一章  わてがこの国の女王陛下(ねえさん)だす 其の三



「皆の者には急な招集および登城、誠にご苦労です」

 玉座に腰を降ろしたフランソワーズの第一声が広間内に響くと、そこに立ち並ぶ参列者の間に同種の表情が連鎖した。

 すなわち「まったくだよ」とでも言いたげな、苦虫を噛みつぶしたような顔がである。この一点だけでも大半の参列者から、若い女王が全面的な忠誠を得ていないことが窺い知れたが、当のフランソワーズというと特に表情を変えることなく語を継いだ。

「今日、皆に集まってもらったのは他でもありません。来月に迎えるこの、オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世の即位一周年を前に、国の文武官人事の刷新を図りたいと思ったゆえです」

 なにげない語調でそうフランソワーズが切りだすと、参列者たちはそれまでの苦々しげな顔つきから一転、たちまち驚きに表情を一変させ、低いどよめきが各自の口から漏れた。

 そんな参列者たちの急変した態度をどこか愉しむかのように、フランソワーズはしばし黙して彼らの姿を眺めやっていたが、再びその口を開いた。

「まずは文官の人事ですが、宰相の下に新たに三人の副宰相職を設けます。一人は国の財政面を、一人は国の立法面を、一人は国の人事面をそれぞれ取り仕切ります。これにより現在の宰相の職務負担を減らし、円滑かつ効率的な国政を実現させるのがその狙いです」

 フランソワーズが言い終えるのと前後して、先刻とは比較にならないほどの驚きと困惑のどよめきが広間内に生じた。期せずして彼らの視線が注がれたのはカルマン大公にである。

 それも当然であろう。フランソワーズの新たな決定は、表面的には宰相の負担軽減や円滑な国政のためと謳っているものの、その実、現在宰相が握っている全ての権限を奪い、新たに創設する副宰相職に委ねるというものなのだから。

 これが意味することはひとつ。カルマン大公から宰相としての権力を剥奪し、ただの「お飾り宰相」にするということだ。参列者たちの視線が彼に注がれたのは、そういう理由からである。

 しかし、権力を奪われる格好となった当のカルマン大公はというと、ざわめく参列者たちとはことなり、特に表情も変えることなく玉座の女王を正視していた。

「さて、次は武官人事についてですが……」

 というフランソワーズの声に、広間内からはたちどころにざわめきが消え、彼らの視線が再び玉座の女王に集中した。

「先程の文官人事と同様、こちらも新たな職権を新設いたします。現在、国軍を統べている大将軍の下に新たに四人の副将軍を設け、それにともない王国騎士団を四隊に分割し、四人の副将軍に各団長職を兼務させます。創設理由は言うまでもなく大将軍の職務負担の軽減、及び国軍組織の円滑かつ効率的な運用のためです」

「ぶ、分割ですと!?」

 フランソワーズが言い終えるのと前後して、吠えるような声が広間内にあがった。

 参列者の視線が集中した先には、なにやら血の気を失った顔の発声者――ダイトン将軍の姿がある。かの将軍に視線が注がれた理由は、先刻のカルマン大公のものと同種である。

 すなわち、現在大将軍としてあらゆる軍権を握るダイトン将軍の手から、権力だけではなく指揮する兵まで剥奪する。そう言っているのだから。

 なにしろ国軍の主力たる王国騎士団の指揮権を失うということは、もはやダイトン将軍の指揮下には歩兵しか残らないことを意味する。将軍が血の気をなくすのも道理というわけだ。

 もっとも理性の人たるカルマン大公とはことなり、こちらは黙って権力を奪われる気はないようであった。武官の列から荒々しく一歩前に踏み出すと、玉座の女王を睨みつけるように見あげ、強い髭を震わせながら反駁した。

「お、お言葉ながら陛下。軍勢というものは分散させては意味がありません。兵力は集中させてこその兵力ですぞ。指揮権の分散化などもっての外にございます!」

 度しがたい小娘女王めとでも言いたげな、否、あきらかにそう主張する表情が怒りにひきつったいかつい面上にはあったが、その程度のことを意に介するような若き女王ではなかった。冷ややかすぎる目つきでダイトン将軍を見すえると、同様の声音で言い返したものである。

「兵力の集中が重要なのは戦場での運用においてですよ、将軍。平時にあっては指揮系統の簡略化、組織間の意思伝達の速度向上を図ることこそ、いざというときに国軍を円滑に動員して有事に対応できるというものです。違いますか?」

 またしてもどよめきが起こったが、今度は驚きや困惑のものではなく、あきらかに賛同のそれだった。誰もが女王の考え方のほうが理にかなっていると判断したのだ。

 そんなこともわからないから何度も戦いで負けるのだ。負け癖のついたは、自分の執務室で書類の決裁だけやっていろ。ダイトン将軍を見すえるフランソワーズの目はそう主張していた。すくなくともランマルの目にはそう映った。

 一方、さしものダイトン将軍も、女王の考えを支持する「場の空気」というものに気づいたらしく、

「ぐぬぬ……!」 

 と、歯ぎしりまじりではあったが黙りこんでしまった。

 だが、沈黙したものの濃い髭に覆われた面上からは、女王へのあからさまな不満、怒り、苛立ちといった「負の感情」が水蒸気のごとく噴き出ている。内心はともかく表面的には平静を装うカルマン大公とは、人間の器というものにおいて雲泥の差があるなと、ランマルなどは思わずにはいられない。

 そんなダイトン将軍から視線をはずすと、フランソワーズは正面に向き直り、

「それでは早速ですが、これより新たに選任する副将軍の叙任式をおこないます」

 フランソワーズの宣言の後に楽奏隊のラッパ音が続き、その音響に重なるようにして広間の扉が開いた。銀色の甲冑に、王家の紋章が入った白いマントをつけた四人の騎士が広間に入ってきたのは直後のことである。

 期せずして参列者たちの視線がその四人に注がれたのだが、ほどなくして彼らの表情は不格好に凍てついた。

「な、なんと……!?」

 広間内にあらわれた四人の騎士たちをひと目見るなり、ある者は声を失い、ある者は顔をゆがませ、ある者は隣の人間と無言のまま視線を交わしあっている。態度こそ千差万別であったが、驚きのあまり「二の句が継げない」という点は共通していた。

 彼らが驚いたのも無理はない。なにしろ姿を見せた四人の「副将軍・兼・騎士団長」たちは、全員が女性であったのだ。それも女王と同世代と思われる若い娘たちがだ。

 一人は濡れたような光沢の黒髪を背中まで伸ばした娘で、名はヒルデガルド。

 一人は愛嬌のある丸い目と小麦色の肌が印象的な娘で、名はガブリエラ。

 一人は女王をさらに上まわる長身の娘で、名はパトリシア。

 一人は短く刈った、赤みをおびたくせ毛が特徴的な娘で、名はペトランセル。

 四人はこの年、ともに十九歳になる娘たちで、皆、フランソワーズの近衛隊の出身であるが、共通しているのはそれだけではない。四人とも女性ながらに傑出した武才の所有者であり、事実、先の内戦ではフランソワーズによって女王軍の部隊指揮官に抜擢されると、カルマン軍との大小数度にわたる戦いにことごとく勝利し、フランソワーズの覇権確立に多大な貢献をはたした。

 全体の作戦を練ったのはむろんフランソワーズであるが、それを部隊指揮官として忠実かつ確実に四人が戦場で実行したからこそ、先の戦いで女王軍は勝利をおさめることができたともいえるし、なにより女王本人がそれを公言している。

 ゆえに今回の「副将軍・兼・騎士団長」への大抜擢につながったのだが、だからといって職権を奪われる側が納得するかどうかは別問題であり、案の定、納得するはずもなかった。

 ざわめく広間内を颯爽とした歩調で進んできた四人の女騎士たちは、ほどなく階の前まで進みいたると、そこで片膝をついてかしこまった。ダイトン将軍がまたしても列から一歩踏み出て、玉座の女王に噛みついてきたのは直後のことである。

「へ、陛下! まさかこのような年端もいかぬ娘たちを、こともあろうに光輝ある騎士団長に据えようなどとお考えではありますまいな!?」

「この状況から推察しますと、どうやらそのようですわね」

 フランソワーズの返答も人を食っている。おかげでダイトン将軍は反論すべき言葉を見失い、今にも卒倒しそうな態で「あうあう」と喘ぐだけである。

 そんなダイトン将軍には目もくれず、フランソワーズは正面に向き直ると表情をあらためて四人の女騎士たちに声を向けた。

「事前の通達通り、そなたたち四人を新設する四騎士団の指揮官に任じます。ヒルデガルドはフェニックス騎士団の、ガブリエラはタイガー騎士団の、パトリシアはドラゴン騎士団の、ペトランセルはタートル騎士団の、それぞれ団長といたします。よろしいわね」

「ははっ。ありがたき幸せにございます」

 異口同音にうやうやしく低頭する四人の娘たちを、文武の参列者たちはただただ声もなく呆然と見つめている。まさかの仰天人事に、カルマン大公ですら呆気の態で彼女たちを見つめており、そんな彼女たちに配下の騎士団を奪われるダイトン将軍にいたっては、もはや怒りをとおりこして絶望のあまり喪心状態であった。

 ともかくも事ここにいたって広間内の参列者たちは、今日、緊急の国議を招集した女王の真意をようやく察したようだった。すなわち、人事という名目の「懲罰」を断行したということを、である。

 事の発端は先月のことである。国内某地方の寒村で、そこに住む農民たちによる大規模な武装蜂起、いわゆる「一揆」が起きたのだ。

 直接の原因は大雨による河川の決壊で、一帯の水田が使い物にならなくなり、代官所に年貢の軽減を訴えたもののまるで相手にされなかったことに憤った農民たちが、なかば自暴自棄になって抗議の一揆を起こしたことにある。

 むろん鎮圧のための軍勢が現地に派遣されたのだが、カルマン大公に一揆の鎮圧を命じられた有力将軍の一人のアンドレス将軍は、しょせん農民どもの悪あがきと事態を軽視していたのか。鎮圧するどころか逆に農民たちからしたたかに反撃をくらい、自らもその際に深手を負わされ、率いた国軍兵にも多数の死傷者をだすまでにいたった。

 この一件で蜂起した農民たちはますます勢いづき、当地のみならず周辺の農村にまで騒動は拡大。その結果、一揆の規模はあれよあれよという間に、当初の千人未満から数万人にまで膨れあがってしまったのである。

 さすがにここまで騒動が拡大すると、それまで「よきにはからえ」に徹してほとんど無関心だった女王もそ知らぬ顔はできず、ランマルを含めた周囲の説得もあって、渋々ではあったが代官所を通じて、農民たちが願い出ていた年貢軽減を了承する触れをだした。

 これにより蜂起した農民たちも矛を収めて、一連の騒動は収束に至ったのだが、一人おさまりがつかなかったのはフランソワーズである。

 なにしろ「自尊心と矜持がドレスを着ている」とまで称される性格だけに、自分自身の失態でというのならともかく、他人の失態で傷つけられてにっこり笑っていられるはずもなかった。

 おまけに一連の事件に関して、国民の間ではまるでフランソワーズの女王としての無能さが招いた騒動とまでささやかれる始末。そして、その種の声には驚異的な聴覚力を発揮する女王の耳に届かないはずもなく、

「よくもよくも、このの……女王の威厳に泥を塗ってくれたわね。この恨み、晴らさずにおくべきかあぁぁ……!」

 と、怨嗟の声を震わせて激怒。かくして自分に恥をかかせた二人の当事者――鎮圧命令とその人選にあたったカルマン大公と、自分の腹心という理由からカルマン大公にアンドレス将軍を推挙したダイトン将軍を許すはずもなく、今回の「懲罰人事」につながったというわけである。

 個人的な私怨が理由とはいえ、いずれにしても確かなことは、今回の一件は結果としてフランソワーズの権力基盤をさらに強固なものにしたということだ。

 宰相の権限は事実上、新設される三人の副宰相に移り、大将軍の軍権もまた同様に四人の新しい騎士団長に剥奪された。

 こうなっては、文武それぞれの頂点に立つ二人の重臣は、もはやお飾りの人形も同様である。彼ら自身はもちろんだが、二人を擁してひそかに女王の治世をひっくり返すことを夢見ていた反女王派の人々にしてみても、まさに悪夢のような展開であろう。

 宰相と大将軍の権力剥奪という衝撃の人事で幕を開けた一連の国議は、それでもようやく静けさを取り戻そうとしていた矢先。一人の衛兵が息せききって広間内に駆けこんできた。ただならぬ衛兵の態度に、たちまち参列者たちがざわめきだす。

「お、おそれながら女王陛下に、急ぎご報告したいことがございます!」

「何事かえ?」

「たった今、北部アダン地方の代官所からの急使が城に到着いたしました。急使の報告によれば今から五日前、同地方において再び農民の蜂起が生じたとのことにございます」

「な、なんと!?」

 衛兵の報告に、それまで広間内を満たしていた低音量のざわめきが大音量のどよめきへと昇華した。

 北部アダン地方といえば、先頃農民の蜂起が起きた地域であり、たった今、そのときの稚拙な対応を理由に、二人の重臣が「詰め腹」を切らされたばかりである。参列者たちが驚きにどよめくのも当然であろう。

 ランマルは玉座のフランソワーズをちらりと見やった。どよめく参列者たちとは対照的に、特に表情を変えることもなく落ち着き払っている。

 ややあって、そのフランソワーズが衛兵に質した。

「それで、連中の今度の要求は何かえ?」

「はっ。急使の話によりますれば、年貢の大幅な引き下げと、さらには同地方の農村帯における自治を求めているとのことにございます」

(な、なにぃ、自治だってぇ?)

 蜂起の理由を知ってランマルはさすがに驚いた。

 古今東西、天災などで食糧難に陥ったり、年貢が高すぎて困窮したりといった理由を端に蜂起した事例は星の数ほどあれ、農民が自治権を求めて蜂起した話などランマルはこれまで聞いたことがない。

 ともかく衛兵の報告に、フランソワーズの口もとに優美なまでの嘲笑が広がった。

「まったく、身のほど知らずの欲深い百姓どもにも困ったものね。ちょっと甘い顔を見せればすぐにつけあがるのだから始末におえないわ。でも、まあいいわ。四将軍の初陣を飾るにはもってこいかもしれないわね」

 玉座で誰にともなくつぶやいたフランソワーズは、口を閉じるとまたしても思案の淵に沈んだがそれも長いことではなかった。

 にわかに玉座から立ち上がると、片膝をついた姿勢でかしこまる四人の騎士団長たちを見やり、やがてその視線が一点で止まった。背中まで伸びた、美しい光沢のある黒髪の女騎士の姿が視線の先にあった。

「ヒルデガルド将軍!」

「はい、陛下」

「そなたに命じます。麾下の騎士団を率いて、身のほど知らずの不埒な農民どもを懲らしめてきなさい。現地での作戦などはすべて任せます。よろしいわね?」

「はっ。勅命、謹んでお受けいたします」

 ヒルデガルドは片膝をついたまま低頭するとすばやく立ち上がり、純白のマントをひるがして謁見の間を歩きだした。

 広間を出るべく、颯爽と参列者の間を闊歩する彼女の背中にはこのとき、立ち位置の異なる三種類の視線が注がれていた。

 ひとつは、ランマルのように鎮圧の成功を心から祈る者たちの視線。

 ひとつは、ダイトン将軍のように鎮圧の失敗を心から願う者たちの視線。

 そしてもうひとつは、フランソワーズのように鎮圧の成功をの視線が……。




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