第11話

升「あそこですね」


――ええ。坊ちゃん、おひとりで大丈夫ですか。


升「はい。あの…」


――何でしょう、坊ちゃん。


升「その“坊ちゃん”ていうの、やめてもらえませんか」


――おや。これは失礼しやした。


升「僕は秀夫です。基央兄さんと弘明兄さんの…、弟。それだけですから」


――わかりやした。では秀夫さん、お気をつけて。






ヒロ兄がいるのではないかと言われた家には、確かにおじいさんが住んでいました。

ただ、訪れてみると、そこにヒロ兄の姿はなくて。

「あそこかもしれない」と教えられたのは、そこから少し離れた場所。

海のそばの鄙びた観光地にある、大きな旅館でした。



升「ヒロ兄」

増「…秀夫」



会いたかった人は、部屋の窓枠に腰かけて海を眺めていました。

すぐ足元に敷かれた布団。Tシャツにジーンズ姿で、髪を風にゆらしながら。

どうしてでしょう。ぶつけたい言葉が山ほどあったはずなのに、いざ会ってみたら何も出てきません。



増「ひとり?チャマは一緒じゃないの?」

升「家だよ」

増「そう」

升「車で送ってもらったから、この旅館のロビーには、もう1人いるけど」

増「そっか。兄さん、気をつかってくれたんだね」



そっと目を伏せ、つらそうに笑うヒロ兄。

どうしてだろう…俺や基央兄さんが心配すればするほど、この人は逃げたがる。

そう思って、秀夫くんも悲しくなりました。



増「お茶、飲む?」

升「…うん。ねぇヒロ兄」

増「ん?」

升「ここ、すごい部屋だね。広いし眺めもいいし」

増「あぁ…実はこれ」

升「何それ?」

増「家族カード。ずっと兄さんが持たせてくれてたんだけど、初めて使っちゃった」



今まで1人で出歩くことなんてほとんどなかったから。

そう言われても、それもそうかという感想で終わり。会話が続きません。



升「いつもの薬は持ってるの?」

増「うん、大丈夫。あと1週間ぐらいは」

升「それで…1週間、いなくなるつもりだったの?俺たちに何も言わないで?」

増「…ごめん」

升「うちにピストルが撃ち込まれたことは知ってる?」

増「あぁ…知ってる、テレビで見た」

升「驚かなかったの?ていうかヒロ兄、あの騒ぎより前に家出してたんでしょ」

増「…バレバレか」



いや、そうでもないけど。最初に気がついたのは俺なんだけど。

そう呟いたら、ヒロ兄は意外そうに秀夫くんの顔を見つめました。



増「秀夫、そんなに俺のこと心配してくれてたんだ」

升「あ、当たり前じゃん!そうでなきゃここまで来ないよ!」

増「……」

升「みーんな、ヒロ兄のこと心配してるんだよ!兄さんもチャマさんも、もしかしたら拳銃を持ったやつらに連れていかれちゃったんじゃないかって!」

増「そっか…ごめんね。ほんとに…俺のせいで…」

升「どうして謝るばっかりなんだよ!!」

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