手のひらの上

 差し出された新聞記事には、ダイゴの生まれ故郷である神々隠村カミカクリムラの空の写真が掲載されていた。

 田園広がる砂利道の上で撮影したらしい。雲の頭が白銀色に縁取られ、今にも太陽が覗きそうな写真だ。それが東西南北と合わせて四枚撮られており、いずれも同じように雲が輝き光線を背負っていた。


「雲が光ってるだけで、よくもまあここまで騒げるもんだな。今のお前らを見たら、マスコミも大喜びだろうよ」

「それだけじゃ無ェ」

「あァ?」

「村の中で行方知れずの奴らが何人か出てる。中には、水浸し騒動の後に里帰りしたばっかの人間もいる」


 そう言いつつ直弥ナオヤはスマートフォンを取り出し、インターネット上の行方不明者の情報提供を呼びかけるページを開くと、ダイゴへ向けて見せた。そのページは二ページに渡り神々隠村カミカクリムラの失踪者の名前と年齢、PDFが掲載されており、その全てが直近一週間以内の出来事であることを示していた。


「オレが村から離れてすぐ、ね。それで疑ってかかってるワケだな」

「けど違うンだろ?」

「ああ。箱に入れるには鮮度が良すぎるからな。もっと因縁じみたものが土地にこびりついてた方が、馴染みがいい」

「あの祟る箱か……」


 心当たりのある品に顔をしかめる直弥ナオヤを見遣って、齋藤もつられて難しい顔になる。

 ダイゴは二人の反応に一息鼻で笑うと、もう一度行方不明者の名前の羅列を長め、少し前に自身が好き勝手にしたとある場所に思いを馳せた。


 神隠市カクリシ

 大昔の村人が先住民から土地を奪い、蹂躙し、その怨嗟が元で生まれてしまった天国とも地獄とも呼べない世界。

 神々隠村カミカクリムラの血が流れている人間が死ねば、強制的にその世界へ引き込まれ、生前のような暮らしを魂が壊れるまで続けることになるのだが。


「人が消えたのに心当たりはねーよ。山の写真についても答えられることは無ェ。大体、時空が狂う原因になりうる堕ちた神様方も、中学生もうひとりのオレが全員綺麗にしちまっただろうが。よりにもよって祟り神まで呼び寄せて、山四つとも守備固めちまうし。この太陽騒動も、その影響で山に後光が差しただけじゃねーの?」

「そこをどうこうして神隠市カクリシと村をまぜっかえして、コヨリちゃんの国にするのがテメェの野望だったんだろ?」

「……。今はまだ手札が足りねーよ」


 ダイゴは直弥にそっけなく返すと、椅子を引き立ち上がった。


「オレの様子見は今日のところは十分だろ? とっとと帰れ」

「神様が帰ってこいってよ」


 踵を返したと同時に、直弥が顔を向けずにそう投げかけた。ぴたりとダイゴの足が止まり、微かに振り返る。


「はあ?」

「テメェもよく知ってる赤い目の神様が、テメェのこと連れて帰ってこいって。椋伍リョウゴのことボコったり、屋上から突き落としたりした手前、とんでもねー話だと思ってたけどよォ……お前半分諦めてるだろ?」

「……」


 セーラー服姿の赤い目をした少女の神様が、長い黒髪を風になびかせ、せせら笑う姿がダイゴの頭をよぎる。

 眉間に皺を刻み黙り込んだダイゴを、ちらりと直弥は見て、


「さっきは性懲りもなく箱作るだのなんだのイキってやがったけど、それならなんでろくに飯も食わねェんだよ? なんでそんな辛気臭ェツラ引っさげてンだよ? 諦めてるからだろ」


 そう皮肉るような嫌な笑いを浮かべ、スマートフォンをスラックスの尻ポケットに仕舞いながら続けた。


「まあその方が都合がいいけどな。どの道テメェにコヨリちゃんは助けられないわけだし、村の異常は神頼みでも何でもして鎮めてもらうわ。テメェは神様の言う通り、のんびり里帰り楽しんどけよ」

「……今なんつった?」

「アァ?」

「オレが、姉貴を救えないとか抜かしやがったか?」

「だってそうだろ?」


 ダイゴが凄むと、直弥は憎たらしい笑みを引っ込め、目を据わらせて告げる。


「コヨリちゃんが受け答えしたのはいつだって椋伍リョウゴにだけ。願いを託したのも椋伍にだけ。テメェの誘いにはひとつたりともコヨリちゃんは応えなかったし、手すら伸ばさなかった。テメェがこのままふんじばったところで、コヨリちゃんは絶対に救われねぇし、救われる準備すらしねーよ」


 直弥の右の頬に拳が飛んだ。

 ダイゴが蹴飛ばした椅子が談話室の床に倒れ、直弥は背後に座っていた齋藤の胸に倒れ込み、その場が騒然とする。廊下から看護師の悲鳴が響き、慌ただしい足音も迫っていた。


岸本キシモト!!」

「お前とアイツが殺しておいてよくもそんな……ッ!!」


 声を上げた齋藤を制し、詰められたまま直弥は不敵に笑う。


「馬鹿じゃねェの? テメェはアイツだし、アイツもテメェ。自分だけ被害者ヅラしてんじゃねーよ」

「クソ野郎がッ!!」


 待ってください、やめてください!

 なおも殴り掛かるダイゴに、その場は悲鳴と共に荒れた。直弥を庇う齋藤にもダイゴは一発お見舞いし、病院の男性職員数名に取り押さえられ、この騒ぎが元で強制退院となった。


「予定通り、今から連れて帰ります」


 そうしてダイゴが退院手続きをする頃。ダイゴの後ろで職員に庇われながら、どこかへ電話をしている齋藤の声は晴れやかで、そこではじめて、脳裏によぎった少女の顔つきは自身の妄想でもなんでもなく「すべて計画通りだったのだ」と悟り、なんとも言えない表情になった。



「煽るにしても、もうちょっとマシな文句にしろよ」


 送迎のために直弥ナオヤが用意した黒いワゴン車の後部座席で、深くなっていく木々を見上げながらダイゴが呟く。

 声が届いた齋藤は、助手席から顔だけを覗かせて、苦笑いをした。


「悪いな。どうしても今日中に村に帰りたくて」

「別にあそこまでしなくても、逃げやしねーよ。オレが作る祟りの箱は、昔の村の連中が作ってたのとは違って降霊術で作り放題だし、神々隠村むらはその環境が整ってるからどの道行くつもりだったぜ」

「そこは懲りろよ……。なあ、岸本」

「アァ? まァ、そのへんどうでもいいわ。俺ァその場限りのつもりなかったし」

「え」

「はァ?」

「なんだよ」


 ダイゴは信じられないといったように目を見開いた後、


「この煽り屋クソ野郎が」


 と吐き捨てて、運転席のシートを一度蹴飛ばした。ルームミラー越しに直弥に「汚ねェからやめろ」と睨まれるがお構い無しだ。

 「ここらはまだ降ってるな」と、ちらつく雪を窓から眺めはじめた。山深いところに入っていく車は、舗装が乱れた砂利混じりの道に差し掛かっていた。間もなく村に繋がるトンネルが見える頃だろう。


「……。まさかこんなに早く帰ることになるとはな」


 静かになった車内に、ダイゴの呟きは大きく響く。


「カミサマとやらは、オレにどうして欲しくて帰って来いなんて言ってるんだ? 例の人消えの件か? それとも、もうひとりのオレに会うためか?」

「……そういえば、行方不明の件が出る少し前には、カミサマあの女からお前のところに行けって言われてたな」


 そう言って、はたと思い至ったように、直弥ナオヤの眉間が寄る。齋藤もその隣で頷いて、


「しかも天龍先輩テンリュウセンパイ、夢で言ってきただろう? なんで普通に来なかったんだろうな。神様になったからか?」

「オイオイ、ふざけんなよ。夢ごときならその辺の物の怪にだって介入できるだろ。本当にそれ、カミサマだったのか?」

「え、それって……」


 首を傾げる齋藤にダイゴが呆れ返っていると、唐突に車が止まった。んん、と直弥が唸る。齋藤が運転席へ顔を寄せて問う。


「どうした?」

「エンストしやがった。スイッチ押してもウンともスンとも言わねェ」


 耳にするなり、ダイゴは後部座席から降り立ち、周囲の様子を伺った。外にあるのは緑ばかり。いや、数メートル先にはポッカリと口を開けたトンネルがあった。ツタと木々に囲まれたそこには、蒼い銘板に神々隠村かみかくりトンネルと刻まれている。


「よりによってで、か」

「オイ、ダイゴ」


 続いて直弥ナオヤが口調を尖らせながら降り、車越しに文句を言う。


「好き勝手してんじゃねェよ。化け物に囲まれてたらどう落とし前つけるつもりだ」

「そういう気配じゃねーよ」

「アァ?」

「素人は黙っとけって話だ」


 そこで、喧嘩するなよ、と最後に齋藤も車から出てきた。直弥の苛立った様に「カッカするな。ダイゴの煽りは今に始まったことじゃないだろ」と宥めるが、そんな二人を置いて、ダイゴはさくさくと足を進める。


「離れると危ないぞ」

「母親かお前は。オレに構ってないでそこのバカ見とけよ」


 齋藤の制止にも耳を貸さない。冷えた空気が流れてくる方へどんどん近づき、ダイゴはトンネルの入り口前に差し掛かった。


「化け物の気配じゃない」


 独り言がダイゴの口から漏れる。顎を指で撫でながら見上げるトンネルは、一週間前に彼が行き倒れた時とほとんど変わりがないはずだった。

 しかし、這い寄る何かがある。背中にひたりと手を当て、心臓の位置に留めて反応を伺うような嫌な気配――人間が抗えないモノの気配だ。


「……。おい、直弥、ハジメ。車は動きそうか?」


 トンネルの向こうの光を眺めたまま、ダイコは後方へと呼びかける。返事がない。


「オイお前ら」


 振り返ると、枯葉と僅かに残る雪を踏んだワゴン車だけが、そこにあった。二人が居ない。フロントガラス越しにも姿はなく、一歩足を踏み出してもそれは変わらない。とうとう車の背後に回っても、人影や吐息のかけらすら伺えなかった。


「やられた……!」


 ヒトではないものが蠢いている。嫌な感覚はダイゴの気のせいではなかった。なんなら気配は色を濃くして、忍び寄ってきているような気すらしていた。

 いつしか辺りはたっぷりとした霧に塗りつぶされており、十歩先が見えないほどになっている。そこに、チカッと光るものをダイゴは捉えた。


「危ねェって! 戻ってこい!」


 霧の向こうで、直弥ナオヤの声が何かに向かって怒鳴っている。一体何に、誰へ。


「ダイゴ!!」


 姿のない齋藤サイトウの声が答えを出した瞬間、ダイゴは光の方へ駆け出し叫んだ。


「行くな、戻れ!! 戻れッ!!」


 光は近い。近いがたどり着けない。その違和感を抱いた瞬間、カツン、と足音が大きく反響し、トンネルへ足を踏み入れたことをダイゴに知らせたのだった。

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