7.「ど、どうか命だけはお助けを……(土下座)」
「はい、あ~ん♡」
「いや、自分で食べられるから……」
「いいから! あ~ん♡」
「あ、あーん……」
「えへへ♡ 凛斗くん、おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「……むー」
昼休み、無風、屋上にて。
昨日の再放送のようなやり取りをする僕と冬宮さんの隣で、心海が不服そうに座っている。
「ちょっと
「別に、わたしがどこで誰といたって冬宮さんには関係ないもん」
「普段ならそうだけど、今は彼氏と彼女が親睦を深めるための大切な時間なの。部外者は遠慮してもらえると嬉しいな?」
「部外者じゃないもん! 凛くんの幼馴染だもん!」
この二人は今朝からずっとこの調子で、ことあるごとに言い合いをしている。
冬宮さんはさすが成績優秀なだけあって舌戦にも強いらしく、割と早い段階で心海は感情剥き出しイヤイヤモードへ突入、僕が宥めるというのがかれこれ数時間前からの定番になりつつある。
しかし、今回ばかりは心海もタダでは終わらない。
冬宮さんが拵えた弁当の中を目ざとく見て、フッと笑った。
「次は卵焼きだよ、あ~ん♡」
「ふふん。凛くんはしょっぱめ卵焼きが好きなんだもん。冬宮さんの卵焼きは甘めだよね? 凛くんの好みには合わないと思うなあ??」
「……むっ」
確かに、僕は卵焼きといえば醤油をふんだんに使ったしょっぱい味付けが好きだ。
だし醤油で作った卵焼きは色からして砂糖ベースで作ったものとは異なるので、パッと見ただけでも判断が付く。
見る限り、冬宮さんが僕の口元に寄せているこの卵焼きは、甘めの物で間違いないだろう。
「ごめんね、凛斗くん? 明日からは好みの味付けにしてくるからね?」
「いや、作ってくれるだけでもありがたいから、気にしないで」
「えへへっ。凛斗くん優しいっ♡」
「いいや! 凛くんの好みもわからないような子には任せられないよ。やっぱり凛くんのお弁当はわたしが作るべきだよっ」
「そうかな? 凛斗くんも許してくれてるし、やっぱりこういうのは彼女のお仕事だと思うけど。ね、凛斗くん?」
いや、僕に振らないでほしい。
八方ふさがりじゃないか。
「凛斗くんも、彼女に作ってもらったほうが嬉しいよね?」
冬宮さんは露骨に身体を密着させてきて、上目遣いに覗き込んでくる。
さすがにくっつきすぎだ。少し離れてもらわないと、精神が持たない(主に心海の放つ瘴気のせいで)。
「冬宮さん、僕は――」
「なにさっ! 冬宮さんは知らないだろうけど、凛くんは本当は冬宮さんのこと好きでも何でもないんだからっ!」
「えっ……」
――瞬間、時が止まったような錯覚がした。
罰ゲームの告白の事は、タイミングを見て僕の口から話すということで心海とは約束をしていた。
いつまでもずるずる続けるわけにはいかないし、近いうちにカタを付けようと思っていた……のだが。
それを、心海は勢い余って漏らしてしまったのだ。
「あ、いや、その……。ごめんなさい……」
心海もやってしまったという自覚があるのか、すぐに頭を下げる。しかし、一度言ってしまった言葉はもう戻らない。
だけど、心海は何も悪くはない。
罰ゲームを断れなかったのも、傷付けてしまうからという甘い考えですぐに訂正できなかったのも僕だ。悪いのは、僕でしかない。
「冬宮さん、実は――」
「うん、知ってたよ」
「――え?」
「え?」
「ん?」
「はい?」
「ええ?」
「なにが?」
「へ?」
いやいつまで続けるの、というツッコミはさておき、知っていたって……?
それってさぁ! 最初から罰ゲームだってわかってて僕の告白を受け入れた……ってコト!?(ち◯かわ構文)
「うん、そういう事」
冬宮さんは僕らが受けた衝撃の大きさとは対照的に、ケロッとした表情で座っている。
「そりゃ、教室であんなに大声で話してたらイヤでも聞こえてくるよ。おんなじクラスだし」
「た、確かに……」
よくよく考えてみれば当たり前だ。
高橋君たち、陽キャだけあって無駄に声大きいし、聞こえていて当然か。
でもつまり、わかってて僕と付き合ったということは、僕が油断した頃合いを見て何かしら報復をするつもりで……!?
「だから、チャンスだと思って」
チャ、チャンス……?
チャンスって、つまりまさか、こういう事……?
冬宮は激怒した。必ずかの陰キャ丸出しの男を除かねばならぬと決意した。
しかし、表立っての行動は勘付かれる可能性がある。
一度下手を打てば――警戒心の強い陰キャの事だ――二度と隙は見せないだろう。
チャンスは一度きり。
その一度のチャンスを逃さない様に、虎視眈々と機を窺っていた。
そして訪れる……好機っ……!
罰ゲームで……嘘の告白をしてくるというっ……圧倒的好機っ……!
逃せない……! これはっ……! 絶対にっ……!
告白を敢えて受けることで自然に彼に接触し、隙をついて。
そのために私は――――。
「ど、どうか命だけはお助けを……(土下座)」
「い、命? 凛斗くん、なに言ってるの……?」
「えっ。僕を始末するんじゃないの?」
「ど、どうしてそんな結論になったのかはともかく……全然違うよ」
冬宮さんは理解不能とでも言いたげに額に手を当てて頭を振る。
見ると、全肯定系幼馴染の心海ですら深いため息とともに冷たい視線を僕に向けていた。
しかしなぜだろう、不思議と悪い心地がしない。なにかしらの扉が開いちゃったかな。
でも、そうか、よかった。憎悪の
……じゃあ、どうして。
「どうして嘘だってわかってて、僕の告白を受けたの?」
「私が凛斗くんの事をずっと好きだったのは本当。だから、嘘の告白でも付き合って、既成事実を作ってしまえば……。そう思ったの」
「キ、キセイジジツ!? 凛くん、この人えっちだよ、ワイセツだ!」
「好きな人と結ばれたいなんて、男の子も女の子もみんな思ってることだよ。それってそんなにえっちなことかな? 夏生さんだって、凛斗くんと――」
「わーーー! きゃあああ!! すとっぷすとっぷ!!!」
いきなり心海が大声を上げ、冬宮さんのセリフを遮った。
リンゴも降参するくらいに真っ赤に顔を染めて、ブンブンと両手を振っている。……どうしたんだ、一体。
冬宮さんはそんな心海の様子を意にも介さず、僕の腕をグッと引き寄せて、先ほどのように身体を密着させた。
そして僕と心海を交互に見やって、満面の笑みで言ったのだった。
「だから私、凛斗くんと別れるつもりないからね?」
「ちょ、冬宮さん――」
「絶対に凛斗くんをオトして、もう一回本当の告白をさせて見せるんだからっ!」
――ちゅっ。
僕の頬に、柔らかい感触と優しいぬくもりが触れる。
冬宮さんに、キス、された……?
「覚悟しててね、凛斗くん!」
「な……な……!」
僕が状況を理解できずに呆然と冬宮さんの唇が触れたところを手でなぞる。
まだそこだけがずっと熱を帯びているように感じた。
そして、それを目の前で見ていた心海はというと……。
「ふ、ふ、ふぇええええええぇぇえぇぇぇん!!! 凛くんのばかあああああああ!!!!!!!」
泣きながら屋上から走り去っていってしまったのだった。
「? 夏生さん、どうしたんだろうね?」
「……冬宮さんって、なかなかいい性格してるよね」
「え、そうかな? ありがと♡」
別に褒めてはいないけども。
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