第4話 少女Rの予言
葉桜の季節が過ぎ、日差しは焦げつくように
蒸し暑さに制服の襟元を緩めながら、俺はぼんやりと校舎の窓の外を眺めた。
学校生活もいつものように続いていて、毎日をただただこなすだけの日々だった──が。
気づくと、放課後は
最初は特に理由もなく、ただ流れでそうなっただけだった。
莉緒が占いをしたがるから適当に「はいはい」と相槌を打っていたけど、いつの間にかそれが日課になっていた。
莉緒は相変わらず不思議な子だった。
占いの結果を口にするときは真剣で、大きな瞳には揺るぎない自信が宿っている。
けれどその表情の奥に、見えない何かが隠れているような気がしていた。
「どうしたの?」
放課後の昇降口。
靴箱の前でぼけっと突っ立ていると、隣にいた莉緒が小首をかしげながらこちらを見ていた。
──気のせいかもしれない。
けれど、彼女の占いが妙に的中することが増えてきて、俺は次第に、その『何か』の正体が気になり始めていた。
「いや、別に」
「そう?」
莉緒は俺の曖昧な態度を気にすることなく、ふんわりと微笑んでいる。
日差しに透けた髪がやわらかく揺れて、なんとなく目をそらした。
「今日も占うでしょ?」
莉緒は自信たっぷりに言う。俺が断らないとわかっているからだ。
最初は、タロットカードなんてただの紙切れで、占いの結果がどうであれ、結局は自分の行動次第だと思っていた。
けれど今は、少しずつ莉緒が言う「未来」の結果に興味を持ち始めていた。
たとえば、一昨日のこと──。
「明日は、ちょっとしたハプニングがあるかもね」
莉緒にそう言われた翌日。
朝のホームルームで先生に指名され、俺は宿題を忘れていたことを白日の下にさらされた。
すぐさま隼人に盛大にからかわれ、クラス中の笑いものになってしまったのだ。
その話をすると、莉緒は「ほらね。でも宿題はやらなきゃダメだよ」とクスクスと笑っていた。
最初は全部偶然だと思っていた。
けれど、こうやって小さな的中が重なるたびに俺の中で『ただの占い』という認識が少しずつ揺らいでいく。
──莉緒の占いは、当たるのかもしれない。
認めたくはない。事実を占いと結びつけているだけなのかもしれない。
だが、そう思ってしまう瞬間が確実に増えていた──。
「中庭、行くか」
俺が何気なく言うと、莉緒はいつものように「もちろん」と嬉しそうに答えた。
俺たちは靴を履き替え、そのまま中庭へと向かった。
◆
「今日も
弾んだような口調で、莉緒は向かいに座った俺に向かって笑いかける。
その笑顔に込められた自信と断言たるや、こちらの有無を問わず未来を占うことが決まっているかのようだった。
──ま、いつも通りだな。
肩をすくめて「よろしく」と返した。
「じゃあ、いつものように三つに分けて」
俺もこの儀式にはすっかり慣れてしまった。
面倒に思っていたけど、今では彼女の真剣な表情を見るのが楽しみになっている。
莉緒がカードに触れるたび、ふっと真剣な表情に切り替わる。
その美しくも儚いような姿は、いつ見ても見入ってしまう。
そしてカードを並べ終わると、莉緒はそれらにじっと目を向けながら何かを思案するように黙った。
「……これって」
少し言葉を詰まらせた莉緒が、じっとカードを見つめたまま呟く。
「なに? どうしたの?」
思わず俺は声をかけた。莉緒がこんなふうに戸惑うなんて珍しい。
俺の声に反応して、彼女はようやく顔を上げた。
その瞳はいつも以上に真剣だが、どこか不安げに揺れている。
「玲仁くん、今日は気をつけて帰った方がいいかも。ううん、違う。もっと……」
言葉を飲み込んだ莉緒は、その後に続く言葉を考えているようだった。
普段はさらっと占いをさばく彼女だが、こんなにも悩んでいる姿を見せるのは初めてだった。
よほど深刻な結果が出たのだろうか。
じっと待っていると、莉緒が重々しく口を開いた。
「事故とか、事件とか、そういう感じがするの」
「んな、オーバーな」
さすがに度が行きすぎている。
まだ「転ぶ」とか「財布がなくなる」とかの方が現実味がある。
それに比べたら、どうにも大げさに感じてしまい、うっすらと笑ってしまった。
「オーバーかもしれないけど……!」
俺は冗談半分で流したが、彼女の目は本気そうだった。
普段はどんな冗談にも動じない莉緒なのに、今日は明らかに違う。
占いを理解してもらえない悔しさなのか、わずかに瞳が潤んでいるように見える。
そんな彼女の様子に、ふと胸が痛むのを感じた。
「よかったー! いた!」
気まずい空気を切り裂くように、中庭に聞き慣れない女子たちの声が響き渡った。
莉緒が何かを言いかけるのを、何気ない笑い声が遮る。
「莉緒! 今日こそは占ってよー!」
「あ、今は……」
焦りながらこちらに振り返った莉緒を見て、俺は軽く眉を下げて言った。
「占ってやれよ。俺もう行くから」
「玲仁くん……!」
莉緒の声が少し震えているのが気になったが、無視するように俺はそのまま中庭を出る。
きっと隼人なら、こんな場面でも女子たちの輪に飛び込んで楽しんでいただろう。
しかし、俺は女子のキャアキャアとした集まりにはどうも馴染めなかった。
俺の名を呼んだ莉緒の顔色が少し変わったように見えるが、すぐに表情を引き締めた。
「玲仁くん! 本当に、気をつけてよ!」
「わかったわかった」
俺は軽く手を振りながら、莉緒の言葉を流す。
心配してくれる気持ちはありがたかったが、あまりにも真剣な顔をされると少し気まずくなってしまう。
──でもま、莉緒があそこまで言うなら気をつけてみるか。
そう思うくらいには、莉緒の占いを信じていた。
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