第40話:闇に切り込め、光の衛士

「てめえら、どういうつもりだ!」


遺跡探索者ラドーが叫ぶ。

ここは、心都の歓楽街の中央通り。


「うるせえ、ラドー。てめえこそ、どういうつもりだ。

  後ろのそいつらは神殿の連中だろ」


通りを塞いでいる集団の真ん中にいる、顔に傷のある男がすごんだ。


「ギサル、てめえは教団側についたってわけか。

  俺たちは急いでる。命が惜しかったら、そこをどけ」


いきり立つ男たちが剣を抜く。

ルスカの横で、衛士が剣の柄に手をかけた。


「これ以上、邪魔をするなら容赦はしない。最後の警告だ――引け」


ルスカは一歩前にでて、光剣を抜き、光の刃を出現させた。


おお、と男たちに動揺が走る。

「おい、光の衛士ルスカだ」

「やべえんじゃないか。真っ二つはごめんだぞ」


ルスカが歩を進めると、男たちは左右に分かれた。

ラドーが嘲けりまじりの笑みを浮かべる。


「こんな女に怯むんじゃねえ!神殿の犬だぞ!」


傷の男は叫んだが、足は後ろに下がっている。


湖の巨人の若者とクヴァが、ルスカを守るように並び立ち、大勢は決した。


「進むぞ」


ルスカの合図で隊が動き出す。


どおん!


そのとき、通りの右側前方の建物が崩れ落ちた。

内側から黒い影が触手のように染みだしてくる。


ガキン!


「クヴァ!」


ルスカの左側で、灰色の服を着た男がクヴァに切り掛かり、クヴァが槍で受けた。

人間と巨人の体格差を考えれば無謀な攻撃だ。

しかし、クヴァは大きく態勢を崩した。


「ヴヴヴヴヴ……」


男が、人間とは思えない不気味な唸り声を発した。

その首元から顔にかけて、血管が浮き出て脈打つ。

皮膚の隙間から闇が染み出し、男を包み込んでゆく。


男はさらに踏み込み、次の一撃を放った。

クヴァは石突を回して男の腹を狙い――動きを止めた。


クヴァの影に闇が絡みついていた。


男の刃がクヴァの脇腹にめり込む。


「ぐあうっ!」


刃から滲み出た闇が、クヴァの中に侵入していく。

クヴァは膝をつき、刃と闇がますます青い体に食い込んでいく。


「クヴァ、下がれ!」


ルスカが光剣を振るう。

光の刃が、まとった闇ごと男をまっぷたつにした。


「ガルを……呼んだ……」


クヴァが苦しそうに言った。


「マナスを侵す影の術だ……気をつけろ」


クヴァの後頭部に水滴型の光が現れた。

額に汗を浮かべ、小さく呪文を唱えている。


マナスとは識心のこと。男は識心を縛る魔影の術を使ったのだ。


周辺は大混乱に陥っていた。


影をまとった大小の異形の怪物が暴れ回っている。

異形は相手構わず襲いかかり、さっきルスカたちを囲んでいた男たちもやられていた。


「そこの巨人殿、クヴァを守ってくれ。

  衛士は私に続け。切り抜けて、薬草屋に突入するぞ!」


ルスカは新たな異形を切り倒す。

血を流して床に倒れたのは、異形の核となっていた哀れな野良猫だった。


巨人がひとり先頭に立って道を切り開き、衛士たちが続く。


「副長、新手です!」


通路の奥の建物から、灰色の男たちが出て来た。

おそらく、あれが目指す薬草屋だ。


灰色の男たちが唸り出すと、一瞬、その輪郭が溶けたように見えた。

その身体から、黒いもやがふわりと漏れ出し、路面を舐めて広がっていく。


街のあちこちから闇が染み出し、異形があらわれ、

そこはいつの間にか、異様な唸りが重なり合う魔空間と化していた。


突撃するきっかけを測っているルスカの横に、すっと、衛士が並び立った。


「あの黒い塊は、異形の神の眷属が顕現したものです」


ルスカはぴくりと片眉を上げた。


「……なぜここにいる」


「すみません。鳴動の際に牢を抜け出して、巫女を助けに向かいました」


それは、水の神殿の結界牢にいるはずの、衛士オクシトだった。


ルスカは、隣に立つ男の全身を確認した。

神殿製の鎧は部分的にしか残っておらず、傷だらけで、全身に乾いた血がこびりついていた。


「貴様、何をした。返答次第では許さんぞ」


「教団のアジトに侵入して巫女を救出しました。しかし、脱出に失敗して奪い返されてしまいました」


オクシトは、まっすぐにルスカを見つめた。


「教団はやはり、異形の神を顕現させようとしています。巫女はその依代にされるのでしょう。

  巫女を神殿から連れ出した私の責任です。ことが終わったあと、どんな罰でも受けます。

  しかし、どうか今は巫女救出に参加させて下さい」


「知っていることを話せ」


ルスカの声は硬い。


「……教団の本拠地はダンジョンの中です。巫女もそこにいると思われます」


「案内できるか」


「はい」


「……分かった。入口はあの薬草屋で間違いないか」


「間違いありません」


「よし、着いて来い。衛士よ、私に続け!」


駆け出したルスカに、気圧銃を構えてオクシトも続いた。


ルスカを先頭に、衛士隊と異形と化しか信者がぶつかる。

光剣が閃き、先頭の信者を斬り倒した。


衛士が渾身の一撃を異形の胴に叩き込む。

魔術でまとった水の膜が、衛士に絡みつく影を防いでいる。

さらに踏み込むと、黒いもやの中に呻く人影が見え――それごと、斬り伏せた。


衛士たちは互いに連携を取りつつ、確実に進んだ。


やがて、ルスカが光剣で入り口の異形を滅ぼし、薬草屋に足を踏み入れた。

暗い店内には棚がずらりと並び、様々な薬草が発する匂いが立ち込めていた。

ルスカは光剣を明かりに、ズカズカと奥へと進んでいく。

行手をふさぐ布や棚は、躊躇なくすべて切って捨てた。


部屋の奥へ踏み込むと、腰の曲がった女が包丁で切り掛かって来た。

光が閃き、女の腕が落ちた。


「巫女はどこだ」


ルスカの言葉に、女は唾と罵倒で返した。

そして何かを口に入れると、喉の奥で獣のように唸り始めた。


女の皺だらけの口から、どろりとした闇が溢れ出す。

それを認めたルスカが、容赦なく光剣を振るう。


その瞬間、天井から、何本もの影がルスカを襲った。

影は手足を縛り、光剣から光を奪い、光の衛士を床に押し付けた。


「ヒヒヒヒヒ……おかえりなさいませ」と、女が言った。


部屋の通路から、灰色の服を着た男が現れた。

露店で果物でも売っていそうな平凡な男だった。


「ヴォルト……」と、ルスカはやっと声を出した。


「これは……よく覚えていてくれましたね」


ヴォルトはそう言いながら、老婆から包丁を乱暴に取り上げた。


柄を前にして刀身の峰を握った投擲の構え。

動けないルスカは避けようがない。


「死ね」


ヴォルトが、ちょっと用事を頼むくらいの平坦さで言った。


そのとき――


包丁を持った腕が破裂した。

真っ赤な血が、ルスカの顔と体に降り注ぐ。


「副長!目を閉じて」


ぼんっと音がして、強烈な光が部屋を白一色に染める。

影が消えた。


白光の中から、神衛士の制服が飛び出した。

衛士は駆け込んだ勢いのまま、ヴォルトの胴を剣で薙いだ。


だが、そのヴォルトはすでに飛びすさっていた。

失った腕の傷口をおさえ、闇に消えていく。


「カオリオ!」

「副長、無事ですか!?」


カオリオはルスカを手早く背負い、出口に向かって駆け出した。


「お前、禁術を――」

「構いません」


ルスカの忠実な副官は、きっぱりと言った。


「あなたを助けるためです」


ルスカは黙して答えなかった。

しかしカオリオは、しがみつくルスカの腕に力が加わったのを感じた。


追いすがる影に捕まる寸前、二人は薬草屋から走り出た。


その瞬間だった――


薬草屋が爆散した。


爆風に押されて、二人は石畳に叩きつけられ、二度三度と転がった。


無様に道に転がったまま見上げた空に、ルスカは見た。


明け方の青白い光の中を駆け上る闇の塊――

その中から、黒き霊獣アーマ=ヒと紅蓮の炎をまとったユリカが現れるのを。


異形が襲いかかってきた。

闇をまとった棍棒が、まだ起動していない光剣を弾き飛ばした。


異形は棍棒を高く振り上げた。

ルスカは回転しながら横に跳んで距離を取った。


そこに、復讐の炎に目を輝かせて女が立っていた。

狂気の速度で包丁を振り下ろす。


物凄いスピードに防御の短刀が間に合わず、闇の切っ先がルスカの肩に突き刺さった。


刺突の痛みより、全身を駆け巡る悪寒で、ルスカは一瞬気が遠くなった。

しかし、すぐに識心を練って侵入した闇に対抗した。


「よくもヴォルト様の腕を!堕ちろ!」


女はその口から粘性の闇を勢いよく吐き出した。


ルスカは体を振って避けた。

しかし、思った半分くらいしか動けずに半身に闇を受けた。


――入ってくる……!


闇による侵食が進み、体がまるで別人のようだった。

冷たく暗い井戸の底にいるような絶望感がルスカを襲った。


「ヒヒヒヒイイイイ!!」


女の体は崩れ、闇と融合し膨れ上がっていた。

黒い刃と化した包丁が、ルスカに襲いかかる。


そのとき、闇が破裂した。

女の目から鼻から耳から口から、滝のように闇が溢れ出す。


直後――


女の体の中から炎が燃え盛り、闇を焼き尽くした。


「ルスカ!」


懐かしい声がした。

今夜別れたばかりだというのに、ルスカはそう感じた。


片膝をついて動けないルスカの首に、水の巫女アマヤが抱きついた。

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