ここから1話4万字前後

第41話 アントナイト

 俺が男の頭を避けて少し後退あとじさると、男が震えながら起き上がろうとした。だが男が起き上がる前に、酒場から別の男が顔を出して罵声を浴びせ掛ける。


「おい、ディルク。お前ももう歳なんだからよぉ。

 半人分でも分け前を貰えるならありがたいと思いやがれ。

 それが嫌なら引退しやがれ。もっとも金の無いお前じゃ野垂れ死にだろうがな。

 ひゃっひゃっひゃっ。」


 酒場から顔を出したのは、20代の中肉中背のこれといった特徴の無いチンピラ風の男だ。ただ、その男の顔は叩き出されて俺の足元にいる男を見下し、嘲笑し、下品に歪んでいる。

 開いた扉の奥には、大柄なハゲマッチョと赤髪の鋭い目つきの長身の男がいたが、目が合いそうになって俺は慌てて目線を下げる。若いチンピラは、一頻ひとしきり悪態を付くと顔を引っ込めた。

 俺の探知スキルによると、その狭い酒場の中には7~8人はいる様だ。そしてその中でもハゲと赤毛は危険度が高いと出ている。


「うぅぅっ。ちちちっ。」


 酒場の扉が閉まった後で、男は体を起こした。チラリと隣のヴァルブルガを見たが、騎士ムーブを起こして助け起こそうという気は無い様だ。まあ、ちょっと臭そうなチンピラ風のオッサンに、近付きたいとは思わないか。




「おい、アンタがディルクかい。」


 声を掛けると目の前にいる俺にやっと気づいた様で、顔を俺に向ける。ぼさぼさの茶色い髪を目の上まで垂らした不衛生そうな、俺と同じような身長のやや痩型の四十男だ。草臥くたびれた革鎧を着け、左腰に小剣と短剣を差している。


「あ~、そうだが。なんか俺に用か。」


 殴られたのだろう、赤くれた左頬を抑えながら返事を返してくる。


「俺はレン、商人だ。

 アンタに仕事を回せるかもしれない。

 『宝石土竜ジュエルモール』って知ってるかい。」


 仕事という言葉で、男の顔がニヤリと歪んだ。美少女ならニッコリ微笑んだ、なんだろうが小汚いオッサンだとこういう表現になってしまう。今日会うのはオッサンばかりでちょっと凹む。


「そいつは豪儀ごうぎだな。

 アイツらの仕事なら何度か付き合ったぜ。」


 酒場の狭い窓の奥からこちらを伺う不快な視線を感じる。これは赤髪の男か。俺は背筋をブルリと震わせた。俺が銀貨を1枚その男にほうると、男はそれを慌ててキャッチした。


「風呂に入ってしっかり体を洗ってから、『フォルカー酒場』に来てくれ。

 ちゃんと匂いが取れてたら飯をおごってやるよ。」


 男は人懐っこい笑みを浮かべる。抱き付いて来そうな勢いはあったが、そうはしなかった。自分が臭い事を承知して、空気を読むのは年の功か。

 ちなみ『幸運のブーツ亭』に呼ばなかったのは、寝床を知られたくないというよりも、ニコルに顔を顰められたくなかったからだ。風呂に入っても服の匂いは取れないだろう。

 『フォルカー酒場』は『幸運のブーツ亭』の裏の通りにある安酒場で、気を使わなくていい相手と会う時は利用しようと思っていた。店主がフォルカーと言うらしいが、どうでもいいか。


「ああ、旦那。そうは待たせねえよ。」


「待つのはいいから、しっかり洗って来てくれよ。」


 俺達はディルクと別れて、『幸運のブーツ亭』へと向かった。




「なあ、ご主人様。あんな奴を雇って大丈夫なのか。」


 『幸運のブーツ亭』への道すがら、珍しくヴァルが口を出して来た。まあ、あんな見るからに浮浪者といった男を雇うなど、元貴族のヴァルからすれば嫌悪して当然か。


「まあ、実際に行った人間だからな。念の為の備えだよ。


 鉱床の位置はトビアスのオッサンにギルドの地図で確認したし、

 採掘もまあ、それ程複雑じゃあない。

 鉱床のある8区とそこまでに通る2区に現れる魔物と、その他の注意点も聞いている。


 でも何か思い違いがあれば、現地を知る人間なら気付くかもしれないだろ。」


 2区、8区とも虫型魔物が生息する領域で、2区は通常サイズ、もしくは中型犬程度までの大きさの虫が、8区ではそれ以上の大きさだったりより危険な虫と遭遇するらしい。


 採掘に関してはツルハシ等で鉱床から岩を削り出した後、さらに小さく砕いてよりアントナイトを含んでいそうな青い鉱石を選んで持ち帰るだけ。

 鉱床のアントナイト含有量はざっくり20%。それを選鉱せんこうによって50~60%にする。アントナイトは銀貨10枚(1万円)/kgくらいなので、選鉱後の鉱石で20㎏金貨1枚(10万円)くらい。

 行きで1日、採掘で1日、帰りで1日の全部で3日の探索と考えれば、1回で100㎏は持ち帰りたい。


「むうぅ、だが信用できない味方は、敵より危険と言うぞ。」


 ヴァルが不満を隠そうともせずに意外と賢い事を言う。ポンコツっぽくても教養はあると言う事か。


「ああ、お前がそう思ってくれて良かったよ。

 その調子でアイツを見張って、怪しい動きがあれば教えてくれ。」


「承知した、ご主人様。」


 適当に仕事を振ってやると、やっと満足したのか、ヴァルが珍しく胸に手を当てて騎士風の礼をした。それが意外と様になっていてカッコいいのが、微妙にムカついた。くそ、ヴァルのくせに。




 それから『幸運のブーツ亭』に戻った俺とヴァルは、夕食として珍しく出された鹿の肉を他の宿泊客と共に喝采を上げて食べた。そしてその後に『フォルカー酒場』へと行くのだった。




 『フォルカー酒場』に行ってディルクと会った俺とヴァルブルガだったが、大した収穫は無かった。ディルクはアントナイト採掘の探索に一日銀貨20枚(2万円)で同行する事に同意したが、これは彼の媚びた様子から既定路線だった。

 彼とは3日後の朝に『迷宮門ダンジョン・ゲート』で待ち合わせとした。まあ、中止になったらその時に『ドランクいどれラクーン亭』に言いに行けばいいだろう。彼の定宿も聞いたが裏路地の奥の奥で辿り付けそうな気はしなかった。

 約束通り『フォルカー酒場』特製の黒パン(ほとんどカビていない)とスープ(肉くずがほんのちょっぴり入っている)、さらにエール(俺とヴァルも飲んだがぬるくて苦かった)の1杯をディルクを奢ってやって(それ以上呑んだ分は自腹)、その日は別れて『幸運のブーツ亭』に戻った。


 翌日から荷運び手段を探し始める。ラノベに良くある亜空間に荷物を仕舞えるアイテムボックス等のスキルや、同じ効果の魔法鞄等は持っていないので、現実的な手段を考える必要がある。ダンジョンは思った以上にアップダウンが激しく、馬やロバ、荷車等は使えそうも無い。

 すぐに思いつくのは人に運ばせる事だが、現代日本成人男性が登山で背負う荷物が30㎏程度だっただろうか。街中でこの世界のプロの人足にんそくなら100㎏位いけるかもしれないが、ダンジョンの凹凸と進行速度や逃走を考えるとやっぱり20~30kgが妥当だろうか。敵から逃走する時は荷物を捨てるしかないかもしれない。

 後は何か山岳の様なアップダウンも平気で、荷運びに使える様なファンタジー動物がいないかも調べておきたい。馬の様な蜥蜴とか鼠とかだろうか。ただ、そんな便利な動物がこのダンジョン都市で売ってたら皆使おうとするだろうから、見た事無いと言う事はいないか高いんだろうな。




「ん~~~、ダンジョンでの荷運びとなるとやっぱり人足ですね。

 当ギルドで斡旋出来ますよ。

 6区までなら1日銀貨10~20枚、7区以降なら1日銀貨30~40枚が相場です。

 こちらの木簡1枚で掲示板の使用料は1日銀貨1枚です。


 ん~~~、後は荷運び用の魔物とかでしょうか。

 ヴァルヒ商会で扱ってるかもしれませんが、

 レアで高価なので普通の人が買うのは無理ですね。

 こちらは直接商会で問い合わせ下さい。」


 まず冒険者ギルドに来た俺達は、お団子ヘアの職員ベティーナさんに相談してみた。と言っても彼女の説明は以上終了である。もう終わりましたよね、という顔をしている。そんなに働きたくないか。神経質男フロレンツ君や来るなオーラ美人イルメラさんは論外として、狸中年ゲルルフさんが寝ていたので残りはボーっとした彼女に声を掛けるしかなった。

 そして人足を雇うのに口利き屋の様な存在があるかとも思ったが、よく考えなくてもそれを担っているのが冒険者ギルドだった。それにしても人足1人に1日銀貨30枚払うと、3日間の探索で1人銀貨90枚掛かってしまう。鉱石は20㎏で銀貨100枚想定だから、護衛の費用も考えると人足一人に40㎏以上は背負って貰わないと採算が取れないか。う~ん、もうちょっと人件費を下げるか、運搬量を何とかしなきゃならないな。




「カッパか、ハッ!

 いや、すいません。それでこれがカウ・ゲッコーですか。」


「カッパ? 何ですか?

 ええ、そうです。

 これを扱っているのは、ペルゥゥゥレッいちぃぃぃのヴァルゥゥゥヒッ商会だけでしょうけどね。

 まあ、何と行ってもペルゥゥゥレッいちぃぃぃですからね。」


 ダメもとでヴァルヒ商会を訪ねた俺達だった。今、動物小屋に案内してくれた商会の男は少し額が後退しており、さらに肩までの長さの髪が頭の真ん中で左右に分かれているのでカッパかガイコツの様に見える。思わず口を突いて出てしまったが、意味が通じなくて良かったぜ。

 ヴァルヒ商会はペルレの大手で、主に農村から作物を集めて街に下ろしている。多数の馬車や馬を持っており、街で必要とされる家畜等も作物と一緒に農村から連れて来る。街で最大のうまやや家畜小屋を持っており、珍獣の類もヴァルヒ商会で扱っている。行ってみると門前払いされそうになったが、王都の布問屋ヴィルマーさんの下請けだと言うとダンジョンで使える大蜥蜴を見せてくれた。

 体高1.5m、背の高さが馬くらいあり、頭から長い尻尾の先まで4mはある。体色は茶色っぽくて地味な見た目だ。これで平地なら100㎏以上、ダンジョン内でも60㎏は積めるらしい。お値段金貨60枚(600万円)。うん、無理だね。ちなみにダンジョン内でも200㎏を運べる大蜘蛛もいるが今は在庫が無く、あっても金貨400枚(4000万円)というさらに無理めな話だった。




 翌日、俺とヴァルブルガはヴァルヒ商会のカッパ、いやイーヴォさんと一緒にペルレの郊外の農園に向かっていた。メリーさんに牽かせた荷馬車には奴隷を載せて。




 今、俺とヴァルブルガ、そして久しぶりに連れ出したクルトはカッパヘアのヴァルヒ商会従業員イーヴォさんと一緒にペルレ郊外の農園に向かっていた。農場主はバックハウス男爵といい、ちょっとややこしいが領地を持たない男爵がペルレ周辺を治めているコースフェルト伯爵の領内で土地を借りて運営している。ちなみにペルレ周辺の土地はコースフェルト伯爵領だが、ペルレ市のみ王家直轄となっている。

 今回、俺はある動物を入手する為に農園に向かっており、またヴァルヒ商会の奴隷運送の依頼を受けてもいる。バックハウス農園はペルレから一番近い農園で、徒歩で3時間程度。今回は朝、ペルレを出て昼に商談、夕方にはペルレまで戻る予定だ。

 商会では最近、男爵と農園で働かせる奴隷の取引をしたが、3人だけ条件が合わずに取引が成立せず、不足分を今回持ち込む事になったらしい。男爵としても急いではいない様だが、商会としては早めに対応して印象を良くしたいらしい。雑談がてらイーヴォさんからこんな話を聞いた俺が、じゃあと手を挙げた形だ。ちなみにイーヴォさんは道中ずっとヴァルヒ商会の自慢ばかりをしていて、何かと『ヴァルゥゥゥヒッ商会はっ、ペルゥゥゥレッいちぃぃぃ』とうるさい。


 まだペルレを出発して1時間程度だろうか。俺とヴァルが先頭に立ち、メリーさんを引く。そしてメリーさんが奴隷の載った荷車を牽いて、その横をイーヴォさんが歩く。最後にクルトが歩くが、その腰に結ばれたロープの先にはまた奴隷が3人繋がれて歩いている。

 荷車に載せた奴隷は軽そうな女性3人。クルトの後ろは男の奴隷だ。別段手枷、足枷などは付いておらず、腰の紐が結ばれているだけ。それでも脱走奴隷は酷い目に遭う事が分かっているからか、逃げ出す素振りは無い。まあ、まだ街を出て1時間だからな。

 チラリと荷馬車を振り返ると、中の少女と目が合い、そしてさっと目をらされた。うっ、そんな反応されると繊細な俺は傷付いてしまうぞ。女性と言ったが、荷車にいるのは小柄な10代の少女ばかりだ。彼女達は農園で働く男性奴隷のお嫁さん候補である。


「お姉ちゃん、私達だいじょうぶかな。」


「大丈夫よ。他の農園と言っても、同じ村の人達と変わらない、いい人達よ。

 きっと。」


 二人の少女がぼそぼそと話している。俺と目を逸らした少女は、声を殺して泣き始めた。気まずい。超気マズイ。あれ?これって奴隷商人が魔物や盗賊に襲われて全滅したところを、主人公が来て助けるパターンじゃないのか。でも俺、奴隷商人じゃなくて荷物を運搬しているだけなんだけどな。

 ペルレとバックハウス農園の間の道は王都までのみちほどではないが、俺がこの世界で最初に訪れた辺境の街周辺と比べるべくもなくならされている。割と岩の多い道ではあるが、結構長年通行量が多かったのだろう。

 カタリ、と道の端の岩陰から音がした。一応、目を向けるがそれほど緊張はしない。俺の探知スキルで探知していたそれは家猫くらいの大きさで、危険な感じもほとんどしなかった。そいつが、ソロリと岩陰から顔を出した。


豚鼻鼠ブタバナネズミですね。」


 ヴァルも顔色を変える事無く、一瞥してそう呟いた。名前の通り、汚い灰色の豚の様な大きな鼻を持つ、醜い鼠だった。それはこちらに気付くと慌てて逃げて行った。まあ、街の近くでそうそう魔物や盗賊に襲われる事もないだろう。その後、何事も無く昼前に俺達はバックハウス農園に到着した。




 バックハウス農園は2m程の木の柵で囲われていた。結構見渡す限りが囲われているので、農園全体がこの柵の中なのだろう。道沿いに近付くと大きな門と見張り台があり、声を掛けられる。イーヴォさんが話すのかと思ったが、俺に言えというので俺が見張り台に聞こえる様に大声を張り上げて、ヴァルヒ商会だと名乗った。何でだ。

 いそいそと門が開かれ、俺達は見張り台にいた男に招かれた。一応弓で武装しているが、農夫っぽい。農園はどうやら手前に男爵の屋敷、その裏に使用人達の家、奥に農場が広がっているらしい。チラホラとザ小作人といった人々が働いているのが見える。屋敷の前まで見張りの男に案内され、中に入ると物凄く人の良さそうな小太りの男に迎えられた。


「やあ、イーヴォ君。この間ぶりだね、よく来た。

 それと君はイーヴォ君の部下かな。」


「いえ、私は王都から来たレンという商人ですが、

 今回こちらの農園で買い付けたい物がありまして。


 奴隷の運搬がてらヴァルヒ商会様にご一緒させて頂いたのです。

 後ろの二人は私の護衛です。」


 どうやらこの男がバックハウス男爵ご本人の様だが、気さくに俺にも声を掛けてくれた。ジークリンデお嬢様にも見習って欲しいものである。だが、イーヴォさんの部下では無いので、そこはキッチリ否定しておく。


「ほう、王都から来たのかね。それはいい。

 君達もこっちに来たまえ。


 あ~、そっちの大きいのだけは悪いが、玄関の前で待っていてくれ。

 何か飲み物は出すように言っておこう。


 さあさあ、こっちだ。」


 俺達は気さくな男爵に屋敷内に招かれた。質量の割にパタパタ動くといった印象のフットワークの軽い人だ。クルトにも気を使ってくれるいい人っぽいな。まあ、農場で奴隷を働かせているんだが。




 バックハウス農園の労働者は半分が自由身分の小作人、残り半分が奴隷なのだそうだ。だが屋敷の前まで案内してくれた男によると、この農園ではあまり奴隷かどうか区別なく割と仲良く働いているらしい。というのも、バックハウス男爵は労働者達の汗の最後の一滴まで搾り取る様な働かせ方はせず、秋の収穫祭では小作人にも奴隷にも気前良く贈り物を送るらしいのだ。カッパ、いやイーヴォさんの話では、ペルレ周辺で最も働きやすい農園らしい。

 連れて来た男の奴隷を見せるとバックハウス男爵との商談はすぐに済んだ。少女達も門の男の話を聞いて必死に自分を売り込み、無事引き取られた。それから少し俺の王都の話を聞かせた後、俺が求める動物もあっさりと売ってもらう事が出来た。

 商談はバックハウス男爵の執務室と思われる部屋で行われたが、紅茶にクッキーまで出してもらった。ヴァルブルガがよだれを垂らしそうな勢いでクッキーを見ていたので、男爵に断ってから渡してやると大喜びしていた。そして、それを見た男爵も嬉しそうな顔をしてクッキーのおわりを出してくれた。いい人だ。




 そうして予定通り昼過ぎに商談を終えた俺達は、バックハウス男爵の元を辞し、ペルレに帰る事にした。バックハウス男爵には泊って行かないかとも言われたが、2日後の迷宮探索の準備もあるので丁寧に断った。凄く微妙な気持ちなるが、農園を出る時には男爵だけでなく本日売った奴隷達も揃って見送ってくれた。俺と目が合って顔を伏せ、泣いていた少女も凄く穏やかそうな農園に安心したのか笑顔で見送ってくれた。まあ、後ろ髪を引かれる思いで別れる事にならなくて、良かったか。




 俺達4人は王都へと向かって歩ている。帰りはメリーさん(ロバ)もいないし、荷馬車も無い。今回購入した動物の代金の一部として引き渡したのだ。その動物は行きの男奴隷と同じ様に、クルトの腰に結ばれたロープに繋がれて付いて来ている。


「めぇ~~~。めぇ~~~。」


 そう、俺が買ったのは山羊だ。俺は日本にいる時テレビで、とても人が登れない様な崖を山羊がヒョイヒョイ登って行くのを見た事がある。山羊は元々山岳に住み、場所によっては荷運びにも使われるらしい。それを思い出した俺は、山羊ならダンジョンの傾斜でも通用するのではないかと考えたのだ。

 今回俺が農園から買ったのは体高約1m、体重100㎏超の山羊だ。馬よりは小さいが、日本で見た山羊よりも大きい気がする。まあ、アフリカとか南米ならこんな山羊もいるかもしれないが。こいつらならダンジョンでも1匹30㎏くらい運べそうである。

 俺はこの山羊達をメリーさんと荷馬車と引き換えに3匹、金貨1枚(10万円)であと2匹を購入した。積載量30㎏x5匹でアントナイト鉱石150㎏なら金貨7枚半にはなるだろう。これでやっと採算に乗りそうである。

 それにしてもコイツ等怖いな。角は切り落としている様だが、何だかそれなりにデカくて威圧感がある。日本の動物園で見た時も、もっと小さい山羊でも目は怖かったしな。今、コイツ等の背にはプラムの様な果物を載せている。ちょっとまだ青いが、まあペルレまで持って行けば売れるだろう。銀貨50枚で買い付けて、金貨1枚ぐらいで売れる事を期待している。




 ペルレまで1時間といったところまで道を引き返した辺りで、探知スキルに反応があった。岩陰にひと3人が隠れている。実は行きにも感知していて恐らく盗賊の類だと思われたが、出て来ないので放っておいたのだ。

 コイツらも馬車を引くのが、商人風の俺とイーヴォさん、それと女護衛っぽいヴァル1人だけなら襲って来たかもしれない。しかしこちらには、太い棍棒を持った身長2mを超えるオークの様な大男、クルトがいる。威圧感満点である。盗賊なんて奴らは組みしやすそうな相手には笠に着て襲い掛かって来るくせに、ちょっと手強そうな相手を見れば隠れて出て来ないもんだ。きっとコイツ等はクルトにビビって襲うのを諦めたのだろう。

 俺にしても無駄な危険を負う気は無いので、襲ってこないなら無視だ。放って置いたら他の商人が襲われるかもしれないが、それはまあ自分達で対処したらいいだろう。この道はバックハウス農園に続いているので、世話になった男爵が困るかもしれないと思うと少し心が痛いが、今は余裕がない。機会があれば次回対処するかと思いながら、俺はそっとその場を離れた。




 ペルレに着いた俺達はイーヴォさんと別れた。ちなみに奴隷運搬の報酬は銀貨50枚だった。

 その後、俺達は『幸運のブーツ亭』に戻ると山羊達と一緒にクルトには馬屋に戻ってもらい、山羊達の馬屋使用料について宿の主人のアーブラハムさんと話した。メリーさんと荷馬車は無くなったが、山羊が5頭増えたので馬屋や納屋の使用料はほどんど変わらなかった。

 それから俺とヴァルは、宿の食堂でニコルちゃんの出してくれた塩スープと一緒にパンを頬張ほおばり、エールで喉を潤す。塩スープはニジマスか何か魚の干物の欠片が入っていて、いい出汁が出ていたのか旨かった。ふう。明日も頑張ろう。




 バックハウス男爵の農園から戻って来た翌日、俺は『幸運のブーツ亭』の部屋で珍しく朝早く目を覚ました。そこでいつもよりも早い時間に井戸まで行って顔を洗おうとしたところ、事件が起きた。

 『幸運のブーツ亭』の井戸は宿の裏庭にあって、宿泊客なら自由に使えるようになっている。宿には風呂など無いので体を洗いたい場合もここで洗う事になり、俺もいつももうちょっと遅い時間に使っている。まあ、人目もあるのでヴァルブルガ等は部屋の中で濡れ布で拭くだけにしているが。

 だが俺はこの日、女神を見た。




 裏庭に出る前、俺は探知スキルで井戸のところに誰かいるのは気付いていたが、別段敵意も無かったので気にせず近付いて行った。だが裏庭に出てその人物を見た時、俺は固まってしまった。

 そこには水浴びをする女神がいた。腰まで伸ばした長い金髪。身長は男くらいあるが、体はしっかり大人の女だ。顔はややいかめしいが美人なのは間違いない。

 数分だったか、それとも数十秒だったか、とにかく俺は呆然と突っ立ったまま女神を見続けてしまった。


「女の裸を見た事くらいあるじゃろう。」


 女神は体を洗う手を止めず、体を隠す事も無く堂々と、俺を睨みつけながらそんな言葉を叩きつける。のじゃロリだと。いや、大人の女だから、のじゃ巨乳。いや、漫画やラノベなら巨乳ロリもいるから、巨乳=大人とはならないか。のじゃ姉さん? 俺は金縛りが解けた様に体の硬直が解けるが、頭が変な方向に回ってあたふたしてしまう。おかしい、俺はそんなキャラじゃないハズだ。


「ジロジロ見おって、このすけべえめ。

 のぞくにしても、そこの男の様に物陰からならまだ可愛げもあるじゃろうに。」


 むう、そう言えばそこの生垣の裏に人がいる様だが、覗きだったか。下衆げすめ。いや今、俺も覗きを疑われてるのか。マズイぞ、ここは誤解を解かねば。おまわりさん、コイツです、になってしまう。いや、物陰からならOKなのか。等と考えている内に時間切れとなった。


「ふん」


 女神は井戸に立て掛けてあった杖を手に取ると、横に振って俺の膝のしたあたりを打った。


「うぐっ」


 俺は膝を崩して倒れてしまう。何で探知スキルが働かないのだ。いや、スキルは働いたのに髪の毛以外も金髪な事に気を取られて、らってしまった。そのまま何度も棒で打たれる俺は、少しでもダメージを減らそうと体を丸めてうずくまる。俺、カッコりぃ~~~ッ。


「懺悔は今。」


 しばらく経つと女神は気が済んだのか、井戸の脇に置いていた白い頭巾と白いローブを着て出て行った。あれは僧服、いや神官服か? 俺を叩いた棒も150cm程度の錫杖の様な物だった気がする。

 俺は頭を振って気を取り直すと、最初の目的通り体を洗う。服を脱ぐと体に幾つも青痣が出来ていた。すると俺の後ろに誰かが立っているのに気付いた。まさか女神が叩き足りないと戻って来たのか。俺が振り返ると、そこには俺の知らないトドの様な男が立っていた。彼は細目に目一杯力を込めてこう言った。


「同志よ、あの辺りの生垣がお勧めでござるよ。」


 俺はお前の同志じゃねぇ~~~ッ。




「え~~~っ、レンさん、神官さんの水浴びを覗いたんですかぁ~~~っ。

 さぁ~~~いてぇ~~~っ。」


「馬鹿、大きな声出すなよ。だから違うって。

 俺も水浴びに行ったら、鉢合わせになっただけだって。」


 俺はその後、ヴァルを起こしてから朝食に向かうと給仕の少女ニコルにののしられた。何で知ってんだ。


「それであの人、いつもあの時間に水浴びしてるのか。」


「あっ~~~っ、また覗こうとしてるんですかぁ~~~っ。」


「そう言えば、ご主人様はいつもはこんなに早く起きない、いてっ。」


 しまった、変な事を聞いてしまった。ニコルがまた興奮し、ヴァルも余計な誤解を生みそうな事をいいそうだったので、はたいた。


「それで、初めて見たが、前からここに泊まっているのか。」


「あの人は星の神の神官さんでフリーダさんというらしいですよ。

 この宿には昨日から泊まっているんです。


 でも、星の神なんてあまり聞いた事無いですね。

 海のある南のマニンガー公国から来て、

 聖地巡礼に北のカウマンス王国に行くらしいです。」


 ニコルちゃん。個人情報駄々洩れか。ちなみにこのカウマンス王国は農業国だけあって大地女神ドロテーアを信仰する者が多い。王都で色々この国の常識を調べた時に知ったが、星の神は海の向こうの国で信仰されている神らしく、近年王都で小さな神殿が出来たらしい。

 星の神はこの国ではマイナーなので、それ以上の情報は調べなかったので分からない。でもきっと、神官というくらいだから回復魔法とか使えるのだろう。味方に一人は欲しいが、あの初対面ではもう無理だろうなぁ~。

 それにしても、この国ですら王都にやっと神殿が出来たくらいなのに、さらに北にその宗教絡みの聖地なんてあるのか。まあ、俺が考えても仕方ないか。




 朝から酷い目にあったが、俺は人手集めの為に冒険者ギルドに行く事にした。道案内にディルクを雇い、護衛にはヴァルとクルト、荷物運びには山羊達がいる。基本、俺の探知スキル頼りに魔物を避けて進むので、随行者は少数がいいが、採掘時にもう少し人手が欲しいからだ。




 明日からの探索の為、人手探しに冒険者ギルドに来た俺とヴァルブルガだが、実は俺には当てがあった。っていうか俺には今のところ当てなんて一組しかなかった。魔物からは逃げる方針の俺には戦闘力のある同行者よりも、俺の指示に良く従ってくれる相手の方がいい。もちろん、アリスの様な戦闘力のある同行者がいれば安心だが、そんな相手を雇えるような金は出せない。

 と言う事で、当てとはインゴ達冒険者パーティー『大農場主ラージ・ファーマー』だ。インゴ達もペルレ大迷宮の『亜人のあぎと』に行くまでは結構反抗的で手を焼いたが、帰りには割と大人しく指示に従う様になっていた。また、新しい人間を雇ってそれを繰り返したくは無いので、彼らを雇えればそれが一番楽だろう。若くて経験も少ないので報酬が抑えられそうなのも魅力だ。

 気になるのはエラがスライムに負わされた足の火傷やけどだが、ギルド職員のベティーナさんにると午前中は3人揃ってよくギルドに来ているらしいので、大丈夫なのだろう。もっとも依頼を受けている様子は無いらしいが。




 冒険者ギルドに行ってみると、予想通りインゴ達がいた。だが、もう一人知った人間がいた。今日はもう遭いたくなかったんだが、星の神官フリーダさんだ。彼女はこちらに背を向け、カウンター越しにギルド職員の神経質男フロレンツ君と話している様だ。良し、彼女に気付かれない様にインゴ達に声を掛け、飯を奢ると言って連れ出そう。それがいい。

 インゴ達は依頼の掲示板の前ではなく、ギルドの隅のテーブルを囲んで座っている。近付くと不景気そうな顔をしているのが分かった。ひょっとするとエラの足のせいで、依頼が出来ないのだろうか。まあ縁もあるし、たとえ迷宮に連れて行けなくても昼飯を奢るくらいいいだろう。とにかくフリーダさんに見つからない内に冒険者ギルドを出たい。


「あっ、レンさん。こんにちは。」


「どうも。」


 こちらに気付くとエラが表情を笑顔に変えて挨拶し、ヨーナスも小さく声を出し、インゴは目礼だけをする。


「久しぶりだな。エラの足は大丈夫なのか。」


「はい。もう全然大丈夫ですよぉ。」


 声を掛けると同時に気になっていた事を聞くと、エラは元気よく答えてスカートを上までたくし上げ、足を上から下まで見せて来た。太腿ふとももが眩しい。じゃない、足の火傷が綺麗さっぱり治っている。おかしい。結構大きな火傷だったのに、2、3日で治るはずは無いんだが。


「私、昔から傷の治りとか早いんですよ。」


 俺がいぶかしんでいるの気付いたのか、そう補足する。いや、そんなレベルでは無いと思うんだが。俺がエラの足を見ながら不思議に思っていると、カウンターから声が聞こえて来る。




「何故じゃ。

 ダンジョンに一緒に行くパーティーを探したいというだけじゃろ。

 冒険者ギルドでそれが何故できぬ。」


「だから、今は募集しているパーティーは無いし、

 新人でしかも女を仲間に加えたいなんてパーティーがあるわけないだろ。


 女じゃ荷物運びにも役に立たないから、無理に決まってるんだ。

 これだから冒険者は考えが甘いんだよ。」


 うぉ、フリーダさんとフロレンツ君の声だ。嫌な流れだな。そっと冒険者ギルドを出よう。


「そうか、余り大きな声じゃ言えないが、仕事があるんだ。

 ちょっとそこで昼飯を奢るから、話だけでも聞いてみないか。」


「マジっすか、レンさん。」


「やった。お昼が浮くよ。」


 俺は声を落としてそっと3人に言うと、ヨーナスとエラがいい反応を示す。インゴも満更でもない顔だ。だが、ここで不穏な事をフロレンツ君がやや甲高い声で言い出した。


「そんなに言うなら、あそこの隅にいる新人にでも入れてくれって聞いてみろよ。

 田舎者と女ならお似合いだろう。」


 ギギギと後ろを向くとフリーダさんと目が合う。フロレンツ君が指差しているのもこっちだ。




「ほう。」


 それは小さなつぶやきだったが、何故か良く聞こえた。フリーダさんがこちらへと近付いて来る。あれ、おかしいな。俺、結構日頃の行いはいいはずなんだがなぁ~。

 女神は俺の傍らまで来ると、腕を組んで見下ろしている。


「おぬし、冒険者だったのかのう。」


「いえ、しがない商人です。

 昨日も近くの農園にプラムの買い付けに行ってました。」


「なるほど。ならば何故冒険者ギルドなんぞにいるのじゃ。」


 インゴ達は空気を読んで黙っている。今の内に何とかそれらしい言い訳をしてかわさなければ。一瞬黙る俺だったが、俺の隣にはいつも空気を読まない奴がいるのだった。


「ダンジョン探索の護衛として彼らを雇おうと、いてぇ。

 ご主人様、いつもよりも痛いぞ。」


 何でも無い事の様に、俺やインゴ達が隠そうとしていた事をぶちまけたヴァルを、俺は思いっきりはたいた。


「なるほど。詳しく聞こうじゃないか。

 おぬしには、今朝ほど貸しがあったハズだが。」


 俺は借りがあったのか? 今朝、あれだけ殴っておいて? それにしても、やっぱりこうなったか。これは黙って出て行く訳にはいかなくなったな。俺は降参だとばかりに両手を上げる。


「分かった、分かった。


 まずは自己紹介でもしようじゃないか。

 俺はレン、商人だ。


 俺達は3日の探索で2層まで挑もうと思っている。」


 そう言うと、とがめる様な眼差まなざしを向けていたフリーダさんが、初めて目許めもとゆるませた。


「なるほど。

 私はフリーダ。唯一の神の神官じゃ。」




 星の神の神官フリーダさんに捕まった俺は、仕方が無いので彼女とインゴ達『大農場主ラージ・ファーマー』のテーブルに付いた。ちなみに本人達は唯一神と言っているが、信者以外からは星の神と言われている。詳しくは知らないが。

 そう言えば冒険者ギルドで昼食を取るのは初めてだったか。俺はヴァルに指示して、パンと豆スープを注文させた。少し食事を始めたところで、続きを話す。大事な所はフリーダさんやインゴ達に顔を寄せる様に言って、周りの人間に聞かれない様に気を付けた。


「案内人を雇っているが、ある場所で鉱石を採掘する。場所については言うつもりはない。

 鉱床まで移動に1日、採掘に1日、帰還に1日使う予定だ。


 仕事は移動中の護衛。

 まあ、魔物との戦闘はなるべく避けるつもりなので、その分移動は迅速に行いたい。


 それから採掘の手伝い。

 具体的には鉱床から石を掘り出す。石を砕いて細かくする。その中から指示した鉱石を選別する。


 帰還時には1人10㎏程度の鉱石を運んでもらう。

 まあ、もし魔物から追われた時は捨てて行っていい。命あっての物種だからな。


 最後に報酬だが1人3日で銀貨50枚(約5万円)で、鉱石を持ち帰った場合には10㎏につき銀貨10枚を追加で支払う。」


 命懸けの上に重労働で6万円じゃあ、日本では絶対にやらない仕事だし、こちらでも相場の半分程度だ。まあ、断られても仕方ない。フロレンツ君では無いが、俺も経験や実績の少ない新人とパーティーを組みづらい女性だと思って足元を見ている、というのもある。さて、どうだろう。

 まずはインゴ達の方を向く。インゴ達は少し話し合ったが、答えを出した様だ。まあ、その前に「金が無い」と言う様なワードが聞こえて来たが。


「あぁ、俺達はそれでいい。

 正直俺達だけで大迷宮に入るのは不安だし、金欠なんだ。」


 インゴが代表して返事をする。それにしても信用されたものだ。続いてフリーダさんに顔を向けた。彼女は腕を組んで難しい顔をしていたが、やがてこちらを向いて頷いた。


「私もそれでいいのじゃ。」


「そうか。それでアンタの事は良く知らないんだが、戦えるのか。」


 報酬について揉めなかったのはいいが、俺はコイツについて何も知らないんだよな。神官っていうくらいだから回復魔法とか使えたら嬉しいんだが。


「なるほど。

 私は巡礼前に旅で身を守れる様、神殿で訓練をしていたから男とも対等に戦えるし、

 体力もあるから荷物運びも出来るぞ。」


 そう言って錫杖を突き出して見せる。う~ん、一番気になるのは魔法についてなんだよな。いや、そもそも巡礼の途中なら何でコイツ、ダンジョンに潜りたいんだ。


「後でこのヴァルブルガと手合わせして実力を確認させて欲しいが、

 そもそも巡礼中に何でダンジョンに潜ろうとしてるんだ。」


「マニンガー公国内では神殿に泊まりながら旅をしていたが、

 このカウマンス王国や北のラウエンシュタイン王国にはほとんど神殿が無い様でな。

 旅費に不安があるのでここで稼ごうと思ったのじゃ。この街は景気が良さそうだしの。」


 目的は金か。分かり易くていいな。巡礼や他国の話は後で聞いてみたいが、まずは実力を見させてもらおうか。




 俺達は人通りの少ない冒険者ギルドの裏に回った。ギルドに訓練場でもあればいいが、生憎あいにくそんな物なんか無かった。街の壁の内部はスペースが限られているから、作る余裕が無かったのかもしれない。なお別に呼んではいないが、インゴ達も付いて来た。

 そこでフリーダさんは錫杖を、ヴァルは剣を構えて5歩の距離を取って睨み合う。俺は立ち合いの注意をして開始の合図を出す事にした。


「実力が分かればいいから、互いに怪我までさせない様に。」


「承知した、ご主人様。」


「なるほど。分かったのじゃ。」


「それでは始め。」




 結果から言うと、フリーダさんは子供のころから剣の修行をしているヴァルと同じくらい強かった。神殿の訓練が田舎の男爵家よりも効率や厳しさが上なのかもしれないが、ヴァルの背が男より低めなのに対してフリーダさんは男並みの身長があるので体格差もあるかもしれない。年齢もフリーダさんは20代中盤っぽいので、10代後半っぽいヴァルよりも経験も多そうだし。

 タイプで言えばフリーダさんがやや攻撃寄り、ヴァルがやや防御寄りだが、まあ二人ともどちらもこなせる。正直インゴ達よりも頼りになるので来てくれるなら心強いが、問題は俺の指示にどれくらい従ってくれるかだ。俺の探知スキルを教える気は無いので、理由を言わずにあっちを通れとか、魔物が近付いてるから逃げろ、とか言うのを文句も言わずに聞いてくれるか。こればかりは、行ってみないと分からないか。

 そうだ、魔法が使えるかが重要だった。さっきも聞こうと思ったのに、別の事に気を取られて忘れてた。


「そういえば、フリーダさんは神官だろ。回復魔法とか使えるのか。」


「うん? 魔法なんぞ使えないぞ。

 神官だって魔法の適性持ちは少ないから、ほとんどは使えないのじゃ。」


 え? 神官って回復職じゃないの?


「ご主人様は魔法使いと縁が多い様だが、

 普通魔法使いはなかなかいないモノだぞ。」


 何だとぉ、ただの棒術士じゃねぇか。




「本当に川が流れてやがる。」


 今、俺達はペルレ大迷宮の2区に入り、地下河川の上を通ろうとしている。2区は『迷宮門ダンジョンズ・ゲート』から入って東側。コボルトと『レッド守護熊ベア・ガーディアン』が戦った『亜人のあぎと』の反対側になる。東京23区に当てはめれば、『亜人の顎』が千代田区と新宿区の境、四谷の辺り、ここは中央区、東京駅から東に進んで茅場町の辺りだろうか。

 俺達の先頭は細身に草臥くたびれた革鎧を纏った四十男ディルクと、長身の金髪美人お姉さんの神官フリーダさん。ディルクは道案内でフリーダさんはそこそこ戦えそうなので先頭に立ってもらった。この二人は今回の探索で初めて一緒に仕事をするから、ぶっちゃけ信用出来ないので俺の前を進んでもらっている。

 続いて俺と革鎧に剣を腰にいたヴァルブルガ。その後ろを山羊5頭を引いた大男のクルト。山羊には山羊達のエサの干し草、水と食料、松明やランタンの油瓶、毛布など積んでいる。最後を『大農場主ラージ・ファーマー』の3人、インゴ、エラ、ヨーナスが続く。この3人は戦力としては微妙だが、まあ採掘の人手だ。




 ここまで『迷宮門』から歩いて約2時間、迷宮の中は平面ではなくアップダウンの大きい岩洞窟なので距離としては2㎞くらいだろうか。それでも直径10mくらいの冒険者ギルドの地図にも乗っている大横穴なので、暗闇くらやみの中とは言え迷わず来れている。

 今のところ遭遇したのは、小さな虫とか岩の隙間の蛇とか鼠の様な小動物くらい。実際のところ大横穴から外れた横道に入れば、もっと大きな生き物や多数の小動物の群れがいるのが俺の探知スキルで分かるのだが、そういったところはやや大回りに避ける様にしている。

 1回、蛍の様に発光する家猫サイズの大きな虫が3匹の群れで飛んで来た時は驚いたが、これは2匹をフリーダさんが1匹は俺の近くまで飛んで来たところをヴァルが叩き落して殺した。避けようとも思ったが、だいぶ遠くからこちらのあかりを目指して飛んで来た様で避ける事は出来なかった。もっとも俺のスキルでもっと脅威度の高い相手と分かれば、灯りを捨てて逃げただろうが。




 そうして俺は今、地下河川の岸で下をのぞいていた。ディルクを除いた他の者達も、ある者は恐る恐る、ある者は興味津々で覗き込んでいる。ランタンの灯りで照らすと、地下河川の水面は足元から5~6m下に見えた。水は真っ黒で中は全く見えないが、どうやら流れは速くないっぽい。川幅は200mくらいだろうか。川の両端は同じ幅の崖となっており、天井はランタンの灯りでは見る事が出来ないが、極々細い光線が幾つか上から降り注いでいる所を見ると、ひょっとして地上との隙間が空いているのかもしれない。そこに今来た横穴が交差した形だ。

 そこに丁度対岸まで岩の橋が掛かっている。橋はここまでの横穴と同じようなゴツゴツした自然の物に見え、岸近くは幅20mくらい、中央の一番細い所で6mくらいだろうか。それにしても、川は地割れか何かの跡に水が流れ込んだ様に見えるのに、何故対岸までの橋だけ残ったのか謎だ。後から誰かが魔法で作ったと言われた方が納得がいく。

 ポチャンという微かな音がして、遠くの水面が揺れた様な気がする。定番なら半魚人とかが襲って来る所だろうか。足場も悪いし、落ちたら大変な目に遭いそうなので、俺達はそこをそそくさと渡る。水の中から殺人ピラニアが飛び出してくるような事も無く、無事俺達は川を渡る事が出来た。




 第2区は先程の家猫サイズの蛍に見る様に、虫としては巨大ながら人より小さいサイズ、もしくは通常サイズの虫が生息するエリアである。ここは初心者には割と人気のエリアで、俺達が通って来た大横穴から地図に無い様な支道に入ればそれらの虫の生息域となり、単価は安いながらも換金できる虫の羽や甲殻、体液、あるいは丸々食用の虫等を採取できる。もっともあまり奥に入り込んでしまえば、虫に群がられて餌になってしまうらしいが。

 第2区は南北に広いが、東西に狭い為、地下河川を越えて1時間程で通り抜け、第8区へと侵入した。第8区に入った後も目的地へ向けて幅10~20m程の大横穴を進むが、そこでは2区よりも大型の虫が魔物を見るようになった。ここでも俺の探知スキルが活躍して、虫の潜む支道をれ、大横穴を塞ぐ虫を支道を通って迂回したりした。


「なあ、旦那。何だって右に寄ったり、左に寄ったり、また右に戻ったり。突然、狭い穴に潜り込んだりするんですかい。」


「ああ、それは私も思っていたのじゃ。他の者達も良く文句を言わんのう。」


 ディルクが両手を等間隔に広げて右に左に右へ振りながら疑問を呈すると、フリーダさんが同調した。


「虫がいる気配がしたんだ。

 ああ、何というかな。音、匂い、それとも空気の流れかな。」


 何だそれ。説明下手かよ。視線が痛い・・・気がする。


「なるほど。」


 なるほどには、”のじゃ”は付けないんだね。ちょっと頭のオカシイ奴だと思われたかもしれないが、二人共この件にはそれ以上突っ込むのを止めてくれた。




 かくだ。順調なのもそれに遭遇するまでだった。それは10m近い天井を這って俺達に近づいて来た。天井も床同様岩の凹凸が大きいのだが、それはそんな天井を人が平地をジョギングするくらいの速さで近づいて来たのだ。それは俺達の真上までやってくると、体の半分を天井から離してぶら下がる様な姿勢を取り、長い触手を近づけて来た。




 洞窟の天井を這って近づいて来た芋虫。ただし、4~5cmの揚羽蝶あげはちょうの幼虫の様な小さな奴ではない。そもそもそんな大きさの虫が天井に付いていても気付かないだろう。

 そいつの太さは1m以上、全長は10mはありそうで、表皮は薄黒く岩の様にゴツゴツしていて硬そうに見えるが、全体をみるとブヨブヨとうごめいている。頭部と言うか、進行方向の先頭はバカリと開かれた八目鰻やつめうなぎの様な無数の牙を持つ口が体の幅いっぱいに開き、しかも口の周囲からはニョロニョロと二本の触手が伸びている。目は無い。

 それが俺達の上まで来て、ダラリと体半分を天井から離して俺達へと口を向け、触手を伸ばしている。俺はソイツがランタンの灯りの中に入る前からその存在に気付いていて、仲間達には俺の周りに集まってもらっている。また、俺自身はヴァルブルガと一緒にクルトの腰に結ばれたロープを手近の岩に縛り付け、ロープの先の山羊が戦闘の邪魔にならない様準備した。




 何故、俺がこんな厄介そうな奴と戦う事を選んだのか、逃げなかったのかと言うと、コイツを避ける為に道を変えようとすると何か嫌な気がしたからだ。コイツ自身は近づいて来る事、そして厄介な相手である事が俺の探知スキルによって気付いていた。

 だがもう一方の道、というかそっちも大きな横穴だが、そっちには探知スキルで何かいる事かが分からなかった。何もいない様に思えるが、何か嫌な気がするというのが正確だろうか。

 俺としても判断に自信があった訳ではない。むしろ何もいない方に行くのが正解ではないかとも思えたが、俺は嫌な感じを気にして厄介と分かっている奴を迎え撃つと決めた。




 その姿を見た時、俺は冒険者ギルドで調べた情報からソイツを洞窟芋虫ケーブ・クローラーと判断した。好戦的で触手の毒で人を麻痺させると、丸呑みにするのだ。俺は仲間達の注意を天井に向けると、フリーダさんとインゴ達に触手を杖や槍で振り払うよう指示し、クルトとディルクにはしゃがむ様に命じた。

 俺は振り払われる触手に業を煮やして、芋虫がもっと頭を下げて来るタイミングを待つ。


「きゃっ。」


「エラ!」


 エラが倒れた。触手の先の針で刺された様だ。叫んだのはインゴか。くそっ。嫌な予感が大きくなって来てやがる。


「ヨーナス!

 エラを連れて離れて伏せろ。傷口から毒を吸い出して捨てろ。

 他はとにかく離れて触手を払え。」


「わ、分かった。」


 毒の対処としてそれでいいのか分からなかったが、他に思いつかなかったのでそう指示した。エラとヨーナスを下がらせると、触手を払う役はフリーダさんとインゴしかいない。

 探索の直前でフリーダさんが入ってくれて助かった。明らかにインゴ達よりもフリーダさんの方が上手く触手を払えている。これが技量の差か。だが、フリーダさんの杖でも芋虫本体には通用しそうもない。通用しそうなのは。

 そう思っている内に俺の待っていたタイミングが来た。芋虫がさらに足の多くを天井から離し、その頭を地上までおおよそ2mまで下げる。


「クルトォ!

 立ち上がってソイツを思いっきりぶっ叩け。

 叩いたら林檎をやるぞ。」


 最後の林檎というキーワードにクルトははじかれた様に立ち上がり、その太い棍棒で芋虫の頭をぶっ叩いた。


「ブモッ!」


「○!※□◇#△!」


 クルトの一撃。芋虫は声は出ていないが、悶える様にして地上へと落下して転がる。やったか、とは言わない。明らかにまだやっていないからだ。ああ、嫌な予感がする。俺は山羊の背負った荷物から林檎をクルトに放ると、クルトは器用に口でキャッチしてそのままゴリゴリと食った。


「クルト、ソイツをぶっ叩け。次はかぶだ。

 フリーダさんとインゴは、触手からクルトを守れ。

 クルトが落ちると、あとが無いぞ。」


 芋虫は体を反転して地面に足を付くと、まるで暴走列車の様にこちらに突っ込んで来る。クルトでも受け止められるか分からない。ヤバイな。ヤな予感が。


 ザシュ


 突然暗闇から振るわれた巨大な槍が芋虫を突き刺した。槍の先を目で辿ると、それは俺達の背後から伸びていた。全然気づかなかった。俺の探知スキルにも反応は無かった。ただ嫌な予感がしただけで。

 それは巨大なカマキリだった。ランタンのあかりの範囲を遥かに超えているのでその全身を見る事はできないが、芋虫を遥かに超える大きさから推測するに体長は20mを超えるだろうか。

 カマキリの腹は俺達の頭の上、床から5m位のところにある。その体は直径10m程度の横穴の天井ギリギリにあって、その長い足で俺達を4本の足で跨いでいる。その体表は茶色と黒の枯れ木の様で、先程の槍はカマキリの鎌だった。


 こんなにデカいのに誰も気付かなかったのは、暗闇のせいばかりではないだろう。その巨大さにも拘らずほとんど音を立てず、空気も震わせず、熱も発さず、しかも保護色の影響か見づらい。俺の探知スキルにも反応しなかったと言う事は、コイツのスキルかは分からないが隠蔽能力が非常に高いのだろう。嫌な感じはコイツだったのか。

 カマキリは俺達を完全に無視して、芋虫を切り裂き食べ始めた。コイツにとって俺達は腹の足しにもならないのかもしれない。俺は皆に静かにここを離れる様に指示した。




 現実はこれだからな。俺達は巨大なカマキリからそっと逃げ出し、アントナイトの採掘場所へとペルレ大迷宮の8区を進んで行っている。洞窟芋虫ケーブ・クローラーに太腿を刺されたエラは、その毒に熱が出ているのか顔は紅潮し、玉の様な汗をき、体は引きり、力が入らない様だった。

 ゲームだったら、体の色が変わってちょっとずつヒットポイントが減りながらも、普通に動けたりする。しかし現実に毒を喰らえば、本人が真面まともに動けなくなるだけでなく、その介助に人手が掛かり、全体の進行速度も遅くなる。

 俺はインゴとヨーナスに交代でエラに肩を貸して連れて行く様に指示し、エラと肩を貸してる方の荷物を山羊に積ませた。俺はエラ一人の為に戻るという選択はしなかった。インゴとヨーナスは不満を口にしたが、ここで帰れば報酬を出せないと言うと黙った。


「私は  大丈夫  だから。」


 と全然大丈夫そうじゃないエラが言ったから、というもあるだろう。神官のフリーダさんが何か言うかとも思ったが、「これは神の試練じゃ。頑張るのじゃぞ。」とエラに言って、傷口を洗ったり縛ったりしていた。こんな試練を与えるなんて、俺はその神を信じられそうにないな。

 星の神と言っていたので、あの夜空の星かと聞いたら、天空の星々の全てとこの大地の全て、つまり世界を創造した唯一無二の神じゃ、と言っていた。随分、大きく出たなと思った。

 とにかくエラの為に進行速度は遅くなり、敵を見つけるとその前よりも早くから大きく迂回する必要が出た為、より遅くなった。それでも俺達は大迷宮の奥へと進んで行く。




 俺は採掘専門のパーティー『宝石土竜ジュエルモール』の元メンバ、トビアスさんからアントナイトの採掘場所を聞いた訳だが、それは当然冒険者ギルドの地図に載っている様な10m以上の幅を持つ大横穴にある訳ではない。そこは大横穴からより小さい支道の様な穴の奥にあり、暗闇の中で無数にある支道からその穴を区別する為には目印が必要になる。

 こういった場合、天然の目印に頼るよりもそれぞれの集団パーティー団体クランによってメンバ内だけに通じる独特の目印を付ける。そして『宝石土竜』に独自の目印があった。

 ペルレ大迷宮の2区と8区の間にあった地下河川、東京23区にえて当てはめれば、中央区と江東区を分ける隅田川だろうか。その崖の様な割れ目の上から微かに地上の光が漏れた様に、地下にも時々僅かな光が届く場所がある。それとは別に洞窟内の岩肌に露出した金属やガラス質の鉱物が、探索者の灯りを反射して光る事がある。それらのほとんどは極小さな光の点にしか見えないが、それでもそれ程珍しい物ではない。




 8区に入って6時間、『迷宮門ダンジョンズ・ゲート』を潜ってから8時間は経っているだろうか。およそ朝8時頃に入ったから、今は午後4~5時ぐらいだろうか。予定では目的地に着いて野営の準備を始めている頃だろう。だがやっと大横穴で鉱床近くまで来れる所までは来て、ここからは鉱床へのより小さい横穴を見つけて入って行かなければならない。


 この近くまで来ると、時々 巨大蟻ジャイアント・アントを見掛ける様になった。元々アントナイトのアントは巨大蟻の巣近くに見つかる事が多い事に由来する。トビアスさんからは巨大蟻が1匹でいる時は、たまたま通り掛っただけだから静かにして動かなければ近寄って来ないと言っていた。3匹の時は、こちらに警戒して意図をもって近づいて来ているから、ゆっくりと退く様にと言っていた。トビアスさんの勧めに従って、俺達はやり過ごし、あるいは迂回した。

 巨大蟻がいるせいか、巨大 蟻地獄アリジゴクも見つけた。こんな岩場の洞窟でどうやってと思うかもしれないが、このアリジゴクは砂と言うには大きいグズグズに砕かれた小石で出来たくぼみになっている。ちょっと蟻がはまった所を見てみたいとも思ったが、自分が落ちない様に気を付けて進む事にした。

 さらにたまには巨大な羽の生えた虫が、巨大蟻を引っ掴んで飛んでいくのも見た。きっと巨大蟻があの虫の餌なのだろう。ひょっと卵でも産みつけられるのかもしれない。弱肉強食だ。


 話がれたが、ここまで来た俺はディルクと共に支道をランタンで照らしてのぞいては、印を探した。俺達が探していたのは、十字に光る四点の反射光だった。『宝石土竜』が造った印はこの南十字星の様な洞窟の中の星、これは岩に小さな鏡の様な物を埋め込んで作っている。アントナイトの鉱床までは曲がり角ごとに設置された、この南十字星を追って行く事なる。




「へへっ、旦那。ここで間違いないですよ。」


「やっと着いたか。


 みんな、ここが目的地らしい。軽く調べた後、野営をする。」


 ディルクが場所を確認して、俺に声を掛けた。そこには掘り返した跡もあり、捨てて行ったのであろう幾つかの道具や雑貨等も落ちている。あれから『宝石土竜』の印を探して進んだのだが、時々は道と言うか穴を間違えて戻る事もあり、目的地まで4時間は掛かった。

 冒険者ギルドの地図に載っている大横穴からより狭い横穴に随分奥に入ったが、ここ自体はかなり大きい空洞となっている。天井は2~3m程度でそれほど高くは無いが、まるで胃袋を横にした様な形になっていて広さは長径で20mくらいある。

 俺はヴァルと鉱床を見に行ったが、岩壁にはアントナイトらしい青い金属がところどころに露出していて、ランタンの灯りに照らされ反射していた。


「ほう、なかなか綺麗な物じゃのう。」


 どうやらフリーダも見に来ていた様だ。『大農場主ラージ・ファーマー』の面々も少し離れた場所で岩壁を眺めて何事か話している。俺達はここで野営の準備を始めるのだった。




 野営と言ってもわざわざテントを張る様な事はしない。洞窟の中なので雨や風の心配は無いから、地面から体の熱を奪われない様、厚手の毛布を敷くだけで十分なのだ。みんなおもおもいの場所で荷物を下ろし、水でふやかしながらパンと干し肉をかじる。


 俺はヴァルブルガと広間の奥の岩に山羊達のロープを止め、そこから少し離れた所にクルトを座らせ、山羊の背から降ろした蕪と芋を食べる様に指示した。

 インゴ達冒険者パーティー『大農場主ラージ・ファーマー』には通路の一方に陣取らせ、そちらの横穴を交代で警戒する様に言っておいた。ディルクは広間内の別の所に腰を落としたが、そこで眠り早朝にインゴ達と見張りを交代する事にした。エラを除く男3人で3交代で警戒してもらう。エラは怪我の件もあるから今日は夜警からはずす。

 俺とヴァルは『大農場主』と反対側の通路へと陣取り、そちら側を交代で見張る。フリーダさんはディルクやクルトとはまた別の広間の奥のくぼみを見つけ、そこで寝る事にした様だ。早朝には俺達と見張りを代わってもらう。こちら側の見張りの順はヴァル、俺、フリーダさんとなる。明日、起きたら全員で採掘を行う予定だ。




 夜半、俺はヴァルから引き継ぎ警戒していた。俺はランタンのあかりを足元に置いていたが、反対側にともっていた明かりは『大農場主』の物だろう。ランタンや松明の明かりが照らす範囲はそれ程広くないので、15mも離れればもうこちらの明かりは届かない。そろそろ交代の時間だろうか。

 実はこの見張りのあいだ、俺は非常に落ち着かなかった。というのも、『大農場主』側から声が漏れて来ていたからだ。洞窟の中は視界が遮られる反面、音は反響して遠くまで届いたりする。その声は押し殺していたものの、結構ハッキリと聞こえていたのだ。

 エラは芋虫の毒を受けていたハズだが、ここに辿り着く頃にはだいぶ落ち着いていた様だった。だからってそんなに元気になっているのだろうか。俺の前に見張りをしていたヴァルは、心穏やかでいられただろうか。う~ん、俺ももう見張りを代わろう。そうでなくても真ん中の見張りは睡眠が2回に分けられキツイのだから。




 俺はフリーダさんを探して、広間の中を見て回る。フリーダさんは広間の窪みの奥に身を隠した様で、ちょっと見つかりづらかった。俺が岩壁を回り込んでフリーダさんを見つけると、彼女は岩の中でちょうど体を真っ直ぐ伸ばせる所を見付け、毛布にくるまって眠っていた。

 何と言うか、洞窟の中で眠るのにベッドで眠る様に姿勢良く眠っている。長い金髪が頭の左右に流れ、引き締まった体ながら大きな胸が、体に掛けられた毛布を押し上げていた。まだ目を覚ましていないが、ちょっとくらい触っても大丈夫なんじゃなかろうか。いやいや、それは倫理的にダメだろう。

 俺は煩悩を頭を振って追い払うと、両手を伸ばしてフリーダさんの肩をすろうとした。だが、その直前にフリーダさんの目がパチリと開く。あれ、これまるで俺がフリーダさんのおっぱいを揉もうとしている様に勘違いされないだろうか。ああ、もちろんそれは勘違いなんだが。フリーダさんは俺と周囲を見回すと口を開いた。


「ふむ、なるほど。

 すけべえだとは思っていたが、やはり来たか。

 それとも宿の仕返しか。」


 フリーダさんが起き上がる。うお、これはまた宿の裏庭の再現じゃないか。待て待て、またぶっ叩かれるなんて御免だぞ。そうじゃなくても、まだ体中にあざが残ってるんだから。俺は恐怖したが、探知スキルには危険反応が出ない。俺の予想は外れる事になる。


「仕方ない。


 ここでおぬしを叩きのめしても、

 こんな迷宮の奥でお主の手下に囲まれては、

 流石さすがに私も抵抗できないじゃろう。」


 そう言うと、フリーダさんは俺に背を向けて岩壁に手をき、尻を突き出す。何だ、このおかしな流れは。何をしようとしているのか、全然理解できないぞ。


「さっさと済ませるのじゃ。


 だが、あの大男と回すのだけは止めてくれ。

 あんなの・・・、死んでしまうのじゃ。」


 早くしろとばかりに軽く自分のお尻を叩くフリーダ。あれ、これってもしかして、人気ひとけのない所に連れ込まれて、大勢を従えたボスに体を要求されて、抵抗できないと諦めて、せめて傷を小さくしようと覚悟完了な感じか。前にもこんなシチュ無かったか?

 いやいやダメだろう。こんな流れに乗ってヤッちまおうなんて言うのは、日本人的な倫理観を持っている俺的には完全にOUTだ。いくら金髪美人が立ちバック待ちだとしても、金髪美人が立ちバック待ち、金髪美人が立ちバック、・・・金髪美人が立ちバックだとぉ!本人も早くしろって言ってるし。

 待て待て俺。相手は勘違いしてるだけなんだ。ちゃんと話して、誤解しているだけなんだと安心させてやろう。いくらこの世界的にはこんな事、良くある話だとしても、俺はこの世界の常識に流されたりしないぞ。燃え上がれ俺の良心、天使の心よ、エッチな事をしてはいけません。でも金髪立ちバック。













 みんな、すまん。

 本能には勝てなかったよ。




 翌朝、洞窟の中で時間は正確には分からないのでそう言っていいのか、全員が起きたところで採掘を始めた。フリーダの振舞いは昨日までと全く変わらず、ヴァルブルガは目を細めて疑わしそうにしているのだろうが、元々 目力めじからが強いので睨まれている様でより顔が怖くなり、エラはニコニコしていた。

 昨日、芋虫に刺されたエラだが、今日は熱も震えも無くわりと元気になっていた。昨晩、元気だったのは聞こえて来ていたが、一応 じかに元気そうなのが見れて良かった。

 朝飯は、相変わらず干し肉と堅パンを水でふやかして食べた。広い洞窟なのでちょっとくらい火を焚いても大丈夫かもしれないが、ここら一帯が鉢の底の様に沈んでいて二酸化炭素が溜まって酸欠になったりしたら嫌なので、火は使わせていない。うん、当たり前だけど洞窟の中で、松明等で照らしてるだけなので暗いよね。


 さて、いよいよこれから採掘する訳だが、まず買って来たツルハシでクルトに岩を掘らせるというか、砕かせる。これで大体人の頭から胴体程の岩が採掘される。ちなみにツルハシは1本銀貨40枚(4万円)で2本買って来た。

 続いて他の者が今度はハンマーでクルトの採掘した岩を割る。ハンマーは1本銀貨10枚で5本購入している。大体 拳大こぶしだいまで小さくして、アントナイトっぽい塊とただの岩っぽい塊を目視で分けて2つの小山を作る。ハンマー係は俺とヴァルを除いた『大農場主ラージ・ファーマー』の面々とディルク、フリーダで1度に3人、残りは通路の見張りを兼ねた休憩をしてもらっている。

 えっ、俺? 俺はクルトの指示だしとか、溜まった小山を1ヶ所にまとめる指示だしとか、選別後の鉱石の二重チェック《一部》とか色々忙しいのよ。サボりじゃないよ。そしてヴァルは俺の護衛に専念してもらわないといけないんだから仕様しょうがない。こんな所まで来てるけど、俺たぶんインゴより弱いからね。エラとならどっこい?フリーダには瞬殺される自信がある、というか宿で瞬殺された。




 ガツン、バラ。ガツン、バラ。ガツン、バラ。


 岩を砕く音が洞窟内に響く。この採掘の広間に続く横穴ギリギリにいるが、それでもうるい。岩を割っている人達は大変なんだろうなぁ~。こんなに煩いと魔物を呼び寄せないかという問題もあるが、この辺は巨大蟻ジャイアント・アント領域テリトリーなので他の魔物はあまりいない。

 巨大蟻を捕食する魔物はいるが、蟻地獄アリジゴクは疑似巣から動かないし、巨大羽虫ジャイアント・フライは天井が低いのでこの辺には来ない。唯一やってくるのが巨大蟻だが・・・。そう思っている内にやって来た。


「アリが来たぞぉーーーッ。全員手を止めて、その場で待機ィーーーッ。

 待機ィーーーッ。待機ィーーーッ。」


 そう叫びなら、ハンマー係に寄って行く。岩を割る音が酷いので、声を掛けても聞こえない事が多いが、近づけば大体気付いてくれる。クルトだけは結構強めに後ろから叩かないと気付かないが。




 しーーーん、という音が聞こえる様な気がする。さっきまでの採掘音が消えたので、驚くほど静かだ。そんな中、1匹の巨大蟻が広間に入って来た。全長は2m近いが、這って進んで来るのでこの横穴でも不自由ない様だ。気配が無い訳ではないが、ほとんど音はしない。あえて音を付けるとするとカサカサだろうか。

 火を消したりはしないので、こちらに気付かない事は無いだろう。こちらを警戒しながら入って来て、時々止まって触覚をしきりに動かしながら、ハサミの様な顎をモグモグと動かしている。こちらのメンバも動きはしないが、きっと蟻をメチャメチャ注視しているのだろう。

 蟻は広間をウロウロしたが、あまりこちらに近付く事は無くそのうち反対の通路から出て行った。俺は探知スキルで蟻が十分離れるのを待って、作業の再開を指示する。


「よし、もう十分離れた。作業を再開してくれ。」




 そんな事を3回繰り返す頃には、選別した鉱石が300~400㎏は溜まった。暗闇では時間の感覚も怪しいが、まあ用は済んだんだしひと眠りして帰るか。俺達は貧しい夕食を取って寝た。昨日と全く同じルーチンだ。




「うぅぅ、重いよう~~~。」


「無理をしなくていいぞ。

 運ばなくてもペナルティはないんだから。」


「だ、大丈夫ですよぉ。

 頑張れ、私。」


 エラが鉱石の重みに声を上げるので下ろす様に言うとそれは拒否された。随分元気になった様だ。現金とも言う。翌朝、俺達は朝食を食べると鉱石を纏めた。山羊には行きに持って来た食料や水の代わりに、1頭当たり30㎏程度の鉱石の入った麻袋を積んでしっかりと縄で留めた。

 また、俺を含むクルト以外の各自には麻袋に10kg分の鉱石を詰めて運んでもらう。これは強制ではないが、銀貨10枚の追加報酬に全員運ぶ事にした様だ。また、魔物との戦闘に入った場合は、各自の判断で投げ捨てても構わない、倒した場合には拾えばいいだけだし、逃げる場合は命の方が大事だろうとも言ってある。

 最後にクルトだが、山羊と同じ麻袋を2つ担がせると、まだまだ余裕そうだった。ハッキリ言って頭は良くないので、もし戦闘があればその都度麻袋を捨てる様に指示しなければいけないだろう。これで全部持ち帰れれば、280㎏くらいか。選別が適切なら金貨14枚(140万円)くらいになるだろう。まあ、最初からそこまで上手く行くとも思えないが。




 帰り道、8区の間は巨大蟻ジャイアント・アント3匹の群れに出会ったが、その場をそそくさと離れると追っては来なかった。巨大蟻地獄ジャイアント・アントライオンの巣の横を通ったり、飛んでいく巨大羽虫ジャイアント・フライをやり過ごしたりした事はあったが、行きに遭遇した洞窟芋虫ケーブ・クローラー恐怖蟷螂テラー・マンティスには幸い遭う事は無かった。

 2区では探知スキルをフル稼働ではあったが、他の魔物を避ける為に仕方なく通常サイズの飛蝗バッタの群れに囲まれる事があった。予め分かっていたので全員に松明を2本ずつ持たせて焼き払ったが、山羊を含めて全員あちこちを噛まれて傷は浅いながらも血だらけになってしまった。

 そんなこんなで『迷宮門ダンジョンズ・ゲート』まで戻る事が出来たが、その日の迷宮書記官の当番はカスパルさんだった。全員 血塗ちまみれで心配されてしまったが、見た目よりも軽傷だと言って安心させて置いた。ペルレの街に出ると丁度迷宮に入って3日目の夕方だった。


「ああ、皆お疲れさん。これが報酬だ。次もあったら頼むよ。」


「レンさんよぉ、次ってまたすぐもぐるのかい。」


「まあ、これにちゃんと値が付いたらな。


 何にしろ迷宮の暗闇くらやみにはうんざりだから、

 数日はゆっくりしたいね。」


「じゃあよ、また潜るんだったら声掛けてくれよ。」


 『幸運のブーツ亭』の馬小屋まで皆で鉱石を運んだ後、その場で報酬を支払って解散しようとするとインゴがそんな事を言って来た。


「怖い思いもしたけど、全員無事だったしね。」


「ああ。アンタの指示は正しかったと思う。」


「フヒヒッ、旦那。あっしもお願いしやすよ。」


「まあ考えておこうかのう。」


 エラ、ヨーナス、ディルクがそれに同調し、フリーダは保留だった。そうして俺達は分かれた。




 俺はクルトを連れて馬小屋まで行くと、夕食用に芋とかぶの袋を渡して山羊と鉱石の番をさせた。それから俺とヴァルブルガは宿の食堂へ戻って夕食にありついた。『幸運のブーツ亭』の夕食は数日に1回ご馳走が出るのだが、昨日が大きなます料理だったと聞いて俺は涙した。なお、俺達が食堂に入る時に夕食を終えたフリーダとすれ違ったが、対応は素っ気なかった。俺はその晩、泥の様に深く眠った。




 次の日、俺は皆の選鉱した鉱石を宿の部屋の窓の光の下で再確認する事にした。別に再選鉱してかさを減らそうと思ったわけじゃない。せっかく持って来たんだからそのまま全部売ってしまおうと考えていた。だから、それをしたのは本当に偶然だった。

 光の下で見ると、最初の袋に明らかにアントナイトとは異なる輝きを持つ金属が混じっていた。青っぽいのは同じだが、アントナイトが暗い青なのに対して、それはもっと金属光沢のある青なのだ。まあ、ただのアントナイトのバリエーションかもしれないが。 

 その量は30kg中 わずかに100g程度、全体量の3%ぐらいか。それを見つけた俺はヴァルにも手伝わせて、持って来た全ての鉱石をチェックした。それでその鉱石は全部で1kg弱くらい見つかった。俺はこの鉱石を背負い袋の奥底に仕舞い込んで、残りの鉱石と分ける事にした。こっちの方が高そうに見えたので、売るにしても別口にしたかったからだ。




「やあ、エゴンさん。アントナイトを取って来たぜ。」


「おお、レン。無事帰って来れたな。

 ささっ、取って来た石を見せてくれ。」


 俺はヴァルと二人で20㎏程のアントナイトの鉱石を担ぎ、指輪の形の看板が掛かったエゴンさんの店を訪れていた。全部持って来るのは値段の概算が決まってからでいいだろう。

 エゴンさんは仕立屋のペーターさんから紹介された金細工師で、天然パーマなのか黒髪をチリチリにした四角っぽい顔の壮年のオジサンだ。ペーターさんとエゴンさんの関係は、ペーターさんが服飾に使う金属のボタンや飾りをエゴンさんが造っているという縁らしい。ペーターさんがペルレの仕立屋の顔役であるのに対して、エゴンさんも金細工師の顔役なのだと言う。

 エゴンさんの店には大迷宮に入る前にもペーターさんと一緒に訪ねて、アントナイトの現在の相場や需要等を聞いておいた。ちなみに鍛冶師は主に鉄、金細工師が貴金属を扱っているのでアントナイトの買い手としては金細工師か貴金属を扱う商会となる。さて、いくらになるか。


 エゴンさんが麻袋の中身を作業台の上に乗せ、アントナイトの鉱石を1個1個確認して行く。見ていると拳の半分くらいの大きさの鉱石が左に、拳よりも大きい鉱石が右に積まれて行った。俺が手元を見ているのに気付くと、エゴンさんは俺の方を見ずに左の山を顎で指して話し始めた。


「これくらいに割らないと、不純物が多くなるからな。

 アントナイトを溶かし出す前に砕かないといけなくなる。

 その分、値段は下がるぞ。」


 むぅ、確かに拳大に割って選鉱するとは聞いていたが、真っ暗な大迷宮の奥、松明の光の下で大勢でやっているとどうしてもバラツキは出る。


「迷宮の中で選り分けてるんだ、どうしてもバラツキは出るさ。

 たとえアントナイトが半分しか含まれてなくても、要らないわけじゃ無いんだろ。」


「『宝石土竜ジュエルモール』の仕事はもっとましな選り分けをしてたぞ。」


「あまり厳しく言うから後続が出ないんじゃないか。」


 エゴンさんは渋い顔をするが、これは言ってやらなきゃいけない。取って来ても文句ばかり言われて値を下げられたんじゃ、やる気が失せると言うもんだ。




「次からは、もっと気を付けるよ。」


 だが、まあ喧嘩したい訳でも無いので、少しは引いておく。掘削だけなく破砕にもクルトを使って、選鉱の方にもっと人手を回すか。だが、破砕中は俺が見張ってないと、砂みたいにされそうだからな。まあ次回、いろいろ指示の加減を試してみるか。

 エゴンさんは鼻を鳴らすが、そのまま仕分けを続けた。そうやって分け終わると、左の山と右の山の大きさは3:1くらいになった。


「左の山なら20㎏で金貨1枚。右の山は30㎏で金貨1枚だな。」


「全部で300kg近くあるんだ。全部買い取れるかい。」


「ふん・・・。金貨10~15枚(100~150万円)と言ったところか。

 ピーターから飾りボタンの注文はあったが、こんなには使わないな。


 俺が手元で寝かしといてもいいが、

 前に言ったダーミッシュ商会を紹介してやるから、買い取ってもらったらどうだ。


 明日残りを持って来るなら、ここに呼んでやるよ。

 俺も金を預けてるから、金を持って来てもらおうと思ってるしな。」


「ああ、それで頼むよ。」


 この辺の話は採掘前からの既定路線である。金細工師の店1つだけでは、鉱石の需要もそんなに無い。今回の探索でそれなりに投資もしたし、ノウハウも溜った。1回で終わらせるのは勿体もったいないから、しばらくこれで儲けたい。ならば自分で客を探すより、大きな商会に買い取ってもらうのが手っ取り早いだろう。

 ヴァルヒ商会が主に食品の大手商会なのに対して、ダーミッシュ商会は金属卸きんぞくおろしの大手商会だ。ペルレで使われる鉄や銅、錫や貴金属を鍛冶師や金細工師におろしたり、大迷宮がある以上、他の街より需要の多い武器やその他の金属製品等もペルレ外から仕入れて来て売ったりしている。

 採掘前にもこの商会とはコンタクトを取りたかったが、エゴンさんに現物が無いと話にならないだろうと言われて、諦めた。その後、少し話して今回採掘して来た鉱石の配分をエゴンさんに60㎏程度、残りをダーミッシュ商会にという事にした。兎に角、取引の本番は明日だ。




 エゴンさんの店を出た俺とヴァルブルガは、ペルレの大通りに出て昼飯を食べる事にした。俺はトビアスのオッサンの屋台を探した。屋台は大体だいたいいつもの所に出ていて、いつも通り結構並んでいる。早く並ばないとまた品切れになってしまう。

 そそくさと並んだ俺達だが、隣の屋台を見て俺はちょっと引いた。カブトムシの幼虫の様な虫が、丸まって数匹串に刺されて焼かれていた。ペルレでは虫食も結構一般的だが、俺は令和日本人の感覚を持っているので遠慮したい。こういう屋台で売っている様な安い虫は、初心者冒険者によって2区で採取されるているらしい。買い叩かれてあまり儲けにはならないので俺はやるつもりはないが。

 何とか俺達の番が来た時には肉巻フレイシュフォンルが残っていたので、虫の串焼きを食べずに済んだ。トビアスに謎の金属について聞こうとも思ったが、まだ俺達の後ろにも人がズラリと並んでいるので止めておいた。端に寄ってトビアスの屋台が売り切れになるのを待つ。さて、何と聞いたものか。知っているなら聞きたいが、知らないなら藪蛇になるし俺が持っている事も知られたくない。




「トビアスのオッサン。」


「おお、レンだったか。アントナイトは見つかったのか。」


 帰り準備を始めたトビアスに、俺は声を掛ける事にした。いきなり、アレを聞くのも何なので他の鉱石のを聞いてから、自然な流れでそっちに話を持って行こう。


「ああ、お蔭さんでね。」


「そいつは良かったな。」


「だが、あまり高値にはならなくてな。

 人を集めた割には、大して儲かってない。」


「そりゃ、初めから分かってた事だろう。」


「そうなんだけどな。

 なあ、他にも銀とか金とかが出る場所は知らないか。」


 まあ、これはジャブだ。そんなの簡単に教えないだろうから。それからアレに繋げよう。


「知っとるぞ。」


 おいっ、知ってのかよ。


「おいおい、そいつを教えてくれよ。」


「そりゃ無理だ。引退する時に情報は売っちまったからな。

 今じゃ、クラン『強欲地下妖精グリード・コボルト』や、

 『黄金王ピグマリオンアーム』がかこってる。」


「そりゃそうか。じゃあ、あそこで他の鉱石は出ないのか。

 あるいはアントナイトでももっと価値の高い奴とか。」


「いや、あそこはアントナイトしか出ないぞ。


 そう言えば色の薄いのが出た事があって、商会にもっと出ないかと随分せっつかれたんだが、

 その後は全然出なかったんだよな。」


 やっぱり、前も出ていたんだ。だが、全然出ないって。今回、1㎏くらい出ていたが、それぐらいじゃ売買が成立しないって事か。


「ふ~ん、どんなのかまだ持ってるかい。

 それに全然ってどれくらい出たんだ。」


「いや、何のかんの言って商会が持ってっちまった。

 量は全部で300gくらいじゃねえか。

 もともとあそこは幅10mくらい掘ってたんだが、それを20mまで掘ったんだぜ。」


 商会は欲しがっていたが、出なかったって事か。価値はアントナイトよりずっと高そうだな。俺は1回で1㎏出たが運が良かったのか。それともたまたま、あとちょっとで出る所で諦めたと言う事か。あの広さはそのせいか。何にしろ、トビアスのオッサンはこれ以上知らないだろう。




「商会ってのはダーミッシュ商会か。」


「そうだぜ。

 俺達はほとんどダーミッシュ商会に持ち込んでいたからな。」


 明日会うダーミッシュ商会は、少なくともソレの正体を知っていたのだろう。ひょっとしたら今回のアントナイトの買取も、商会の興味はそっちにあるのかもしれない。う~ん、やっぱり商会に会う前にもうちょっと調べて置きたいな。

 トビアスのおっさんが知っているのはこれで限界っぽいから、他を当たるか。


「ありがとよ。

 じゃあ、邪魔したな。」


「おい、待てよ。」


 ん、俺がアレを持っている事に気付いたか。しつこく聞き過ぎたか。


「ここまで話したんだ。屋台を家に運ぶのを手伝いやがれ。」


 俺達は前と同じ様にトビアスの手伝いをやらされた。まあ、情報の価値からいえば安い物だが。まだ日は暮れてないし、もう一度エゴンさんの店に行って聞いてみるか。

 だがエゴンさんは金細工師の顔役とは言っても、俺と商会だったら商会を取るだろうからな。かと言って、他に鉱石に詳しそうな知人はいないし。俺が歩きながら悩んでいると、不意に横を歩くヴァルブルガが小声で話し掛けて来た。


「なあ、ご主人様。

 ご主人様は今朝、仕分けした綺麗な方の鉱石について調べたいのか。」


「まあ、そうだな。

 何か知っているのか。」


「いや、自信を持って言える訳ではないのだが。

 というか、こんな事を言って笑われるかもしれないが。」


「う~ん、一応言ってみ。」


「あれ、ミスリル銀じゃないか。」


 ホワッツ


「『シャインニングける太陽ソーラーウィング』の物語でフリートヘルム王子が持っていた槍ゲープハルトの穂先が、ミスリル銀で青く輝く銀色だったハズなのだ。」


 マジか。指輪がキーアイテムの小説では、鉄より硬くて軽くて金の10倍の価値があるっていうメジャーなファンタジー物質じゃないか。本当かよ。

 それにしても、またそのキラキラ物語か。俺もその内ちゃんと読もう。痛々しいが、結構この世界の事が出てるっぽいんだよな。


「おい、いつそう思った。

 それに何で黙っていたんだ。」


「いや朝、日の光で見た時に思ったんだが、

 ご主人様がこれについては一切話すなと言っていたから。」


 うん、言った。金になりそうだったから、他に漏れるとマズイからね。でも、俺には言えよ。


「なあ、ミスリル銀ってどれくらい珍しいんだ。」


「う~ん、私は見た事は無いが、

 王族や上級貴族なら家宝としてミスリル銀の剣や鎧を持っているのではないか。

 あとは名のある騎士や冒険者なんかも持っている者もいると思うぞ。」


 なるほど、騎士全員がミスリル銀で武装してるという程でもないが、家宝の名刀レベルでまあまあ保有されているという事か。それなら大手や老舗の武器屋でも置いてそうだな。一見いちげんの客に見せてもらえるとは思えないが。

 今回採掘した製錬前の鉱石が約1㎏。製錬して500gだとしても金と等価なら金貨25~50枚。うん、これが本当にミスリル銀なら最低金貨50枚(500万円)以上になるのではあるまいか。皮算用は止めよう。これがミスリル銀と決まった訳じゃあない。




 俺とヴァルはその後、日が暮れるまでペルレの武器屋回りをしてみたが、鉄の剣しか見せてもらえなかった。ただ見せてくれと言っても見せてもらえそうも無かったので、名前は出せない王都の貴族の指示で今度 元服成人する嫡男の守り刀を探している、という小芝居までしたんだが本当に無いのか胡散臭さかったか。

 もう諦めて宿に帰ろうとした時、顔見知り2人を見掛けた。一人目はディルク。丁度、大通りの外れで見掛けたが、向こうはこちらに気付いていない様だった。彼は最初に会った時の酒場『酔いどれ狸亭』で見たチンピラ達に肩を組まれて裏通りへと連れ込まれ様としていた。だが、気にはなるがヴァルだけだと不安もあるし、自分が怪我してでも助ける程の義理も無かったので、無事を祈りつつ黙って彼の後ろ姿を見送った。




「あっ、レンさんとヴァルさん。お久しぶりですぅ。」


「どうもアリスさん。ご無沙汰しています。」


 2人目は日本からの転移者アリスだった。前に俺が渡した物ではなく、赤や黄色の華やかな柄の外套マントを着ているが、中はセーラー服のままの様だった。外套の隙間から覗く太腿ふとももなまめかしい。

 今は同じ宿には泊まっていないが久しぶりだからと『幸運のブーツ亭』で一緒に夕食を取る事になった。今日はウサギのミートパイなので当たりの方だ。

 近況をお互い話す傍ら、仲間に凄い武器を持っている人はいなか聞いてみるとあっさり、答えが返って来た。


「うん、コルドゥラさんがミスリル銀の剣を持ってるよ。」


 俺にもご都合主義が来たか!?まあ、トップ冒険者なら持っていてもおかしくないか。


 アリスにはパーティーメンバに会わせてもらえないかと聞いてみたが、明日の夜なら大丈夫そうだとあっさり了承してくれた。

 他にもアリス達のパーティーがどっちに行っているのか聞くと、3層の21区まで行っていた様だった。3層まで行くと8区のあの恐怖蟷螂テラーマンティスより恐ろしい魔物がいる様で、絶対行きたくないと思った。まあリターンも法外な様だが。

 うん、アリスってすんごい情報源だよね。縁は是非とも繋いでおこう。俺達はアリスが帰るのを見送ると、その日は休むのだった。




 翌日、まずは金細工師エゴンさんの店に行って鉱石を60㎏を売り、金貨2枚と銀貨75枚を受け取った。そして、そこで20代と思われる切れ者系の青年、ダーミッシュ商会のユリウスさんを紹介された。何と彼はダーミッシュ商会の会頭の次男で、秘書か何かと思われる男と護衛2名を引き連れていた。


 ユリウスさんは残りを買い取る事を約してくれ、宿に荷馬車を出して引き取りに来てくれた。俺は一旦宿に戻り、鉱石を引き取りに来たダーミッシュ商会の荷馬車と一緒に商会に行ってそこで取引を行った。それとなく、とはづらいくらい他に何か採掘されなかったか聞かれたが、現時点では通常のアントナイト全てを引き渡してそれで全部です、と言っておいた。

 200㎏以上の鉱石の引き渡しとその品質チェックでその日は暮れた。鉱石は全部で金貨8枚(80万円)、おおよそエゴンさんの店の8割で売る事になった。まあ直売じゃないし、金細工師への流通を考えるとそれでもいい方か。お昼は豪華ではないが、『幸運のブーツ亭』と遜色ないお昼をご馳走になったし。




 ダーミッシュ商会を出た俺とヴァルは、その足でヴァルヒ商会を訪れ1本銀貨20枚(2万円)くらいする酒を買った。それを持ってアリス達トップ冒険者 集団パーティー財宝犬トレジャードッグ』の宿、『金狼亭ゴールド・ウルフ』を訪れた俺達は、『財宝犬』のフルメンバの食事中に突撃する事になった。席の端ではアリスがニコニコ笑いながら手を振っている。

 初コンタクトの感触は悪くない。俺達はペルレに来る途中でアリスに助けられただけだが、あちらは道に迷っていたアリスの世話をしてここに連れて来たという解釈をしてくれている。


「君達も迷宮に潜っているんだろう。

 何故、アリスちゃんを勧誘しなかったんだい。」


「力の差があり過ぎますので。

 彼女を雇うにしても資金が続きませんよ。」


 俺がそう答えると、リーダーらしいマッチョ戦士のマルセルさんは満足げにうなずいた。『財宝犬』としてもアリスの戦力は望外の幸運だったらしく、遠慮して彼女を手放した判断も俺の株を上げる事になったらしい。




 『財宝犬』のメンバはマッチョ戦士が二人、細マッチョ斥候が1人、元紅1点の治癒魔術師に魔法剣士のアリスを加えた5人である。事前にアリスに聞いた話では、アリスが入る前は上品な色気を持つ長身巨乳美女治癒魔術師クーニグンデさんの逆ハーレムで、男性陣の好みは彼女の様な大人の女なのでロリ寄りのアリスはマスコット扱いだそうだ。いや、聞いて無いがな。

 クーニグンデさんはフリーダ並みのボンキュッボン美女な上に笑顔があるんだよな。そりゃモテるだろう。フリーダも、もうちょっと笑顔があれば。いや、フリーダは笑顔無くてもモテるか。いや、そんな事よりいい感じで場が盛り上がって来たので、本題を切り出す。


「ところでコルドゥラさんがミスリル銀の素晴らしい剣をお持ちだと聞いたのですが。


 酒の席で不躾ぶしつけだとは思いますが、

 商人として後学の為どうしても至極の逸品を拝見したく、何とか見せて頂けないでしょうか。」


 そう言って深く頭を下げた俺に、コルドゥラさんは満面の笑みを浮かべる。


「Ha Ha Ha Ha ! そんなにかしこまる事は無いぞ。

 良く頼まれるし、隠してる物でもないからな。

 まあ、見てくれ。凄いだろう?」


 コルドゥラさんは身長190cmを超えるマッチョの30男だが、目のクリクリした子供の様な顔をしている。凄いだろうなんて言う自慢にも嫌味がない。多分、貴族の家を継げない三男とかなんだろう。くそ、金も才能もあって苦労してないから性格もいいのか。

 日本ならスルッと東大入った上に、親の会社の子会社の社長にスルッとなる傍ら、趣味にも充実した日常を送っている感じか。そんな余裕のある男コルドゥラさんは初対面のしがない商人でしかない俺にも微笑みながら、頼みを快諾してくれる。戦いもせずに負けた気分だ。


 そうして見せてもらった剣は色としては銀色に見えるが、よく見ると青み掛かり、しかも僅かに発光している様にすら見える。ただし、刃先だけでそれ以外は鉄なのか黒銀色をしている。ミスリルは固いが軽いから、重さの必要な剣は刃先だけで刀身は鉄なのだろうか。

 何にしろ、俺の背負い袋の奥底の鉱石に良く似ていた。目利きに自信の無い俺だが、これは間違いないように思える。つまり、あの鉱石の取り扱いはさらに気を付ける必要が出て来たという訳だ。俺が隣のヴァルを見ると、彼女もこちらを見たので互いに頷いた。彼女にも同じ鉱石に見えたのだろう。

 俺は心の中でゴクリと喉を鳴らし、礼を言ってまた元の何気ない話に戻ってその場をやり過ごした。そうしていい頃に暇乞いとまごいをすると、それまで直接話をしなかった細マッチョ斥候リーヌスさんが、


「君らも大変そうだね。頑張れよ。」


 と言って来た。まさか俺がミスリル銀を持っているのがバレたのか。背筋が凍ったが、何がとは聞かずに曖昧な礼を返してその場を立ち去る事にした。




 『金狼亭』を出た俺とヴァルは、いい時間なので真っ直ぐ『幸運のブーツ亭』に戻った。『幸運のブーツ亭』の夕食はキャンセルしておいたが、野菜スープに黒パンぐらいだった様なので別段損した気にはならなかった。




 『財宝犬トレジャードッグ』との飲み会の翌朝、俺は前日までの収支を纏めてみた。売り上げが金貨10枚と銀貨75枚、それに対してインゴ達やディルクらの人件費が金貨3枚と銀貨10枚、山羊や機材が金貨2枚と銀貨30枚、食料や消耗品が金貨1枚ぐらいで、儲けは金貨4枚と銀貨35枚(約43万円)くらいか。

 数日ゆっくりするとは言ったが、迷宮を出てこの2日の宿代だけでも銀貨52枚が飛んで行くし、食費や山羊のエサ代も掛かっているので、あまりゆっくりもしてられない。インゴ達に連絡を取って明日か明後日あさってくらいにもう一度潜るか。




 昼頃に冒険者ギルドに顔を出すと、あの話し掛けんなオーラを出している美人受付嬢イルメラさんが、『命知デアデビルらずの狂牛団クレージーブル』ではないならず者達に絡まれていた。まあ、狂牛団は全滅したから絡めないか。

 普段通りの冒険者ギルドでホールに並んだテーブルを見回すと、インゴ達がいた。インゴ達3人だけでなくディルクとフリーダもいる。ちょうどいいので明日か明後日にまた採掘に行かないかと誘うと、明日行こうとなった。

 彼らは金が無いので昨日、一昨日も昼に来て俺を待っていた様だ。もし今日、俺が来なければ、彼らだけで2区に入って食用の虫の採取をしようとしていたらしい。まあ、馴染みの彼らがいつの間にか欠ける事が無くて良かった。


 彼らの日当を買い叩いている手前、その日の昼食代を奢ってから、俺とヴァルブルガは飯を食わずに冒険者ギルドを出た。冒険者ギルドの飯はあまり旨くないし、明日また迷宮に潜るなら彼らと話して時間を使うより、一人でのんびりしたかった《ヴァルブルガは護衛なので別》からだ。

 旨い飯と言って思いついたのは、この街に着いた時に林檎を卸したレストランだったのでそっちに何気なく足を向けた。俺とヴァルは街で活動する時は、商談用の服として割と小ざっぱりした服を着ている。ただそのレストランが貴族や豪商の様な衣装でないと入れないと言うなら、諦めて別の店に入るつもりだった。

 だが、俺はその店でバックハウス男爵とその娘さんと昼食を取る事になった。店に向かう途中で通り過ぎて行く馬車の中にバックハウス男爵を見つけ、相手もこちらを見たので近付く事無くその場で腰を追ってお辞儀をしたところ、馬車が停まってレストランまで拉致らちされたのだ。




 男爵にはまた迷宮の話を強請ねだられたので、ミスリル推定の話を抜いて大雑把に話してみた。迷宮の地下河川や巨大な蟷螂カマキリの話は盛り上がり、アントナイトについては男爵もそれを使った装飾品や調度品も持っていると嬉しそうに話していた。

 何でこんなに気に掛けてくれるのか聞いてみると、農園の立地上迷宮に興味があるものの普通の冒険者は柄が悪くて、ぶっちゃけ怖そうで話を聞けなかったらしい。確かに冒険者の戦士なんて、身長2m近い巨人ばっかりだし怖いだろうな。まあ、俺は冒険者じゃなくて商人だし、中肉中背で怖い見た目ではないだろう。

 男爵は農園を経営しているとはいえ、コースフェルト伯爵から借りているだけで、純粋な兵力は0。今日も農夫の中で腕っぷしの強そうな男を5人ばかり護衛兼荷馬車の御者として連れて来ただけと言う。専業の戦士には縁が無いのだが、もし王やコースフェルト伯から兵役が課せられると、貴族として兵力を出さなければいけないので困ってしまうらしい。


「もし、兵役があったら君に兵集めを任せて、ついでに管理もしてもらおうかな。」


 そのふくよかなで平和的な笑顔と共にそんな事を言われてしまったが、目の奥は結構真剣に言っている様にも見える。あれ、ゴルトベルガー伯爵家に続いてバックハウス男爵にもゆるく囲われそうになっている?俺、商人ですよ。傭兵隊長とかじゃないんですよ。


「レンさんは他の冒険者と違って物腰も柔らかいですし、何より臭くありません。

 その上、それだけの武勇をお持ちですもの、その際はお願いしますね。」


 だから冒険者ではなく商人です。男爵のふわっとした依頼に援護をするのは男爵の娘、つまり男爵令嬢ゲアリンデである。ちょっと顔にソバカスの浮いたデブでは無いが、ふっくらした穏やかそうな少女だ。ふっくらといえばエラだが、彼女は生々しいエロい感じで脂が載っているのに対して、ゲアリンデはどちらかというとぬいぐるみの様なファンシーな感じでふっくらしている。デブでは無いが。


「いえいえ、私は商人ですし、頼りない限りでお恥ずかしいです。

 それでも、男爵様にお声掛け頂ければ非才ながらも、出来うる限りの事をさせて頂きますとも。」


 とにかく俺の返事としては、限りなくノーに近いイエスしかないのだった。微妙に緊張する昼食を終えた俺は、男爵一行をお見送りすると『幸運のブーツ亭』に戻って、久しぶりに部屋に大桶を運んでもらって風呂に入った。温水が気持ちよく、俺の心の疲れを癒してくれる様だった。




 翌日、俺達は再び迷宮に入った。




 2回目の探索は帰路の途中まで順調に進んだ。幸運にも恐怖蟷螂テラーマンティス等の大物にも遭遇せず、探知スキルで2区のインセクトスォームれや8区の大蟲ラージバグも全てけて前よりは4時間早く『採掘場』まで到着出来た。

 『採掘場』で一泊した後、どっちにミスリル銀の鉱床が続いているか調べる為、5か所を選んで特に狭く深く掘り進んだ。残念ながら洞窟の暗さの中、ランタンや松明の灯りだけではミスリル銀かアントナイトかは見分ける事が出来なかったので、採掘した場所によって5つに分類して、前と同じ様に青い金属を全て持ち帰る事にした。

 だが迷宮に入って3日目、異常は帰路に発生した。『採掘場』付近から巨大蟻ジャイアント・アントがすっかりいなくなっていた。遭遇しない事はいい事だが、遭遇しなさ過ぎた。俺の探知スキルにるとどうやら8区全体に薄く広がっている様だった。




 俺は異常行動する蟻達に危険を感じ、帰路を急がせた。だが、2区との境界である地下河川まであと1時間といった所で、酷く傷付いた1匹の蟻を見付けた。俺達はその蟻から3歩の距離を開けて囲んで見下ろす。

 その蟻は体色が黄色と言うかオレンジがかっており、黒や灰色の体色の他の蟻とは明らかに違っていた。ただ、それは腹が裂けて体が半分しか残っておらず、ほとんど千切れた足を使って体を引きる奇妙な動きをしていた。


「何でこんなになってんだ。」


「たぶん、向こうのもう一匹と何かあったのだろう。そっちも見に行こう。」


 インゴの疑問に俺はそう答えた。他の者は気付いていない様だったが、蟻から10m離れたところでもう一つの弱った生き物がいた。俺の探知スキルは、30mは手前から2つの弱った生き物の気配を知らせていた。ただ直接の危険度の低さから、他の危険な生き物を避ける方を優先しここまで来てしまった。

 俺達がもう一方の所に行くと、羽の片側だけで2mはありそうな巨大な羽虫が転がっていた。これは1回目の採掘探索で見た巨大蟻を吊るして飛んでいたヤツだ。

 ただ片方の羽は千切れ、もう片方の羽は真ん中で2つに折れ、腹からオレンジ色の体液を流している。


「虫同士で争ったのかのう。」


 フリーダのつぶやきには、皆が無言で同意した。


「取り敢えず、コイツ殺しとこうか。」


 気付くと、いつの間にか蟻の元に戻っていたインゴが槍を振り上げ、その穂先で狙いを付けていた。背筋が凍り、頭の中に警報が鳴る。それはダメだ。


「待て、離れろ。絶対に手を出すな。

 ゆっくりと離れてこっちに来るんだ。余計な事はせずに、さっさとここを離れるぞ。」


 インゴは拍子抜けしたような顔をするが、槍を下ろしてこちらにやって来る。ふぅ。ヤバかった。さっきまで危険はほとんど無かったのに、アレを殺そうした瞬間危険度が一瞬で増大した。俺達はそのままそこを離れる。

 他の者達は気にしていなかったが、俺は日本にいた時の知識から蟻の動きがミツバチが仲間へ送る合図に似ていると思った。そして蟻からは『危険』だとか『攻撃』だとか『敵』というおよそ平穏とは掛け離れた意図を感じた。

 たぶん、巨大蛾に殺されそうになった蟻が仲間に何か信号を送っており、それを受けて採掘場近くにいた巨大蟻達がこちらに探しに来ようとしているといったところか。あと2~3時間後にこの辺りは蟻だらけになるんじゃないだろうか。早くここから離れよう。




 地下河川近くまで来た時、2回目の異常に気付いた。悪意のある27の反応が河川の向こう側にあるのに気付いた。魔物ではない。たぶん人だ。灯りも点けず、ほとんど動いていないので、そこを通ろうとする者を待ち伏せているのだろう。そして、その悪意はディルクにリンクしている様な気がする。

 実は今回の探索では最初からディルクに隠された悪意を感じていた。すぐに攻撃して来る様なものではないが、何か罠を仕掛けている様な気がしたのだ。どうやら河川の向こう側の追剥達を手引きしたというところの様だ。

 単純に石橋を渡れば囲まれて殺されるだろう。だが待っていても俺達が行くまで帰りはしないだろうし、時間を掛ければディルクが何か合図を出して呼び寄せるだろう。この道を諦めて迂回路を探すのも食料や灯りの消耗で運頼みとなる。幅の狭い石橋の前に陣取って戦えば、こちらが少数を囲む形で有利になるが人数差でこちらが疲弊するのが先だろう。


 もっと楽に撃退できないものだろうか。




「全員止まれ。河川の向こう側に何かいる様だ。」


 まずはディルクに下手な事をさせない様、待ち伏せだとまで気づいていないフリをして、何かいるという所でとどめておく。今、合図を送られてすぐに渡って来られたら困るからな。


「気のせいじゃないですかい、旦那。

 さっさと帰りましょうよ。」


 少しわざとらしい感じでディルクが進もうと言って来た。これは確定だろう。


「いやディルク、念のため何か居ないか見て来てくれないか。

 俺達はお前が帰って来るまで、ここで待っているから。」


「え~~~っ、

 分かりましたよ。ちゃんと待ってて下さいよ。」


 今、嫌そうな声を出しつつ、どうするか考えていたな。そして恐らく、行って向こうに俺達がいる事を話してから、何もいなかった風を装って帰って来るのだろう。だが、俺達はコイツが帰って来るのを待ちはしない。





「くっそぉーーーっ、あああーーーっ!」


 戻って来たディルクは河川の対岸で、岩の上に置かれた松明を見て怒りの咆哮を上げた。




 獲物を逃がしたとなれば、彼の命も危うい。彼が周囲を見回すと洞窟の奥へと戻って行く幾つかの灯りが見えた。



 ディルクにレン達の襲撃を手引きさせたのは『炎狐団ファイヤーフォックス』というゴロツキ達だった。その団長は赤い長髪をたてがみの様に後ろに流し、腰には凶悪そうな曲刀シミターいた長身の男ザシャ。残酷さで悪名をせ、追剥・強盗も躊躇なく行うだけでなく、被害者は生きたままその曲刀で甚振いたぶられる事もある。

 副団長は身長2mの浅黒い肌のハゲマッチョ、ローマン。この男も腰の片手斧で襲撃相手を切り刻むのを好み、『肉屋ブッチャー』の異名を持っている。ディルクも『炎狐団』がそんな狂暴な悪党だと分かっているので、何と命乞いするか必死だった。




 何か声が聞こえた気がしてレンは後ろを振り返った。彼から300mは離れたところで2つの灯りが見え、その一方が大きく揺れていた。恐らく彼らが川岸に置いて来た松明の所まで、ディルクが戻って来てレン達が居ないのに気付いたのだろう。ディルクが持っているであろう灯りはせわしなく動き回っているので、川の対岸へと何か合図を送っているのだろう。


 俺の作戦は単純だ。なるべくあの死に掛けて仲間を呼ぶ蟻の近くに鉱石等の荷物を下ろし、俺達はそこからなるべく離れる。きっと荷物の所に灯りを置いておけば、ディルク達はそこを目指してやって来るだろう。

 俺達が居ない事を不審に思うかもしれないが、奴らが狙っていた鉱石があるならわざわざ俺達を追うよりも、鉱石を運び出そうとするに違いない。だが、山羊もいないのでそう簡単に運び出せないだろう。

 そうこうしている内に蟻に包囲され、自分から手を出して敵認定され、目出度めでたく肉団子の材料として巣に運ばれるだろう。俺達は探知スキルで蟻の包囲を抜け出し、また蟻達が採掘場の方に戻った後に鉱石を運び直すだけだ。




 あれから3時間、俺達は山羊を連れて川下側に避難し、蟻達が帰るのを待っていた。


「ご主人様、まだ戻らないのだろうか。」


「まだだ。」


 ヴァルブルガの問いに俺はその場に座り、目をつむったまま答える。どうだろう、切れ者軍師っぽいだろうか。

 探知スキルで探って行くと、やはり荷物を置いた辺りで追剥達と蟻の戦闘があった様だが、それももう終わっている。蟻達は反応の薄い、恐らく傷付き弱った蟻は置いて行く様だ。そういう意味ではあのオレンジ色の蟻は何か特別だったのかもしれない。

 まだその辺りに生き物の反応はあるが、そのどれもが弱っていてその場を動かない。流石にそれが蟻なのかゴロツキなのか、あるいはあのオレンジの蟻かは俺にも区別できない。だが、まあそれでも危険は去った様だった。




 俺達が鉱石を置いた場所に戻ったところ、蟻の死骸はあったが人の死体はほとんど残っていなかった。たぶん、肉部分は蟻に持って行かれたのだろう。武器や服、銅貨等が散らばっている。纏めていた鉱石もゴロツキ達が持ち帰ろうとしたのか、半分くらいが元の場所から無くなり、別の場所に散らばっていた。それらをなるべく回収して、俺達は再び帰路へと就いた。


「ん?」


 俺達は10mはある大きな横穴の片側を地下河川に掛かる石橋に向かって歩いていた。その周囲に強い生き物反応は無い。無いのだが、妙な不安感を感じた。何かあるのか。


「止まれ。」


 俺は他の者達に呼び掛けた。何処だ。理由を問いた気な視線を無視して周囲を必死に探す。すると先頭、壁側を歩くインゴのさらに壁側、蟻地獄の様な砂と言うか砂利の窪み、とはいえ2mの巨大蟻を引き込む様な大きなものではなく、その半分程度の物があった。

 これまでもそんな物は沢山見て来たので、危険を感じなければ無視してた。だが、今はそれがとても気になり緊張する。インゴは自分が見られているのと思ったのか、こっちを見ている。何だか分からないが、とにかく離れさせよう。だが、その判断は遅かった。


「そこから離れろ。」


「何だよ。」


 俺とインゴの言葉は同時に出た。だが、その時砂利の山から曲刀が飛び出し、インゴの背中から肋骨の間を通す様に差し込まれて腹からその切っ先が突き出した。


「きゃあ~~~っ!」


 エラの悲鳴が洞窟内で響く。何故、この男に気づかなかったのか。待ち伏せ等をしている奴だから、探知スキルをくぐる隠密スキルの様なモノを持っているのだろか。


「フリーダ、牽制しろ。ヨーナスはインゴの手でも足でも引いて、引き離せ。」


 びゅん。


 蟻地獄から飛び出した男が、何かを俺に投げ付けた。今度は探知スキルがきっちり反応したので、俺はそれをける事が出来た。その男は体中傷だらけで、左腕と右足は変な方向曲がっていた。その男は長髪だったが、血だらけ埃だらけで元の色は分からない。そして目をギョロつかせて、歯を剥き出し、口からは涎を垂れ流すその表情は、まさに怒り狂っている事をありありと示していた。


「てめぇ~~~らっ、ふざけんじゃねぇ~~~ぞぉ!

 さっさとお前らが俺達に殺されないから、ローマンまで死んだじゃねぇか。

 何をしたのか分かってるのか。あああっ!」




 感情が暴走して明らかに錯乱している。ふと足元を見ると、大きなアリジゴクの死骸が落ちていた。大きいと言っても巨大蟻を食べれる程では無いので、あの男は俺に投げつけたこのアリジゴクを殺して蟻地獄に潜み、蟻の群れをやり過ごしたのだろう。

 その男の曲刀とフリーダの杖が打ち合わされる。熱に浮かされた様に進むその男を、フリーダが止めようとするがその気迫にされてジリジリと後退してしまう。


「ローマンの奴はなぁ、お前らの命よりも何倍も価値があるんだぞ。

 それをふざけた事しやがって!

 『炎狐団』はなぁ、お前らの様な食われるだけの餌と違って、

 ◎△$♪×¥●&%#?!」


 あの男の心はもう死んでいる。死んでいるが、自分の利益の為でもなく生き残る為でもなく、自分の怒りを晴らす為だけにより多くの死をこうとしている。


「あああ~~~っ。」


 そんな男の横腹を後ろからエラが槍で突いた。槍は貫通したが、男は死ななかった。だが立てなくなったのか、その場に崩れ落ちる。口からは泡を吹き、白目を剥いているが、それでもエラの足首を持って引き倒す。


「きゃっ!」


 その男はエラにかり、膝を開かせてその間に体を入れて行った。エラの短い上着はめくれ上がり、短パンの様な下着とむっちりした太腿ふとももあらわになる。男はその太腿に噛み付いた。


「がっ!」


 その男の側頭部をフリーダの杖が捉え、陥没し、首が反対に向く。それでも男はしばらく体を痙攣させてピクピクしていた。




 こういうのが嫌だったんだよな。


 俺の雇った男が仕事中に目の前で死んだ。死んだ男の昔からの友人達も雇っていてその場にいた。つまらない死だったと思う。誰かを守る為でもなく、誰かの仇を取る為でもなく、自分の利益や名誉を守る為でもなく、ただ死に掛けて錯乱した男の近くに居合わせて殺された。

 ヨーナスもエラも、インゴの死体の前で泣いている。俺もヴァルブルガもフリーダも別に涙は出て来ないし、クルトなんて気にしてもいない。それでも胃がキリキリする様で気分は暗く沈む。インゴの死体を捨てては行けないだろう。幸い2区は目の前だし、どうしても連れて帰れないという訳じゃ無い。

 俺はインゴをヨーナスに背負わせ、インゴとヨーナスの分の鉱石はクルトに背負わせ出発した。俺も背負われて運ばれる前に、迷宮に入らずに儲ける方法を考えた方がいいな。




 待ち伏せを受けたせいで帰路は半日遅れ、日中しか開いていない迷宮門ダンジョンズゲートは閉まってしまったので、その日は第1区の大空洞で野営する事になった。それから迷宮探索4日目の朝に迷宮門を出て解散。

 インゴが死んだ後、ヨーナスは鉱石を運ばなかったわけだが面倒だったので一人銀貨60枚払い、インゴの分もヨーナスとエラに渡した。インゴの葬式とかはヨーナス達が何とかするだろう。ディルクの分はまあ当然誰にも渡す必要はない。それでも冒険者ギルドに連絡だけはした方がいいか。


 俺はクルトを納屋で休ませると、宿の部屋で昼をまたいでヴァルとミスリル推定の分別をする。今回もミスリル推定は1㎏くらい取れた。

 その日の午後は、ダーミッシュ商会に行ってユリウスさんに明日アントナイトを持って行くので買い取って欲しいと伝言を残し、その他いくつかの場所に寄って用を済まして宿に帰った。その日の『幸運のブーツ亭』の夕食は親子丼の具っぽい鍋でうまかった。

 迷宮から帰って翌日、俺の感覚で午前7時頃にダーミッシュ商会の荷馬車が来たので、鉱石を詰め込んでヴァルと二人で商会に向かった。最初、ユリウスさんが挨拶に来てくれたので、大事な話があるから2日後の昼にレストラン『常若ティル・ナ・ノーグの島亭』に来てくれる様に頼んだ。俺がこの街に来た時に林檎を持ち込んだ店であり、先日男爵と食事をした店でもある。アントナイトの鉱石は今回金貨12枚になった。




 2日後、ダーミッシュ商会のユリウスが『常若の島亭』の案内された部屋に入った時、その部屋の中にはレンの他にこのペルレの街の二人の大人物が席に着いていた。ペルレの食品最大手ヴァルヒ商会の番頭ヘンリック、ペルレ一番の有力クラン『赤い守護熊レッドベア・ガーディアン』のハルトヴィンだ。

 俺はユリウスさんが席に着いたのを見計らって、声を発した。


「さて、お忙しい皆さんがお揃いになりましたので、

 直ぐに本題に入らせて頂きます。

 まずは皆さんにこちらを買い取って頂きたいのです。」


 そう言って、俺は2㎏のミスリル銀を3つの袋に分けてそれぞれのテーブルの上に乗せた。それぞれが袋を開けて中身を確認し始めた。そして最初にヘンリックが低い声で買値を告げた。


「金貨13枚(約130万円)。」


 続いてユリウスさんがにこやかに口を開く。


「3つの袋全部で金貨50枚でどうでしょう。」


 最後のハルトヴィンの言葉にはオーラが載っていてプレッシャーを感じた。


「俺に目利きは出来ないが、これが聞いた通りの品ならこの一袋で金貨20枚出そう。」


 これを聞いて俺は言う。


「ヘンリックさん、ハルトヴィンさん、ありがとうございます。

 その値段でお譲り致します。そしてユリウスさん申し訳ないですが、1袋金貨15枚で如何でしょう。」


 ユリウスさんはこれを了承した。そして俺はさらに言葉を続ける。


「さて次のお願いですが、皆さんには金貨3000枚を投資して頂きたいのです。

 その金で私はこの鉱石を採掘する為のクランを作ります。


 クランの名前は『銀蟻群シルバー・アンツ』。

 『銀蟻群』の採掘した鉱物は現物を配当として投資の割合によって分配します。」




「直近のミスリル銀の月産目標は8㎏。

 先程の買取価格から考えて金貨200枚相当でしょうか。


 私の想定している投資の割合は、ヴァルヒ商会さんとダーミッシュ商会さんがそれぞれ4割。

 私と『赤い守護熊レッドベア・ガーディアン』がそれぞれ1割。

 ただし、投資のほとんどは金貨ではなく現物を考えています。


 ヴァルヒ商会さんとダーミッシュ商会さんには採掘を行う奴隷、

 クランの事務所や倉庫、会計を行う人員、探索に必要な物資等。


 『赤い守護熊』には採掘場や鉱石運搬時の護衛。

 私は採掘場の情報と採掘の管理の労務等ですね。


 ただ、実務は私がするものの、

 クランリーダーにはハルトヴィンさんにいて頂きたいと考えています。」




 ミスリル銀は金貨にも匹敵する高価な金属だ。この採掘場を俺の様な個人行商が握っても、他の冒険者に脅し取られるか、大商会に騙し取られるのが落ちだろう。だったら、彼らと協力してその分け前を貰う側に回った方がいい。

 鉱石ならダーミッシュ商会が専門だろうが、ユリウスさんに話を持ち掛けても多少の手付を貰ってすぐに追い出されるだろう。だから食料品大手などという門外漢を抱き込んで、両方から会計の人員を任せた。それでも二つの商会が手を結べば俺を追い出すのも容易たやすいが、利益の大半を最初から受け取っている上に同規模の商会と権利を二分しているのだ、ここで下手な手は打たないと願いたい。

 そして他の冒険者への牽制として、ペルレの最大クラン『赤い守護熊』からクランリーダーを迎えてその傘下の様な立場になる。その為に俺と同額の報酬を引き渡す。儲けは10分の1になるが一気に採掘規模を増やせるし、経済的・武力的後ろ盾を得られる。これが俺の最適解だった。


 ダーミッシュ商会が最初にミスリル銀の情報を知れば、俺はユリウスさんに捕まえられたかもしれない。だから2日後に降参する様な格好をしてユリウスさんを出し抜き、ヴァルヒ商会と『赤い守護熊』と話を着けて来た。こちらにはミスリル銀の現物があったので、話は割合あっさりっと決まった。




 それから俺は計画の詳細を3人に話した。ここで俺は最初から第8区に採掘場がある事を話した。有力者3人が知っている金ヅルで、その利益のほとんどを差し出しているのだ。ここで俺を排除したりはしないだろう。

 俺は大迷宮に2か所のキャンプ地を作る事を考えていた。まず、奴隷5人と山羊10匹のチーム5組を作り、1組目が採掘場で採掘を行う。2組目は採掘場から1時間の距離の第1キャンプで第1選鉱を行う。第1キャンプは俺が選んだ細い横穴の中の魔物のあまり来ない空洞だ。3組目は第2区と第8区の境の地下河川の石橋の前、2区側の第2キャンプ地で第2選鉱を行う。

 1組目は山羊と自分達で持てるだけの鉱石を採掘すると、第1キャンプに鉱石を運ぶ。2組目は1組目と交代で採掘場に行く。1組目は第1キャンプに鉱石を置くと、2組目が選鉱した鉱石を持って第2キャンプに行く。1組目が第2キャンプに着くと、3組目は2組目の交代として第1キャンプに向かう。1組目は2組目の選鉱した鉱石を置くと、4組目が来るのを待ってから3組目が選鉱した鉱石を地上に持ち帰る。4組目は3組目の代わりに1組目の持って来た鉱石の選鉱を始める。1組目が地上に戻ると5組目が第2キャンプに向かう。1組目は2組目が戻るまで、地上で休息する。


 大迷宮はとにかく危険が一杯だ。採掘場は蟻が来れば撤退しなければいけないし、2か所のキャンプを作ったのも休憩場所を増やすだけでなく、1ヶ所に鉱石を集まらない様にし、不測の事態に失われる鉱石を減らす為でもある。

 奴隷1人が戦闘技量の無い農作業ができる男なら金貨30枚程、25人で金貨750枚だ。これに各チームの護衛を『赤い守護熊』から派遣してもらい、不足は戦闘の出来る奴隷を購入して補う。ヴァルヒ商会とダーミッシュ商会には奴隷の他に、事務所 兼 奴隷の休憩所 兼 ミスリル銀の選鉱所 兼 倉庫を提供してもらい、会計の人間も派遣してもらう。

 俺はこのシステムが立ち上がるまで、一番危険な第1キャンプと第2キャンプ間を荷運び奴隷を先導して行き来する事になるだろう。


 俺の計画は3人の有力者に認められた。ユリウスさんは出し抜かれる形になったが笑っていた。利益はちゃんと分けるので笑顔の裏で、仕返しを企んだりしないで欲しい。




 それから半年、『銀蟻群シルバー・アンツ』は上手く機能した。ミスリル銀の月産目標8kgは3ヶ月目で達成し、半年後に月産20kgに達した。

 また、俺は迷宮に潜りながらスリの子供とか元猟師の奴隷などで俺程では無いものの、ある程度気配を察して魔物を避けられる人材を数名育てた。そうして俺の代わりに第1キャンプから第2キャンプへの先導に当てる事で、俺自身は迷宮に潜らなくても採掘が継続出来る様になった。

 そうなると俺はダーミッシュ商会の用意した『銀蟻群』の事務所で、前日の採掘量だとか採掘人員の損耗を確認したり、必要な物資や人員の手配等をする様になった。俺は商人らしく朝1~2時間の事務仕事をしたり、時々商会や『赤い守護熊』等と交渉したりするだけで、毎月金貨50枚が入る身分になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る