第3話 記憶の檻と名前

異世界に来て最初の“再会”が、まさかこんな形になるとは——。


 俺は今、牢の中にいる。


 粗雑な石積みの壁、鉄でできた無骨な格子、薄暗い光。

 どこをどう見ても、ファンタジーRPGの“雑魚モンスターが出る前の導入ダンジョン”といった風情だが、もちろんセーブポイントも回復アイテムもない。


「……マジで、これ現実かよ……」


 鉄格子の向こうには、ひとりの兵士が腕を組んで立っていたが、こちらが話しかけても無反応。

 ていうか、さっきから五回は「誤解なんですけど〜!」って言ってるのに、全部無視されてる。


 そろそろ俺のメンタルが先に崩壊する。


「陸……お前、本当に俺のこと……」


 思い出すのは、さっきの“副騎士団長”白石陸との再会。


 あれが偶然の一致の別人なんかじゃない。

 間違いなく“あの陸”だった。


 目も、声も、雰囲気も。全部、変わらなかった。

 でも——俺のことを覚えていなかった。


 あの瞬間の、心臓が締め付けられるような感覚は、言葉では表現しきれない。


 「けど……確かに、迷ってた」


 ほんの一瞬。

 俺の名前を聞いたとき、陸の瞳が揺れた。


 それは、“まったく知らない人”に向ける目じゃなかった。


 “記憶の奥に引っかかる何か”——それが、あいつの中にあった。


 俺だけが記憶を持ち、他の四人は“この世界で生まれ育った”ように生きている。

 でも、完全に記憶が消えたわけじゃない。

 どこかに、残っている。


 なら、希望はある。


 「……絶対、思い出させてやる」


 静かに、そう呟いた。


♢ ♢ ♢


 鉄の扉が軋んだ音を立てて開く。


「尋問だ。立て」


 仏頂面の兵士が、無愛想に命じてくる。


 手枷をつけられたまま、俺は立ち上がり、連れて行かれる。


 案内された部屋は、殺風景な石造りの一室。

 中央に木製の机と椅子が向かい合って置かれ、その向こうに——いた。


「……陸……」


 銀髪の青年、副騎士団長、白石陸。

 先ほどと同じ、冷静で隙のない表情。

 けれど、どこか“沈黙の奥”に迷いのようなものを感じる。


「神谷 悠斗。……だったな」

「お、名前を覚えてくれてるとは光栄です、副団長殿」


 皮肉っぽく返しても、陸の表情は崩れない。


 だが、彼の次の言葉が、俺の胸を貫いた。


「お前の名前には、聞き覚えがない。だが——」

「だが?」



「……その名を聞いた時、胸の奥がざわついた」


 俺は、思わず息を飲んだ。


「記憶じゃない。ただの感覚だ。……懐かしさのような、言葉にできない何かが残っていた」


 やっぱり——記憶の“かけら”がある。


「なあ、陸。お前、本当に覚えてないのか? 朱音や沙羅、蒼真のことも……」

「……そのような者は、知らない」


 きっぱりと断言された。

 でも、その声音は、どこか苦しげだった。


「俺はこの世界で生まれ、訓練を受け、今この地で副騎士団長として生きている。それが“俺の人生”だ」


「——違う」


 俺は、静かに言った。


「それは“書き換えられた人生”だ。お前には、別の人生があったはずなんだ。俺たちは……」


 言葉が喉で詰まった。


 本当に信じてほしいから、軽く口にしたくなかった。

 だけど、陸は少しだけ、目を細めていた。


「俺には、確かめたいことがある。……だから、お前を王都本部へ連れて行く」

「王都……?」

「……そこには、より高度な魔導記録装置がある。異世界人の判別や記憶探査も可能だ」


 魔導……記憶……? まるで、科学と魔法のハイブリッドだな。

 だがその言葉の中で、俺は一つのキーワードを拾った。


 “王都”。


 そして——脳裏に浮かぶ、ひとつの顔。


 ——金髪。

 ——王冠。

 ——高慢な笑み。

 ——玉座に座る、美しき少女。


 王女——姫野 沙羅。


 俺の中では、今も笑ってる“幼馴染”だ。

 けれど、この世界で彼女がどんな存在になっているかは、まだ分からない。


「……王都で、“王女”に会えるか?」


 俺の問いに、陸はわずかに目を細めた。


「お前にそれを尋ねる資格があるかどうかは、これからの行動次第だ」


 皮肉とも、試すような声音ともとれるその言葉に、俺は静かに息をついた。


 ——次に出会うのは、あの沙羅だ。

 きっとまた、“俺のことを知らない目”で俺を見る。


 だけど、それでも構わない。


 この世界で俺だけが“元の記憶”を持っているなら——

 それは、俺にしかできないことがあるってことだ。


「絶対に、取り戻す。全部……俺たちの“物語”を」


 心の中で、そう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る