せめて、人らしく(猫)
「あ、やっと起きた! ――ホンット、××は無茶するんだからっ!」
サイレンの音が辺りにうるさく響く中、××が目を覚ますと、ネオンの肩に頭を預けていた。
「あれ、私、トラックに引かれて……?」
「二台目が高床のトラックでよかったわね。バンパーも高かったみたいだし。わたしの声で反射的に体が伏せて、うまく下を通り抜けられたみたい」
「そうなんだ……死んだかとおも――女の子はっ!? 無事!?」
「落ち着いて。無事よ無事。念のため救急車で運ばれていったわ」
「よかった……ってあれ、ここ病院じゃないよね?」
二人がいたのは、女の子が飛び出してきた公園のベンチ。
「私はなんで病院に行ってな――」
「もちろんオーディションに行くために決まってるでしょ! ここまで来たんだから、ゼッタイ、最終オーディション合格するわよ!」
「ネオンちゃん、私も気づかって……」
「オーディション終わったら、××も病院で打ち上げしましょ!」
「もうっ! そういうことじゃないー!」
「――はっ! 私、死んでなかったんだけど――!」
目を覚ましたとき、彼女は眩いばかりの暖かな光に包まれていた。
見渡す限り青い景色。眼下には、わたあめを作れそうなおいしそうな雲がたくさん列をなしている。
「てん……ごく? やっぱり私、死んじゃってるのっ!?」
後頭部の柔らかな膝。いわゆる膝枕の膝の主から答えが返ってくる。
「いいえ。あいは死んでいませんよ。無事です」
「あ、や、そうじゃなくてね! って、私のいまの答え的にはそれで正しいのかも……?」
夢から現実に引き戻されて、まだ記憶と意識が混ざっている。
なんとか飛行艦に乗り込み、脱出に成功していたことを思い返す。
「ででで、でも! いま、地面に何もなくって! 空、飛んじゃってるよ! 生身で!」
とおこの膝の上で、わたわたと手足を動かすあい。
「落ち着いてください。敵襲に備えて、外部の映像を艦内部に投影しているだけですから」
「にゃ、にゃるー……」
「落ち着けないようなら、投影を切りましょうか? あいも目を覚ましたことですし」
「そうしてもらえると、たすかるよー……」
とおこの声で、周囲の景色は殺風景な小型艦の艦内景色に戻る。
ほっ、と一息。胸を撫で下ろすと、自分の体を確認する余裕ができた。
ぼろぼろだった体は、とおこが再生してくれたのか、いまはもう痛みすらない。
「とおこちゃん、ありがとね! 体、なんともないみたい!」
「はい。それでは私は休息に入りますね」
膝の上のあいを起こし、立ち上がるとおこ。
「うん。私もおなかへっちゃっ――――ちゃ!? と、とおこちゃん!?」
とおこは、パサリとスカートを落とし、ブラウスを脱ぎ、そして下着へ――
「お、お風呂入るなら、脱衣所で――――!」
同年代の娘の下着姿なんて、久しく見ることがなかった。まして裸なんて――
「脱衣所? いつもここで着替えていますが」
言いながら、手を止めないとおこ。
「ちょちょちょっと! すとっぷ、すとーっぷ! とおこちゃんとは姉妹みたいなものかもしれないけど、この年だったらお姉ちゃんの前でだって簡単に裸になっちゃダメでしょ――!?」
「ですが、メンテナンス装置に入るには、衣服は脱いでおかないと」
手のひらで目を隠しつつ、指の間から周りを見る。
艦内をしっかりと見ていなかったせいでまだ気づいていなかったのだが、SFでよく見る培養槽――ガラス張りの円筒形の容器――のようなものが、艦の中心部に二つ並んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってね!」
『あいちゃん』の記憶を辿る。
装置内に入ると、よくわからない液体によって、体組織の修復・体内外の洗浄・栄養補給など、生命維持に必要なすべてを行えるようだった。
生まれたままの姿になって、メンテナンス装置に入っている『あいちゃん』、その視点から見えるもう一つの装置に入っているとおこ。
彼女たちは任務時以外は、そのすべての時間を装置内で過ごしていたようだ。
あいの記憶にある、人らしい生活、というものは一切行われていなかった。
これでは本当に……人ではない何か、ではないか。
『あいちゃん』は、とおこは、人ではなく物なのか。
違う。
少なくともあいは、そうであってはいけないと思った。
だから、
「よしっ! 決めたっ! とおこちゃん! 一緒にシャワー浴びよっ! いろいろ教えたげるからっ!」
『あいちゃん』の記憶によると、メンテンナンス装置さえあれば生命維持活動は行えるが、装置の故障を想定されているのか理由は判然としないものの、シャワールームやキッチンなども艦内には存在しているようだった。
半裸のとおこの手を取って、シャワールームへ連行する。
「えっちじゃないえっちじゃないえっちじゃないえっちじゃない。心を無にする、無に無に無に無に、むにむにむにむに――」
「あい? 何をしているんですか?」
脱衣所に入ってからとおこのほうを振り向かず、ぶつぶつと何かを呟き続けているあいに、戸惑うとおこ。
しばらくそうしたあと、意を決したように握り拳を構えるあい。
そして、
「私も! 脱ぐから!」
スカートとブラウス、下着も潔く脱ぎ去った。
それを見て、とおこも残った下着を脱ぐ。
「あい、顔や肌がとても紅くなっていますが、何か体調に問題があるのでは」
「ないよっ! ……いや、あるかもしれないけど、異常とかではないから安心して! さっ、入ろー!」
手を引いて、二人でシャワールームに入る。
「とおこちゃんは、髪とか体の洗い方、わか――!?」
むにゅん、と柔らかい感触が触れる。
扉を閉めると、二人の体がどうしても密着してしまう。
「二人で入るには狭いかもしれませんね。私には必要な行為ではないので、あいだけで――」
「ダメ! これは第一歩なんだからっ!」
出て行こうとしたとおこの腕に抱きつき、引きとめる。
「とおこちゃんには、この世界のいろいろなこと知ってほしいからっ!」
「ですが、任務に関係のない非効率的なことをやる必要は――へぶっ!」
あいの手に握られていたシャワーヘッドから噴き出た温水が、とおこの顔面を襲う。
「いいから、座って。洗ったげるから」
壁に収納されていた椅子を倒して、無理矢理にでも座らせる。
「……は、はい」
あいの勢いと熱量に観念したのか、おとなしく腰を下ろすとおこ。
「よろしい! じゃー、まずは髪の毛から洗います!」
シャワールームには、ボディーソープやシャンプー、コンディショナーや洗顔料などの必要最低限の物しか置いていなかった。
先に予洗いをした上で、シャンプーを手に取り泡立てる。
耳の上から頭頂部、後頭部、生え際と、髪全体を丁寧に洗っていく。
「髪は命だからね。これくらい丁寧に洗わないとダメなんだよー」
幾分、あいもいまの状況に慣れたのか、普通に会話ができるようになってきた。
一度シャンプーを流し、コンディショナーを付けて、また丁寧に洗い流す。
「はい、髪の毛はいったんこれで終わりー。ほんとはトリートメントとかもあるとよかったし、洗う前にブラッシングとかもしたかったんだけど……あれ? どしたの?」
「いえ、何でもありません…………何でもありませんが、非効率的なことは、不必要なことと同義ではないのですね」
「気持ちよかったってこと?」
「はい、おそらくは。……洗っていただいた髪だけでなく、胸の奥も暖かくなったような気がします」
「よかったよかったー!」
うんうんと、満足気に深く頷くあい。
「次は体……なんだけど、体はまあボディーソープを泡立てて優しく洗ってくだけだし、自分でできるよね?」
「…………」
無言の背中。
「……よね?」
「……………………」
頭だけをあいに向けて、何を言うでもなくあいを見つめるとおこ。
「わかった。わかりました。洗ったげるから――!」
相変わらず表情は変わらなかったが、心もち嬉しそうにしているような気がした。
「うー……」
とは言ったものの、絹のように綺麗な肌を前にして、鼓動が外に聞こえそうなくらいうるさく脈打っている。
「スポンジ越しだし、ね! うん!」
そして髪同様、丁寧に体を洗っていったのだが、
「ひゃっ!」 「きゃっ!」 「みゃっ!」
時折漏れ出るとおこの声と、スポンジ越しでも伝わってくる柔らかでしなやかで弾力のある感触に、いつ気を失うかわからないような状態だった。
「はー……はー…………洗い流すよー……」
しかしあいは、やり遂げた。あとは顔を洗うだけ。これはやり方だけで、
「あい。とおこは考えました」
泡を流し終えた途端、とおこが立ち上がり、こちらに向き直る。
「と、とおこちゃん! ……マ、マダカオアラッテナイヨー」
目が泳ぎ、口調も固くなる。
「自分で洗うよりも、人に洗ってもらったほうが効率がいいのではないかと」
「ソ、ソンナコトナイヨー。ジブンデアラッタホウガイイヨー」
ずいずいと、ただでさえ狭いシャワールーム内で追い詰められていく。
「いいですね?」
とおこの手が迫る。
「にゃっ! にゃ――――――――!」
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