第26話

それなりに年次を積んで、投資銀行の業務の忙しさには慣れてきていたが、大型の案件が重なったのと後輩のフォローにも追われて、とにかく寝食を削って仕事をしていた。


自分は体が丈夫な方だと思っていたし、その状態が辛いとも感じていなかったが、やはり人間の体には限界があるらしい。



1つ大きな契約をまとめて、相手方の財務担当者への挨拶を終えたところで、ああ、これはちょっとやばいかもな、と思った。


客先のオフィスビルでダウンしたことなんて、後にも先にもあの一回だけだ。



「ええと、じゃあ、少しお休みになってください。このビルにお勤めの方じゃ、ないですよね?私、黙ってここに座っているので」


「え?」


「お昼休み、まだ30分くらいありますし。気休めかもしれないけど、少し目を閉じてるだけでも、マシになると思います」


「そんな、お気遣いなく。自分ももう、社に戻ろうとしていたところですので」


「でも、喋るのもつらいって顔、されてます。」



彼女はやっぱり困ったように眉を下げて、小さな子どもに言い聞かせるように柔らかく微笑んだ。

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