手のひらの上
差し出された新聞記事には、ダイゴの生まれ故郷である
田園広がる砂利道の上で撮影したらしい。雲の頭が白銀色に縁取られ、今にも太陽が覗きそうな写真だ。それが東西南北と合わせて四枚撮られており、いずれも同じように雲が輝き光線を背負っていた。
「雲が光ってるだけで、よくもまあここまで騒げるもんだな。今のお前らを見たら、マスコミも大喜びだろうよ」
「それだけじゃ無ェ」
「あァ?」
「村の中で行方知れずの奴らが何人か出てる。中には、水浸し騒動の後に里帰りしたばっかの人間もいる」
そう言いつつ
「オレが村から離れてすぐ、ね。それで疑ってかかってるワケだな」
「けど違うンだろ?」
「ああ。箱に入れるには鮮度が良すぎるからな。もっと因縁じみたものが土地にこびりついてた方が、馴染みがいい」
「あの祟る箱か……」
心当たりのある品に顔をしかめる
ダイゴは二人の反応に一息鼻で笑うと、もう一度行方不明者の名前の羅列を長め、少し前に自身が好き勝手にしたとある場所に思いを馳せた。
大昔の村人が先住民から土地を奪い、蹂躙し、その怨嗟が元で生まれてしまった天国とも地獄とも呼べない世界。
「人が消えたのに心当たりはねーよ。山の写真についても答えられることは無ェ。大体、時空が狂う原因になりうる堕ちた神様方も、
「そこをどうこうして
「……。今はまだ手札が足りねーよ」
ダイゴは直弥にそっけなく返すと、椅子を引き立ち上がった。
「オレの様子見は今日のところは十分だろ? とっとと帰れ」
「神様が帰ってこいってよ」
踵を返したと同時に、直弥が顔を向けずにそう投げかけた。ぴたりとダイゴの足が止まり、微かに振り返る。
「はあ?」
「テメェもよく知ってる赤い目の神様が、テメェのこと連れて帰ってこいって。
「……」
セーラー服姿の赤い目をした少女の神様が、長い黒髪を風になびかせ、せせら笑う姿がダイゴの頭をよぎる。
眉間に皺を刻み黙り込んだダイゴを、ちらりと直弥は見て、
「さっきは性懲りもなく箱作るだのなんだのイキってやがったけど、それならなんでろくに飯も食わねェんだよ? なんでそんな辛気臭ェツラ引っさげてンだよ? 諦めてるからだろ」
そう皮肉るような嫌な笑いを浮かべ、スマートフォンをスラックスの尻ポケットに仕舞いながら続けた。
「まあその方が都合がいいけどな。どの道テメェにコヨリちゃんは助けられないわけだし、村の異常は神頼みでも何でもして鎮めてもらうわ。テメェは神様の言う通り、のんびり里帰り楽しんどけよ」
「……今なんつった?」
「アァ?」
「オレが、姉貴を救えないとか抜かしやがったか?」
「だってそうだろ?」
ダイゴが凄むと、直弥は憎たらしい笑みを引っ込め、目を据わらせて告げる。
「コヨリちゃんが受け答えしたのはいつだって
直弥の右の頬に拳が飛んだ。
ダイゴが蹴飛ばした椅子が談話室の床に倒れ、直弥は背後に座っていた齋藤の胸に倒れ込み、その場が騒然とする。廊下から看護師の悲鳴が響き、慌ただしい足音も迫っていた。
「
「お前とアイツが殺しておいてよくもそんな……ッ!!」
声を上げた齋藤を制し、詰められたまま直弥は不敵に笑う。
「馬鹿じゃねェの? テメェはアイツだし、アイツもテメェ。自分だけ被害者ヅラしてんじゃねーよ」
「クソ野郎がッ!!」
待ってください、やめてください!
なおも殴り掛かるダイゴに、その場は悲鳴と共に荒れた。直弥を庇う齋藤にもダイゴは一発お見舞いし、病院の男性職員数名に取り押さえられ、この騒ぎが元で強制退院となった。
「予定通り、今から連れて帰ります」
そうしてダイゴが退院手続きをする頃。ダイゴの後ろで職員に庇われながら、どこかへ電話をしている齋藤の声は晴れやかで、そこではじめて、脳裏によぎった少女の顔つきは自身の妄想でもなんでもなく「すべて計画通りだったのだ」と悟り、なんとも言えない表情になった。
「煽るにしても、もうちょっとマシな文句にしろよ」
送迎のために
声が届いた齋藤は、助手席から顔だけを覗かせて、苦笑いをした。
「悪いな。どうしても今日中に村に帰りたくて」
「別にあそこまでしなくても、逃げやしねーよ。オレが作る祟りの箱は、昔の村の連中が作ってたのとは違って降霊術で作り放題だし、
「そこは懲りろよ……。なあ、岸本」
「アァ? まァ、そのへんどうでもいいわ。俺ァその場限りのつもりなかったし」
「え」
「はァ?」
「なんだよ」
ダイゴは信じられないといったように目を見開いた後、
「この煽り屋クソ野郎が」
と吐き捨てて、運転席のシートを一度蹴飛ばした。ルームミラー越しに直弥に「汚ねェからやめろ」と睨まれるがお構い無しだ。
「ここらはまだ降ってるな」と、ちらつく雪を窓から眺めはじめた。山深いところに入っていく車は、舗装が乱れた砂利混じりの道に差し掛かっていた。間もなく村に繋がるトンネルが見える頃だろう。
「……。まさかこんなに早く帰ることになるとはな」
静かになった車内に、ダイゴの呟きは大きく響く。
「カミサマとやらは、オレにどうして欲しくて帰って来いなんて言ってるんだ? 例の人消えの件か? それとも、もうひとりのオレに会うためか?」
「……そういえば、行方不明の件が出る少し前には、
そう言って、はたと思い至ったように、
「しかも
「オイオイ、ふざけんなよ。夢ごときならその辺の物の怪にだって介入できるだろ。本当にそれ、カミサマだったのか?」
「え、それって……」
首を傾げる齋藤にダイゴが呆れ返っていると、唐突に車が止まった。んん、と直弥が唸る。齋藤が運転席へ顔を寄せて問う。
「どうした?」
「エンストしやがった。スイッチ押してもウンともスンとも言わねェ」
耳にするなり、ダイゴは後部座席から降り立ち、周囲の様子を伺った。外にあるのは緑ばかり。いや、数メートル先にはポッカリと口を開けたトンネルがあった。ツタと木々に囲まれたそこには、蒼い銘板に
「よりによって
「オイ、ダイゴ」
続いて
「好き勝手してんじゃねェよ。化け物に囲まれてたらどう落とし前つけるつもりだ」
「そういう気配じゃねーよ」
「アァ?」
「素人は黙っとけって話だ」
そこで、喧嘩するなよ、と最後に齋藤も車から出てきた。直弥の苛立った様に「カッカするな。ダイゴの煽りは今に始まったことじゃないだろ」と宥めるが、そんな二人を置いて、ダイゴはさくさくと足を進める。
「離れると危ないぞ」
「母親かお前は。オレに構ってないでそこのバカ見とけよ」
齋藤の制止にも耳を貸さない。冷えた空気が流れてくる方へどんどん近づき、ダイゴはトンネルの入り口前に差し掛かった。
「化け物の気配じゃない」
独り言がダイゴの口から漏れる。顎を指で撫でながら見上げるトンネルは、一週間前に彼が行き倒れた時とほとんど変わりがないはずだった。
しかし、這い寄る何かがある。背中にひたりと手を当て、心臓の位置に留めて反応を伺うような嫌な気配――人間が抗えないモノの気配だ。
「……。おい、直弥、
トンネルの向こうの光を眺めたまま、ダイコは後方へと呼びかける。返事がない。
「オイお前ら」
振り返ると、枯葉と僅かに残る雪を踏んだワゴン車だけが、そこにあった。二人が居ない。フロントガラス越しにも姿はなく、一歩足を踏み出してもそれは変わらない。とうとう車の背後に回っても、人影や吐息のかけらすら伺えなかった。
「やられた……!」
ヒトではないものが蠢いている。嫌な感覚はダイゴの気のせいではなかった。なんなら気配は色を濃くして、忍び寄ってきているような気すらしていた。
いつしか辺りはたっぷりとした霧に塗りつぶされており、十歩先が見えないほどになっている。そこに、チカッと光るものをダイゴは捉えた。
「危ねェって! 戻ってこい!」
霧の向こうで、
「ダイゴ!!」
姿のない
「行くな、戻れ!! 戻れッ!!」
光は近い。近いがたどり着けない。その違和感を抱いた瞬間、カツン、と足音が大きく反響し、トンネルへ足を踏み入れたことをダイゴに知らせたのだった。
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