6‐2.腕試しとお説教


 サクッと部屋の片付けを済ませてお茶の時間である。

 ルガートはさすが騎士というべきか、部屋の掃除も段取りよくきっちりとこなしていた。むしろ手伝う俺たちを邪魔そうにしていたくらいだ。

 護衛対象のフィオレッタ相手にも遠慮のない態度を隠さないのはどうかと思うが、まあこのくらいの人間の方が俺としてもやりやすい。


「甘いものは嫌いか?」


 せっかくフィオレッタが焼いた菓子なのだが、ルガートは先ほどから茶で喉を湿らすばかりで手をつけようとしない。いらないなら俺が食べるぞと、言外に伝える。フィオレッタは我関せずと何やら本に夢中である。


「いや、お前のことを考えていた」


 菓子も食べずに俺のこととは。これは喜んでいいことなのか? 渋面を浮かべる俺に、ルガートが続ける。

 

「魔剣使いゴート、お前の実力を見たい。まさか剣の素人とは言わないだろう?」

「当然だ」

「あまり暴れすぎないようにね」


 フィオレッタはお茶を飲みながら本のページを捲っている。俺たちの手合わせにはまるで興味がないらしい。

 

 何とも気の抜ける注意を背に庭に出る。

 

 訓練とはいえ集中してやりすぎることもありうる。だから先に注意事項だけは伝えておかないといけない。

 庭の一番広いエリアに立ち止まり、ざっくりと境界線を指し示す。


「そこから先は畑だから、踏むと怒られる。気をつけろ」

「……まあいい。了解した。私とて魔女どのに怒られたくはないからな」


 それにしても、一応フィオレッタ相手には敬意を抱いてはいるようだ。俺相手の雑な会話とは違って敬語を使っているし。

 

「で、武器はと……。ちょっと待ってろ、適当な棒切れがあったはずだ」

「何を言っている? 魔剣使いの腕を見るのになぜ棒切れを使う発想になるのだ」

「……それもそうだな。手加減は──」

「できるものならすればいい」


 随分と自信があるようで。ならばと気にせず魔剣を抜く。相変わらず薄気味の悪い赤と紋様が蠢く。囁き声がうるさい。人相手でも、殺すわけないだろうが。少しは黙ってろ!


「ん、待たせたな。やろう」

  

 互いに剣を構える。俺は刀身を地に向けた下段を取る。その刃ではなく、薄気味悪い紋様が蠢く様を、騎士相手によく見せてやる。案の定怪訝そうな、それいて魔剣への嫌悪を感じさせる表情を見せた。明らかに俺を格下とみくびっている騎士の分厚い面の皮が動いて少しだけ溜飲が下がる。

 対する騎士、ルガートは正眼の構え。切先は俺の視線に合わせられており、ルガートの剣の間合いを読み取りにくくしている。教科書通りの正統派とでも言うべきか。しかしこの騎士が型通りの動きだけで満足するはずもない。確実に俺の虚をついてくるだろう。

  

「……魔剣が、お前が俺にとって使えるものか確かめさせてもらう!」


 一才ブレることのない自分本位の発言と共に、ルガートが踏み込んでくる。踏み込みと同時に叩きつけられた振り下ろしは重い。全身のバネがその一刀のために精密な機械のように力の向きを揃えたようだ。そして当然、その一振りで終わるはずもない。激しい剣閃は燃える大火のようで、勢いが衰えることがない。どれもが額に入れられるような、正しい剣の振り方だ。俺は騎士の剣に詳しくはないが、それがどれだけ型を繰り返し、練り込まれた剣技なのかはわかる。


 とはいえ俺とてやられてばかりではない。逸らし、弾き、受け流す。そして正面から受け止め、前げりで強引に距離を開けさせる。

 残念ながら奇襲じみた蹴りも、やつの騎士剣で防がれてしまったが。


 軽やかに着地したルガートへ、今度は俺が襲い掛かる。特に型はない。俺の習った剣技とはそういうものだ。ただ、斬るための動き。切り結ぶというよりは、一方的に斬りつけるための技術。両手で振るい、片手でぶん回す。どの角度からでも狙うは一撃必殺。自分で言うのもなんだが、変幻自在の剣だ。


 ***


 ポタリぽたりと汗が地面に落ちて、あっという間に染み込んでいく。

 

 堅い。俺の剣を見事に捌き切ったルガートに舌を巻く。少しでも気を緩めれば逆に剣を飛ばされそうだ。


「……悪くはない。が、この程度なら期待外れだ」


 ムッとする。俺の剣は父から学んだ、俺の自慢だ。そりゃ父ほど極まってはいないが、本気を出せばこの程度の守りくらい貫けるさ。


「なら、期待に応えてやる」

 

 剣先を低く下げる。ルガートの足元を指し示す様に、刀身がルガートからよく見えるように晒す。赤い紋様が蠢く。スゥと細く吸った息を、短く強く吐き出す。剣よりも先に俺の体が前へ飛び出す。踏み出した足は歩幅を広く、地を這うほどに低く。残してきた魔剣を体の後ろから薙ぐように払う。足を守ろうと立てられた騎士剣に触れる直前、一気に真上へと軌道を変える。同時に手の内で柄を滑らせる。狙うは騎士の首。跳ね上がった魔剣が、首を逸らしたルガートの髪を払った。


 たまらず下がったルガートを前に、ニンマリと笑みがこぼれる。あくまで訓練の範囲だ。だが、やつのカッチカチの守りをぶち抜いたことが嬉しい。工夫が身を結ぶのはやはり楽しい。


 はらりと風に流れる金髪を眺めながら、ルガートが苛立ちを舌打ちに乗せた。


「なるほど、わかった。期待できる程度の腕はある。認めよう」


 別に認めて欲しいわけではないが、認めてくれるというなら拒否することもない。鷹揚に頷いて見せる。


「が、私が本当に見たいのはお前の魔剣だ。消えた魔剣とやり合うんだ、お前の魔剣が本当に命を賭けるに値するか、見せてみろ!」


 これまで遭遇した魔獣のことごとくを殺してきたのが俺の魔剣だ。ましてただの人間が魔剣の力に抗えるのか。罷り間違えば俺は人殺しになる。それが嫌で人から離れて旅をしていたというのに、騎士からの要求とはいえど、力を使っていいものか。

 鎧を身につけ、まるで周囲が歪んで見えそうなほどの闘志が湧き出ている。──使っても良さそうだ。むしろ防ぎそうな貫禄がある。実際俺の全力でようやく髪の毛に届いたくらいだしな。


「下手うって死ぬなよ? ああ、怪我はフィオレッタに治してもらえ」


 魔剣が斬り殺してきた命を力へと変える。刀身がキィンと高い音があたりに響く。同時に声がさらに大きく強く頭に響く。全て断ち切れと、命を斬れと。周りの音は声にかき消されて聞こえない。魔剣を握る手のひらから、どくどくと悪意が流し込まれるようだ。ただただ体が熱をもつ。


 全身に熱が周り、下段に構えていた魔剣をゆるりと肩に担ぐ。そしてそのまま全身の筋力を総動員して振り下ろした。

  

 ガギンと鈍い金属音とほぼ同時に、魔剣が大地へ激しい傷をつけた。


 俺の渾身の振り下ろしは、ルガートの騎士剣により軌道を逸らされた。結果、地面に激しくめり込んだ。俺の目の前には無傷のままのルガートが、魔剣を受け流したままの姿で立っている。


 まさかこうも見事に受け流されるとは思わなかった。ルガートの片腕ぐらいは落とすつもりでいたから。


「俺の負けか」

「いや、私の負けだ。身体中が衝撃に痺れてろくに動かん」


 見れば確かに、プルプルとわずかに震えている。確かに、俺の渾身の一撃を逸らしたのだ。直撃ではなくとも相当な威力が伝わったのは間違いない。確かに、俺がこのまま剣を振るえば抵抗すらできずにルガートは死ぬ。


 が。俺からすれば魔剣の力を十全に使った最高の振り下ろしだ。それこそこないだ叩き折った魔剣相手よりもさらに力を込めた一撃だったのだ。それをまともに防がれたのだ。はっきり言って俺こそが負けだ。


「魔剣の力を使って仕留められていない以上、俺の負けだろ」

「一撃で勝負が決まらなかったのだ、追撃に対応できん私の負けだ」


「「…………」」


 試合に勝って勝負に負けた。まあそういうことだろう。視線を合わせれば、同じことを考えていただろうことが伺えた。


 ***

 

 魔剣へ静かにしろと文句を言いつつ鞘に叩き込む。かなり汗をかいた。水でも使わせてもらうかと思う。しかし、ふと、地面が酷く荒れていることに気が付いた。


 俺達の容赦のない踏み込み。庭の大部分に、はっきりと足跡が残っている。剣を合わせるのに夢中になって、他の注意がスコンと抜けていた。

 さらにいえば、俺の身長の3倍くらいの長さの斬撃が、庭を分断している。ついこの間石を敷き詰めた庭の通路も、植えたばかりの薬草も台無しである。


 俺が気づいたことは、当然ルガートも気がつく。


「……おいゴート。どこからが……畑だと言っていた?」

「……ああ、丁度お前がいるのが畑の中心だ。俺の三歩後ろが畑の境界線になるな」


 どう控えめに見ても、俺とルガートは畑のただ中にいる。言い逃れのしようがないくらい、俺たちはやらかしている。

 

「あああっー!!!」


 びくりと体をすくめる俺とルガート。誰の叫び声か、確認するまでもない。これは……終わったな。すぐそこの未来を予想し、俺は絶望的な顔になる。ルガートも初日からの失敗に顔色をなくしている。

 どかどかと足音荒く近づいてくるフィオレッタは、俺たちにとって死神のようだった。


 ***

 

 正座をして二人並ばせられている。お説教は終わる気配を見せない。

 辛さのあまり、お前がやりすぎるからと目線でルガートを責める。すると、お前の方が庭のことを分かっているんだからお前が悪いと返ってくる。

 俺達の醜い責任の押し付け合いにフィオレッタが気づかないわけもなく、お説教の勢いが増すことになったのは言うまでもない。


 ***


 しこたま怒られた後、ようやく立ち上がるとフィオレッタから質問が飛んだ。

 

「それで、どっちが勝ったの?」

「ゴートです」「ルガートだ」

「?? どっちなのさ……。ま、仲良くするんだよ?」

「別に悪くするつもりはないぞ」

 

 なぁ?と振れば、ルガートも首を縦に振る。

 

「ゴートの腕と魔剣は私の今後に役に立ちそうですから。できる限り良好な関係にしますよ」

「お前……」


 正直過ぎるのも考えものだ。


「そうだ、フィオレッタ。ルガートの体に治癒をかけてやってくれ。こいつ、魔剣の一撃でまだ身体中が痺れてるはずだ」

「お手数ですがお願いします」


 ルガートが申し訳なさそうに頭を下げる。ただそれだけの動きだというのに、体幹にブレが見て取れた。鍛え抜かれた騎士でさえこれだ。相当な衝撃だったことがわかる。


 だがわからない奴もいる。

 

「???」

 

 なぜかフィオレッタは首を傾げている。

 

「私、治癒を使えるなんて言ったかな?」

「魔女だろう? 大概の魔法は修めてると思っているが?」

「……すごい偏見だよ、それは」


 ……ん? いや、まさかだが。


「待ってください、魔女どの。もしや、貴女は治癒の魔法を……」

「使えないね。森の魔女がどうして治癒に精通してると思うのか、私にはその方が不思議だよ」


 ルガートと顔を見合わせる。フィオレッタに治してもらえばいいだろうと、遠慮なく真剣を打ち合わせていた。もしルガートが魔剣を防ぎ損ねていたならどうなったか。片腕くらいは落としていいだろうと思った自分の判断に、今更冷や汗が流れる。


 ぱくぱくと声にならない俺たちを尻目に、フィオレッタは鼻歌を漏らしながら家に戻っていく。

 

「よく効く薬を用意してあげるから、それまで地面を直しておくように!」


 こうして新たな住民との1日目は、踏み荒らした畑の整備で終わるのだった。

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