五章 これが女王としてのわての決着(ケジメ)や 其の二



 翌日の夜。王城の謁見の間には多くの貴族や騎士、それに文武の官吏たちが集まっていた。

 城に参集した最たる理由はむろん戦勝式典に出席するためだが、彼らの本当の目的は、その席上で発表される「恩賞」にあるだろう。

 なにしろ先の戦いで同盟に与した国内の七割近い貴族が「賊」として捕らえられ、早晩、地位も領地も財産も取り上げられることになる。つまり爵位や領地に「空き」ができることになるわけで、集まった人々にしてみれば自分がどのような恩賞を女王から賜るのか、心躍らさずにはいられないといった心境であろう。

 その式の進行役たる式部官を命じられたのはランマルであった。

 いつも式部官を務めている中年の侍従官はというと、謀反とそれに続く内戦に心労がたたり、現在、自宅にて療養中とのことで、ランマルがその代役となったのである。

 部下の侍従官らとともに広間の隅に立ち、式の進行手順などが書かれたを見ているうちにも、式の開会を告げる奏楽隊のラッパの音が響きわたった。

 じゃあ呼ぶとするか。ランマルは大きく息を吸いこみ、声もろとも吐きだした。

「神聖にして不可侵なる王国の統治者。法と正義の守護者にして、慈愛と万物の美の化身たる女神ヴィーナスの生まれ変わり……」

 言っている途中でランマルは、気恥ずかしさから舌を噛み切りたくなったが、原稿の作成者から「一字一句でも間違えたら承知しないわよ!」と恫喝されていては仕方がない。

 ともかくランマルは忍耐力を発揮して最後まで言い続けた。

「オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世陛下、御入来にございます!」

 語尾に重なるように再びラッパの旋律が広間内に響き、参列者たちがいっせいに頭を垂れる。ほどなく扉が開かれると、数人の護衛司を引き連れたフランソワーズが広間内にあらわれた。

 黄金のティアラとダイヤをちりばめたネックレス、そして純白のロングドレスで着飾った姿で、床に敷かれた緋色の絨毯の上をゆっくりとした歩調で進んでくる。

 やがて階を昇り、玉座の前でくるっと身体の向きを半回転させると、いまだ低頭を続ける参列者たちに「頭を上げてください」と声をかけた。

 参列者全員が頭をあげて玉座に視線を集中させたのを見計らい、再びフランソワーズが声を発した。

「今宵の皆の参列にこのフランソワーズ一世、心より嬉しく思います。さっそくではありますが、これより先の戦いにおける戦勝式典を執りおこないたいと思います」

 式典はまず、先の戦いで女王軍の勝利に貢献した人々への論功行賞から始まった。

 一番に女王に指名されたのはやはりというべきか、四人の騎士団長たちである。

「四騎士団長、前へ!」

 というランマルの声に、ヒルデガルドら四人の騎士団長たちが武官の列から階の下まで歩を進め、そこで片膝をついてかしこまった。

 そんな彼女たちの姿を一瞥した後、フランソワーズが口を開いた。

「先の反乱軍との戦いにおいて、そなたらの働きはまことに見事でした。女王として心より礼を言わせてもらいます」

「はっ、身にあまるお言葉にございます」

 一同を代表してヒルデガルドが応じると、フランソワーズは小さく頷き、後背に控えていた侍従官長から一枚の紙片を受け取って、よく響きわたる声でそれを読みあげた。

「フェニックス騎士団長ヒルデガルド将軍。こたびの反乱軍討伐および戦勝の功績により、汝を南部モンブラン領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである。オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世」

「ははっ、慎んでお受けいたします」

 ヒルデガルドが膝をついたまま低頭したのと前後して、参列者の間に小さなどよめきが走った。

 いかに女王の信任厚い側近であろうと、いくら戦勝の功労者であろうと、まだ二十歳にも満たない女の子がいきなり爵位と領地を与えられて諸侯になったのだから、彼らが驚嘆のあまりどよめいたのも当然であろう。

 くわえてヒルデガルドに下賜されたモンブラン領は、国内屈指の肥沃な穀倉地帯として知られ、石高に換算すれば一千石はあろう大領である。これより規模の大きな領地をもつ貴族は十人もいないであろう。

 むろんヒルデガルドだけが栄達したわけではない。他の三人も同様の恩賞を女王より賜ったのである。

「タイガー騎士団長ガブリエラ将軍。汝を西部グランディエ領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」

「ドラゴン騎士団長パトリシア将軍。汝を東部モリエール領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」

「タートル騎士団長ペトランセル将軍。汝を北部ジェルジェ領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」

 三人に与えられた領地も、ヒルデガルドのモンブラン領に匹敵する大領ばかり。かくして彼女たちは、一夜にして王国屈指の大貴族になりおおせたのである。

 まさに夢のような四騎士団長たちの栄達ぶりに、広間の参列者たちはどよめきとともに羨望の溜め息を漏らしたが、彼らに溜め息をつかせた理由の八割くらいはガブリエラにあるのではないかとランマルは推察した。

 貴族とは名ばかりの貧家とはいえ、ともかく貴族出身であるヒルデガルドや、下級騎士の家に生まれたペトランセルやパトリシアとも異なり、ガブリエラは貴族でも騎士でもない平民の、それも地方の貧しい農民の娘である。

 それが立身すべくと国都にやってきて、幸運にもその武才を女王に認められて近習として召し抱えられたばかりか、あれよあれよという間に騎士団長の一人に抜擢され、今まさに諸侯にまで登りつめた。そんな「夢物語」のような話を現実のものとして目の当たりにしては、参列者たちも溜め息しかでないといったところであろう。

 やがて功労者に対する恩賞の授与が一巡すると、式典は次の段階に移った。戦いに敗れて虜囚となった敵将の引見である。

 最初に広間に連れてこられたのは当然というべきか。盟主であったカルマンであった。

 みるからに屈強そうな衛兵に左右を挟まれて、さらに両手首には木製の手枷がはめられている。絵に描いたような罪人の姿であり、これが先王の長子として生まれてこの国の宰相まで務めていた人間だというのだから、かくも敗者とは無残なものなのかとランマルなどは同情を禁じえない。

 もっとも、当のカルマンには恥じいった様子も悪びれた様子もなく、階の上のフランソワーズを毅然とした態で正視している。

「カルマン卿、久しいですわね」

「陛下もご機嫌うるわしくなによりと存じます」

 二人とも淡々とした口調であり態度だった。

 その表情もまさに「無」で、お互いへの心情感情といったものはまるで窺い知れない。フランソワーズが語を継いだ。

「さて、カルマン卿。先の一件について、何か弁明したいことはありますか?」

 するとカルマンはゆっくりと首を振り、

「いいえ、ございません。ですが、お許しを得られるならばひとつだけ陛下にお願いしたいことがございます」

「よろしい。伺いましょう」

「一連の謀反の企ては、すべて盟主たる自分が主導したものございますれば、同盟に参画した貴族や将兵たちには、なにとぞ寛大なるご処分を願うものであります」

(ええっ、それは違うでしょう、殿下!?)

 一瞬、ランマルは驚きのあまり喉もとまで声が出かかったが、すぐにカルマンの胸の内は読めた。すべての咎を自分一人で背負い、謀反に加担した貴族たちの助命を図るつもりなのだ。 

 ランマルはちらっと階の上に視線を転じた。そこではフランソワーズが沈黙を保ったままカルマンを見すえていたが、やがて小さく息を吐き、

「わかりました。要望として伺っておきます。それでは後日、あなたへの沙汰を通達いたしますゆえ、それまでは城下において謹慎することを命じます」

 フランソワーズの一語にカルマンはゆっくりと頭を垂れた。

 そして踵を返し、衛兵には挟まれたまま広間から出ていった。

 傍らにいたフォロスの、溜め息まじりに呟く声がランマルの耳をうったのは直後のことである。

「惜しゅうございますな……」

「うん? 惜しいとは、カルマン殿下のことか?」

「はい。才幹といいお人柄といい、大公殿下と女王陛下が手を携えてこの国の舵取りをなされば、きっと良い政治まつりごとがおこなえたでしょう。にもかかわらず、あのような軽挙な所業に加担されるとはまことにもって残念でなりません。聡明な殿下らしくもない……」

「…………」

 吐息まじりのフォロスの慨嘆にランマルは沈黙を守ったが、それは彼と意見を同じくするからではなく、逆に異とするからであった。

 二人が手を携えればとフォロスは言うが、あの性格や思考性や気性といったものがまるで正反対の異母兄妹きょうだいがこの先、不和を起こすことなく二人三脚で国政をおこなえたかというと、ランマルにはとてもそうは思えなかった。

 たしかに今回の反乱はダイトン将軍ら反動派の面々が中心となって起こされたものであり、カルマン大公は彼らに懇願されてしかたなく盟主に就いただけで、けっして女王が憎くて謀反に与したわけではない。そのことは女王自身も承知しているはず。

 だがこの先将来において、女王と対立したカルマン大公が、今度は自らが首謀者となって同様の事件を引き起こすことは絶対にないと誰が断言できるのか。先の人事を見てもわかるように、女王との「火種」は事欠かないのだ。

 そして万が一にもそのような事態が起きれば、そのときこそ互いの憎悪を直接ぶつけあう、本当の意味での骨肉の争いがこのオ・ワーリ王国で引き起こされるのだ。

 そう考えたとき、これはまったくの極論かもしれないが、今回の事件とその結末は、あるいは女王と大公双方にとって「救い」ではなかったのかとランマルは思うのだ。兄と妹が互いを心底から憎むことなく「破局」を迎えることができたのだから……。

 そんなことを考えていたランマルが、思考の淵から脱してふと顔を上げたとき。玉座に座るフランソワーズと視線があった。透きとおるような碧眼で、ランマルの顔をじっと見つめている。

 否、それはフランソワーズだけではなかった。参列者の誰もが怪訝そうな目つきで、ランマルに視線を集中させている。

 わけがわからずランマルがポカンとしていると、

「ランマル卿、早く閉会の宣言を」

 と、後背からフォロスがささやいてきた。

 その一語でランマルは完全に状況を理解することができた。

 つい失念していたが、本日の式典の進行役たる式部官は自分ということをである。

 さらにいえば虜囚の引見が終われば式典も終了となるのに、ぼんやりと考え事をしていて、いつの間にか引見が終わったことにまるで気づかなかったということもである。

 つまりフランソワーズや列席者たちの視線は、「さっさと式を締めんかい!」という無言の催促だったのである。

 遅まきながらそのことに気づいたランマルは慌てて声調を整えると、声高に式の終了を告げたのである。

「い、以上をもって、戦勝式典の閉会を宣言いたします!」





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