せに倒れた。
あの世へ行ってしまったリューホ。その場にいた数十名の人間、皆拍手を持ってコーエンの勇気ある闘いを称えた。私は一目散にコーエンに駆け寄り抱きついた。ここに兄弟の確執に終止符が打たれたのだった。
私はリューホの亡骸に言葉をそえる。
「これで解放されたわね……きっと天国にいくわ。あなた。あれだけ人を殺しても神はあなたを見捨てない……」
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