第13話 誘い
第13話 明日見る夕陽は今日と同じ色なのかな
◆◆◆
当日、水道橋駅に有志は集う。
宗吾、
「うわーすごい! お母さんがいっぱい」
織姫イチカ。こと
彼女は世界トップクラスの女性アーティスト。だがその実、宗吾の一番末の弟である巳洞九台の産みの親であったのだ。
そして、そんな彼が抱えるのは、バッヂに埋め尽くされ、キーホルダーやアクセサリーが数多ぶら下げられた布製バッグと、同じくバッヂだらけの鍔のキャップ。そして服装は法被で、首には歴代のライブのタオルというコンボだ。
「こいつ頭おかしくなっちまった。助けてくれ宗吾兄ぃ」
「まあまあ」
宗吾はライブなんて初めてだった。…………と思ったが、母にこのライブに行くことを言うと、幼い頃に二、三度自分もイチカのライブに行っていたらしいから宗吾は驚いた。
母と共に関係者席で大人しく見ていたのだというが、全く記憶に無い。
後から聞いて、家にあった古いCDや、雑巾だと思って使っていたタオルが、ライブグッズだと分かって驚いた。
勿論こんなことは九台に言えないから黙っておくことにするし、宗吾も今回は任務だと割り切って、真っ新な気持ちで、調査に勤しむことにするつもりだ。
「テンション上がってるからってよォ、あんまり母さん母さん言うなよキュウタ。テメェ認知されてないんだろ。殺されるぞ最悪の場合」
「実の母が僕を殺すかなぁ」
「イチカにじゃあねェよファンにだよ」
「あはは、不謹慎だなぁ」
物騒な例えに、直近のニュースを思い出して、宗吾は少しシュンとなる。だって止水達は本当に殺されたかもしれないから。
後で分かったことだが、彼女達の手足にはロープで鉄球が繋がれていて、しかも胸と背中に刺し傷もあったという。
警察も他殺の線で捜査しているというから、本当に無念で、言い得ないほど辛い気分になる。
「僕、お母さんに会いたいな早く。なんなら楽屋まで行って直接話したいよ。ライブが始まる前に会って、こんな星の元に生まれてきてしまった僕だけど、僕は幸せだって、伝えたいんだ」
「面と向かって話せるわけねェだろ。今日テメーのかーちゃんはステージの上、俺らは客席。
それに今日の目的は、関係者席にいる人から、イナミの話を聞くことだろ。テメェのかーちゃんに近況報告しに行く日じゃあねェんだよ」
「そうだね、ごめんごめん」
そろそろ開場時間が迫るので、宗吾達は列に並んで、開場と同時にもう入ることにした。
回転扉をくぐり、果てしない廊下を、人の流れに沿って歩き続ける。チケットには席番号だけではなく、そこから一番近い扉の名前も書いてあるので、その扉を目指していくのだった。
開放してある各扉からドーム内の様子が横目に見える。それはとても同じ一つの建物内とは思えないほどに、笑顔の老男女の巨大な電子広告が遠くに見えた。
景色は変われど距離感はなかなか変わらず、中々に感覚が狂いそうだ。
チケットに刻まれたアルファベットが大きく刻まれたドアから入ると、廊下の空気とは一切変わった、静けさと壮大さの巨大空間に心奪われる。
臆日本一のドームはこういうことか。
僅かな靄みたいなものが漂っているように見えるし、温度や湿度、空気の質までも違うのではないだろうか。そう疑いたくなるほどの別世界感。これから確実にやってくる嵐の前の微かな騒めき。階段を降りて周囲を見渡しているだけでも、特別な感情に浸れる場所。
聖地。東都ドームだった。
「ぼ、く、の! イチカーー‼︎」
兄弟の中で一番大人しいあの雰囲気から一転、オタク故の興奮と言うべきか。誰よりもはしゃいでいる九台は、グッズ売り場に行ってくると言い残し、足早に駆けていった。
宗吾は台八と先に席を探して座ることにしたのだが、九台の終始ハイテンションな様にげんなりして、立場が逆転してしまったかのようだった台八も、もれなくドームの雰囲気には圧倒されているようだ。階段を降りながら、感慨深そうに宗吾に話しかけてくる。
「俺がキュウタとここで野球する。そんな日が来るのかな」
「そうだね。そうなれるようにオレ、応援してるからさ」
「おう、あんがとな、宗吾兄ぃ」
二人は席を見つけ、座り込んで三〇分くらいが経った。それは開演予定時刻にも迫るほどであり、それでも帰ってこない九台が心配になる。
「てか、九台くん遅いね」
「あ? トイレでも行ってんじゃね?」
リアルタイムで更新される呟きサイトで調べると、グッズ売り場に関してのものは幾つもあった。
当日購入者列はかなり混んでいて、皆開園に間に合うかどうか不安だという声が多くある。
「さーせん、関係者席の方々?」
呟きを見て、宗吾達も不安にさせられる中、自分らの後方、つまり上の列から突然、女の人が話しかけてきた。
オレンジ色の野球帽を被った、その背の高い女性。
メアリーよりも色素の薄めなブロンドヘアで、眉毛は薄く、まつ毛は長い。
大きくて丸いが、どこか気怠げな様子の瞳には、少し蒼みがかっている。その色は何となく台八に似ているが、顔の方はというと、彼と同じくそこまで西洋人というほどでもない。あくまでクォーターくらいの雰囲気だ。
「は、はい! はじめまして! 巳洞です」
「巳洞……ゴールドゴールか。巳洞社長の養子とか?」
「そうです。オレが宗吾で、こっちが弟の台八」
「ッス」
「…………」
女性はしばらく黙る。黙って台八と宗吾の顔を交互に見つめ、眉を顰めたかと思うと、そのツンとした姿勢をいきなり崩し、柔和に笑んで、口を開く。
「そこ、アタシの席っぽい」
「ああ、そうなんですね! すみません」
「じゃあ俺らの席はどこなんだよ?」
「その番号見せて? ……これは、一段下じゃね?」
「ほんとだ、宗吾兄ぃ。アルファベットが違ェじゃんよォ」
「あ、すみません! ありがとうございます」
「いいや、全然」
宗吾達は立ち上がり、半身にしながら頑張って席を抜け出して、下の段に移動することにした。
そうした座ったところで、今一度、一つ後ろに居た先程の女性が意味ありげに話しかけてくる。
「なあ、アンタ達さ。なんでアタシに何も聞いて来ないの?」
「は?」
「ゴールドゴール社は毎回しつこく訊いてくるよアタシに。トモのこと」
「「イナミを知ってるんですか⁉︎」」
トモ、が何を指すかは、説明されなくても直感で理解できた。
それは幽かに存在する直近の文脈に、本能で合致すると、宗吾には解ったのだ。
「知らないと言えば知らない。でも知ってると言えば知ってる」
「どういうことだテメェ! ちゃんと言え!」
「台八!」
見知らぬ女性にも関わらず、勢い余ってブチギレかけた台八を、慌てて宗吾は押さえ込む。
「……ど、どういうこと……でスか⁉︎ ちゃんと言え……ください!」
途端、口調は大人しくなるが、今にもこの手を離せば飛びかからんとするような力を、台八からは感じるままだ。
そんな彼の態度を見、女性はまた不機嫌そうにして、鋭い目つきで言葉を紡ぐ。
「ダチを売るわけねェだろ。
しかしここに、社員じゃなくてアンタらを飛ばしてきたってことは、零音のヤロー、やり口が汚いね。子供になら話すとでも思ってンのかな」
「なんだよ。文句あんのかよ!」
「台八! 言い方を考えろ!」
「文句ありまスか⁉︎」
「いやそうじゃないでしょ」
「……んま、だからと言ってアタシがそう簡単に話すと思ったら大間違いだからね」
「なら、どうすればいいんだよ⁉︎……でスか⁉︎」
「ダイハチ、っつったっけ。アンタにだけなら話してやる」
「ハァ? 俺っスか? 宗吾兄ぃじゃあなくて⁉︎」
そうすると女性はあろうことか台八を単独で指名してきた。これには台八はもちろん、宗吾も驚いた。
一見、落ち着いて会話も出来ないほど、台八とこの女性の間には、一触即発のオーラを感じるのに、彼女自身は彼に然程そういうものを感じてはいないのだろうか。
「そう、アンタだよ。だけれど、ここでは話せない。こんな煩い場所でも、聞き耳立ててる輩は居るからね」
「なら、どこに行けば良いんだよ⁉︎」
「一週間後にここに来い。時間は十八時。この公演の開始時間と同じって覚えておきゃあ良いだろ」
そうして女性はデバイスを通じてではなく、今日日珍しい物理的なメモ用紙一枚っペラの裏に、何かをささっと書いて台八に渡した。
するとそれを読んだ台八は、目を丸くして叫ぶのだ。
「……ハァ? 名古屋⁉︎」
「声が大きいわバカ息子! 紙で教えた意味がねーだろ!」
「そりゃあ大きくもなるわ! いきなりすぎるだろ! 一週間後に来いってか?」
「そうだよ。来られなければもうチャンスは無いと思えよな」
「おいおい無茶だぜあのおばさん。なぁ宗吾兄ぃ?」
「確かに遠出だね」
台八は怪訝そうな顔で宗吾と肩を組み、その女性を指して心底嫌そうに話してくる。
名古屋なんてリニアなら一時間もしないで着いてしまうが、いかんせんそんなところは行った事がない。
ましてや、修学旅行以外の旅行なんてしたことがない宗吾にとって、関東以外は未知の領域。だから、実際の距離や時間よりもなお遠くに感じるのだ。
「しゃーねェだろ。アタシはずっとゴールドゴール社とグレーシュート社、両方に追われてんだ。
モカはゲーノー人。アイミはビョー人。唯一暇そうなアタシが狙われててさ。トモを誘き寄せるための餌とかにでもしたいのかね」
「アイミ……大和田愛海のことですか⁉︎」
「そだよ」
「狙われてンのかよ。うちの会社に」
「そ。狙われてるつーか、ストーカーされてるみたいなもんかな。ハハッ」
女性は苦しいが故に呆れたような、乾いた半笑いと共に、自分が置かれている状況を語る。
「オメーらの巳洞家も含め、ゴールドゴールだとかグレーシュートだとか、ダルいやつばっかりだ。だからアタシは少しずつ県を超えてなんとか逃げてるのさ。
そんなんで名古屋まで行っちまった。千葉が恋しいわ。向こうのほうが都会だけどな」
追われるという話を聞いて、また嫌な事が過ぎった。それは数日前に発見された、流水と止水のことだ。
うちの会社か?
否、グレーシュート社か?
宗吾が知り得ないほどの強大な闇に、この女性もまた、呑みこまれようとしているのかもしれない。
「つか、おばさん。なんで俺には話すんだよ。どう見ても宗吾兄ぃの方が口硬いだろ」
「いぃや。別に二人とも口硬そうなんて思ってねーよ。トモに似れば口硬そうだけどな」
「トモ……和伊南知英ですよね」
この女性もまた、
でも彼女が味方になることは無さそうだと言えるほどに、動く口から出る言葉は知英を称賛するものばかりだ。
「ああ。トモは誰かに好かれたいから、何かを得たいからとかじゃあねーんだ。
自分を含めた全員を考えちまう。他の全員から見たら結果悪になることだとしても、誰か一人の僅かな希望のために共感して、行動する」
「その結果がこれだっつーの!」
台八は宗吾の肩を掴んで引き寄せつつ、同時に自分の胸に手を当てながら、憤り、話す。
「奴はな、嫌われることを恐れて、失うことを恐れて、全部を掴もうとした。けどな、奴の自己満足その全てのために、奴を愛した皆がその全てを失っているんだよ!」
「…………そうか。辛いよな」
「おばさんに何が分かんだよ⁉︎」
台八は怒鳴って詰め寄り、女性の胸ぐらを下から掴み上げる。
しかし女性は動じない。身体も心も一歩も引かず、掴まれたまま、呆れた笑いでその行為さえ肯定してくるのだ。
「分からねェな。分かってたら、アタシ、人の心の無い鬼か何かでしょ。だからアンタらはアタシを罵倒したりブン殴る権利はある。義務さえある。
それでもアタシは、自分のダチを売りたくないんだ。…………ハハッ、矛盾してるよな。自分の息子は売ったのによ」
「どういう意味だよそれ」
「どういう意味かだって? ふっ、だってアタシは……」
彼女が何かを言いかけた時、会場の照明が全て暗くなる。そして爆音と共にステージ上部のスクリーンで映像が流れはじめる。
まるでそれは、もうすぐライブが始まる合図かのようだ。
しかも今、開始予定時刻をもう十分過ぎていた。尚且つこうして謎の女性と話していた間に、隣で今、一番喜んでいるであろうはずの九台がまだ帰ってこない。
そんな違和感を台八も感じたのだろうか、何か宗吾に向かって叫んでくる。
「宗吾兄ぃ! キュウタ探してくるよ俺ー!」
「え! 何⁉︎ 聞こえないよ!」
「さーがーしーてーくーるー!」
「九台くんを⁉︎」
「ああ! 流石にやばい! 心配だ!」
自身のその心配が、台八にとって決して杞憂ではなく、むしろ遅すぎだと知るのは、もう少しだけ後になるけれど、宗吾だって弟の行方を、ただ座って見つかるのを待っているわけにはいかないから、台八が行った方向とは違う扉から出て、彼を探してみることにしたのだった。
…………To be continued.
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