第5話 巳洞天七
第5話 明日見る夕陽は今日と同じ色なのかな
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明鏡止水はその名の如く、落ち着いた様子で、訊かれてもいないことまで語るのだ。天六の母親、岡賀ゆかりについて。そして、スパイの存在など、考えが及ばないところの話まで。
「それを言うならわたしは、あなたのことをまだ味方だとは思っていない。母や父のことを知っているだけで、わたし達をこうも簡単に晩酌に誘うなんて、何か裏がある。あなたの方こそ、わたし達から情報を得ようとしている。わざわざ母のアカウントを使い、わたし達に存在を探らせようとしていたみたいだから」
「ええ、たしかにそういう期待もあることは認めます。けれどゲームをする目的としては、彼女に頼まれたからに尽きるんですよ。三ヶ月に一度あるメンテナンスとアップデート終了後に、ゲームをプレイしてほしい。アカウントの毎シーズンログイン記録を守るためにと」
止水は先ほどのゲームの、アカウント証を、胸の内ポケットから取り出して見せる。決済は虹彩認証に対応していたが、古からあるゲームデータの登録場所は、今だに物理的な板の中だというのだろうか。
「母から直接頼まれたの?」
「はい。このゲームは私達が高校生の頃からあって、ゆかりさんはずっとプレイしていました。しかし十八年程前、日本を去ると言って、このカードを託していきました。そして、貴女に会ったら渡せとも」
そして彼女は、カードを名残惜しそうに指でなぞって、天六の元へスッと差し出す。受け取った天六がその両面を眺めている間に、止水は三杯目のハイボールを平らげ、追加で頼んだ。
「あれいつの間に三杯も⁉︎」
「はい。今日は私が酔うこと期待してください。酔わなければ出来ない話もありますから」
止水は四杯目を平らげた後、五杯目からは日本酒を頼んだ。顔が赤くなりはじめるが、泣きも笑いも何上戸にもならず、怖いくらいに様子は変わらない。声色も口調も変化無く、淡々と話しを続けてくれるのだ。
「ゆかり先輩はもうドイツにはきっと居ませんね」
「ドイツ? 何の話?」
「貴女の母は逃げているんですよ。ゴールドゴール社に科学技術者として就職したはずの彼女は、今はグレーシュート社に引き抜かれたと思われます。が、彼女はゴールドゴールの科学技術部門において重要なポジションであった。だからゴールドゴールは彼女を必死に探していますよ」
「ゴールドゴール社って、零音父さんの会社じゃあないか。でもなんでグレーシュート社が出てくるの?」
「グレーシュート社は、わたし達の父親、イナミが就職したオーラ社の、大元の親会社だよ。今は妻もイナミと一緒に辞めたみたいで、姿を眩ませている」
天六の解説に、止水も頷いて、またグラスに手を掛ける。そして項垂れて、溜息と共に言葉を放つ。
「ええ、そうですね。ただ私が言っているのは、ゆかり先輩は知英先輩の居たグレーシュート社に協力する方を選んだということです。つまり巳洞天六。ゆかり先輩は、貴方の生みの親であることを、金輪際忘れるということのようにも窺えます」
「そ、んな」
顔を暗くする天六を見据えながらも、止水は次の日本酒を半分まで飲み、水を人数分頼んだ。そしてやってきた冷え冷えのグラスを、赤くなった頬に当てながら、小さな声で呟くのだ。
「これで、私が想定していた質問には、全て解答し終えました。ですから、ここからは、酔った私の独り言になります。聞くのは自由です」
独り言。
それは今思えば、自分らが追いかける和伊南知英という男の正体、その知られざる素顔に迫る重要な話でもあった。
「私もですね、知英先輩を個人的な理由で探しています。何か計画があるとか、貴方らのような大層な理由ではありません。ただ、以前からずっと片想いというか」
「「ぶふー‼︎」」
漫画のようにお茶を吹く宗吾達にも、止水は動揺せず、眼鏡を外し、顔とレンズに付いた飛沫をおしぼりで拭きながら、言葉を続ける。
「笑われても良いと、高校生の時から誓っていますので悪しからず。彼への想いは言えずじまいでしたから」
「想い、ですか?」
「はい。彼にはどこか不思議な魅力があるのです。
彼の画像くらい見たことあるでしょうが、ぱっと見ぱっとしない男です。けれどあるのですよ。かっこいいとか男らしいとかそういうものでもない。写真や動画では伝わってこない、独特の魅力が」
お猪口の縁を指でなぞりながら、止水は何か想って、寂しい笑みを浮かべている。それは母愛海が昔から能くしている表情に酷似していたから、宗吾も思い出してしまう。
「母さんも普段から能く言ってますよ。トモちゃんトモちゃんって。自分は父には会ったことないけれど、息子のオレが嫉妬しちゃうくらい、母は父を好きなままですよ今も」
「そうですか。愛海先輩は知英先輩の幼馴染で、誕生日も同じなら家も隣。幼い頃から常に一緒で、大人になれば結婚すると、度々言っていました。
私もいずれは二人がそうなると思っていましたが、実際はせず、彼は
「その結果がわたし達九人だよ。
わたし、見つけてイナミに、必ず責任取らせるから」
天六は不気味に笑うが、それに負けないほど止水もまた、不敵に笑んで、最後の日本酒をクイッと飲み干すと、力強くこう言った。
「ふふっ。負けませんよ。私は彼と会い、彼がキミらに捕まらないよう助けたいとさえ思っていますし、私もそろそろ身を固めないといけない年齢です。
もし貴方達の弟か妹が出来たら、よろしくお願いしますね」
天六はその夜、父にLINNEグループで報告したが、全ては話さなかった。
話したのは母の行方。ヨーロッパから脱出し、生みの父が勤めていた会社で働いているかもしれないということと、知英の正妻、大浦芽逢李の存在についてのみ。止水の気持ちに関しては二人で伏せておくことにした。
『ありがとう天六。宗吾。引き継ぎ秋葉原でも調査を続けてほしい。けれど来週からは明鏡止水についてではなく、二人で
LINNEグループには、自分を含め十三人居た。
兄弟八人と、父、と実際の妻であるクリスティーナ、それから邸宅の家政婦である
『分かりました! 天七さん。宗吾です。よろしくお願いします』
天七は、ありがとう、という趣旨であろう涙のスタンプを連打してくるが、それに対し天六は真顔の表情のスタンプを送って会話から消えていった。
『明鏡止水? 確か、そんな名前の生徒が、母達と同じ高校の、しかも当時生徒会長だったような……そうならば、彼女が天六と宗吾の両親を知っているのも不思議ではないな』
またその後、四言からメッセージが返ってくる。
すると、LINNE上の会話からは消えても、今帰りの電車内で宗吾の隣に立っている天六は、代わりに自らの口で、宗吾に問うた。
「明鏡止水はイナミを助けたいって言っていた。つまり、わたし達の敵。そう思って良いよね」
「敵、か。誰が味方か敵かを見極めるのが必要って、止水さんから言い出した言葉だけれど、和伊南を追う巳洞家にとっては、敵、ということになるの?」
「うん。だとしたら、尋ねられた時、自らすぐに正体を明かし、わたし達との会話を図ったというのも頷ける。むしろわたし達は、あの女性に情報を与えてしまったかもしれない」
天六は顔を顰めるが、宗吾はそうは思わない。何故なら、本当に敵ならば、わざわざこちらに忠告してくるようなことを言ってくれるだろうか。と思ったからだ。
秩序的な話し方から聡明さを、しかし日本酒に手をつけて、吐露した好意の告白から、一人の女性としての気持ちの強さと健気さを、宗吾は感じて、どこか彼女のことが後引く、そんな夜になった。
*
次の週。天六と共に再び秋葉原へ向かうことになった。しかし駅を降りてスタスタと彼女は宗吾の先を行き、なんとゲーセンの中に入ってしまうではないか。
「ちょちょ天六、任務は⁉︎」
「父様には悪いけど、わたしは天七と行動する気は無い。天七とわたしは馬が合わないから」
「仲悪いのか?」
「悪くはない。嫌いでもない。たった一人の妹だし」
「じゃあなんで?」
とにかく会えば分かる。と、天六が何かURLと見知らぬ位置情報とを送りつけてきたので、読んでいると、そのうちに彼女はゲーセンの中に消えてしまった。
URLのリンク先は、何やらアイドルのライブのチケット画面であり、指定された位置はメイドカフェやゲームセンター、雑貨屋などが幾つも入った大きなビルだった。
行ってみると、ビルの最上階に小さなライブ会場となっているイベントスペースがある事が分かった。恐らくここではないだろうか。そう判断した宗吾は、エレベーターに乗って最上階を目指す。
「アマナツーー‼︎」
「お・れ・の・アマナー!」
エレベーターのドアが開いた瞬間、光と音楽と男性達の野太い声の饗宴を、宗吾は目にし、耳にした。
人波を掻き分けるとは当にこのこと。
開始時間を大幅に過ぎているが、席指定の無いチケットの映る虹彩をスタッフに見せて通り抜け、肉壁を掻き分けて前に前にと進んでみると、やがてステージが見え、中央に立つ見覚えのある顔に、確信を抱く。
「今日は来てくれてありがとー! アマナツ、サイコ〜〜に! 楽しかった!」
「「ウォオオオオオ‼︎」」
様々な年齢層の男の声が飛び交う。それからすぐに、ロアーホリゾントライト(ローホリ)が青に赤に緑に、快速飛ばすドラムの音と共に点滅しはじめると、シーリングライトが動いて彼女をバン! と照らした。
本当にバン! という音がしたのではない。
あくまで衝撃。しかも激震。
心臓が飛び跳ねてそのような音を立てた、と謳うのは誇張表現かもしれないが、そう言っても差し支えないほどのインパクトが、アイドルオタク歴ゼロの宗吾の心をも、かつてないほど内から震わせる。
「それではラスト一曲! 甘い夏には〜?」
「「恋しちゃおう〜‼︎」」
「いっくよー!」
天七のデビュー曲『甘い夏には恋しちゃおう!』。
ウクレレとエレキギター、シンセサイザーのセッションは、波打ち際と夏風を感じさせるような、心地良いサーフビートミュージックでありながらも、軽快な電子音も響き混ざり、もぎたてフレッシュな新鮮さも伝わる、当しく安定感と刺激感のダブルスタンダードだ。
今の曲がアンコールだったらしく、終わってライブも終了となる。するとファン達はぞろぞろと列になり並びはじめる。いわゆる個撮タイムだ。
宗吾のチケットにも一応そのチェキ券とやらが付いていたので、並んでみて、天七のところへ順番に辿り着く。
「ちゃっすーソウ兄ぃ! ライブ来てくれたんだぁ!」
「あ、天七さん。天六に行けって言われて」
「テン姉ぇのチケットも用意してあったのに。来てないのー?」
「一緒には来てたんだけど、どっか行っちゃって、あはは」
天七は本物のアイドル。列に並んで、その先の彼女を見て、そう確信した。
ファン一人一人の名前を呼び、笑顔で手を握って、写真を撮っていく。
そんな彼女はまだアイドルのたまごだし、誰もが知る有名人、というわけでもない。
けれども放たれる煌びやかな芸能人オーラに、宗吾はガチガチにならざるを得なかった。
「おやおや⁉︎ お主、アマナツから認知を頂いているとは一体何者……宗吾氏ではないですか⁉︎」
そんな緊張を解いてくれたのは、先日ゲームセンターの一件の時に出会った、
あの日もライブタオルを首から掛けていたが、今日も身に付けているオレンジ色のそれは、能く見れば天七の名前が刻まれているものだった。
「あー、タクちゃんさんだ! ちゃっすー」
「ちゃっすー!」
挨拶の返しも完璧なこの人は、要するに筋金入りのアマナツのファンだったのだ。
先週は合同。今日は単独公演。
仕事の都合で来れなかった同士の分まで楽しむと意気込んで、前会った時よりも更にテンション高い彼に誘われ、宗吾は何故か天七と彼とのスリーショットで写真を撮った。
けれども依然長い列はそれなりに続くため、天七に宗吾は「ビルの裏に待ってて」とこっそり耳打ちされたので、その言葉を信じ、一先ず会場を後にしたのだった。
…………To be continued.
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