第36話 ペルレ大迷宮初探索(5)

 『赤い守護熊レッドベア・ガーディアン』の魔法によって、リーダーと思われる個体が圧し潰されるとコボルト達は叫び声を上げて四方八方に逃げ出し始めた。そしてそのうち、5匹程が真っ直ぐに俺達の方へと向かってくる。まさに脱兎のごとく逃げ出しているのだろうが、この凹凸のある岩場にも関わらずまるで人が平地を走るくらい速い。退避は間に合いそうもない。


「エラは松明をその場に置け。

 全員、道のわきけ、岩の隙間に身を隠せ。」


「おいおい、大丈夫なのかよ。」


 俺はそう言い放つとランタンの傘を下げて光を隠し、ヨーナスの声を無視して横穴の脇の岩の隙間に身を隠す。ヴァルブルガやインゴ達も急いでそれに倣う。そしてそこにコボルト達が走り込んで来た。



 ここまで来たコボルト達は、エラが置いた松明を見て足を止め周りを見回している。だが周囲よりもより背後に気を掛けている様だ。背後からはまだ戦いの喧騒が聞こえて来ている。逃げ出すコボルト達を『赤い守護熊』が追撃しているのだ。

 光に照らし出されたコボルトというのはゲームで見た様な毛の生えた犬人間の様な魔物ではなく、どうも魚と言うべきか亀と言うべきか白っぽい鱗の様な物で体を覆われた猿の様な魔物だ。服や鎧の様な物を着けている者もいるが、靴は履いていない。

 明らかに人よりも速い速度で移動していたが、両手を岩に掛けながら4つ足の蜘蛛の様に駆け上って来ていた。確かに岩場を無理に2本足でバランスを取りながら進むよりも、むしろ最初から手を突いて進んだ方が速いかもしれない。


 それにしても、気持ち悪い外見だ。そんな事を考えていたのが悪かったのか、コボルトの内一体が俺の方へと向かってくる。俺の『探知スキル』で気配を探ると、さらに一体が反対側のインゴ達がいる方へと向かい、残りの3体は横穴を俺達が来た方へと逃げて行く。


「チッ。」


 思わず舌打ちが漏れる。すっげー嫌だが、俺は槍を構える。コボルトは俺の目の前まで来て、驚いた様に動きを止めた。なんだよ、気付いて無かったのか。洞窟で戦っていた時には何か武器を持っていた様だが、目の前の奴は4つ足で走って来たせいか何も持っていない。変な間で見つめ合う俺とコボルト。その距離は1m。


 カサ。


 小さな音だったがコボルトは跳ね上がる様にして振り向く。闇の中から剣が振り下ろされ、コボルトの首を斬り付けた。コボルトが俺に気を取られ、背後から近づいていたとはいえ、物凄く綺麗な剣閃で首を斬りき、その衝撃でコボルトが後ろに倒れて行く。


「ギィーーーッ。」


 その声が聞こえたのは、俺の目の前のコボルトからではない。その声を発したコボルトはインゴとヨーナスの槍を受けて逃げ出す。元気溌剌げんきはつらつで逃げて行くので、恐らく槍は当たっていなかったのだろう。

 そして俺の目の前で倒れたコボルトのうしろには、顔に恐ろしい傷を持つ目力の強い女が立っていた。まあ、エラの置いた松明の光だけなので、逆光でその顔は良く見えないが、見えたら怖かったかもしれん。うん、コイツ、ポンコツだけど剣の腕は確かなんだよな。伊達だてに長年剣の修行をしていないか。


「ヴァル、良くやった。」


「ご主人様。」


 何だ、様子がおかしい。棒立ちで首から血を吹き痙攣するコボルトを見つめ、それからおもむろに返り血を滴らせる自分の剣を眺める。え、もしかして生き物を殺してショック受けてるの。お前、実家で剣の訓練してたんじゃなかったの。そう言えば、初戦場で敵と戦う前に気絶して奴隷になったんだっけ。俺が買ってからの戦闘と言えばトロールだけだが、殺したのはアリスか。うそぉ、そういうの現地人は平気で、ショックを受けるのは俺やアリスじゃないの。

 グラリと倒れ込むヴァルに、俺はけようとしたが巻き込まれて下敷きになる。痛てぇ。頭は何とか持ち上げていられたが、岩に打ち付けられた背中や尻が痛い。何でこういうのは『探知スキル』が働かないんだ。いや、働いてたが俺の気が抜けていて反応できなかったのか。

 今のこの体勢は、顔を胸の間に突っ込む程じゃないが、ヴァルの首の辺りに俺の顔。そして立てられた俺の右膝をヴァルが股で挟んでいる様な状態だ。右足に押し付けられる、ヴァルの内腿うちももの感触は柔らかいが、ヴァルが胸に付けた革鎧からは昔嗅いだ剣道の面の裏側の匂いが漂って来る。ヴァルは気を失っている様だが、俺は躊躇なく横に押し退けて上半身を起こす。


 『探知スキル』によると、周囲20mに生きているコボルトはいない。エラが落とした松明の灯りで横穴を見回すと、反対の壁際でインゴ達が座り込んでいる。まあ、無事の様だ。俺は落としたランタンを確認したが、壊れてはいない。ランタンの傘を上げて、ヴァルの顔を照らす。怖い、じゃない僅かに動きがあるので、気を失っただけだろう。

 そう思っていると一番にエラが起き上がり、槍を手に近づいて来る。コボルトの死体を見た後、俺の傍に膝をついて顔を覗き込みながら小声で言った。


「大丈夫? おっぱい揉む?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る