四章 調子にのったら代償高うつきまっせ 其の三
そんなパトリシアの変化を怯んだと見たのか。ブレームス将軍の両眼が愉悦にぎらついた。
「どうした、もうお終いか? ならば今度はこちらからいくぞ!」
咆哮一番、ブレームス将軍が馬体を蹴って突進してきた。
手にする長槍を鋭く旋回させて、苛烈極まるな槍撃を立て続けにパトリシアに浴びせたが、こちらも同じように完璧な防御に直面しただけであった。表面的には、である。
(強い! まさかここまでとは……!)
パトリシアは内心で呻かずにはいられなかった。
それも当然であろう。攻撃にしても防御にしても、明らかに余力を残しているのがわかるブレームス将軍とは異なり、パトリシアは攻守いずれも全力を出し切っている。戦士としての力量の差を明確に悟り、剛胆で鳴らすパトリシアもさすがに畏怖せざるを得なかったのだ。
むろんそんな心情は、表情にも態度にもパトリシアは微塵も発露していないのだが、百戦錬磨の猛戦士はたちどころに看破したらしい。肉食獣めいた笑みをこぼすと、嘲弄の一語をパトリシアに投げつけてきた。
「フフフ。まあ、女にしてはたしかにそこそこできるようだが、この俺に比べたらしょせんは児戯の域よ。己の未熟さを嘆きながら地獄に逝くがいいわ!」
語尾に重なるように、槍先が閃光となって撃ちこまれてきた。
対するパトリシアは槍をかざして受け止めたのだが、嘲弄と殺気のこもった一撃の鋭さは先刻までのものとは違った。
受け止めた瞬間、勢いに押されてパトリシアの上半身が馬上でまたしても大きくのけぞった。それによって生じた隙をブレームス将軍が見逃すはずもなく、宙空で槍をすばやく旋回させた後、すぐさま豪槍の第二撃を放ってきた。
「死ねい、小娘!」
「な、なんのぉーっ!」
ほぼ同時に宙空に一閃したブレームス将軍とパトリシアの槍先が交錯し、飛び散った火花が両者の顔にかかった。
一合の激突の後、両者は馬をすれちがわせた。十歩ほど走り抜けたブレームス将軍がすばやく馬首をめぐらせ、再度パトリシアに必殺の一閃を撃ちこもうとしたまさにその瞬間。「ブレームス将軍!」という叫び声とともに横合いからすっと細身の刃が伸びてきて、ブレームス将軍の
「なにっ!?」
視角から迫りきた剣光に仰天したのも一瞬、ブレームス将軍はとっさに頭を後方に反らしたため、剣先は鼻先をかすめてそのまま宙空を斬った。
「な、何奴だ!」
いななく馬を御しつつ体勢を整え、吠えるように誰何したブレームス将軍の目に映ったのはヒルデガルドの姿だった。パトリシアを守るように乗馬をその前に立てて、サーベル片手にブレームス将軍に鋭い眼差しを向けている。
そのヒルデガルドが肩越しに声を放った。
「パティ、大丈夫?」
「もちよ、ヒルダ! これしきのことでぇ!」
パトリシアが負傷していないことを確認するとヒルデガルドは微笑をこぼし、だがすぐに表情を一変させてブレームス将軍に向き直った。
「先の近衛隊長ブレームス将軍。われらが女王陛下の勅命により、その
「ふん、フェニックス騎士団のヒルデガルドか」
鼻先から流れる微量の血を指先で払い飛ばすと、ブレームス将軍はにやりと笑い、赤い舌で唇を舐めた。
「貴様の噂は聞いている。若いながらに知勇兼備の名将などと持て囃されているらしいが、ふん、しょせんは小娘よな。二人がかりならこの俺を倒せると考えるあたりが浅知恵の極み。知勇兼備が聞いて呆れるわ!」
「言葉は不粋! 参ります!」
いくわよ、ペティ! 言葉ではなく視線でパトリシアに合図すると、ヒルデガルドは馬体を蹴ってブレームス将軍に向っていった。
遅れること一瞬。意をうけたパトリシアも同様に馬を駆って、ブレームス将軍に突進していった。迫りくる二人の女騎士を睨みつけ、ブレームス将軍の両眼が灼熱の光を発した。
「来るがよい、小娘ども!」
咆哮一番、ブレームス将軍も馬腹を蹴りつけ、自らも馬を駆った。迫ってくるヒルデガルドの馬めがけて、真正面から突っこんでいったのだ。
両者の突進は猛烈を極めた。まさかの「馬体特攻」に、ヒルデガルドほどの名騎手も完全にかわすこともできず、馬と馬、鞍と鞍が乾いた音をたててぶつかったほどである。
「いくぞ、小娘!」
さながら熱した石炭のように、凄まじい敵意と戦意に燃えるブレームス将軍の両眼が真っ向からヒルデガルドを睨む。たくましい腕が高くかざされ、その先にある槍が暴風のような一撃を送りこんできた。
対するヒルデガルドも怯むことなくすばやくサーベルを繰り出し、その凶暴な一撃を受け止めることなく流麗になぎ払った。
ヒルデガルドの剣技を一語で表現するならば「軟」になるであろうか。細身とはいえ鉄造りのサーベルをまるで鞭のように柔らかに、かつ鋭く縦横に閃かせ、サーベルの連撃をブレームス将軍に打ちこんでいく。
「でやあああーっ!」
「ぐううぅ……!」
ヒルデガルドの柔軟で鋭い高速の剣技に、ブレームス将軍も当初こそは槍で応戦していたものの、さすがに機動性で劣る長槍では対応しきれないことを悟ったらしい。腰に吊す長剣を抜いてヒルデガルドに対抗した。
そのブレームス将軍が距離を保ちつつ、薄い笑いをヒルデガルドに向けた。
「フン、なるほどな。異数のサーベルの使い手という話もまんざら与太話でもなさそうだな。しかし、小枝のようなその華奢な腕と剣で、はたしてどこまでこの俺の剣と槍に抗することできるるかな。グフフ」
「言葉は不粋と申しあげたはず。――パティ!」
一瞬、ブレームス将軍はハッとして横に視線を走らせた。長槍を手にしたもう一人の雄敵が、葦毛の馬を駆って躍りかかってきたのだ。
「覚悟しな、ケツアゴ!」
轟くような悪罵が鼓膜を刺激したのと、銀色に輝く槍先が眼前に迫ってきたのはほぼ同時のことである。パトリシアが愛用の長槍を振りかざして、後背の死角から突きかかってきたのだ。
「ぬわっ!」
という濁った声をあげて、ブレームス将軍はとっさに頭を後方に倒したが、パトリシアの放った槍先はわずかではあるがその面上をとらえ、たちまち将軍の左頬から鮮血がはねあがった。
さすがの猛将も馬上でよろめいたものの、ブレームス将軍は手綱を掴んで落馬をこらえた。間髪入れずに撃ちこまれてきたパトリシアの二撃目も長剣の一振りで打ち払うと、すぐさまを距離をとり、馬首を並べるヒルデガルドとパトリシアを怒りに煮えたぎる目で視線の先に睨みすえた。
「お、おのれぇ、こしゃくな真似を……!」
「フン、さすがにしぶといわね」
パトリシアが皮肉ると、ヒルデガルドがサーベルの握りを変えて応じた。
「次は同時にかかるわよ、パティ」
「承知!」
パトリシアが応じたのとほぼ同時。ブレームス将軍が咆哮が二人の鼓膜をしたたかに叩いた。
「くるがよい、小娘どもがぁぁ!」
右手の槍と左手の長剣をそれぞれ高々に振りあげて、巨漢の猛騎士はさらに吠え猛った。
「成り上がりの小娘どもに、真のオ・ワーリ騎士とは何たるかを見せてやるわ! なんじょう、貴様ら賤民風情がたとえ百人束となってかかってきたところで、この俺を倒すことなどできぬことを教えてやる!」
「ほざくんじゃないよ、ケツアゴ!」
悪罵もろとも葦毛の馬を走らせたパトリシアが、右側からブレームス将軍に向っていった。一瞬遅れてヒルデガルドも馬を駆り、こちらは左側から同様に迫っていく。
直後、四本の剣槍が激突し、刃の噛み合いによって産みだされた火花が三者の顔にふりかかった。
五回、十回、十五回と、さらなる刃の応酬が三者間に繰り返された。刃鳴りが絶え間なく連鎖し、同様に絶え間なく火花が飛散して鉄の灼ける匂いが一帯に流れた。
ヒルデガルドとパトリシア対ブレームス将軍の刃の応酬はまさに互角で、どちらが劣るとも見えなかったが、内心で焦燥感を覚えていたのは、むろんヒルデガルドとパトリシアのほうである。二対一という数で優位な立場にありながら、ブレームス将軍一人を討ちとることができずにいたのだから当然であろう。
「何という強さなの」「しぶといケツアゴめ!」と、二人が驚嘆と嫌悪の思いをそれぞれの胸の内で吐露していると、それを見透かしたようなブレームス将軍の哄笑が鼓膜に響いてきた。
「ワッハッハ! どうした小娘ども、それで限界か? ならば貴様らの素っ首を刎ね落とし、女王の首と一緒にこのアセナールの野に晒してカラスの餌にでも……」
嘲ったのも束の間。ブレームス将軍はふいに口を閉ざした。風を裂きながら接近してくる「飛翔体」の存在に気づいたのだ。
とっさに振り返った先にブレームス将軍が見たのは、自身に向かって宙空を一直線に飛んでくる複数の銀色の飛翔体――
「な、なにぃ!?」
迫りくるナイフの群にさすがのブレームス将軍も驚愕に目玉をむいたが、そこは歴戦の勇士。すぐさま手にする剣と槍を交互に旋回させて、迫りきたナイフをすべて叩き落とした。栗毛の愛馬とともに場に駆けつけてきたガブリエラが、ヒルデガルドとパトリシアの間に駆け入ってきたのは直後のことである。
「二人とも、大丈夫?」
「ガブリエラ! ええ、大丈夫よ」
「もちに決まっているでしょう。これからが本番よ!」
「あまく見ちゃダメ! ここは三人がかりでいきましょう!」
三人の女騎士たちはすばやく意思疎通を図ると、それぞれ愛馬を駆ってブレームス将軍を三方から取り囲んだ。
一方のブレームス将軍は呼吸と体勢を整えつつ、自らを取り囲む女騎士たちを舐めるように睨みまわしたが、ほどなくその視線は一点で止まった。小麦色の肌をした女騎士の姿が見すえる先にあった。
「ふふん、タイガー騎士団のガブリエラか」
ガブリエラを見やるブレームス将軍の両目には、露骨な侮蔑の光があった。
「賤しい百姓の出ながら一軍の長にまで昇りつめたという、奇跡のような貴様の立身話は俺の耳にも届いておるぞ。同僚連中も霞んで見えるたいした出世ぶりだが、しかし、その奇跡と幸運もどうやら底を突いたようだな。今日をもって貴様の立身出世は終幕を迎えるのだ。女王の生首もろともな」
「冗談! 私の
ガブリエラのこの反駁の一語が戦闘再開の合図となった。ヒルデガルド、パトリシア、ガブリエラの三人が呼吸を完璧なまでに合わせて、ブレームス将軍に襲いかかっていったのである。
そんな三人を視線の先に捉えて、ブレームス将軍の口もとに兇暴な笑みがこぼれた。
「グフフ、来るがよい小娘どもが。わが槍剣で三人まとめて三枚ずつにおろし、菜種油でこんがりと揚げて天ぷらにして喰うてやるわ。成り上がりの賤民どもの肉などさぞ不味くて喰えたものではないだろうが、なあに、ここは戦場。贅沢は言え……」
一瞬、ブレームス将軍は言いさして口を閉ざし、それまでの長広舌がぴたりと止まった。そして、すぐにはっとしたように馬上で振り返った。
視線を向けた先には同盟軍の本陣がある。その本陣を遠くに見つめるブレームス将軍の表情が、みるみる凍てついていった。
「し、しまった……!」
馬上で小さく呻いた将軍の顔には、明らかな動揺と焦燥の色があった。
事ここにいたってブレームス将軍は思いだしたのだ。自分に与えられた使命というものをである。
開戦前、総大将たるダイトン将軍から受けた命令は、
「よいな、ブレームス。一にも二にも敵の軍勢を突破することだけを考えろ。そして一気に敵本陣に攻め入って女王の首を獲るのだ。それ以外にわれらが勝利する術はない!」
というものであった。
にもかかわらず敵軍の突破を図るどころか、いつまでも同じ戦場にとどまったまま、両手に武器を振るって自らの武勇を誇示するばかり。そして指揮官が戦場にとどまって戦っている以上、麾下の兵士たちが同じように戦場にとどまって戦っていたのは至極当然のことであろう。
このとき後方の同盟軍本陣内では、ダイトン将軍が「あんな所で何をグズグズとやっているのだ、あ奴は!」と、いつまでたっても作戦どおりに女王軍本陣に攻めこんでいかない側近に、地面を踏みならして憤慨していたのだ。そして、そんな憤っている上官の姿は、ブレームス将軍にとって想像するのは難しいことではなかった。
「し、しまった、こんな事をしている場合ではないわっ!」
悲鳴にも似た声を張りあげて、ブレームス将軍は馬腹を蹴りつけて乗馬を走らせた。
前方から迫りきたヒルデガルドのサーベルの一刀を打ち返し、さらに後背を続いてきたパトリシアが放った長槍の一撃もなぎ払い、さらにさらにその後背から投げこまれてきたガブリエラのナイフをもことごとく叩き落とすと、ブレームス将軍は彼女たちには目もくれずそのまま駆け去っていった。
「も、者ども、われに続けぇぇーっ! 敵の本陣を目指すのだぁぁーっ!」
それまで勇猛を絵に描いた姿で槍剣を振るっていた指揮官が、一転して進軍を声高に叫びながら馬を駆っていく姿に部下たちは反応に窮したが、それも長いことではなく、一人また一人と将軍の後を追いかけて戦場から駆けていった。
「騎兵はわれに続いて敵本陣を目指せ! 歩兵は殿軍となって敵の足をこの場にとどめておくのだ!」
さらにそう叫びながら戦場を駆け離れていくブレームス将軍の姿を、三人の女騎士たちが乗馬を寄せ合いながら眺めていた。
「やれやれ、やっと行ってくれたわね」
どこか辟易とした調子のヒルデガルドの一語に、傍らのパトリシアとガブリエラが苦笑まじりにうなずき、
「まったくよ。あんな人間か猛獣かわからない奴の相手なんかしてられないっつうの」
「ほんとほんと。猛獣狩りは陛下とペティに任せて、私たちは人間の相手をしましょう」
同僚の毒のこもった言葉に薄い笑いで応えると、ヒルデガルドは視線を転じた。
見つめる先には指揮官の命令どおり、殿軍となって横隊に並びながら剣や長槍をかまえて、女王軍の足止めを図っている同盟軍の歩兵たちの姿がある。
ヒルデガルドはひとつ息を吐くとサーベルを頭上高く振りあげ、声高に周囲の自軍兵士たちに命じた。
「全騎、これより掃討戦を開始します。敵の殿軍を蹴散らし、自軍本陣に向った敵騎兵の一団を追撃します!」
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