5話 記録
むかーしむかしあるところに若いお爺さんと、若いお婆さんが住んでいました。
若いお爺さんの名前はソウシと言い、若いお婆さんの名前はミワと言った。
2人は日常を仲睦まじく過ごしており、毎日が幸せだった。
そんなあるとき2人に悲劇が襲う。
それは――
「毎日が等しく幸せなことだ!!」
「幸せならそれでいいじゃん!!」と思ったそこのあなたm9(^Д^)
んなわけないから!なんごともマンネリ化するんだから!
これだから恋愛経験のないやつは……とか言うといまどき叩かれかねんから「やってみればわかるよ。」って言っておこうかな。
ともかくこれは大大大大大問題である。
恋のマンネリ化ほど恐ろしいものはない。
だって下手したら「新しい恋がしたい」とかなんか言われて別れちゃうかもしれないんだよ???まぁ、ソウシさんに限ってそんな事するとは思えないけどね?
でも、万が一って考えちゃうでしょ?だからこのままじゃあ良くないわけよ。
だから私、ちょっと仕掛けることにしたの。
「ねぇソウシさん。ちょっとお出かけいきません?」
「珍しいね。どこ行きたいんだい?」
「んふふ。秘密。」
「そうか~秘密か~。」
「だから外に出る準備だけしてもらえるかしら。」
「あぁ、わかったよ。」
こうして2人、外出の準備をする。
お化粧もして、ポーチもまとめて、お洋服を選んで……
ここでちょっとひと試しするとしましょう。
「ねぇねぇ、ソウシさん?どちらのスカートの方が似合うと思います?」
女性から受ける面倒くさい質問のど定番。
どっちを選択しても不正解にさせられるこれ。
花柄のスカートがいいか、無地のスカートがいいか。
ソウシさんはどう答えるのかしら。
「そうだねぇ。僕はどっちも似合うと思うけど、無地のほうが好きかな。」
「ほうほう。」
「今日君が着ようと思っているのは、その黄色のカーディガンだろう?それに合わせるんだったら僕は無地の方が君に似合うんじゃないかな?」
「な、なるほどね。」
「どうかな、満足のいく回答だったかな。」
個人的には文句の"も"の字もない。
自分の意見を伝えつつアドバイスまで!?
しかも、着たい服の先読みまでしてやがる。
「びっくりしたよ、君がそんな質問をするだなんて。」
「にしては、回答が完璧すぎないかしら。」
「そう言っもらえてうれしいよ。」
「ほんっと食えない人。」
「これもまた一味。」
ソウシさんに選んでもらった服に着替え、支度し、玄関へ。
靴を履いて、既に準備の終わっているソウシさんの手を取って立ち上がる。
「さて、どこに行きたいのか分からないから、案内お願いで来るかい?」
「えぇ、もちろん。」
ソウシさんの手をぎゅっと握り、二人並んで歩むのでした。
――――――――――――――――――――――
「ねぇねぇ、ソウシさん。」
「ん。どうしたんだい?」
飲もうとしたお茶のペットボトルおろし、首をかしげてこっちを見る。
「このポーチ、重たーい。」
「んぐふぅw」
「なにぃ?!」
「いやw別にwはははwwお茶を飲む前でよかったww」
「ちょっと!何が面白いの?!」
「いやーwごめんよwついねw」
ソウシさんは珍しくげらげら笑っている。
ポーチ持ってほしいってそんなにおかしい言葉だったかしら?
私は不思議に思いつつ、差し伸べてくれた手に、ポーチを預けた。
「あーw笑った。……で、どこまで歩くつもりだい?」
「駅まで。」
「駅? じゃあ、この道じゃないんじゃないかい?」
「いいの。せっかくのお出かけなんだから。ね?」
「なるほど。」
ソウシさんは私の手をぎゅっと握り直し、静かに隣を歩いてくれる。
私達2人とも口数が多い訳では無い、だからといって寂しいとも思わない。
2人並んで歩くだけで幸せだから。
――――――――――――――――――――――
「少し休憩するかい?」
「そのつもりよ。」
まずついたのはきれいな池のある公園。
スワンボートや釣り場もある、、が正直私たちはそれに興味はない。
私たちが行きたいのは"ベンチ"。
ここが1番チルできる憩いの場所。
「やっぱりここなんだね。」
「そりゃあね。何回ここに来てると思ってるのよ。」
「たしかにそれもそうだね。」
2人して同じベンチに座る。
スペースに余裕はあるけど”あえて”詰めて座る。
私はそっと深呼吸をした。
すうっと吸い込んだ空気は、どこか甘くて涼しい。風のにおい。
「この公園も、ちょっと変わったね。」
「ん、そうだね。芝生が前より汚くなってる。」
「ここのベンチも、少しガタつく気がするわ。」
「僕らの体も、がたは来てるのかな。」
「どうかしらね。中身は変わってないと思うけど?」
「じゃあ、もっと深みが増したってことかな。」
「ふふ、それなら、許してあげる。」
な~んでもない休日。
今日はこのままでもいい気がする。
明日も明後日も、来月、来年、生涯、このままでいい気がする。
……いやいやいやいや!今日はソウシさんを試してるんだから。
ソウシさんのお茶を一口飲み、立ち上がる。
「さ、行きましょ。」と”私から”手を差し伸べる。
ちょっと驚きつつも「あぁ。」と言ってその手を取ってくれるソウシさんなのであった。
――――――――――――――――――――――
改札を抜け、ホームへと続く階段を下る。
ホームに立つと、微かに線路から風が吹いてきた。
どこからともなく届く鉄と油の匂いがする。
電車の音が、遠くからだんだんと近づいてくる。
線路が震えるように響きはじめて、風も少し強くなる。
そして、列車がホームに滑り込んできた。
私たちは乗り込む。
車内は、空いていた。静かで、落ち着いていて、少しだけ眠たくなる空気。
窓際の二人がけのシートに座ると、私はなんとなく、ソウシさんの肩に体を寄せた。
ソウシさんの肩にそっと頭を預ける。
硬くもなく、柔らかすぎもしない、ちょうどいい“よりかかり”だった。
目を閉じると、車輪の音が静かに耳に入ってくる。
カタン、トクン、コトン、トクン。
電車の音と、どちらの音かもわからない心音が、心を落ち着かせてくれる。
安心のリズム。いつしか、その音に包まれながら、私は眠りへと落ちていく。
ぼんやりと夢の手前で、ソウシさんの手が。私の手を包む。
静かに、けれどしっかりと繋がれる手。
何も言葉はないけれど、それが答えだった。
「……着いたら、起こしてね。」
そう言ったかどうかも、もう曖昧だった。
「え?どこに?ちょっと……!!」と、聞こえたような気もするけど、睡魔には敵わないのだった。
――――――――――――――――――――――
「着いたよ。」
その一言で目が覚める。
見るとそこは乗り込んできた駅と同じ場所だった。
空も夕焼けでかなりの時間寝ていたみたい。なのに、今だ電車の中、、つまり……?
「終点まで行って戻ってきたの?!」
「あまりにもミワさんがすやすや眠っているから、起こすのもなぁ……って思ってね。」
「だからってこんな時間まで寝かしておかなくても……」
「ははは、それはそうかもね。」
まったくもう、と言いながらも、怒る気はない。
仕方なく電車を降りて帰路につく。
はぁ、今日の計画が台無しじゃない。まぁ、私のせいなんだけど。
「ソウシさんごめんなさいね。」
「なにが?」
「お出かけしようって言って、ほとんど電車に揺られるだけで終わっちゃって。」
「いいよ別に。」
ソウシさんは笑って返してくれる。
私はその笑顔の裏に何があるかは分からない。
いくらメモリー・メモリで生活が便利になったとしても、人の心までは見透かせない。
「はぁ……。」
「どうしたのミワさん、何か困りごと?」
「実は……。」
そこまで言って言い淀む。
けど、言わないと変わらないことも事実。
「実を言うと、ちょっと、今日は、ソウシさんを試してみたかったの。」
「試す?」
「そう。」
「どおりでw」
「わかってたの?」
「多少ね。」
それでもソウシさんは笑っている。
「なんか、変だな~とは少し思ってたけど。」
「いつからわかってたの?」
「お出かけの準備中ぐらいからかな。」
「いっちゃん最初じゃん!!」
「ははwそうだね。」
「ごめんなさい。試すような真似して。」
「いいよ別に、楽しかったし。」
「楽しかった?」
「電車の中で楽しまさせてもらったよ。」
そう言ってスマホをちらつかせる。
「動画でも見てたの?」
「いいや。」
「じゃあ何を?」
「写真撮っただけだよ。」
「え。」
「もちろん、君の寝顔のね。」
と言って私の手をするりと抜けて走り出す。
まるで「消してほしければ盗ってみな」と言わんばかりに。
「ちょっと!待ってください!」
「やーだよー。」
「恥ずかしいから消してください!!」
そこからはもう家まで鬼ごっこだった。
オレンジに輝く私のカーディガンと私の頬。
どちらの方が赤に近いかは今でも忘れられない記録。
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