どうかこの気持ちに気付かないで

mikanboy

第1話 静香視点

「おじゃましま~す!」

「うん、適当に座ってね。 はいこれ、座布団」


 こうやって花蓮かれんちゃんを部屋にあげるのもこれで何度目だろうか。

 そしていつからだろう、花蓮ちゃんをただの友達として見れなくなったのは。


「やっぱり静香しずかの部屋が一番落ち着くよ~。自分の部屋より落ち着くかも」

「え~、そんなに?」


 そう言って花蓮ちゃんは床に脚を広げ、無防備な恰好でくつろぎ始めた。

 こっちはそのスカートの中が見えそうで、自分の部屋なのに落ち着かない。


「……それで、今日はネイルケアの方法を教えて欲しいんだったよね?」


 あんまりチラチラ見ていると花蓮ちゃんに怪しがられてしまう。

 意識を別のところに逸らすため、話を本題へと移すことにした。


「そうそう! 静香の爪ってすごく綺麗でしょ? 私の爪も静香みたいにしたいの!」

「うん、良いと思う。 色を付けたりするのは校則でダメだけど、整えるだけなら問題ないと思うから」


 静香みたいにって言われると嬉しくなる。

 花蓮ちゃんが私色に染められているようで、すごく興奮するから。


「――きっと彼氏も喜んでくれるよね!」


 しかしそんな興奮も一瞬にして消え去っていく。


 花蓮ちゃんには最近、彼氏ができた。

 別の学校の、どこの馬の骨かも分からないような男だ。


 彼氏のためだと分かってはいたけど、いざ私の前でその話をされるとすごくモヤモヤする。


「……それじゃあ、早速始めよっか」

「お願いしま~す!」


 これ以上会話が広がらないよう、私はテーブルにティッシュを広げ、ネイルケア用の道具を取り出した。


「わぁ、見たことない道具がいっぱい」

「ふふっ、実はこれ全部、百円ショップで買った物なんだよ」

「え、そうなの!? 良かった~、高かったらどうしようかと思ったよ」


 全部合わせても千円掛からないくらい。

 高校生の私たちでも気軽に手が出せる値段だ。


「はい、手貸してね。 まずは爪切りからやっていくよ」

「は~い!」


 差し出された手を握り、一枚ずつ順番に切っていく。


「…………」


 パチン、パチン――


 慎重に、心を乱さず、丁寧に。


「……あははっ、静香の手、くすぐったい」

「――!」


 爪切りを動かす手が一瞬だけ止まる。

 同時に、心の中に眠っていた邪悪な感情が目を覚ます。


「……ごめん、もう少しだけ我慢してね」


 冷静を装い、いつも通りの笑顔で返答する。

 しかし、一度湧き上がった感情はそう簡単には鎮まらない。


 花蓮ちゃんの手、美味しそうだなぁ……。


 噛んで味を確かめたい。

 跡を残して、マーキングしたい。

 触感、温度、匂い、全てを独り占めしたい。


 このあふれ出る感情を全てぶつけられたら、どれだけ気持ち良いことか。


「……次は甘皮あまかわを処理していくね」

「あまかわ?」

「爪の根元にある皮膚のことだよ」


 大丈夫、ちゃんと話せてる。


 この感情が表に出る前に別の言葉を絞り出す。

 こうすることでしか平常心を保てないから。


「……ふぅ、こんな感じかな」


 一通りの工程を終え、爪から出たゴミをティッシュに包み、テーブルの端にける。


 これは大切に保管しておこう。

 そうすれば誰にも迷惑をかけないまま、自分の欲求を満たせる。


「わ~! すごい綺麗になった~!」


 花蓮ちゃんはキラキラとした笑顔で自分の爪を見つめている。

 そんな顔をされると、いかに自分が汚れた存在であるのか分からされてしまう。


「ありがとね、静香。 彼氏もビックリするよ!」


 でも、これでいいんだ……。


 花蓮ちゃんが幸せでいてくれるのなら、私はどれだけ汚くてもいい。


「この紙に今日使った道具の名前書いておくね」

「え、ありがと~! 静香ホント好き~!」

「ふふっ」


 私も好きだよ、なんて口が裂けても言えない。

 もし本当の想いを伝えたら、もう一緒にはいられないから。


 だから花蓮ちゃん、どうかこれからもこの気持ちに気付かないでね。

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