第4章 骨軍団と猫㉓
「……ぜぇッ……ぜぇッ……!」
「どうした神獣ハンター? 息が上がっておるではないか。腐れ骸骨を殺すのではなかったのか? ん?」
「……ぜぇッ……!」
「それに、その右目。もう見えてはおるまい。クハハハハハッ!! 鏡を持ってきてやろうか、神獣ハンター? とんだ醜女が映るだろうよ!! これでおあいこだなぁ!!」
上がった息をなんとか整えて、イモコが弓を構える。
黒く染まった顔の右半分が激痛に歪んだ。
「ふうぅぅ…………いつつ。……なあ、ところでボーン。なんでお前の結婚相手がこうも見つからへんのか、その理由は分かっとるんか?」
「なんだ唐突に。だが、そうだな。分からんというのが答えだ。なぜこうもうまく行かんのか、わしも困っておるのだよ」
ボーンは顎に手を当てて思案する。
「わしは強い。それはもう、有象無象とは比べ物にならないほどにな。そして、わしには軍団があり、城があり、権力もある。わしに並ぶ男など、世界にも片手で数える程しかおらんだろう。伴侶など、選り取り見取りのはずなのに、不思議なものだ」
「せやな、お前はべらぼうに強い。ちなみに、うちの男のタイプは、自分より強い奴や。ほんでもな、お前との結婚なんて死んでもごめんや。なんでか分かるか? ……お前、臭いんよ。女の子はな、臭いに敏感やってのに、そない強烈な腐臭を漂わせてたら、寄るもんも寄ってこんっちゅうことや。ああ、そのガリガリの体のことやないで」
イモコは七将星をあざけり、鼻で笑った。
「うちみたいな乙女相手に、醜女だなんて。その精神性が腐ってるって言っとんのや、童貞野郎」
「……もうよい、お前に少しでも取り合ったわしが馬鹿だったわ。──【ウルティマ・ダークノヴァ】」
詠唱と共に腕を掲げたボーンの真上に、闇の魔力が結集する。
それは際限無く膨張し、巨大な漆黒の超新星となって夜空に浮かんだ。
「お前との戯れにも飽きた。さらばだ、神獣ハンター」
だが、その巨星が落ちるよりも先に。
ボーンの眉間に降ってきた。
「──雨?」
取るに足らないこと。だが、理にそぐわない現象だった。
夜空に浮かぶものは、月と遠い星々、そして暗黒の巨星のみ。
雲など一つもない空から、雨が降るはずもない。
だが、その理を無視して、雨粒がぽつぽつと降ってくる。
「…………ハハハ」
そんな雨粒をイモコは放心したように見つめていた。
だが、彼女は突然、腹を抱えて、
「ハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
その不条理のどこがそんなに面白いのか、爆笑した。
「……………」
「ハハハハハハハッッ!! ひ~! ああ、おかしっ! 腹捩れるわぁ!!」
「……残念だな。お前の様な奴でも、死の恐怖に正気を失ってしまうのか」
「こんなん笑わずにいられへんないの! ほんと無茶苦茶しよるわ! ハハハハハハハッ!! ……ククッ……あ、ああ、それとな──」
こみ上げる笑いを何とか堪えて、
「じゃあの、腐れ骸骨」
半分黒ずんだ顔面に、ニヒルな笑顔を浮かべてイモコは言う。
「うちの仲間達を雑魚呼ばわりしたこと、せいぜい地獄で悔いるんやで」
次の瞬間、ボーンの前からイモコが掻き消えた。
だが一拍置いて、消えたのはイモコではなく、自分であることにボーンは気が付いた。
「これは、猫娘の空間転移か……!?」
ボーンの全身に次々と雨粒が降り注ぐ。
その身は空間転移魔法によって、降雨の中心地へと引き摺り出されたのだ。
そして、その遥か頭上から、次々と投下されているものこそ、
「──ウォーターサーバーだッ!!」
そう、異世界転生、スタートダッシュ特典、十年分!!
俺を抱えて旋回するシルフィの頭上に浮かんだ魔法陣から、次々と投下されるそいつに、射撃ゲームの如く、ダガーをブチ当てて中身を撒き散らしていく。
本物の雨ではない。それでも、彼女のガイアパワーが炸裂するには十分だった。
「ミラさぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!」
地上では、金色の髪を水に濡らした女神が、宝石を握り締めた手を天高く掲げて、叫ぶ。
「【アースクリエイション・アルティメットグロース】ッッッ!!」
そして、砕け散る『大地の結晶』の魔力が周囲に伝播した直後、石畳など物ともせずに、四方八方の地面から爆発的な勢いで蔓植物が生えてきた。
蔓の成長は留まるところを知らず、地面も建物も、全てを飲み込んでいく。
その大地を覆いつくさんとする蔓一つ一つに宿る物。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの、またたびの実。
全ての準備は整った。
「────【超ッ!!」
「ま、まさか、貴様ら……!」
その時、自分が置かれた状況をようやく理解したのだろう。
ボーンに初めて、焦りの色が現れた。
「シルフィッ!! 俺を放せッ!!」
「は!? 何言ってるんですか!? こんなところで放したら」
「いいからッッ!! 早くッッ!!」
シルフィの腕を無理やり振り切って、俺は空中へと身を投げ出した。
恐ろしい勢いで地表が近づいてくる。
「──【古代ッッッッッ!!」
無限とも思えるまたたびの、その全てが光の粒子となって一点に集中していく。
その杖先の一点に。
「し、死ねッッ!! 猫娘ッッ!!」
「させるかァァァァァァァアアアアッッッッッッッッッッ!!」
慌ててクロに向かって腕を振り上げ、黒球を撃ち放ったボーンだったが、その手は射出の直前に、上空から飛来したダガーによって弾かれた。
僅かに軌道が逸れた黒球が、クロを掠めて背後の建物を破壊する。
「──【殲滅魔法ォォォォォォォォッッッッッッッッ!!」
ボーンが七将星だろうと、怪物だろうと、そんなことは一切関係が無かった。
夜空に浮かぶ、暗黒の巨星さえも霞む輝き。
それは太陽そのもの。
その熱線に焼かれて生き残る生物など、いるはずも無いからだ。
正真正銘、究極威力の
「ブチかませェェェッッッッ!! クロォォォオーーーーーーーッッッッッッ!!」
「【イ゙ッッッッ!! レ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙゙ェ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ーーーーーーーーーーーーーース】ッッッッッッッッッッッ!!」
そして、全ては。
極光の彼方へと消え去った。
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