二章  盗賊団(あんたら)、覚悟しいや! 其の一


 

 世の中とは予期しないことの連続で成り立っており、だからこそ人生は面白い……。

 これはまだランマルが王立学院の学生だった当時、先生の一人だったある哲学者が口癖のように、ランマルら生徒に語っていた言葉である。妙に含蓄のあるその一語を、ランマルは学院を卒業して以来とんと忘れていたのだが、それを久々に思いだすことになったのはこの日の昼のことであった。

 この日、ランマルは朝から着手していた宮廷官吏の人事案をとりまとめ、昼食後を見計らってフランソワーズに報告に向かったのだが、一連の報告を終えた後、紅茶を飲みながら雑談をかわしていた際、ふいにフランソワーズから思いがけない話を向けられたのだ。

「縁談……にございますか?」

「そうよ」

 フランソワーズから「実は縁談の話があるのよ」と唐突に切りだされたとき。ランマルは自分への話かと思って困惑する一方、「また余計なことを」と、内心で苦々しく思わざるをえなかった。まだ十七歳という若さもあり、すくなくともあと十年は気楽な独身貴族を愉しむことをランマル自身決めていたのだ。

 ゆえに突然の縁談話に、声をどもらせながらも言葉を慎重に選びながらやんわりと、かつ遠回しに拒絶したのは当然のことであろう。

「し、しかし、縁談と申されましても僕は、いえ、私はまだ十七歳でありますし、いくらなんでも所帯を持つのは早すぎるのではないかと愚考いたすところでありますからして……」

「なに勘違いしているのよ。お前のじゃないわよ、の縁談話よ」

「あっ、そうでございましたか。陛下のお話で……って、ええっ、陛下のご縁談!?」

 驚きのあまり目と口で三つのまるを作ったランマルに、フランソワーズは頷いてみせた。

「そうよ。お前はどう思う?」

「ど、どう思うと申されましても……」

 いきなり意見を求められてランマルは激しく戸惑った。

 なにしろ自分の縁談話ならともかく、ことはフランソワーズの、つまり一国の女王の縁談話なのである。いくら側近とはいえ軽々しく私見を述べられる話ではないだけに、ランマルは直接の返答は避けることにした。

「それにしましても陛下。いつの間にそのようなお話を進めておられたのですか? このランマル、すこしも気づきませんでしたが」

「別に進めていたわけじゃないわ。ぜひにと話をもってきた人間がいるのよ」

「それは?」

「ミノー王国のドゥーク国王よ」

「えっ、ミノー国王がですか?」

「そうよ。で、これがその親書。ドゥーク王の勅使とやらが昨日持ってきたのよ。ごたいそうな漆塗りの箱に入れてね」

 そう言ってフランソワーズは、厚紙に包まれた一通の書簡をテーブルの上に投げた。

 今にして振り返れば、昨日ミノー王家から献上品が届けられたという報告を、部下の侍従官からうけた記憶をランマルは思いだした。ミノー王国にかぎらず他国から献上品の類が届けられることはよくあることなので、ランマル自身、たいして気にとめていなかったのだが……。

 ともかくランマルはテーブルの上の書簡を手に取り、厚紙を開けて中の文面に目を通した。すると、たしかにそこにはフランソワーズに縁談を勧める文言が、ミノー国王ドゥーク三世の直筆で記されていた。

 縁談の相手はドゥーク王の子息の一人アランド第三王子とのことで、書簡にミノー王家の花押と国印まできちんと押されているあたり、どうやら正式な申し入れのようらしいが、それでもランマルの表情に吉事を喜ぶどころか、不安と警戒の色が濃く表れていたのは、申し込んできた当の相手にあろう。

 そんな近習の複雑な心情を見てとったのか。フランソワーズは可笑しげに微笑した。

「お前の危惧していることはわかるわ。この縁談話も、彼の国による何かの策謀の一環ではないか。そう疑っているんでしょう?」  

「は、はあ……口の端に上せるのもはばかりきことでございますが……」

「気にしなくていいわ。もお前と同じ思いだから」

「やはり陛下もそう思われますか?」

「あったりまえでしょう。ミノー国王に善意だの友好だのを期待するほど、は脳みそにシワのない人間じゃないわよ」 

 興がったように笑うとフランソワーズはすぐに表情を改め、ランマルに問うた。

「で、まじめな話、お前はこれをどう見る? 思うところを言ってごらん」

 そう問われたとき、ランマルの返答はすでに定まっていた。

「ミノー国王の思惑は明白すぎると思われます。すなわち、先王オーギュスト陛下やマレーヌ王太后。さらにはアジュマン・アドニス両王子で失敗したオ・ワーリ王国の間接支配という野心を、巧妙に形を変えて新たに仕掛けてきたにすぎません」

「つまり、今度は自分の息子と婚姻させることで血縁関係を築き、女王の義父になることでオ・ワーリ王国への影響力を復活させたいと企んでいる。そういうことね」

「さようです。ミノー国王にしてみれば尻の青い小娘女王の治世など――いや、これはもちろん向こうの主観ですが、ともかく陛下の治世にいずれつけいる隙がでてくるだろうと踏んでいたのに、先の蜂起農民の早期鎮圧に見られますように、即位一年が経った今でもこれといった隙がない。そこで業を煮やしたミノー国王は縁談という、ともすれば拒絶しにくい友好的な手段に方針転換したものと思われます」

「見え透いている上に使い古された手だけど、それなりに有効な手段だからね」

 そう言ってフランソワーズは薄く笑い、手にする紅茶をすすった。ランマルが問う。

「それで陛下は、今度の申し入れに対していかが返答されるおつもりなのですか?」

「そうねえ……」

 そう応じたきり、カップからのぼる湯気を見つめながらなにやら思案していたが、

「ミノー国王の狙いが見え透いている以上、こちらもまともに取り合う必要はないんじゃないかしら。そう、『王室内で慎重に検討を重ねた上で、おってご返答いたします』といった感じでいいんじゃない。応否のどちらにも解釈できるような曖昧な内容のね。その後のことは向こうの出方次第で考えればいいわ」

「かしこまりました。では、そのように返答いたします」

 ランマルは椅子から立ち上がって一礼すると、そのまま部屋を後にして自分の執務室へと戻っていったのだが、城内の廊下を歩きながらランマルは、あらためて現在のオ・ワーリ王国が「内憂外患」の状況にあることを痛感していた。

 内を見ればダイトン将軍ら反女王勢力。外に目を向ければ野心的な異国の王。立場や思惑は違えど両者に共通しているのは、隙あらばフランソワーズを玉座から引きずり降ろそうと虎視眈々と狙っていることだ。

 まかりまちがえば両者が国や立場を超えて共闘し、フランソワーズ打倒のために手を組む可能性もあるだけに、ランマルとしては用心を重ねるにしくはないのである。

 そんなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたとき――。

「ほげべっ!」

 と、突如としてわが身、というより顔面を襲った得体の知れない衝撃と痛みに、ランマルはエリートらしからぬ悲鳴をあげて床にひっくり返った。

 そして顔を押さえながら起きあがったとき。その目に一番に映ったのは、きらびやかな刺繍細工が施された女性用のパンプスだった。どうやら顔面を襲ったのはこれらしい。

「パ、パンプス……?」

「この最低オトコ! あんたなんかチーズの角に頭をぶつけて死んじゃえばいいのよ!」

 ふいに鼓膜を叩いたその怒号に驚いたランマルは、とっさに前方を見やった。

 すると、そこには赤色を基調としたドレス姿の少女が一人廊下の角に立ち、目端をつりあげた凄い形相でランマルを睨みつけている姿があった。

「エ、エマ様!」

 その姿を視認するなり、ランマルは驚きのあまり声を失ってしまった。

 それも当然であろう。彼女の名はエマニュエル内親王といい、フランソワーズの妹、つまり王族の一人なのだから。

 妹といってもフランソワーズとは異母姉妹であるが、それでもフランソワーズはこの異母妹をことのほか溺愛していた。骨肉の争いを演じた王族の中で唯一、自分と敵対することのなかった人間だからかもしれない。

 そのエマ王女はこの年十六歳になる。小柄でちょっと丸顔の、やや癖のかかった金髪とふっくらとした唇がとても印象的な女の子なのだが、じつはランマルとエマは王族と家臣という立場を超えた「いい仲」なのであった。

 ようするに恋人同士というわけなのだが、しかし、そんな二人の関係を知る者はフランソワーズも含めて城内には一人としていない。それも当然で、ランマルもエマも周囲には秘密にして交際を続けていたからだ。

 その理由は二人の身分にある。いくら子爵家の出身で女王側近のエリート官吏とはいえ、つまるところランマルは一介の廷臣でしかなく、対してエマは傍流とはいえ王族の一員である。この交際が周囲に知られでもしたら、互いの身分を理由に強制的に別れされられるのは目に見えており、ゆえに二人は細心の注意をはらいながら今日まで交際を続けていたのである。

 そのエマ王女だが、どういうわけか廊下の先で目端をつりあげた形相でランマルを睨みつけていた。絵に描いたような憤怒の態に、いったい何事であろうかとランマルは訝った。彼女を怒らせるようなことをした憶えはランマルにはないのだが……。

「な、何をお怒りになられているのですか、エマ様?」

「何を白々しい! 聞いたわよ、今度、縁談をするんですってね!」

「え、縁談……?」

 一瞬、ランマルはエマの言葉が理解できずポカンとなったのだが、ややあってその意味が脳裏に染みわたると、ようやくエマの怒っている理由を察することができた。

 どうやら彼女、姉のフランソワーズに舞いこんできた縁談話をなぜかランマルの話と誤解して、それで嫉妬のあまり怒り狂っているらしい。

(何かと思えば、まったく嫉妬しちゃってほんと可愛いんだから……って、今はそんな呑気なこと言っている場合じゃない!)

 内心でにやけたのも一瞬、ランマルは慌てて首と両手を激しく左右に振りながら、事実誤認であることを必死に説いた。

「ご、誤解ですよ、エマ様!」

「何が誤解よ! 私、姉様からちゃんと聞いたんだからね。自分の勧めた縁談話をあんたが喜んで承諾したって!」

「へ、陛下が!?」

 エマの意外な一語にランマルは目玉をむいて仰天したが、すぐにおおよその事情を察した。

 すなわち、フランソワーズが自分への縁談話をランマルの話にすりかえてエマに伝え、それを信じたエマが「自分という恋人がいながらよくも!」と妬心まじりに怒っているという構図をである。

(まったく、あの底意地の悪いスイカップめ。いくら僕とエマ様の関係を知らないからって、しょうもない嘘をつきやがって!)

 女王への憤りにランマルは歯ぎしりする思いであったが、それよりなにより今は、悪鬼の形相で怒り狂っている恋人の誤解を解かなければならない。

「そ、それは僕の、いえ、私の話ではありません。陛下の縁談にございますよ!」

 ランマルが「冤罪」であることを必死に主張すると、エマはそれまでの憤怒の形相から一転、きょとんとした顔になり、

「……陛下? もしかして姉様の縁談話なの?」

「そ、そのとおりにございますよ!」

 一連の話をランマルが詳しく説明すると、ようやく誤解であることを理解したエマはたちどころに笑顔になり、

「なんだ、姉様の話だったの。どうりで変だと思ったわよ。だってランマルはまだ十七歳なのに縁談なんてね。怒って損しちゃったわ、ウフフ」

「ご理解していただけて私も嬉しく思います。ハハハ……」

 と、ランマルも笑って追従したのだが、本音はというともちろん別で「そういうことは靴を投げつける前に気づいてくださいね」と文句のひとつも言いたかったのだが、ここは年上の恋人として(たった一歳違いだが)大人の態度をとることにした。

 やがてエマは表情をあらためると、脳裏に浮かんだ疑問をランマルに向けた。

「それにしても姉様に縁談を勧めてくるなんて、ミノー国王はどういう心境の変化なのかしら? 先の戦いでアジュマン兄様とアドニス兄様が亡くなられて、そのことを理由にミノー国王はわが国を敵視していると聞いていたのだけれど……」

「エマ様はご存じでしたか……」

「城の人間なら誰でも知っていることよ。甥のアジュマン兄様かアドニス兄様のどちらかに国王になってもらって、このオ・ワーリ王国を意のままにしようとしていたのに、それをカルマン兄様やフランソワーズ姉様に阻止されて恨んでいるんでしょう、ミノー国王って。なのにどうして縁談なんか持ちかけてきたのかしらね」

「だからこそにございます」

 ランマルがミノー国王の思惑を話して聞かせると、エマは得心したように頷き、

「なるほどね。今度は姉様を利用しようという考えなのね。王太后おかあさまと同じパターンで」

「はい。ただ、あくまでも私の勝手な推測ではありますが、話を勧めてきたミノー国王自身も、今回の縁談を陛下が素直にお受けになるとは思っていないでしょう。おそらくは断られることを前提とした縁談話のように思われます」

「つまり、ミノー国王には別の意図があるというわけね?」

「さようにございます」

 このあたりの察しの良さは、異母姉妹とはいえ姉の女王とよく似ているとランマルは思った。

 王女の聡さにランマルで内心で感心していると、後方からなにやら騒々しい声が響いてきた。何事かと思って振り返ってみると、一人の侍従官が血相をかえて廊下をこちらに走ってくる姿が見えた。

 ランマルの部下の一人で名前は……いや、名前などどうでもいい。この後もう登場することはないのだから。

 その某侍従官が廊下を駆けながら、ランマルに声を飛ばしてきた。

「こ、こちらにおられましたか、ランマル卿。大変でございますぞ!」

「何事だ、騒々しい。内親王殿下の御前だぞ」

 というランマルの一語と、そのランマルの後背からエマがひょいと顔を覗かせたことで、ようやくその存在に気づいた某侍従官はたちどころに立ち止まり、恐縮した態で深々と低頭した。

「こ、これはエマ様、失礼いたしました!」

「気にしなくていいわ。それより何かあったの?」

「は、はい。じつは今しがた、北部ノースランド領主のグレーザー男爵の急使が城に到着したのですが、その急使によればあの黒狼団がまたしてもあらわれて、領内の村々を襲っているとのことです」

「な、なに、黒狼団が!?」

 某侍従官の報告に驚いたランマルとエマは、おもわず顔を見交わした。

 某侍従官が口にした【黒狼団】とは、おもに国土の北部帯を活動範囲にしている盗賊集団の名である。

 その黒狼団。オ・ワーリ国内では盗賊集団として扱われているものの、その実、盗賊業のみならず村々を襲っては殺人や誘拐を繰り返すなど、他の盗賊団と比べてもその非道さは突出しており、国内では「最狂最悪の盗賊集団」として恐れられていた。

 くわえてその行動は神出鬼没を極め、短期の内に派手に暴れまわったかとおもえば霧のように姿を消し、一転して長期に渡って消息を絶つといった謎の行動を繰り返し、結果、捕縛された賊はこれまで一人としておらず、詳しい正体は今もってよくわかっていない。

 それゆえ王城内に勤める人々の間では、件の盗賊団に対して「ミノー兵擬装犯行説」がまことしやかに囁かれていた。

 領土を接する北部帯で暴れまわり、捕縛の手が迫ったらさっとミノー領内へ逃げこむ。これならこれまで一人として捕まえられないことも説明がつくからだ。

 その黒狼団が久々にあらわれた。それも女王に縁談話が持ちこまれたのと前後して。鼻がひん曲がるほどのをランマルが感じたのも当然であろう。

 とはいえ、一味が出現したというのなら好機ともいえなくもない。今度こそ一人でも賊を捕縛して奴らの正体を暴き、件の説を立証したいところだが……。

「いかがされますか、ランマル卿?」

 某侍従官の声で思案の淵から脱したランマルは、

「よし。ともかくも陛下のご裁断を仰ごう。すべてはそれからだ」

 そう言うなり踵を返し、女王の執務室に駆け戻っていった。


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