第8話 「プレゼンとライオンのポーズ」


 彩乃は、オフィスの会議室に立つ自分を想像し、背筋が震えた。


(失敗したらどうしよう)


 明日、大事なプレゼンがある。会社の今後を左右するかもしれない企画の発表。


 しかし、彩乃は人前で話すのが極端に苦手だった。学生時代から、大勢の前に立つと声が震え、頭が真っ白になってしまう。


「……だめだ、うまくいく気がしない」


 不安を抱えたまま向かったのは、ヨガスタジオ「ルナ」だった。


* * *


「今日はライオンのポーズをやります」


 沙月の落ち着いた声がスタジオに響く。


「ライオンのポーズは、腹の底から声を出し、自分の内にあるエネルギーを解放するポーズです」


 彩乃は戸惑った。


「……声を出すんですか?」


「そう。お腹の奥にある力を、遠慮なく出すの」


 指示通り、膝をついて座り、両手を床につく。


「では、大きく息を吸って……口を大きく開きながら、『はぁーっ!!』と、声を出してみましょう」


 スタジオ中に、他の生徒たちの力強い声が響いた。


 彩乃も試してみる。


「はぁーっ……!」


 最初は戸惑いながらだったが、二回、三回と繰り返すうちに、喉の奥が開けていくのを感じた。


「もっと、お腹の底から!」


 沙月に促され、思い切り声を出す。


「はぁーっ!!!」


 自分でも驚くほどの声が出た。


 喉の奥にあったモヤが晴れるような感覚。


 彩乃は、息を整えながら、心の中にある恐れが少しずつ薄れていくのを感じた。


* * *


 翌日。


 プレゼンの時間。


 会議室には、部長や役員たちが揃い、緊張感が漂っていた。


 彩乃は深呼吸をする。


 昨日のライオンのポーズを思い出し、腹の底にあるエネルギーを意識する。


 ゆっくりと口を開く。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます——」


 ——声が、震えなかった。


 自分でも驚くほど、しっかりと通る声。


 プレゼンが進むにつれ、自信が湧いてくるのがわかった。


 気づけば、役員たちが真剣に頷いている。


 プレゼンが終わると、会議室に拍手が響いた。


「素晴らしい企画だった。説明も非常に分かりやすかったよ」


 部長の言葉に、彩乃の胸が熱くなった。


(私は、ちゃんとできたんだ——!)


 あのライオンのポーズが、自分の中に眠る力を引き出してくれた。


 彩乃は、昨日のヨガスタジオでの自分を思い出しながら、小さく笑った。


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