ひまり、再起動。
@yoshitak
プロローグ1 空き家
「これはひどいな」
作業服に身を包んだ男は、閑静な住宅街に建つ一軒家に足を踏み入れた途端、吐き捨てるように言った。雑草が生え放題の庭を抜け、たどり着いた玄関を開けると、すぐに舞い上がった埃を思い切り吸い込んだ。饐えたような黴の匂いに辟易としたのだ。
「しょうがねえだろう。もう20年近くもほったらかされた家なんだから」
パートナーの男がたしなめた。玄関の靴箱を開けると、男物と女物の靴がきちんと整頓されていた。男物はビジネス用の革靴が主、女性用はヒールが低目で、色は地味だ。高齢者が履くタイプにみえた。
「ま、久しぶりの仕事だから、あんまり文句は言えないか」
目の前のクモの巣を手で払いながら、男たちは家の奥へと進んだ。
男たちの仕事は廃品回収と清掃業だ。空き家を清掃し、金目のものを回収する指示を受けた。会社の説明では、高齢の住人が死亡した後20年近く、誰も住んでいなかったが、造りがしっかりした家だったので、相続した持ち主がリフォームして誰かに貸し出すらしい。その前に室内を整理したいとの依頼が先月あったのだ。
居間には家財道具が生活していた状態のまま残っていた。しかし、流れた歳月を反映してソファーや食卓テーブルは、触ると崩れ落ちるくらい傷んでいる。壁掛けテレビは埃とクモの巣に覆われて壁面と一体化していた。一歩進むたびに、足元や天井から埃が舞い散る。訳の分からない植物の蔓まで壁を覆っていた。まるでジャングルのような様相だった。
「これは2人でやる仕事じゃないな」
「でも期限は3日しかないぜ」
半ば茫然した表情で室内を見回した二人は、こっそりとため息を吐いた。
しかし、2人はプロだった。途方に暮れた最初の数分間を乗り越えた後、気を取り直して仕事に取り掛かった。
退去から長い年月を経ていたので、金目のものはほとんどなかった。家具はほぼ朽ち果てていて、テーブル類は屋外に運ぶ前に崩れて分解してしまう有り様で、もちろん家電はすべて故障していて、買い取ってもらえるような代物はない。
「逆にここまでひどいと、回収は楽だな。全部処分場行きだから」
小一時間ほど経った頃、男がやっと口を開いた。
「そうだな、全部、庭に積んでおこう。明日トラックで搬出する」
「この重量だと、エアトラックは無理だな。会社には通常のトラックを要請しておくよ」
2人の男はそのあと、別々の部屋で作業を続けた。居間だけでなく、寝室、客間、書斎どの部屋も家人がいなくなった状態のまま、埃にまみれたようだった。男たちは、20年前まで、この家で暮らしていた家族はどんな人たちだったのだろう、と想像を働かせながら、家財道具を窓から庭に向けて次々と放り出した。家具を運び出し、掃除をするというだけの単調な作業だけに、ここに住んでいた家人を想像することくらいしか、2人には楽しみがなかった。
「ここは子ども部屋だな」
勉強机に少し小さめのベッド。クモの巣に占領されていても、ひと目で子ども部屋だと分かった。机の上には教科書がきちんと立てられていて、本棚には図鑑や漫画本がきれいに並んでいた。漫画はどれも男が知らないタイトルばかりだ。
「これだけ経ったらしょうがねえか」
男はその中から1冊の漫画本を抜き取り、ページを繰ってみた。
「小学生か中学生って感じだな」
机の上の教科書も見たところ、小学生から中学生まで幅広い年代のものが並んでいた。男は教科書というものは、使う学年が過ぎたら捨て去るものだと思っていた。
<どうして何年分も取っておいたのだろう>
ベッドが一つしかないので、子どもは一人だったはずだ。男は軽く疑念を抱きつつも、それをすぐに打ち消した。期限までに仕事を仕上げるために残された作業はまだたくさん残っている。大きく息を吐き出した後、窓からそれらの本を庭にぶちまけた。
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