第11話 オーバードーズの夜 1
慶一は週に二度ほど共同アパートを訪れるようになっていた。
時には食べ物を持って行き、時にはただ彼女たちの話を聞いた。瞳、いや、レナは徐々に慶一に心を開くようになり、新潟での生活について話すようになった。
「お父さんは塾の先生なの。だから勉強ができないと価値がないって思ってる。毎日毎日、勉強しろって。一度でも点数が悪いと…」
レナは言葉を切った。その先を想像するのは、そう難しくなかった。
「アパートは自由だけど、時々怖いときもある」レナは付け加えた。
「でも、ここなら誰も私に何も期待しない。それがいい」
アヤメは黙ってそれを聞いていた。
彼女もまた、家族の話をほとんどしない。たまに父親の話が出ると、急に表情が暗くなる。慶一は、そこに触れないよう気をつけていた。
夏休みも半分を過ぎた夕方、いつものようにドアをノックすると、開いたドアの向こうには見知らぬ顔ぶれがいた。
男子二人に女子一人、皆10代後半といった風貌で、壁際のマットレスで何かを回し吸っている。
「え、誰?」一人が怪訝そうな顔をした。
「アヤメは?」
「ああ、AYAME16ね」別の男子が立ち上がった。「ちょっと出てる。レナも一緒」
「いつ頃戻る?」
「さあね」男子は肩をすくめた。
「誰?彼氏?」
慶一は曖昧に頷くと、部屋から出た。
廊下にはドアが五つほど並んでいて、どこからともなく音楽の音と人の声が漏れ聞こえる。この建物全体が同じような若者たちの巣窟なのだろう。
三十分ほど外で待っていると、遠くから二人の姿が見えた。アヤメと瞳だ。
コンビニの袋を提げていて、なにやら談笑している。
慶一に気づくと、アヤメは手を振った。
「慶ちゃん!来てたの?待った?」
「ちょっとね」
「ごめんね、ちょっとコンビニ行ってた」アヤメは袋から缶コーヒーを取り出して慶一に渡した。「これ、あなたの分」
「ありがとう!」
「部屋、入った?」瞳が尋ねた。
「うん、でも他の人がいたから…」
アヤメが顔をしかめる。「また勝手に入ってきたんだ。鍵閉めたつもりだったのに...」
三人で部屋に戻ると、先ほどの三人組はまだいた。
アヤメが明らかに機嫌を損ねているのに気づき、彼らはぞろぞろと出て行った。
「友達?」慶一が聞くと、アヤメは首を横に振った。
「同じビルの住人。最近よく勝手に入ってくるの。鍵も壊れかけてるし...」
瞳が無言でゴミを片付け始めた。
「手伝うよ」慶一も立ち上がった。
三人で部屋を少し片付けながら、慶一はこの共同生活の実態について聞いた。
アヤメは深夜のコンビニでバイトをしているらしい。瞳はまだ年齢的に雇ってもらえず、主に町でもらったチラシ配りなどの単発バイトをしていた。
「でも、本当に大変そうだね」慶一が言うと、アヤメは意外なほど明るく笑った。
「大変だけど、自由よ。親に監視されて、『何やってるの?』『どこ行ってたの?』って聞かれない。好きな時に好きなことができる」
「そうだよね...」瞳も小さく頷いた。
「私なんか、勉強の成績が悪いだけで棒で叩かれたもん。ここなら誰も私をどうこう言わない」
「親元って大変だったんだ...」慶一は言いながら、のり子との生活を思い出していた。
確かに母親は「どこに行ってた?」なんて聞いてこなかった。でも、それは関心がなかったからなのか?それとも自由を尊重していたからなのか?
「でも、やっぱりさ...」アヤメが急に真面目な顔になった。「時々、帰りたくなる時もあるよ。いつも腹が空いてるし、お風呂もろくに入れないし...」
「そういうところは大変そうだね」
「うん...」アヤメは遠い目をした。
「たまに、ちゃんとしたベッドで寝たい時とかあるよ。でも、それは...」
瞳が突然、苛立ったように立ち上がった。
「私は絶対帰らない!絶対に!」
そして瞳は部屋を飛び出していった。扉が乱暴に閉まる音がした。
「レナ...」アヤメはため息をついた。「まだ傷が深いんだと思う」
アヤメは慶一の方を見た。が、…その目は、急に…透明感を失っていった。
「慶ちゃん、私のバッグ取ってくれる?」
慶一は黙って、彼女のバッグを渡した。アヤメはそこから小さな風邪薬の錠剤を一握り取り出し、一瞬慶一に背を向けて、瞬く間に口に入れた。
「な、おい!…飲み過ぎじゃないか!?」
「大丈夫…」彼女は振り返り、無理に笑った。
「生きるために必要なだけ…」そう言いながら、アヤメの瞳孔が開いていくのが分かった。
彼女の呼吸が落ち着き、先ほどまでの緊張感が溶けていくように見えたが、手が震えている。
「ガシャャーン!!」
部屋の外で大きな音が響いた。慶一とアヤメは咄嗟に外に出た。
廃ビルの非常階段を駆け下りる…
1階の床に
瞳が床に仰向けに横たわり、小刻みに震えていた。
「瞳!!」
「レナ!!レナ!!」
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