第2話 動物たちに拾われた。


 僕を拾った狼は、どうやら銀狼ルガウル族という種族らしい。

 銀狼に咥えられて、森をしばらく進むと、銀狼の住処らしき場所へとたどり着いた。

 そこは静謐な洞窟で、他にもたくさんの銀狼たちが跋扈していた。

 しかし、僕を拾った狼が一番大きく、他の狼たちはそれよりも一回りほど小さい。

 どうやらこいつがリーダー格のようだ。


「ウル様、なんですかその籠は……?」


 僕を拾ったリーダー狼は、ウル様と呼ばれていた。

 銀狼ルガウル族のウルか……。

 かっこいい。

 ウルは答えた。


「人間の赤ちゃんだ。さっき森で拾った」

「もしかして、食うんですか? ひゅう、今夜はごちそうだ……!」


 なんて小さい狼たちが喜びの声を上げる。

 やばい、やっぱり僕、食われてしまうのか……!?

 しかし、ウルは下っ端たちを咎めるように言った。


「バカやろう。食うわけないだろう。こんなに可愛いのに」

「じゃあ、どうするっていうんですか……?」

「育てるんだよ。かわいそうだろ? このままじゃ、死んでしまう」

「育てるって……ウル様がですか? あの狂狼と呼ばれたウル様が? ウル様に、そんなことできるんですか?」


 ウルはむかっときながらも、図星だという顔をする。


「う……確かに……。俺に子育てなんてできるのか……?」

「だったら、森の神獣しんじゅうおさたちの力を借りるというのはどうでしょう? せっかくウル様も神獣長の一人なんですし」

「あいつらか……。気は進まないが、まあそうするしかないか……。ミントラビィなんかは子育てとか得意そうだしな」


 神獣長ってなんだ……?

 ていうか、こいつらは神獣っていう存在なのか……?

 知能も高そうだし、どうやら普通の獣ではなさそうだな。

 ミントラビィってのは、ウサギの神獣のことなのかな……?

 わからないことだらけだ。

 

「ウル様、神獣長の会合にもあまり顔を出してないようですし……。みんな心配してましたよ?」

「ふん、余計なお世話だ。俺はどうもウサギだのヒツジだのと仲良くするのは性に合わねえんだ」


 たしかに、狼がウサギやヒツジと仲良くしている姿はあまり想像がつかない。

 

「そんなウル様が子育てをねぇ……みんな驚くでしょうねぇ」

「うるせえ。とにかく俺は、『神獣の眠る谷』へ行ってくる。あいつらと子育てについて相談してくるから、留守を頼んだぜ」

「すぐに放り出さなければいいですけど……」

「放り出すかよ。この子は拾った俺が、責任を持って育てるんだ」


 ウルはそう言って、狼の巣である洞窟を出た。

 『神獣の眠る谷』……それってどんなところなんだろうか……?

 さっきの洞窟もやけに神秘的だったし、ここは不思議な森だ。

 そういえば僕を捨てた連中は、ここを『封印の森』だとかって呼んでたな。

 もしかしたら、なにか特殊な森なのかもしれない。


 

 ◆



 森のさらに奥を行ったところ――。

 そこは、静寂に包まれた神秘の地だった。

 鬱蒼とした封印の森を抜け、霧のかかった岩の裂け目を抜けた先。

 断崖に囲まれた窪地に、ぽっかりと『谷』が存在していた。

 ここが、『神獣の眠る谷』――。

 天空からは、まるで谷の底だけを照らし出すように、柔らかな日が差している。

 

 ウルが僕を連れてやってくると、谷にいた何体もの動物たちが、僕たちに群がってきた。

 たくさんの白いもふもふたちが、僕とウルを取り囲む。


「ウル、久しぶりに顔を見せたと思ったら……。まあ、可愛い赤ちゃんね。どこから来たの?」

  

 そう言って僕のほっぺたをつんつんと触るのは、ウサギのようなもふもふ獣。

 純白のロップイヤーに、羽が生えたウサギの神獣だ。

 おそらくこのもふもふが、さっきウルの言ってたミントラビィ族の族長なのだろう。

 

「ラビィ。俺の子に勝手に触るんじゃねえよ。怪我でもしたらどうする」

「あら、あなたと違って私にはするどい牙も爪もないもの。怪我なんかさせないわ」


 どうやらミントラビィの族長は、ラビィというみたいだ。

 ラビィの後ろには、一回り小さなウサギたちが何体も待機している。

 それぞれの種族の族長は、他のもふもふよりも体が大きく、知能も高いようだった。

 彼らが神獣ということだろうか。


 ウルとラビィが話していると、そこに割り込むように入ってきたのが、熊のもふもふだった。

 茶色くて大きなその熊は、もふもふというよりかは、もちもちしている感じで、触ると気持ちよさそうな毛並みをしていた。

 二足歩行で歩いてきて、熊は言った。


「人間の子を連れてきたんだって? 可愛いね。ぼくたちで育てようってことかい? だったら手伝うよ」

「ああ、ベアトリス。そうだよ。察しがいいな」


 どうやら熊の名前はベアトリスっていうらしい。

 ベアだからベアトリスか、面白い。

 でも一人称がぼくだし、雄の熊なのかな?

 ベアトリスって、女性の名前だよな……?

 もしかしたらぼくっ娘なのかもしれない。

 ぼくっ娘の熊さんも、なんか可愛くていいな。


「でも、ぼくたちで人間の赤ちゃんを育てるなんてできるのかな?」

「ああ、俺一人じゃ無理だ。だからここに連れてきた。神獣長……みんなの力を借りたいんだ。いいか?」

「ぼくはもちろん、いいよ」


 ウルの申し出に、みんな笑顔で快諾した。

 ラビィだけは、


「ウルが私たちにそんなこと言うなんて、ほんとうに珍しいわねぇ。よほどこの赤ちゃんが気に入ったのね。もしかしたら明日、雪が降るんじゃないかしら」


 と、少しウルをからかった。

 けどウルは、いたって真剣に、

 

「まあな……。だって、とっても可愛いだろう?」


 と愛おしそうな目で僕を見つめた。

 

「うふふ、そうね。ほんとうに、可愛くて……。守ってあげたくなるわ」


 ラビィに優しく頭を撫でられる。

 他のもふもふたちもみんな、本当の親のような優しい目で僕を見つめてくる。

 なんだか、守られていて、すごく安心できる空間だった。

 この世界にきて、僕は始めて心から安心することができたような気がする。

 それだけ、もふもふたちからは深い愛情を感じる。


 女神が言ってた。

 僕は元から、もふもふたちから愛される体質だって。

 たくさんのもふもふたちに囲まれて、僕は今とても幸せな気分だった。

 一時は捨てられてどうなるかと思ったけど、ウルに拾ってもらえて、ほんとうにラッキーだ。

 

「ほら、この子も笑っているわ」


 ラビィはそう言って、僕の顔を覗き込む。

 どうやら僕は無意識のうちに、笑顔で赤ちゃんスマイルをキメていたようだ。

 僕のとびっきりの赤ちゃんスマイルに、もふもふたちもみんな癒され、和やかなムードが生まれる。

 そのときだった。

 急に、お腹が空いたのか、僕のお腹が「ぐぅ」と小さく鳴った。


「まあ、可愛い音……!」

「お腹が空いているのかな……?」


 ラビィとベアトリスが僕のお腹を覗き込む。

 僕も自分でお腹が空いたと自覚したとたん、なんだか無性にミルクが飲みたくなってきた。

 それと同時に、涙が抑えきれなくなって、溢れてしまう。

 まあ、赤ちゃんだし、お腹が減って泣いちゃうのは仕方ないよね。


「ふぎゃあああああああ! ふぇえええええええん!!!!」


 自分でも大の大人がみっともないと思うが、ギャン泣きしてしまう。

 精神はこの通り大人でも、身体が赤ちゃんだから、抑えることなどできない。

 さっきまで和やかだったもふもふたちも、僕が泣いたことで大慌てで狼狽しだす。

 狼だけに、狼狽……。


「お、おい……泣いちゃったぞ……!? どうすればいいんだ……!?」

「たぶん、お腹が空いているのよ」

「お腹って……人間の赤ちゃんってなにを食べるんだ……??」

「そんなこと言われたって、私だって人間の赤ちゃんなんて育てたことないもの……。わからないわよ……」


 ウルとラビィが困っていると、後ろのほうで見物していたフクロウのもふもふが、手――というか翼をあげた。


「おうなんだ、ローエンのオッサン。なにかアイデアがあるのか?」

「これはこれはウルさん。気づいていただきありがとうございます。フローエン族が長、このローエン。一つ愚考したので、語らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 フクロウのもふもふは、フローエン族のローエンという名前らしい。

 なんだかとても賢そうな口ぶりだ。

 たしかにフクロウと言えば、知識豊富なイメージがある。


「ローエン。前置きはいい。さっさと言え」

「では……そちらの赤子にメリノンのミルクを与えるというのはどうでしょうか?」

「なるほど、確かにメリノンのミルクなら……! おいメリー。いるか?」


 ウルがメリノンのメリーを呼ぶと、羊のもふもふがゆーーーーっくりと手をあげた。

 メリノンはクリーム色の巻き毛に覆われた、ふわっふわの大型羊だった。

 大きな垂れ耳と、淡いパステル色の角が特徴的だ。


「はぁい。私ならここにいますよー。うふふ」

「まったく、お前は相変わらずマイペースだな。それで、乳は出るのか?」

「はぁい。ちょうど、うちの子供が生まれたとこよー。飲めるかしら?」

「試してみよう」


 すると、羊のメリーは二足歩行で僕を抱き上げて、僕に授乳してくれた。

 僕は差し出されたそれを、美味しくいただいた。

 うん、美味しい……!

 思わず僕は、また赤ちゃんスマイルを披露していた。


「うふふ、どうやら大丈夫みたいねぇ」

「よかったぁ……ありがとうな、メリー」

「いいのよぉ。これからも私に任せてねぇ」

「ああ、頼むよ」


 お腹もいっぱいになって、ひと段落したころ。

 こんどはおむつのほうが限界になって、僕はまた泣いてしまった。

 おむつが汚れて、気持ちが悪い。


「あらら、また泣いちゃったわねぇ……」

「ど、どうすればいいんだ……?」

「今度はおむつかしらねぇ……」

「お、おむつって……。人間のおむつなんてここにはないぞ……!?」


 またラビィとウルが狼狽える。

 そこにローエンが知恵を差し出した。


「今度は、メリノンの【しあわせ羊毛】をおむつに加工するというのはどうですかな?」

「それだ……! でも、加工かぁ……」

「メリノンの毛をいただければ、私が錬金術で加工しましょう」


 どうやらローエンは錬金術まで使えるみたいた。

 ただのフクロウじゃないらしい。

 さすがは神獣長……賢いな。

 

「よし、頼む。メリー。毛をもらってもいいか?」

「もちろんよぉ。こんなのすぐに生えてくるから、どんどん持っていっちゃてぇ」


 すると、メリーは身体に力を込めた。

 その瞬間、ぼんっと、メリーのもふもふな身体がもう一回り大きくなる。

 わあ、びっくりした……!

 そして、メリーの身体から、もふもふの羊毛がもあもあっとこぼれ落ちたではないか……!

 すごい、どうやらこれがメリーの特殊能力のようだ。


「ありがとう。じゃあローエン、これをおむつに加工してもらえるか?」

「かしこまりました。では……! えい……!」


 ローエンがメリーの【しあわせ羊毛】になにやら植物のような素材を合わせ、魔力のようなものを込めると、錬金術が発動した。

 そして、完成したのが――。


「できました……! 【あったかおむつ】です……!」

「ありがとう! えーっと、どうやって取り換えればいいんだ……」


 とまた、ウルは狼狽えてしまう。

 ほんと、狼だけによく狼狽えるやつだな……。


「もう、かしなさい。私に任せて」


 そういってウルからあったかおむつを取り上げたのは、ラビィだった。

 ラビィは活発な少女の口調だったから、高飛車な印象があったけど、意外とけっこう家庭的で、母性の強いタイプらしい。

 ラビィは上手に手際よく、僕のおむつを取り替えてくれた。

 新しいあったかおむつは、とても心地がよかった。


「もう、ウルったら。こんなので父親がつとまるのかしらねぇ……」

 

 ラビィはあきれて言う。

 その言葉に、ウルははっとして、少し照れた表情になる。


「父親……そうか……。この俺が……父親か……。へへ……」

「うれしそうね」

「まあな。じゃあお前が母親か」

「なによ、あんたと結婚するつもりなんかないからね……!?」

「わ、わかってるって。そういう意味じゃねーよ馬鹿」

「まあ、ここにいる私たち全員が父親で、母親。そういうことでいいんじゃない?」

「ああ、そうだな」


 こうして、僕は神獣長たち――賢いもふもふたちに育てられることになったのだ。

 拾ってくれたウルには大感謝だし、他のみんなにも大感謝だ。

 とくにメリーはお乳もくれた上に、おむつまでお世話になった。


「ところで……この子、なんて呼べばいいのかな?」


 熊のベアトリスがウルに尋ねる。


「そうだな……。そういえばまだ、名前を決めてなかったな……。どうする?」

「あんたが拾ってきたんだし、あんたが名付けなさいよ」

「わかった。よし……この子の名前は『リュカ』だ……!」

「リュカ……。か。うん、リュカ……。いい名前ね……。よろしくね、リュカ……!」


 僕のリュカとしての新しい人生は、ここで始まった。


 

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