第2話

拓弥くんは中学校の時の元担任で私の片想い相手。

担当教科は地理で、好きな色は空色。

嫌いな食べ物はプチトマトで、あの口の中で潰れる感触が苦手なんだとか。

こんなに色々なことを知っていて、もっともっと知りたいのに、好きな食べ物は何度聞いてもいまだに教えてもらえない。

未来のお嫁さん(自称)としてはぜひとも夫(仮)の好物を完璧に料理できるようにしたい所なのだが、この話になるといつも拓弥くんにはぐらかされてしまう。仕方ないので、最近はカレーを極めているところだ。

昔はよく拓弥くんにも振る舞っていたが最近はちょっと距離を置かれているみたいで、研究ばかりが捗っているカレー。

きっと拓弥くんが食べたら驚くくらいには進歩しているはず。

早く食べてほしいのに、家庭教師の挨拶のために来るときは食べてもらう時間はないからダメだとママに言われてしまった。

残念に思いつつも、拓弥くんもけして暇ではない時間を割いてくれるのだと気を取り直す。

…いつ食べてもらえるのかな。


─────

───


「また、これからよろしくお願いします」

ペコリと、何年もの付き合いでそんなかしこまるような間柄ではないのに今更ながら頭を下げるのは、リビングの机に座っている私とママとパパを前にした拓弥くん。

(よしっ、拓弥くんゲット!)

3人に見えないように影でガッツポーズ。

さすがパパだ。きちんとお願いを叶えてくれて、後でお礼でもしなきゃ。

「何度も言うけど、いいか、千嘉。くれぐれも拓弥くんを困らせないように。それと拓弥くんは忙しい、態々時間を作って教えてもらうんだから、結果が出ないと続けさせられないよ」

「もちろん、パパ。ちゃんとわかってる!」

私に甘く、大抵のお願いは聞いてくれてもしっかりしているパパ。

拓弥くんがまた私の家庭教師になってくれるとパパから告げられた時にも同じことを注意され、そしてその時も元気よく返事した。

もちろん、この絶好の機会を放り投げるようなことをするものか。

「じゃあ拓弥くん、申し訳ないが、千嘉を頼んだよ」

外国人なのに日本人らしく夫をたてるスタイルのママはパパと私のやり取りに何も口を出さず、パパは拓弥くんの肩に手をおいた。

「はい、できる限りの努力はさせてもらいますね」

別に初対面同士ではないパパと拓弥くんは少し砕けた口調で話す。

ニッコリと爽やかに笑う拓弥くんに、少し見とれる。

(やっぱり拓弥くん、カッコいい…)

カレー食べてほしかったな…。そして頭なでなでしながら褒めてほしかった。

(あー拓弥くんに好きって言いたい)

そして、好きって言ってほしい。


─────

───


「千嘉の部屋に入るのは中学卒業以来だなぁ」

ピンクと白を基調とした、平均よりも広いであろう部屋をクルリと見渡す拓弥くん。

拓弥くんがまた私の部屋にいることに感動。

(昨日一生懸命掃除しておいて良かった…!)

昨日の自分ありがとうと感謝しつつ、拓弥くんに席を勧める。

「中学校の時に家庭教師をしてくれてた後は、うちに来てなかったもんね」

どうして距離を置いてしまったのかと、少し恨めしく横目で見る。

「まぁまぁ、僕も忙しかったし、千嘉も高校に進学したしさ」

今まで通りとはなかなか行かないよ。

椅子に座って、拓弥くんは鞄から教材たちを取り出す。

「ねー拓弥くん好きだよ」

「はいはい」

「好きって言ってよ」

「今日は家庭教師で来たんだから、ちゃんと真面目に勉強しなきゃダメだよ。じゃあ千嘉、早速だけど、この問題解いてみて」

軽くいなす拓弥くんに、頬が膨らんでしまう。

まるでその言い方だと私の愛の告白が不真面目みたいではないか。一回一回心を込めているのに。

「ほら」

「…はぁい」

拓弥くんが家庭教師に就任してから初めての授業。私の部屋で拓弥くんに渡されたプリントを受けとる。

週2日の貴重な時間。

少し気の抜けた返事をするけど、私のためにこの問題を用意してくれたのかなとか思うとさっきまでの気持ちは吹き飛び、俄然やる気がわいてくる。

机に向かってシャーペンを握る。

目の前に並んだ数式は、難易度がバラバラ。

2人並んで座るには、少し狭い机。私が問題を解いている間隣に座った拓弥くんは、私の数学の教科書を読んでいる。

…拓弥くんの担当教科は地理なのに、専門外の数学を教えてもらうのは少し忍びない。

(でも拓弥くん、何でもできちゃうからなぁ)

家庭教師のお願いをした時、数学を教えてほしいと頼んでもすぐにOKしてくれた拓弥くんを思い出す。

(…教科書、落書きしなくてよかった…)

わからなくて暇に感じてしまう授業でも、一生懸命聞いていてよかった。

(まぁ…一生懸命聞いたところで、内容が理解できていたら苦労はしないよね…)

目の前の紙は1/3埋まった辺りでギブアップ。

「拓弥くん…」

解けない問題もわかるところまで途中式を記入したプリントを渋々拓弥くんに差し出す。

「丸つけするからちょっと待ってね」

拓弥くんが閉じて置いた教科書を引き寄せる。

(この人たちはのんきだなぁ)

授業中は中のページを見てばかりであまり気にしたことのなかった表紙に描かれた子達を撫でる。

並んで机に座って、ニコニコと楽しそうに問題を解いている二人に、きっと解けない問題なんてないのだろう。

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