それは小さな光のような闇
戦利品を艦に持ち帰り、あいお手製の料理で活力も補充し、午後からは塔の狙撃者排除を目指す。
それほど距離が離れているわけではなかったので、ビル一つごと敵対兵器が確認されなかったデパートを一旦のセーフゾーンと考え、艦は引き続き屋上に待機させてある。
着陸前の上空及び出発前の屋上から確認できている範囲では、塔に近づくにつれ、塔の周辺道路に巡回している兵器が増加している。
塔攻略に際して、まずは塔へ侵入しなくてはならない。
彼女たちの考えたルートは二つ。
一つは地上ルート。
塔からの狙撃を、ビルを遮蔽物にして死角に隠れることでかわし、塔一階から順に登っていく。
このルートは狙撃に対する対策としては効果的だが、移動距離が長く、敵の配置状況から考えても接敵数がかなり多くなるという問題がある。
もう一つのルートは、屋上ルート。
塔の下部には、周囲のビルと同程度の高さのビルがあり、その上にろうそくのような白い塔がそびえたっている。
この構造を利用し、屋上伝いに塔下部のビル屋上に移り、そこから塔へ侵入する。
これならば、地上とビルの敵をスルーした上で、塔上層部――件の敵のいた位置まで到達できる。
しかしこちらは、屋上伝いに移動する関係上、塔の上からの射線を遮るものがなく、狙撃に対しての遮蔽物が存在しないという問題がある。
「とおこちゃん、準備おっけー?」
「はい。いつでも」
デパートの屋上で、あいはとおこをお姫さま抱っこの形で抱え上げていた。
それぞれの長短を考慮した上で、二人が選んだのは屋上ルートだった。
そして、狙撃に対する解答は、
「じゃー、いくよ。3、2、1――」
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
身体強化による、ロックオンの高速回避。
つまり、狙撃対象になる前に移動、対象になったとしても着弾をずらす、というシンプルなものだった。
あいは数歩の加速からトップスピードへ至り、打ち出されるように跳躍した。
軽々とビル間を越え、隣のビルの屋上中心付近に着地。そのまま勢いを殺さず、再び跳躍。八艘飛びのように次々とビルを跳び移っていく。
そして塔ビルへ移る際、一際高く跳躍した。
塔ビル屋上から10mほど上には、展望室がある。侵入口はそこ――
――仮想実行・隔壁生成 ――事象具現
展望室とあいたちの間、その中空に金属壁が生成される。
「とりゃぁ――――――――!!」
隔壁が落下するより早く、あいはそれを蹴りつけ、そのまま壁ごと展望室のガラス壁に突っ込んだ。
けたたましい音を伴ってガラスが砕け散り、二人は塔への侵入を果たした。隔壁のおかげでガラス片による怪我もない。
――顕現終了・身体強化
――仮想実行・身体再生 ――事象顕現
「ぁぐっ――!」
身体強化の終了に合わせて身体再生を使用してくれたおかげで、運動量の割に痛みは少なかった。その痛みも徐々に和らいでいく。
「な、なんとかいけた……かな……」
轟音付きのダイナミックエントリーを行ったので、敵兵器が集まってきてもおかしくない。
とおこを下ろし、彼女の肩を借りて展望室のエレベータ前まで手早く、しかし警戒しながら移動する。
とおこが呼び出しボタンを押すと、運良くこの階に待機していたエレベータの扉が開いた。
「よかった。動いてるみたい……355段の階段ルートは回避です……」
二人はエレベータに乗り込む。目指すは最上階の展望室。
「最上階に着くまでには、修復完了できそうです」
「いつもありがとー」
わずかに高いとおこの頭を、感謝を込めてなでる。
変わらず無表情だったが、きっと内心は喜んでくれている(はず)。
最上階へ向かう間、一息つきながらも、来るべき戦闘へ向けて臨戦態勢をとる。
白い塔に刺さったような、赤い格子のついた円盤部――展望室へ向け、エレベータが加速していく。
おそらくは塔の紹介をするアナウンスが流れているのだが、故障しているのかそういう言語なのか。あいに理解できる音声ではなく、これから未知と接敵するかもしれない状況で、不気味さを増長させるだけだった。
しばらくすると、到着を知らせる音が鳴り、扉が開く。
念のため、エレベータ内に身を隠しながら展望室を覗き込んだが、特に兵器などは見当たらなかった。
どのような敵かはわからないが、あれほどの遠距離兵装を有しているということは、おそらく遠距離特化の兵器。ここに入った時点でかなり有利な状況はつくれているだろう。
しかし、依然警戒は怠らず、慎重に足を踏み入れる。
大剣と杖を具現させ、先頭をあい、その少し後ろをとおこが行く。
あいの心臓が、ドクンドクンと緊張感を伝える。
半周回ったくらいで、何か白いものが視界に入った。
それは、外を見るように立っている、
「人――!?」
二人と同じくらいの背丈、そして同じくらいの長さの、ところどころが白く染まった黒髪。白いワンピースに身を包んでいる。見た目は少女のように見える。
「あの、すみません! 私たち、ここにいるかもしれない兵器を探して来たんですけど、なにもいませんでしたか……?」
声をかけたが、反応がない。
ごくり、と音が聞こえてきそうなほどに固唾を飲む。
もう一度、声を大きくして、
「あの! すみません!!」
二度目は反応があった。
白黒少女の頭がこちらを振り返り、振り返り、振り返り、ありえない首の角度でこちらと目が合った。
縦長の目、鼻はなく、耳まで裂けた口。
「ひゃっ――――!?」
思わず尻もちをつきそうになったが、とおこが支えてくれた。
「落ち着いてください。おそらく仮面です」
言われて見直すと、肌が白過ぎる。何か白い泥のようなもので顔面が覆われていた。
「でもあの角度、ありえな――」
――仮想実行・魔術障壁
あいたちの後方斜め上の虚空から、錆びた鎖が伸び、矢のように襲いかかってきた。
――事象顕現
しかし、いち早くとおこがそれを察知し顕現してくれた障壁によって、難を逃れる。
「来ます――」
白黒少女は背後を向いたままの姿勢で跳躍、空中で体を回転させ、首を戻す。
「きっっっっっっ――――!」
ホラー映画に出てきそうな悪魔憑きさながらの、気持ち悪い動き。
怯みそうになる体を強引に動かし、こちらからも一歩踏み出す。
そして、その勢いをもって少女に大剣を振り上げた。
……手応えがおかしい。金属が擦れる音。
交差した鎖に阻まれている。
鎖はそのまま大剣に絡みつき、その場にとどめようとしてくる。
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・1s
強引に力を加え、鎖を引き千切り、振りかぶる。
「これくらい――!」
迫ってきた白黒少女に大剣を振り下ろす。
大剣は白黒少女を捉えていたが、何重にも発生した鎖に阻まれ、止まらないものの威力が大幅に減衰し、そして――
いつの間にか白黒少女の手に握られていた刀によって、受け止められた。
錆びて刃こぼれしたボロボロの刀。あいの大剣を受け止められているのが不思議なくらいだった。
鍔迫り合いの間、切断した鎖が動き、大剣に絡みつく。
「何度やったって!」
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・1s
同じように力を加えたはずが、ガチャガチャ、と金属音を響かせるだけで身動きがとれない。
「――なんでっ!?」
見ると、鎖の色が変わり、白が侵食している。
大剣が鎖に拘束されたことによって、刀が自由になる。
鍔迫り合いから解放された白黒少女の刀が、その見た目にそぐわぬ美しい軌道で振りかぶられ、上段から袈裟を描く。
――仮想実行・物理障壁 ――事象顕現
不可視の障壁を顕現させ、迫りくる刀を受け止め、
「――!?」
錆びた刃は、障壁によって静止した。錆びた刃は。
静止した刃から分離するように、白い刀身が障壁をすり抜ける。
とっさに大剣から手を放し、全力で跳び退く。
「ぃっ――――!」
わずかに間に合わなかった。傷は浅いが、腕を斬られている。
――仮想実行・隔壁生成/展開指定 ――事象具現・檻
退いたあいに合わせて、白黒少女を囲むように床から天井まで隔壁が迫り上がる。
「すぐに修復します」
「お願いっ!」
置いてきた大剣の具現を一時的に終了し、改めて具現させることで手元に引き寄せる。
「修復できました。が、何か不可解です。あい、体調や感覚に問題はありませんか?」
「えっ、んーん。なんともな――ぐっ!」
斬られた傷は治療され傷口は塞がっているのだが、傷のあった場所から罅割れるように白い筋が表れ、広がっていく。
まるで麻痺してしまったかのように、腕の感覚が鈍い。
「なに……これ……」
「毒のようなものなのでしょうか。とおこの身体再生では修復不可のようです。腕を切断してから再生処理を施すか――」
「や、ちょっ、とおこちゃん!?」
「――あるいは艦のメンテナンス装置ならば」
「あ、よかったー……じゃなくて、いまのうちに情報共有するね」
強度を増した鎖。
静止したはずの対象が、障壁を貫通したこと。
そして、その刀身に斬られ毒のようなものを付与された現状。
「障壁を貫通したことは本来の排除目標だった対象と合致しますが、使用装備及び魔術を考えると、同一の敵ではなさそうですね」
「うん。だからいまは、逃げるが勝ちかもね」
「そうですね。狙撃手でないのならば、無理に排除する必要もないと考えます」
「でも、もうちょっと戦ってからでもいい? この娘なんか気になるの」
『あいちゃん』の記憶では、敵対するのは機械的な兵器ばかりで、生まれてからいままでに遭遇したことのないタイプの相手だった。それに――
「とおこは構いません。あいに一任いたします」
「ごめん、ありがとっ。じゃーね、とおこちゃんは――」
手短に作戦を伝え終え、あいは大剣を構える。白に侵食された腕は……まだ、動く。
それを見て、とおこが隔壁を終了させる。
――仮想実行・身体強化 ――事象顕現・5s
白黒少女はその場で惚けたように立ちつくし、天を仰いでいた。
一跳びで距離を詰め、大剣を袈裟に振り上げる。
が、案の定、鎖に阻まれ絡まれ、またしても大剣の制御を取り上げられてしまう。
――でも、これでいい!
拘束され固定された大剣の柄を支点にして、勢いそのままに後ろ回し蹴りに切り替える。
完全に不意を突く形。
白黒少女の頭部へ、渾身の蹴りが直撃する。
「いった――――!?」
直撃はしたが、白黒少女が吹き飛ぶことはなく、回し蹴りが頭部で止められている。
それどころか、何事もなかったかのようにこちらに向けて刀を振り下ろす。
「ちょっ――まっ!」
止められた足で白黒少女の肩を蹴り、それを踏み台にして後方へ退くことで斬撃をかわす。
「じゃー、プランB!」
あいの身体強化魔術の効果時間は、最長五秒にしか設定できない。
加えて、終了と同時に強化が解かれ反動が返ってくるために、連続使用も現実的ではない。
ならば、
――事象終了 ……2・1・ ――事象顕現・5s
終了する寸前に、同設定で再顕現させれば、と考えた。
――ん、いけてる!
一時終了、再具現で大剣を取り戻し、再度距離を詰める。
――むちゃしてるのには変わりないから、反動怖いなぁ……。
あえて同じ逆袈裟斬りを放つ。
鎖が出現、絡め取られる前に一時終了。
手はそのまま振り上げ、返す刀で振り下ろし、大剣を再具現させる。
しかし、そちらにも鎖が出現。大剣の行く手を阻む。
「まだっ――!」
再度、終了と具現。
三度目は、
「突きっ――――!!」
それでも鎖は出現していたが、同時に三箇所に出現させたためだろう数が少ない。
地面を抉るほどに蹴り、前進全身の力を込めた突き。
鎖により威力は減衰していたが、それでも――
鎖ごと白黒少女を遥か後方へ吹き飛ばした。
白黒少女は、ガラス壁に打ちつけられる前、鎖を交差させ自身を受け止めさせる。
一方、あいは反転、大剣をガラス壁に力の限り投げつける。
「とおこちゃん!」
割れたガラス壁に突っ込むように、とおこが展望室から飛び降りた。
――事象終了 ……1・ ――事象顕現・5s
とおこを追って、あいも飛ぶ。
体勢を整えた白黒少女が、宙の二人に向け鎖を飛ばすが、とおこの魔術障壁によって打ち払われた。
展望室外の格子を蹴って、先に落下していたとおこを拾う。
「こここ、こわっ――――!!!!」
「あい、どこに落ちるのですか」
「
地上100mの自由落下。
風切り音がうるさい。
ものの数秒ですぐに地が迫る。
――仮想実行・物理障壁 ――事象顕現
物理障壁を顕現し、自由落下で得てしまった速度を殺す。
二人の速度に耐えきれなかった障壁が壊れるが、これで十分。
塔ビル屋上に着地し、またすぐに跳ぶ。
――事象終了 ……1・ ――事象顕現・5s
三度目の連続顕現。おそらくこれが、あいの限界。
あいはとおこを抱え、帰路を急いだ。
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