第3章 お祭りと猫④


 翌日、仕事がひと段落着いたというイモコ先輩を加えて、俺達はハルケン村に向かっていた。


 帝都を馬車で出立して数時間、太陽が頂点を少し過ぎたころ、豊かな緑と山々を背景にその村が見えてきた。

 ミラさんは相変わらず窓に張り付いている。


「ハルケン村といえば、その豊かな自然を生かした畜産業が盛んですね。特に牛はハルケン牛ブランドとして知られていて、A5ランクなんて他の町で食べるとすっごく高いんですよ。あと地酒も有名です、楽しみですね~」

「なあ、シルフィ。もしかしてなんだが、お前が転生についてきたのって……」

「ち、違いますよ!! 天界は薄味のものしかなくて飽きたとか、そんな訳ないじゃないですかッ!! 女神としての義務ですよ、義務!!」

「まだ何も言ってないんだが……」

「ちなみにちゃんミラは、うちと離れるんが寂しくてついてきてくれたんや、かわええやろ?」

「……イモコが馬鹿力で抱きしめて離さないから、転移ゲートに巻き込まれたんじゃないのよ……」


 木製のアーチが建てられた、村の入口手前に停まった馬車から降りると、俺は大きく伸びをした。

 実に空気が旨いところだ。他の面子も後に続く。


「あの山の頂きに『メガミソウ』が……。ククク、クロのものだニャ。誰にも渡さんのニャ」

「妄想に浸るのはいいがクロ、村に入る前に涎は拭いておけよ」

「妄想じゃないのニャ……これは確定事項なのニャ。じゅるり」


 ハンカチでクロの口元を拭いてやり、村の方へ目を向ける。

 帝都とは打って変わって、どこを見ても木造平屋の建物しかない。

 その建物も隣同士に立つものはほとんど無く、間は畑や牧場で占められている。

 それにも関わらず、


「ひゃあー、ぎょうさんおるなぁ冒険者。こない田舎とは思えんわ」


 そうなのだ。村の入口には次々と馬車が停車し、冒険者の人だかりができている。村の中を見ても、不釣り合いなほど人の往来が多い。

 そして、どこに目を向けても『ハルケン一番祭』ののぼりが立っていた。

 村一番の祭りだというが、これでは村の規模を超えてしまっているではないか。


「宿なら心配せんとき。村長とは知り合いやさかい、部屋くらいは用意してくれるはずやから」

「ありがてぇ、やっぱり持つべきものは先輩だぜ。しかし、皆そんなに魔法が欲しいのかね」

「【鉄を金に変える】魔法なんてゲットした暁には、冒険者をやめても一生安泰ですからねぇ。人が殺到するのも無理はないでしょう」

「そんな夢を押しのけて、ネタ魔法にしちまおうってんだから、ちょっと気が引けるよなぁ」

「だからなんでネタ魔法って決めつけるのニャ! もしかしたらご主人をムキムキマッチョマンにする魔法かもしれないニャ?」

「それはそれで、なんか嫌なんだが……」


 開会式が行われるという村役場前の広場に向かうと、続々と冒険者達が集まっていた。

 広場の冒険者達は、勝手気ままにグループを作って雑談に興じていたが、俺達に気づいたであろう、いくつかのグループが驚愕の表情を浮かべてひそひそ話を始めた。


「……おい! あれを見ろよ」

「……ッ! まさか神獣ハンターイモコか!?」

「……聞いてねえぞ。なんであんな大物が……!」


「ナハハ、なんか噂されとるなぁ」

「それで? コータローの作戦って結局、イモコに敵を蹴散らしてもらおうってこと? もったいつけずに教えなさいよ」

「ふふふ、ミラさん、実はそうじゃない。先輩はあくまで保険、なんならブラフ。今回の主役は……こいつさ!」


 俺は大袈裟な所作で両手を振りかざし、ドヤ顔で自慢げに腕組みする女神様を指し示した。


「頼んだぜ、シルフィッ!」

「フッ、任せてください。冒険者が何人いようと同じことですわ」


 そう、この女神は……飛べる。空を飛べるのだ。

 山頂までの道中に何匹魔物がいようが、ライバルが何人いようが関係無い。

 以前にリベロンの森で逃亡した際に使った、翼を生やす魔法を使えば山頂までひとっ飛びなのだ。


「さすがに何回か休憩は必要になりそうですが、クロ一人抱えて飛ぶだけなら何とかなりそうですね~」

「ひ、卑怯じゃないのかしら? それって」

「卑怯? 何を言ってるんですか。この世は結果が全てなのです。会社で習わなかったんですか? フハハハハ!!」

「SHACHIKUって怖ろしいわ……。人の心まで捻じ曲がってしまうのね……」

「それに、飛ぶなんて向こうも想定してないでしょうから、飛んじゃいけない、なんてルールは恐らく無いでしょう。ルール違反でないなら全然卑怯じゃないんですよ、ヒヒヒヒ」

「ひ、卑怯な奴からしか出てこない笑い方だわ……」


 その後行われた開会式でルール説明があったが、案の定、空を飛んではいけないなんてルールは無かった。

 というかルールは非常にシンプルで、決まり事は三つしかなかった。

 明日の朝九時に麓から一斉にスタート、最初に『メガミソウ』を引き抜いた者が優勝、参加者同士の戦闘は禁止。

 たったそれだけのルールと、この後に始まる前夜祭の開催だけ告知すると、開会式はあっという間にお開きとなった。


「ほらな、空飛ぶの禁止なんてルール無かっただろ。明日は地酒片手に観戦させてもらうから頼んだぜ、シルフィ。」

「なんか頼まれ方が癪に障りますが……まあいいでしょう。多少は優勝賞金も出ることですし、私が一肌脱いであげますよ」

「どうやら、うちが出張らんでもなんとかなりそうやな。ほんなら前夜祭はパーッっといこか! 村長に聞いたんやけど、ハルケン牛のステーキやら地鶏の串焼きやら、旨いもんじゃんじゃん出るし、五種の地酒が飲み放題らしいで!」

「ハルケン牛のステーキ……! 来ましたね、メインイベントが!」

「人の金で飲む酒ほど旨いものはないからな。あ、ミラさんはダメですからね」

「言われなくても飲まないわよ! あんな苦いの!」


 夕刻となり日が傾くと、村中に吊るされた提灯に火が灯ってぼんやりと周囲を照らし始めた。

 お祭りの風情を楽しむ心は、異世界であってもそう変わり無いのかも知れない。

 開会式が行われた広場にはあっという間に屋台やテーブルが並び、前夜祭の様相を呈していた。


 手近な長テーブルの席を確保して座ると、肉を焼くいい匂いが漂ってくる。


「どこの世界に来たって祭はいいもんだな。よし、食べ物を取ってきてやるよ。クロは何食べたいんだ?」

「地鶏! 地鶏をよこすのニャ! ジュルリッ」

「はいはい、取ってくるからちょっと待ってな」


 そう言って俺が席を立とうとしたその時、


「あ、あの……」

「?」


 声をかけられた方を振り返ると、冒険者仲間らしい青年四人組が立っていた。


「あ、突然すみません。自分はケインっていいます。あの、そこにいらっしゃるのはもしかして、神獣ハンターイモコさんじゃないですか?」


 俺達はキョトンとして目を合わせた。


「ああ確かに、そこにいるのは美少女ハンターイモコさんだろうな」

「おい、コータロ君」

「す、」

「す?」

「すっげぇーーッッ! 本物のイモコさんっすか!? ぱねぇーーーッ!!」


 四人組のボルテージがみるみる間に高まっていく。


「ナハハハ、まあニセモンのイモコさんではないわな」

「やべー! 俺たちマジイモコさんのファンなんす!! 去年のデビルタイガー討伐も凄かったすね!!」

「ナハハ、あれは激闘やったな〜。首持ってかれるかと思ったわ」

「あ、あのよかったら一緒に呑んでもいいっすか? もっと話聞きてぇっす!」

「おう、ええよええよ、椅子持ってきぃや」

「あざす!」

「自分は酒取ってきます!」


 俺たちが取ってくるまでもなく、あれよあれよという間に料理と酒が卓上に並んだ。


「せ、先輩って、ほんとに有名人なのな」

「ふふん、そうよ。なんたって『この冒険者が凄い』や『アーニス冒険者ベスト10』に毎年載ってるんだから! リベロンのロッジだって、根城にしてた山賊がイモコのために譲ってくれたのよ」

「それは山賊が先輩にビビって逃げただけのような……」

「それでは、俺達とイモコさんの出会いを祝しまして、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」


 すっかりケインらの熱量に流されてしまい、俺たちも全員同じ卓についた。


「いやー、こんな所でイモコさんに会えるなんてマジついてるっす! ね、どうしたらイモコさんみたいに強くなれるんすか? 教えてくださいよ〜」

「ナハハ、せやな〜」


「お姉さんってイモコさんのパーティーっすか? すっげぇ美人すね! なんてゆうか、まるで女神的な? オーラが違うっていうか」

「あ、分かっちゃいます? やっぱり隠し切れませんか〜。お兄さんも見る目ありますね、このこの〜」


「ささっ、マネージャーさんも遠慮しないで一杯どうぞ」

「違ぇよ!! パーティー! パーティーだから俺!! ……あれ、パーティーだよな俺?」


「ほぅら、オレンジジュース飲みまちゅか〜?」

「「あ? なめんな(ニャ)」」


 宴はすこぶる盛り上がった。

 ケイン達は嵐のように喋り続けるし、マグが乾く間もなく酒を注いでいった。

 おだてられて気を良くした先輩とシルフィも次々とマグを空にする。

 もちろん、クロとミラさんはノンアルだ。


「ヒック、は〜いちゅーもく! 自分コータロー、一発芸しま〜す!」

「いいぞー、マネージャー!」

「SHACHIKU魂みせてくらはぁ〜い!」

「えぇえ〜、本日はぁ〜これだけぇおおくの方にぃ〜あつまっていただきぃ感謝感謝ぁ〜」

「ギャハハハ、村長の挨拶そっくりやぁ!」

「ふあ〜あ、あたしたち先に宿戻ってるわよ」

「おやすみニャー」

「つぎ〜、シルフィいひま〜す!!」

「いいぞ〜!」

「手の先にちゅーもーく! このなんの変哲も無いハンカチを手のひらに詰めまふと〜……はいッ!! 中からライオンがッ!!」

「うわっ! どっから出したお前!!」

「肉! 肉向こうに投げて早く!!」

「ギャハハハ、ライオンやぁ!」



アハハハハハハハハハハハハ……

ギャハハハハハハハハハハハ……



ァハハハハハハハハ…………


………………



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