第20話:影手の村、燃ゆ――暗殺少女、帰る

「人生で、アーマ=ヒの加速を体験できるなんて、思ってもみなかったよ」


ナティラが嬉しそうに、ルスカに言った。


彼女の言葉は大袈裟とも言えない。

アーマ=ヒは絶えたというのが通説だったのだ。


「次から次へと……今夜はこの先も何が起こるか分からないな」


ルスカの言葉が届いているのかいないのか、ナティラは細長い獣を見つめたままだ。


神殿前の広場に、アーマ=ヒの「ヒーちゃん」がいる。

横に立って頭を撫でているのが、主である炎の巫女ユリカ。

そして、巫女のそばの青年――


――景山ナレ。異世界の男。


巨人の巫女にもらったという、黄色いヒラヒラした服に革の上衣を来ている。

腰には見事な衣装の鞘に入った短剣。しかし、その佇まいは平民のそれだ。


水の巫女アマヤは、ナレを連れて来たのは自分だと言った。

彼女はすぐにさらわれてしまい、それ以上の話はできなかった。

しかし、ナレがこの事態の中心にいることは間違いないだろうと思う。


「ルスカ、森の入り口で待ってるから!」と、ユリカが元気よく言った。


軽く手を上げて答える。


「ようし、みんな行くよ!巨人たちは熱いの、ちょっとだけ我慢だよ!」


「じゃあ、行ってくる」


言葉を弾ませて、ナティラもヒーちゃんのもとへ向かった。

彼女は癒し手として巨人たちとともに行く。それが必要らしい。


ヒーちゃんの周りに、ユリカ、ナレ、ナティラ、そして巨人たちが集まった。


キィィィ……


と、空気がなる。焦げ臭いにおいが漂ってきた。


ヒーちゃんを中心とした10メートルほどの半球の表面を、オレンジの火花が走り回った。


次の瞬間――


一行の姿が空間に滲むようにブレたかと思うと――消えた。

いままで彼らがいた地点に風が集まり、見守る衛士たちの髪を激しく揺らす。


残された火花が弾けて消えるまで、誰も声を発さず、動かなかった。


「我らも出るぞ!」と、ルスカは号令をかけた。


深夜の神殿都市を、騎馬の一団が駆け抜ける。


水の巫女の逃走、異邦人の出現、影手による巫女の拉致。

さらに、「開かずの間」から巨人が出現し、神殿が鳴動した。


あの鳴動はいつもの鳴動の少し大規模なもの、とナティラは結論を出していた。

しかし、すべてが偶然なはずはない。


影手の一族は、あくまでもプロとして任務を遂行したはず。


(何が割り込んでいるのか……?)


――『言葉なき信者の会』


不気味な噂ばかりの異端中の異端教団。


影手の一族を連中が使ったとしたら――


悪い予感を振り払うように、ルスカは頭を振った。


◆◆◆


空気に混じる煙の匂いには、ずっと前から気づいていた。


黒衣の暗殺少女バユ・スラマは、丘の上にしゃがみ込んで、動かない。

仮面の奥で、眉だけがわずかに寄る。


視線の先には、影手の村。バユたち暗殺者の本拠地だ。

炎が上がっていた。警鐘はない。人影も、あまりに少ない。


――さっきの「気」の揺れ、あれはどっちなんだろう。


敵か味方か、それとも無関係か。


体の芯を触られた感覚があった。

世界のどこかで、誰かが扉を叩いた――そんな言葉が浮かんだが、意味はない。


バユはゆっくりと息を吐き、仮面を外す。

可愛らしい横顔が、月影に浮かび上がった。


微かな風に揺れたボブカットの隙間から、先がほんの少し尖った耳がのぞく。

ここから先は、顔を隠す意味はない。


――これは仕事じゃない。


危機にある故郷の村へ忍び込む。

状況を把握し、事態を収める。


草と岩の境を縫うように、身を滑らせる。


相棒の暗虎トカゲも、闇に紛れている。

普通の人間には、その巨体の存在を感じることすらできないだろう。


勝手知ったる裏山。

だからこそ、万全の警戒を解かずに、バユは村へと森の斜面を下りていった。


巫女を奪う任務で村を出たときは、四人と三匹。いまは一人と一匹。

バユは寂しさも心細さも感じない――景山ナレと出会う前の、今はまだ。


◆◆◆


斜面を抜けて、村の裏手へ。


村は暗闇に沈んでいるが、あちこちで炎が燻っているため、灯りはある。

ただ、夜目が効くバユにはあまり関係ない。


燃える木が爆ぜる音に混じって、微かな呻き声が聞こえた。


転がったままの兎階級の少年――喉を一点だけ裂かれていた。

影手の手口だ。外部の襲撃ではない。中にいた誰かが殺した。


物陰で、微かに気配が動く。

近づくと、そこにいたのは年若い男。たしか鼬(いたち)階級だ。

腹に深手を負いながら、壁にもたれている。


「すみません……なにも……でき……」


それだけを告げて、意識を手放した。


バユは眉をひそめた。

今度の傷は、不格好だ。強引な袈裟斬り(けさぎり)――影手の断ち方ではない。


――鼬が、この程度の腕の相手に負けた?


別の敵が混ざっている。

相手は、影手の知らない技を使う。


でも――


――この村の殺し方を、オレは一番よく知ってる。


犬笛を吹く。暗虎トカゲが先行したはずだ。

バユは村の長である「梟」の家へ――自分の生家へと、影を渡っていった。


門の前に、見知らぬ三人の男。

三人ともに大柄だが、ひとりは特に大きい。2メートルを超えているだろう。


上下どころか部位ごとにバラバラな鎧を着込み、手には槍かハルバート。

腰にはみな剣をぶら下げ、背に丸盾を背負っている。


典型的な野盗の格好だが、武器は傭兵だ。どっちもやる乱暴な連中だろう。

目つきが鋭く自信に満ちていて、腕に覚えがありそうだ。

大男は、村人の裸の死体を重ねて、その上に座って煙草を吸っている。


焚き火を囲んで話をしている声が聞こえてきた。


「剥いてみりゃ混血ばっかだ。強けりゃ化け物とでも寝るんだろ」と、ハルバートの男が言った。

「それで生まれたのが、ここのガキどもってわけだ」

「まあ、そういうのが好きな奴らもいるしな。俺はごめんだがよ」


大男がにやりと笑い、三人で下品に笑い合う。


「よし、じゃあ見回ってくる」と、槍の男が立ち上がった。


肩を軽く回しながら、塀に沿って気楽な足取りで歩き出す。


「しっかり見てこいよ。混血の姉ちゃんが裸で寝てるかもしれねえからな」


残った二人がまた笑う。焚き火が、野卑な顔を照らした。


無表情に状況見てとり、バユは闇に消えた。


次に現れたのは、ひとりだけ離れた男の頭上だった。


着地と同時に、男が倒れる。出血はない。悲鳴もない。

口と鼻から、肉が焼ける臭いと、微かに煙が出ている。


死体をそっと横たえ、もうバユの姿はそこにない。


――これは仕事じゃない。


バユは犬笛を吹いた。

向いの家の陰から暗虎が飛び出し、ハルバートの男を噛み殺す。


バユは、死体に座る大男の前に歩み出た。


「坊主――嬢ちゃんか……お前も混血か?」


煙草を捨て、余裕しゃくしゃくで立ち上がる。


大男は、ひときわ巨大な槍を振り下ろし、水平でピタリと止めて見せた。

風圧で足元から土埃が上がる。


「女だろうがガキだろうが容赦しねえが、お前ほどの腕ってのは初めてだ。やろうぜ。黒猫も一緒に来いや」


バユは手を上げて、トカゲに待つように指示した。

無意識に唇を舐める――仕事中には決してしない仕草だ。

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