=side升=

第15話

―――初めまして。僕はこの家の者です。今夜のお客様で若い方は珍しいので、声をかけさせてもらいました。



明るい口調と笑顔に安心したのか、我が主がにっこり微笑むのが見える。



升「藤原」

藤「あれ、おまえこっち来たのか」

升「いやすぐ引っ込むけど。あの人、ここの息子さんかな」

藤「…たぶん」



こちらのお屋敷には“旦那さま”がいない。といってもウチみたいに元々いないわけではなく、少し前に亡くなったと聞いている。

今ここに住んでいるのは“奥様”、つまり女主人とその息子だけだ。



藤「しかし、跡取りの若君は大学の寮に入っていると聞いたが…帰ってらしたのか」

升「そろそろ休暇の時期だし」

藤「ふうん」



その辺で話を切り上げて、俺は控え室に戻ることにした。本来自分がいるべきでない部屋にいるのは、どうも落ち着かない。


戻る途中、旦那さまたちのすぐ横を通った。目線だけでうなずき合い、そそくさと足を動かす。



――直井さん、何かお飲みになりますか。

――あ、今藤原が…その、うちの者が取りに…

――まぁ1杯くらい良いでしょう。このレモネードは、うちの料理人の手作りなんですよ。

――へぇ。じゃあいただきます……おいしい。



上品な甘さが気に入ったらしく、さらに気をゆるした感じで笑う顔。

そっと後ろを振り返ると、藤原がほんの少し色の違うレモネードのグラスを持って、離れた場所から見つめていた。



――良かった。あ、シン。何か食べる物を持ってきて。

――シン?今のって、従者さんですか?

――ええ。でも私が小さい頃から仕えてくれていて…年も近いし、友人みたいな部分があるんですよ。元々、上下の区別とかは苦手ですし。

――そうなんだ。実は俺…いや私も、使用人にあんまり偉そうな態度をとるのが好きじゃなくて…

――じゃあ僕と同じだ。ねぇ、試しに執事のこと名前で呼んでみたらどう?

――え、えぇー?出来るかなぁ…



おいおい、いつの間にやらタメ口だぞ。

と、主の人付き合いに一喜一憂している自分に気づき、いつの間にやらずいぶん過保護になったものだと思う。



――あ、飲み物は?おかわり、どう?

――うん。でも藤原の持ってきてくれたやつが…



升「…頑張れよ、執事さん」



差し出された色の違うレモネードは、ハチミツ増量の証だった。

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