甘いは苦いし、苦いは甘い。
すみやき
prolog
人で酔っ払いそうになった。べろんべろんになりつつある私。べろべろべろりん。
人ってなんでこんなにいっぱいいるんだろう、って思う。
こんなに暑い日に、しかも、わざわざみんな揃って、花火大会になんて来なくたっていいのに。
……まあ、この会場にいる私たちも人のことをとやかく言う筋合いはこれっぽっちもないわけでした。ごめんなさい。
花火の打ち上げにはまだまだ時間があった。
それなのに、これでもかってほど一列に並んでいる出店には、たくさんの人が群がっている。たこやき、やきそば、いかやき、おこのみやき。みんな焼くの好きだな。花火しかり、みんな火が大好きなんだな。きっと。
一方の私と言えば、頭の中は火じゃなくって、これでもかってほど人が溢れて大変なことになっている。人がいっぴき人がにひき……って数えても数えても羊のようにゆったりとした気分になるわけではなく、頭の中がべろんべろんのぎゅうぎゅうに溢れてくる。
何かの拍子でふらふらーって倒れそうになってしまう。
ふらふらーふらふらー。
このまま、どこまでも漂ってしまいそう。そうしたら、どこかで私を拾ってくれる人がいるのだろうか。
でも、誰も私のことを拾ってくれる人がいなかったらどうしよう。
ぎゅ
そんな私の手は誰かにぎゅっと握られる。ふらふらしていたのが、思わずしゃん、としてしまう。
そうか、別に何も心配する必要はないんだ。拾ってくれる人がいたんだった。
「結衣、どうしたん」
綾のすべすべとした手がぎゅう、と私の指に絡む。
ううん、大丈夫!
私もぎゅう、と握り返す。
それにしてもどうしたことだろう。
綾と私が一緒に出かけることがそもそも珍しいのに、まさか花火大会に誘われるとは思っても見なかった。
私たちみたいな年齢だったら、本来、涼しそうな浴衣に可愛らしいうちわなんか持っちゃうべきなのだろう。
だけど、私たちの格好はいつもと同じ。安めのジーンズにこれまた安めのブラウスなんて格好だ。
「ねえ、らくがきせんべい食べたい」
そんな薄水色のふんわりブラウスを着た綾が私の指をくすぐる。
綾、好きだったっけ? らくがきせんべい。
私もくすぐり返す。もっとみんなみたいに焼いてあるやつに群がればいいのに。
「どちらかと言うと嫌いな部類」
じゃあ、なんで食べたいんだか。
「せんべいには興味がないの。ただ、らくがきがしたいだけ」
不良め、トンネルの中とか潰れたお店のシャッターとかに落書きしちゃだめだよ?
「そんなところにらくがきはしない。らくがきはせんべいと机の上と教科書のみ許されるって憲法で決まって――」
決まってないね。おそらくだけど、せんべいについての記述は憲法にはないと思うよ。
机の上と教科書の落書きも決してほめられたもんじゃないけど。
「とにかく、私は行きたいのだ! らくがき女子になるのだ! ほら、せんべいにむかって走れ」
そんな、夕日に向かって走る人も絶滅してる昨今で小麦粉焼いたやつに向かって走らなくても! あと私は別になりたくないし。そのらくがき女子とやらに!
そう口にしようと思った頃には、既に綾に引っ張られていた。
全く、変なところで行動的なんだからこのらくがき女子。
けど、綾がいればどんなに人がいたって大丈夫なんだと思う。綾と手をつないでる限り、きっとどこだっていけるんだと思う。
アナウンスが花火打ち上げ一時間前を告げる。
だけど、綾にはそんなこと関係ないらしい。
とりあえず、らくがき女子目指して、せんべいを彩るみたい。
しょうがない。付き合いますか。
履歴書の資格の欄にも書けそうにもないし、就職にも進学にも悪影響しか及ぼさないだろうけど。私もなるしかないか。らくがき女子に。
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