◆第6話 大人はいない
チャイムが鳴っている。
みんなタブレットを出したので、銀花も鞄の中から出した。
起動が長い。現れた画面には新着通知の鈴が揺れている。朝起きた時に見ていれば、こんなに慌てて合宿に参加することもなかったのか。
(合宿の開始について)
ミーティングの画面は分割されている。4人と、もう一つは灰色のまま。銀花たちは向い合せた座卓にタブレットを立てて置いている。画面に顔が並ぶ。銀花は自分も映っていることに安心した。今の世界で銀花は別人になっている可能性だってあったのだ。幽霊みたいに鏡に――カメラに映らないとかも。しかし自分の姿はいつもと変わらない。
灰色だった部分が切り替わって、メンフクロウの画像になる。白いお面を被ったみたいなフクロウは喋り出しそうな雰囲気だ。実際、メンフクロウは【院長】と名乗った。単なるアバターだ。本当にフクロウが喋っているわけじゃない。とか考えているうちに、隻海が【再生院の院長】ということを教えてくれた。ぽかんとした顔を銀花がしていたからだろう。おかげで、院長が本当にメンフクロウなわけじゃないと分かって無駄な混乱は静まる。きっとお気に入りのアバターを使っているだけだ。でもいちおう聞いてみたらダメだろうか。銀花の空想を、院長の落ち着いた声が止める。
「願い事を決めて刻印機で自分で刻印すること」
隻海がすぐに「分かりました」と返事する。彼女は優等生なのだ。
刻印機、というのは体育館の中央のやつだろうか。
平たくて四角い機械が置いてあるのに気付いてはいた。校外学習で博物館に行った時に見た古い機械――蓄音機やタイプライタ―に似ている。
「問題ありません」隻海が言い切る。
でも、隻海は言わなかった。理由は分からない。グループ内に「問題」は確かにある。嘘をついてかばってくれたのかと思うと、ミーティング中だけど銀花は少し泣いた。
みんながタブレットを閉じてすっかり軽くなった空気の中。
「良かったんですか?」パペタ氏が隻海に聞いた。
何のこと? という口元の隻海。
そういえば、ミーティング中も彼女はアイマスクのままだった。
離々はドレスだし、黒土はパジャマだから違和感はない。
「願い事が決まればいいのよ」何でもないように隻海が言った。
「聞かれたら俺は言うつもりだった」
「あなた、嘘をつくのが下手そうだからね」
やり取りを眺めるだけの銀花は愛想笑いを浮かべている。
「願い事ってどうやって決めるんです?」
パペタ氏が聞いてくれた。
ケーキのレシピを教えてくれるような、絵本を読み聞かせてくれるような隻海の唇が動く。
銀花は自分が小さな子どもになったような気持ちで聞いた。
「願い事を決める方法は……、じゃあ今から4人で考えましょう」
何をして遊ぶか、みたいに隻海は言った――。
**
「最初にシグナルを挿し込むの、次はこのダイヤル――」
隻海は刻印機を操作しながら説明してくれる。機械の引き出しはカチッ、カチッ、と音を立てて動く。手前に備えられた透明プレートにはシグナルの輪郭と、中味には沢山の
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「まず、氏名」
ダイヤルは回すコツは少し力を入れることらしい。硬いゴムをひっかくような音を立てる。ポインターの長い針に比べてダイヤルの文字を指す針は短く、時計みたい。A、B、C、D、E、F、G――。短針が示すアルファベットが回ってゆく。
短針はダイヤルのH――隻海が機械の横に付いたレバーを勢いよく引いた。
ガッチャン。銀花が眼をむく中で隻海は更にダイヤルを回す――I。
ガッチャン。彼女がまた力を込めてダイヤルを回す間に銀花はようやく悲鳴を上げた。でも。
「大丈夫、大丈夫、落ち着いて。シグナル入れてないから」と隻海が謝る。
そうなのか。びっくりした。彼女は操作を続けて名前を打ちおわる。
「一行目に氏名を入れたら――」
ガッチッ、と引き出しを下げると、ポインターは次の行に移った。
「二行目に
願い事を刻印すればいい――。
「やってみる?」
機械の前に座って銀花も三行目――JAPANまで空で打ってみた。刻印機の操作には慣れた。
ガッチッ――引き出しをスライドさせる。
ポインターを四行目の左端に当てて銀花は思案する。
願い事をしたら、次の4月には【大人】になる。
願い事をできなくて苦しい。でもこのまませずに生きてたらダメだろうか。
そうすると【再生院】に行くことになる。つらい暮らしをするらしい。
隻海が一緒にいてもダメなら、自分一人では無理だ。
【再生院】に行く時、ちゃんとお別れを言って笑顔を見せられるだろうか。
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