あい と をん
音のほうに向くと、
「――あっ」「――えっ」
おそらくは、門にいた白い髪の幼女その人が、扉を開き、目と鼻の先に立っていた。
距離が近く、顔をはっきりと確認することができる。
あいはその顔に見覚えがあった。忘れるはずがない、彼女は――
「ネオンちゃん――!?」
この世界に来る以前の記憶。
幼馴染のネオン、彼女の幼い時の姿にそっくりだった。
ネオン(?)も、あいの言葉に驚き、声を上げる。
「貴女、もしかして――」
彼女の声はそこで途切れた。なぜならば――
頭上から轟音が響き、屋根を突き破って床に着地した、
「昨日の白黒の娘!」
白黒の少女は、あいの声には反応せず、辺りを見回す。
ネオン(?)を見つけると、彼女の周りに錆びた鎖を展開する。
逃げようと踏み出した彼女だったが、鎖に足の自由を奪われる。
「たすけ――」
口を塞がれる寸前、彼女はあいを見て、確かにそう言った。
慣れ親しんだ、ネオンの声で。
「とおこちゃん、ごめん。罠かもしれないけど、私、あの娘たすけたい!」
「――了解いたしました。援護はお任せください」
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
昨日の戦闘前に伝えたあいの作戦に従って、とおこは白黒少女のデータを採取・解析してくれていた。
いま、白黒少女の注意はネオンにある。なおさら都合が良い。
――仮想実行・魔術耐性大剣
接近しながら腕を振りかぶり、
――事象具現
大剣を握り、白黒少女の脳天を目がけて思い切り叩きつける。
『あの鎖のガード、ちょっと早すぎると思うの。もしかすると――』
自身に致命傷を与えうる攻撃に対する自動発動。
及び、最適な位置への自動展開。
振り向きざまに、白黒少女はあいを確認し、大剣のルートへ鎖を展開――
『だから、位置は予測しやすくて、そこに魔術障壁を置けたら――』
鎖は途中で途切れ、ルート上に鎖の線を引けずにいた。
大剣を阻止するものは、ない。
重い一撃が直撃する。だが見た目ではダメージを感じられないほどに、彼女は平然とこちらを振り向く。
「固すぎでしょ…………でも、それも想定済み!」
一度具現を解き、腕の振りかぶりと同時に、再度大剣を具現させる。
背後から、あいを目がけて鎖が飛んでくる。
「そっちも死角からだよねっ。しってる!」
鎖を阻むように、隔壁が迫り上がる。
「にっ――!」
背後での攻防の内に、二度目の大剣が白黒少女に突き刺さる。
間髪入れず同じ部位への二度目の斬撃は、無傷とはいかなかったのか、彼女の脳天が割れている。
ある程度のグロテスクさは覚悟していたが、人のそれとは違い、内部は白いどろりとした液体で満たされているようだった。頭蓋骨や脳のようなものは見られない。
「もう一撃っ」
繰り返し、勝負を決めるために、腕を振りかぶる。
このままでは分が悪いと察したのか、白黒少女は回避ではなく攻撃を選んだ。
片腕を大剣のルートに置き、もう片腕であいへと袈裟に斬る。
『刀での攻撃が来たら、そっちにも障壁を試してみて。たぶんあれって、』
刀は避けない。退かない。
袈裟に刀が沈み込む……が、防刃機能を有している組織制服の恩恵か、骨で止まってくれる。
『白い刀身が、実体のある刀にくっついてると思うんだ』
切り口に白い筋は現れない。
袈裟切りの間も構えを解かなかった大剣の振り下ろしが、
「さんっ――――!!」
腕ごと白黒少女を縦に二分した。
切断面は白く、臓器や骨は見受けられない。まるで血の代わりと言わんばかりに、白い液体が辺りに飛散する。
「ネオンちゃん――!」
反動の痛みをものともせず、拘束されていたネオンに駆け寄る。
急いで鎖をほどく。使用者がいなくなったためか、身体強化されていない力でも拘束を解くことができた。
「まだっ……まだ油断しちゃダメっ!」
夜には早い。
日が沈み始める刻にすらまだ余裕がある。
だというのに、
「な……に……?」
白黒少女が破った天井から入っていた日の光が、何かに遮られる。
扉から入っていた光も同じく。
何も見えない暗さではない。ではないが、この闇は一体。
とおこが崖側から屋外へ行き、外を確認する。
鎖が。
日の光を遮るほどの白い鎖が。
球状に建物の外を覆い、まるで檻のような空間をつくりだしていた。
辺りに散らばっていた白い液体が、ぶくぶくと沸騰するように動き出す。
「え…………」
そのそれぞれが、肥大化し、拡張し、人の形をつくっていく。
「とおこちゃん、こっち来て! 逃げよう! 私がこの鎖、壊すから!」
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・1s
ネオンに近い奥側の扉を蹴破り、大剣を白い鎖に叩きつける。
――白い、鎖?
『あの鎖って、錆びてる時は柔らかいけど、壊れると白くなって固くなっちゃうっぽいのかも――』
鈍い金属音とともに、大剣が弾き返された。
とおこがネオンを連れこちら側に来てくれたが、屋内では白い液体が、もうほとんど人の姿を現わしている。
焦りが募る。
運が良かった。
ネオンに注意が向いていて、不意を突けたこと。
昨日の塔では見せていなかった、
それでやっと、一人倒せた。
いま、何人いる…………?
焦りが恐怖に変わる。
最悪、自分はどうなってもいい。
だが、自分の身を挺したとしても、この二人を守り切れるか。逃がせるか。
――それでも。
「とおこちゃん、その娘をお願い。あと、ごめん。この鎖の壁もなんとかしてくれるとうれしい……かも」
大剣を引き摺りながら、屋内へ向かう。
「了解いたしました。全力で対処いたします」
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
叫び、自身を鼓舞する。
まずは一人、人の姿を現したばかりなら――
跳ぼうとした足が止まる。
「ホンット、――ハワタシがイナイトダメナンダカラ……」
振り返る。
とおこと一緒に、幼いネオンがいる。だが、いま目の前にも――
あいよりも少し身長の低い位置にある頭。柔らかに靡く、白く美しい髪。
彼女は、天へと届くほどの長大な白い剣を具現させた。
一薙ぎ。
それですべては終わった。
建物ごと、屋外の鎖ごと、分裂再生していた白黒少女ごと。
すべてを薙いだ。
しばし茫然としていたあいだったが、
「ねっ、ネオンちゃんが二人いる――!?」
戸惑いながらも、歓喜の声を上げる。
あいの声に、白い髪の少女が振り向く。
その顔は、白い泥のようなもので覆われていた。
「ね、おんちゃん――? うそだよね……?」
それは、白黒少女のものと同じ。
彼女は剣を霧散させ、新たに取り回しやすいサイズのサーベルを具現させる。
瞬きの後、彼女の姿はなく。
音のしたほうへ向く。
「とおこちゃん――――――――!!!!!!!!」
心臓を一突き。明確な急所に、サーベルが突き立てられていた。
白い髪の少女の頭が、とおこの隣にいたネオンへと向く。
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
あいは大剣を具現させる間もなく、そのまま跳躍の勢いで飛び蹴りを繰り出していた。
意外にも、蹴りは白い髪の少女へ衝撃を与えることに成功し、脆くなった鎖の壁ごと少女を遠くへ吹き飛ばした。
「とおこちゃん! とおこちゃん! とおこちゃん!!」
「……に、げ、て…………お、ねえ、ちゃ、ん」
とおこを抱き、ネオンを担ぎ、少女を飛ばしたほうへと逆、崖側へ跳躍する。
そちら側の鎖檻の上半球は、先ほどの一薙ぎで崩れている。
いまなら脱出できる。
崖から飛び降りるのに、もう一歩。
「!?」
踏み出そうとしたあいの前に、剣の雨が降り注いだ。
――仮想実行・物理障壁 ――実行失敗
脳内がエラーで満たされている。物理障壁が具現できない。
身体再生を挟まず、延長する形での連続顕現でもなく、身体強化を短時間に使いすぎた。
身体が崩れ落ちる。
途切れていく意識の中、あいは最後に、何かが連続して空を切る音が、聞こえた気がした。
「もしもーし、まだ生きてる? ……せっかく危険を冒してここまできたんだから、生きてないと困るんだけど」
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