第50話:神々の会話――俺に語れってよ
俺は白い世界にいた。
何度目だ?
ユリカの中に入るとか言っていたが、よく考えれば違う。
ここは精神の世界だけど、誰かの中じゃない――繋がってるだけだ。
「お前、なにやってる!」
ユリカが駆け寄ってきた。
白と金の巫女服は汚れていないし、元気そうだ。
自然と涙が出た。
「ユリカ……戻ったのか?」
「泣いてる場合じゃないぞ、バカ!」
ユリカは俺の両腕を掴んで、がくがくと揺らした。
「ショロトルを呼ぶんだ、早く。時間がない」
「苦痛に耐えるその胆力――さすが炎の巫女だな」
街で偶然出会った知り合いにでも話しかけるような、気軽な男の声がした。
闇を背負ってヴォルトが現れた。
奴の皮膚にも灰色の服にも、黒い血管が這い回っている。
口を開くたび、寒い日の息みたいに黒い影を吐く。
「おい、しっかりしろ!」
俺は、無表情な人形に戻ったユリカの頬を両手で挟んだ。
服が汚れ、裂け、肌に黒い血管が浮き上がる。
「やめろ、この野郎――ガッ!?」
ヴォルトに向かって行く俺を、ユリカが後ろから蹴り倒した。
「肉体の激痛、精神の苦痛、魂の陵辱。その中でさえ時折自由になる。
この小さな体にどんな力が宿っているのか、空恐ろしい」
ヴォルトが近寄ってきて、俺の顎を蹴り上げた。
俺は血の筋を引いてひっくり返った。
「それでも足りないとは、さすがは異形の神の一柱。だが――」
片手を上げる。
ヴォルトの背後の闇の中から、鍛え抜かれたしなやかな体が現れる。
青い巨人は無表情に俺を見つめていた。
「クヴァ……」
「お前が連れてきてくれたんだろう?
無事にミオールは承認し、こうして原初の世界まで浮上することができた。
感謝している、異世界の若者よ」
――俺が……俺のせいなのか?
「そうね。あなたがいなければ、失敗したかもしれない」
はじめて聞く声だ。
中音域の深く落ち着いた、余裕のある女性の声だ。
暗闇からもうひとつの影が現れる。
「はじめまして、私はグルーヴァ。大地の神よ」
グルーヴァは、体中から白い毛が生えている獣人だった。
耳がとても長く、肩幅よりも耳の先端の方が外側にある。
草や蔦を思わせる緑色の服を着ている。
「神……なのに、なんでそっちにいる?」
素直な疑問だった。神殿と教団は対立しているんじゃないのか。
「あら……そっちとかあっちとか、あなたに関係があるのかしら、語り手さん」
グルーヴァが艶かしく体をくねらせて言った。
獣っぽいのに人間の形をしていて、とても扇情的だ。
「俺は……」
「ついさっき、この世界に来たばかり。何も知らない」
緑色の瞳が鋭く俺を見た。
ぞっとするような怒りと苛立ちが、そこにあった。
「私たちはこの世界の簒奪者なの。だから、元の持ち主に返して、共存する。
それが、正しくて自然な道。あなたは黙っていて――ショロトル」
グルーヴァの視線を辿り、俺は後ろを振り返った。
そこに、彩菜がいた。
――否、この姿こそショロトルだ。エラと水かきを持った俺の幼馴染の姿。
「狂ったんだね、グルーヴァ。わたしたちの使命は還ることだよ。
この星に居残ることじゃない。どこでバグが入り込んだの?」
ショロトルが彩菜の声で言った。
グルーヴァは嘲るように笑った。
「狂ったのはあなたでしょう?巫女を溺愛して、異世界から語り手を呼ぶなんて。
せっかく貯めたエネルギーを、ぜーんぶ使っちゃって。もったいない」
彩菜――ショロトルが俺の手を取った。
「ナレ、この人たちは原初の神の封印を解こうとしてる。そうしたら、人間の世界は終わるの。
すべてが混沌に帰って、識心のスープの中に溶けてしまう。防ぐの、あなたが」
「俺はやる気満々だ。俺にできるなら、やり方を示してくれ」
彩菜がうなづいた。
「召喚されたのだから仕方ないけど、哀れね。騙されてるわよ、ナレ」
俺は一歩前に出た。
「なれなれしく呼ばないでもらおうか」
「あら、失礼」
そう言って、グルーヴァは飛びすさり、闇の中へ消えた。
その闇が一気に膨れ上がった。
白い空間をみるみる侵食していく。
ユリカがこっちを向いた。
能面のような無表情がくずれ、苦悶の表情が浮かぶ。
俺を見て、苦しげな笑顔を浮かべた。
「ナレ……頼んだよ……」
ユリカが弾けた。
真っ黒な液体が散乱し、大きなヒルのようなものが現れた。
それはヴォルトの口に、にゅるりと入り込んだ。
クヴァも黒い液体になって崩れた。
白い空間が爆発し、強烈な落下感が襲ってくる。
「ショロトル!」
俺は叫んだが、なにも答えない。
だが――
ヒーちゃんが、そばにいた。
もとの立派な姿をしている。
俺をたくさんある脚でかかえこんで、
その黒金のような顔を近づけて、頬擦りした。
赤、青、そして黒。
色が弾け、無音の広がりが心を占める。
――やあ。
俺は入ってきたものたちに挨拶した。
――これからは、ずっと一緒だね。
識心世界から還ってきた俺が最初に見たのは、
内側から膨れ上がるようにして化け物になっていくヴォルトの姿だった。
骨と関節が異様に捻じ曲がった、黒い竜が現れた。
「てめえあああ!!」
俺は叫び、自分の中にある力を解放した。
やり方は知らない。でも、出来ると分かっていた。
光となった識心が爆発的に広がり、闇を吹き飛ばした。
残っていた異形も、中身の人間や魔物を残して消え去った。
「あとはお前だけだな、ヴォルト」
歩き出した俺の横に、アマヤがやってきた。
「わたしの中のショロトルの力を使って」
空に、別の宇宙船がいた。
黒茶色の円盤状だ。
俺には、それが、水の神殿と呼ばれていたショロトルの宇宙船だと分かった。
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