頼みの綱の固有スキルは……え、猫を美少女に変える力?

柳屋なぎ

プロローグ

プロローグ

「異世界転生ですよ、お兄さん! 異世界転生! おめでとうございま~す!!」

 

 騒々しい祝辞と共にクラッカーが鳴る。

 その円錐形の口から飛び出した、派手な色の紙テープを浴びせられて、俺は目を覚ました。


 おお、なんということだろう。

 

 腰まで届く金髪に翡翠の瞳、白いドレスを纏ったたわわなお胸。 

 俺の目の前では、女神属性のメガ盛り二郎系みたいな女が、クラッカー片手に微笑んでいるのであった。


「は……え……?」

「突然の事で驚かれるのも無理はありません。覚えていますか?  昨晩、あなたは泥酔して……」


 そうだ、覚えているとも。

 あれは会社の忘年会の帰りだった。

 しこたま飲んだ千鳥足の夜道、同期のたっくんは言った。


「コータロー、あのさ……。俺、遂に出来たんだ。彼女」 


 そんなはずは……! 嘘だ! 俺とお前は、生涯童貞の契りを交わした仲じゃないか!!


 気が付けば俺は、奇声を上げて駆け出していた。

 飛び出す午前零時の交差点、迫りくるトラック。


「ちくショッーー! バカ野郎ォォォ!! 俺は終身名誉童貞だぁーーー!!」


 それが、彼の最後の言葉でした(たっくん談)。



  ◇



「ふむ、なるほどな」

「思い出して頂けたのですね! それなら話は早いです! JAPANESE-SHACHIKUとしての人生を終えたあなたには、次なる人生として、剣と魔法の世界アガリアに転生して頂きたいのです! 目指せ、魔王討伐!! 今なら転生特典として、固有スキルガチャ一回無料!! 旅のスタートダッシュセットに10000Gをお付けして、さらにさらにウオーターサーバーが十年間もむりょ」

「だが断る」

「はああぁぁッ!?」


 ていうか、あるのかよ。

 異世界にウォーターサーバー。


「なぜですか!? どうしてですか! こんな好待遇、そうそう無いんですよ!!」


 女神様が使用済みクラッカーを振り回して切れている。やめろよ危ない。


「いや、なんていうか……。今どきトラックに轢かれて異世界転生、とかベタな展開、恥ずかしくて現世のお袋に顔向けできねえよ。異世界ってことは、危険な魔物とかもうようよしてるような所なんだろ? それよりもさ、あえて転生しないってのはどうだ? 『天国から始まるスローライフ~今さら地獄を平定してと言われてももう遅い、最強守護霊パワーで現世の妹を幸せにします~』。新しくないか? よっしゃ! そうと決まれば、早速天国行きの準備だ女神様よ。あ、でも、悪役令嬢の枠が空いた時は呼んでくれよな」


 あの世もきっと、そう悪くはないさ。俺は今、人生で一番清々しい表情をしているだろう。


 しかし、女神様はそうはいかないらしい。

 俯いてしまって表情は見えないが、肩を震わせて何かに耐えている。

 プルプルしている。噴火三秒前。


「…………ない……」

「では、俺はこれにて失礼! 天国が俺を待っている! アデュー!!」

「あなたに選択権は無ぁぁぁーーーい!!」


 無いんですか!? 

 女神のくせに人権侵害も甚だしい。


「適正のある人間が来るまで何年待ったと思ってるんですか! 絶対逃がしませんよ!」

「いや、俺の自由意志は!? 天国でのスローライフは!?」

「うるさいですッ! 出でよ、転移ゲート!!」


 怒号と共に、女神の頭上に巨大な魔法陣が現れる。

 その魔法陣こと、転移ゲートから次々と伸びてくる光る触手によって、俺は瞬く間に手足を縛りあげられ、ゲートのど真ん中に足の先から突っ込まれたのだ。


「お前、これが女神のやることかよッ! この鬼!! 悪魔ぁ!!」

「お、鬼でも悪魔でもありませんッ! 我が名は女神シルフィ! SHACHIKU改め、勇者コータローよ! その力で世界アガリアの未来を救うのですッ!」


 この横暴な女神に、もう一言くらい文句を付けてやろうとしたところで、転移ゲートは遂に俺の頭部を飲み込み、その言葉が形になることは無かった。


 余談ではあるが、転移ゲートの中は思ったよりもぬめぬめしていた。



  ◇



 さて、ここは清々しい朝の森の中。

 木々のマイナスイオンが隅々まで行き渡り、しかし、それを相殺するような憎たらしい笑顔で、奴が俺に話しかけてきた。


「念のためにもう一度。私の名前はシルフィです。以後よろしくお願いしますね♪」


 女神シルフィ、良い名前だ。殺すのは最後にしてやる。


「も~、いい加減に機嫌直してくださいよ~。こちらの世界、アガリアも良い所ですよ。コータローさんだって、魔王軍討伐で名を上げればモテモテかも!? ほら、コータローさんって、あの、いわゆる」

「ドドドドド」

「童貞でしたよね」

「言うな!!」


 言うなよ。


「え、何? なんでお前知ってるのさ」

「さっき回想の中で、自分で叫んでたじゃないですか……。それに、転生前の走馬灯を共有させてもらいましたから、コータローさんの人生については詳しく把握しております。例えば、中学生の時に学校のプールのロッカーで好きな女子のおパ」

「ワーーーーーーーッッ!!」


 人類が表現の自由を勝ち取ってから幾星霜。

 それでもなお、紙面に書いて良いことと悪いことが存在するのだ。


「分かった、俺が悪かった! 魔王軍でも宇宙人でも倒す! 倒すからその話はやめてくれ!!」

「やっとその気になって頂けたようで、なによりです」


 確信犯的なにやけ笑いを浮かべて、俺がやる気になったことにシルフィはご満悦のようだった。


「ところで今更だけども、シルフィって俺の旅についてくるの?」

「はい、もちろんです! 女神には、転生者の旅を見届ける義務がありますからね!」

「なるほど、ついてくるタイプのやつか」

「タイプってなんですか……。女神にタイプなんて無いんですよ、いいですね?」

「まあ、なんでも良いんだけど。ついてくんなら、すんごい女神魔法で敵をちょこちょこっと、やっつけてくれるのか?」

「おっと、そこはセオリー通りに回復、神聖魔法を得意とするハイプリーストです。攻撃は期待しないでくださいね」

「セオリーはあんのかよ……」

「まあまあ、コータローさんなら自力で大丈夫ですよ。ほら、何か忘れていませんか?」


 な、に、か、とシルフィは人差し指を立てて、上目遣いで手を振り振りしてくる。

 なんだコラ、あざといな。


「転生特典ですよ、転生特典~」

「ああ、ウォーターサーバーか。いらね」

「もぉ~、もっと重要な物が色々あったじゃないですか! まずはこれ!!」


 言うが早いか、シルフィの頭上に魔法陣が描かれ、中から袋が現れる。


「テッテレテッテテ~テッテ~♪ スタートダッシュセット~」


 シルフィはその袋を引っ掴んで、下手くそなだみ声と共に押し付けてきた。

 こいつ、思ったより現世の文化に詳しいのな。


「なんなんだよ、このずた袋は?」

「右も左も分からないコータローさんのために、冒険お役立ちアイテムを詰め合わせちゃいました! はよ開ける開ける!」


 恐る恐る手を袋に突っ込んだ。

 内側の容積は明らかに袋の見た目より広かった。 

 そんなとこまで再現すな。

 

 一番最初に手に触れた長物をとりだしてみる。

 ん、これは、


「ひのきのぼうで~す!」


 確かにひのきだ、杉ではない。

 そういうことではない。


「おいまさか、これを俺に装備させて魔王軍と戦わせる気か? 死ぬぜ?」

「え、でもコータローさんの世界の勇者には、これを贈る習わしがあると聞きました。最高級品です、調達するの苦労したんですよ」


 いやいや王様、世界救う気ありますか? と幼い頃に入れていたツッコミが、まさか自分に降りかかるとは。


「まあまあ、コータローさん。中身はこれだけじゃありません。次のはきっと気に入ると思いますよ。ほら次行く次」


 言われるがままに、袋の中をガサゴソすると、今度は柔らかい物に手が触れる。

 取り出してみると、ひらひらと風に揺れる、燃えるような深紅のアイテムは……!


「これは……! 死の淵からも人間を蘇らせるという、不死鳥の尾!」

「を模した、高級羽ペンです。ほら、コータローさんが有名人になったときにサインが下手くそだと困るでしょう? 今の内に練習しておいた方が良いですよ、って何するんですかッ!!」


 さようなら、フェニックス。

 風に乗って故郷に帰るんだよ。 


「あれは職人が一本一本手加工している逸品なんですよ! 職人に謝ってください!!」

「異世界なんだから、そもそも手加工しか無いだろうが。おい、次こそは役立つアイテムを期待してるからな」


 半ばヤケクソ気味に突っ込んだ手に触れたのは固い感触。

 取り出してみれば、栓のされた綺麗な瓶だった。

 そして瓶の中に詰まっているのは、気泡の浮いたケミカルな琥珀色の液体。


「これはまさか……伝説の回復薬ラストエリ」

「コータローさんが大好きなレッソブルですよ」

「お前、わざとやってるよな?」

 



 その後も、袋からはろくなものが出てこなかった。

「……とりあえず、お前が真面目に魔王を討伐させる気が無いのは分かった」

「う~ん、私なりに選りすぐりのものを詰め合わせたんですけどねぇ」


 シルフィは両手の人差し指同士を合わせてツンツンさせながら、上目遣いでこちらを見ている。

 なんだコラ、あざといな。


「でもでもっ! 落胆するのは早いですよ! 今のはほんの前座みたいなものです。なんてったって、まだ、目玉の『固有スキルガチャ』がありますからね!!」


 おお、固有スキル。なんと甘美な響きだ。

 転生に乗り気でなかった俺も、さすがにテンションが上がらざるを得ない。


「固有スキルか。異世界転生といえばこれがなくちゃ始まらないよな。なんかワクワクしてきちゃったな」

「そうでしょう、そうでしょう。コータローさんはどんなスキルがお望みですか?」


 俺が興味を示したことで、シルフィは満足そうに頷いている。


「そうだなぁ。ベタだけども、【剣聖】とか?」

「うんうん」


 走る剣戟!! 唸る剣圧!! 千を超える打ち合いの末に魔王は倒れ伏し、世界に平和が訪れたのだった。

 勇者様、素敵! 抱いて! 囚われの姫君と熱い口づけを交わす……


「または【大魔導士】とかも良いな?」

「うんうん」


 煌めく閃光!! 迸る波動!! 激しい魔力の奔流のぶつかり合いの末に魔王は弾け飛び、世界に平和が訪れたのだった。

 大魔導士と呼んでくれ。


「いいじゃないですか、コータローさん! やっとやる気になってきたみたいですね! 【剣聖】でも【大魔導士】でも、ドーンと当てて大活躍ですよ! よっ、勇者様ステキ!!」

「へへっ、そうかな……異世界も悪くないかもな……」

「では早速。出でよ『固有スキルガチャ』!」


 掛け声と共にシルフィの頭上に魔法陣が現れ、中から巨大なガチャポンが降りてきた。

 高さ5mはあるぞこれ……


「ガチャっていうけど、本当にガチャポンとはな」

「ささっ、熱い気持ちが冷めないうちにお引きくださいな」


 女神様が両手でガチャポン正面の回転レバーを指し示す。

 俺はレバーを回すため、前に進み出た。


「いける……いける気がするぞ……神スキルが来る。俺には分かるんだ」


 両腕に渾身の力を込めて、巨大なレバーを押す。


「こいやぁ!! 【剣聖】ッッ!!」


 コトンっ。勢いよく押されたレバーが数回転して、真下の吐き出し口にカプセルが一つ落ちてきた。

 シルフィがそれを拾い上げて開けると、中から一枚の紙が出てくる。いや紙なのね、今どき。


「ハぁ……ハぁ……。ど、どうだ? シルフィ……?」


 シルフィの視線が紙に落ちる。真顔だ。

 続いて、その顔が俺に向く。満面の笑みを浮かべる。

 また視線が紙に落ちる……真顔だ。どういう感情なんだ?


「こほんっ! それでは発表いたします! 神に祝福されし勇者コータローの固有スキルは!!」

 デケデケデケデケデケ……ゴクリッ。



「【猫を】!!」

 はい?

「【美少女に変える力】ですッッ!!」



 女神様と視線がかち合う。その表情は真剣そのもので、視線には一点の曇りも無い。

 今日一キリッとしている。まずいこいつ本気だぞ。


「すまんな、シルフィ。良く聞こえんかったわ。もう一度頼む」

「【猫を美少女に変える力】ですッッ!!」


 ……一旦、冷静になるべきだ。落ち着け俺。


「なるほどな、【猫を美少女に変える力】か。なるほどなるほど。それで? 俺は猫を美少女に変えて、どう魔王と戦えばいいんだ?」

「分かりませんですッッ!!」

「お前、シリアスな表情と勢いで誤魔化してるな!?」


 拳を振り上げる俺、逃げる女神様。


「だってだって! ガチャですから! こればっかりは、私にはどうしようもないですよぅ!!」

「女神公認の外れスキルじゃねえか……」


 俺は肩からがっくり力が抜けて、地に膝を着いた。魔王討伐は望み薄のようだ。

 その時。ふと、涙目のシルフィの顔を見上げる。


「ちなみにこのガチャ、引き直しは」

「ないです」

「でき、」

「ないです」


 ですよねー。

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