第48話:光の衛士、闇に挑む

心都が空に浮かび上がっていた。

地面ごと持ち上がった街の向こうに、森や湖がくっきりと見える。


空気は冴えわたり、空は青く輝いている。

雲に手が届きそうだった。


生まれて初めて見る絶景だ。

平時なら、ルスカも少女のように目を輝かせ、興奮していただろう。

だが今は違う。彼女は冷静に、これは戦況の一部だと捉えていた。


街が、人が、滑り落ちていった。

戦いが終わったあと、無事に地上へ戻れる保証はない。


空を飛ぶ種族――風の神殿の衛士と思われる者たちが、落ちていく人々を救っているのが見えた。

もしかすると、彼らを頼れるかもしれない。


だが、ルスカの思考はそこで止まった。


ヴォルトが吹き出した闇が、薔薇の花のように膨れ上がり、視界の半分を覆っている。

その花びらが伸び、棘となって突き刺し、あるいはハンマーのように振り下ろされて襲ってくる。


ルスカは真紅の水馬にまたがっていた。

その体は、死体の血を吸って維持されている。


水馬が血を吸うなど、聞いたこともない。

だが今、そんな常識は意味をなさなかった。

ウユもまた、なりふり構わず戦っていた。


ルスカは、水馬の首筋に光剣を突き刺した。

そのエネルギーを変換し、水馬はレーザーブレスを放つ。


ウユが吐き出した光がヴォルトの闇を薙ぎ払う。

迫ってきた腕が切れ、花びらの一部が霧散した。


効果はある。だがすぐに再生する。

結局、核であるヴォルトを倒さなければ意味がない。


クヴァの槍で真っ二つにしても復活した化け物を、どうやって殺せというのか。


――動かなくなるまで、切り刻めばいい。


ルスカは覚悟を決め、水馬をヴォルトのもとへと進めた。


黒装束とアマヤ、そしてキーマンが、危険なほどの近距離で戦っている。

アマヤの血の盾が闇を防ぎ、黒装束とキーマンが攻撃を退けていた。

三人は見事に連携していたが、核への直接攻撃には至っていない。


アーマ=ヒは空中で、黒腕に捕まっていた。

闇の隙間から、黒い針金のような霊獣の体が見える。

だが、ユリカの姿はない。


ルスカはウユの準備を待ちつつ、手綱を巡らせ、アーマ=ヒを捕らえている腕に照準を合わせた。

識心を用いて、そのイメージをウユに伝える。


空気を焼いて突き進んだ光線は、狙い違えることなく、腕を形作る闇を切り払った。

アーマ=ヒが、溢れ落ちるように落下する。


死んだ蜘蛛のように丸まった脚の中に、ユリカがいた。

アーマ=ヒが、闇の侵食から彼女を守っていたのだろう。


闇が、ルスカの方へと殺到した。


「アマヤ!」


合図を送り、アマヤたちから離れるように水馬を走らせる。

この隙に効果的な攻撃をしてくれればいい――そう願うしかなかった。


足元の瓦礫が、呻くように揺れた。そこから異形たちが這い出してくる。

手足が長く、体躯も巨大。ダンジョンの魔物が核になった個体だ。


ルスカは手綱を引き、ウユとともに応戦した。

だが、攻撃が効きにくい。異形の体は凍てつくように硬質化している。


空気が、鋭く冷え始めていた。

気温はみるみる下がり、空の色も青から紺へと沈んでいく。

星の世界が近づくに従って、異形たちは力を増しているようだった。


「くっ……!」


ウユのブレスが異形の一体を貫いた。

だが、別の異形がウユの体に侵入した。


ルスカは光剣で応戦したが、ウユから引きずり下ろされてしまった。


そこからは必死だった。

最後の異形を倒したとき、ウユの体は水馬の形を保っていなかった。

その体は血の海へと変わり、蟹か蜘蛛に似た水馬の本体が、その中に倒れていた。


「ウユ……すまない」


弔っている暇はない。

彼女は振り返らず、瓦礫を越え、走り出した。


しかし、すぐに膝をついてしまう。

左半身からの闇の侵食が進んでいた。感覚はまったくない。


「副長!」


そのとき、上から声がした。

鳥の亜人が舞い降りてくる。風の神殿で会った衛士長だ。


「サリナ、ナティラ!」


鳥人は2人を脇に抱えていた。


サリナが駆け寄ってくる。

ナティラは辛そうにその場にうずくまった。


「すぐ回復します」


サリナが回復術をかけてくれる。


「風の神殿が動いたんだな」


サリナはうなづいた。


「でも心都が浮上して、いまは住民の救助で精一杯です」


ルスカは鳥人と目を合わせて、黙礼した。

白頭鷲の頭が重くうなずき返す。


「ナティラは?」


サリナの表情が曇った。


「闇の識心に侵食されています。彼女は抵抗できなくて」


「そうか……」


ナティラがこちらへやってきた。体がうまく動かないようだ。


「ルスカ……生きてたんだね」


「お前もな、ナティラ」


「闇に……あんたもやられたんだね」


「ああ、だが浅い。なんとか抵抗できてる」


「あたしは……深くまで入られてしまった……」


ナティラは苦しそうにうめき、膝をついた。


「サリナ、ナティラを安全なところに」


「はい。そのあと、合流します」


「いや、お前は戦いのあとの撤退の準備を頼む。風の神殿の協力を仰いでくれ」


「……わかりました」


サリナはナティラを連れて、鳥人とともに飛び去った。


見上げれば、闇の花が空を覆っていた。

その下に、アマヤたちの姿が見えた。

ユリカの落下地点に駆け寄っているのは、ナレと――暗殺者の少女バユだ。


守るべきアマヤのもとへ――

それが、ルスカの次の戦場だった。

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