◆第27話 親愛なる
舞台の上、もう一人の登場
今は声もなく、くたっとしたままのパペット――パペタ氏だ。
床から起き上がった銀花はさっきから喋らない彼に生じている事柄が薄っすらと分かりかけている。役割が終わりに近づいている。
銀花は胸のうちで語りかける。
――危ないところを助けてもらったね。
――私なしでもきっとうまくやったと思いますよ。
事件。そう、事件と呼んでもいいはずの出来事の後、銀花は夢の中にいた。
そうすることで自分を守っていた。10歳よりずっと幼い、多分、4、5歳の頃の自分になりきるごっこ遊びをして痛みを感じないようにしていた。
そうさせたのはパペタ氏である。
銀花が夢に落ちると同時に、記憶を取り上げ、慎重に改ざんした一部を返した。
――ふつうなら怒るところかもしれないけども、まあいいよ、ありがとう。
――きっと記憶を操作しなくても銀花は立ち直れたと思いますよ。
パペタ氏は嘘をついている。彼がそうしなければダメだっただろう。
人格を持つに至ったパペタ氏の声が少しずつ遠ざかる気配がする。今銀花は10歳に戻ったはずなのに子どもじみたことを言ってみる。
――まだ、もう少し一緒にいてよ。
――元の遊び相手に戻るんですよ。
お別れというほどのことではない、と言うように。
パペタ氏はこのまま何も言わずに去るつもりだと銀花には分かる。
自分のいいところを見て欲しいと思った。泣きじゃくる姿ではなく。
きっとパペタ氏は全てを理解している、としても。
銀花は固く眼をつむった。うっかり転ばないように両足に力をこめる。
彼が消えてしまう前に自分から言いたい。
抱いている気持ちを胸のうちで形にする。
つむっていた眼を開いて、笑みを見せた。
「パペタ氏、さよなら。今までありがとう」
別れを告げた瞬間、ふんわりとやわらかい彼の姿は黒い砂粒の塊に変わる。
そしてギャラリーから強く吹きつける風に流されて崩れてゆく砂粒は、空中に漂う間もなく消え失せた。
残ったのは銀花の小さな右手だけだ――パペットはいない。
彼のクマの姿も銀花の空想が生み出したものだ。
自分の右手をクマのパペットだと言い張る銀花は、隻海たちにはどれほど変に映っただろう。
彼女たちはからかうこともせず、銀花にパペットがいるように扱ってくれた。
銀花はまだ自分の手を眺めている。
耳に馴染んだ彼の声を期待する気持ちを抑えて笑顔を保ったままでいる。
「行こう」
右手をそっと下ろし、銀花は短くそう言った――。
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