雪城冬麻の契約 祓い屋と怖いもの知らず
星奈さき
第1話
「ねえねえ、
教室に入ったとたん、
瀬奈――
「ねえねえ遥人くん、あのね、そのね、また……事件なんだよぉ」
寝起きのようなテンポ感で話す瀬奈。しかし、その瞳は真剣だ。
「事件?」
カバンを机に置きながら、オレはたずねる。
「そう、今度は、二年の先輩だって」
またか、と思う。
そういえば、教室全体が騒がしい。みんな顔を寄せ合って、ヒソヒソ話をしている。
「二年のねぇ、先輩がねぇ、夜のねぇ、校舎でねえ、練習を――そうそう、部活のね、練習だったんだけどぉ、そのね、急にね――」
「なあ瀬奈」
どこかをタップして10秒スキップをしたくなるほど、瀬奈はダラダラ話す。
「簡潔にまとめてくれ」
「先輩赤服少女遭遇結果声不出」
簡潔すぎて中国語みたいになってるが、だいたいわかった。
だって、予想どおりだし。
赤服少女――赤い服の少女。それはいま、オレたち生徒を最も騒がせている存在。
最も、恐れられている存在。
いわく、赤い服の少女を見ると、美しさを奪われる。
美しさに目を奪われる、ではない。美しさを奪われる。
信じがたいことに、ただのウワサではないらしい。実際に、美しさを奪われた生徒がいるのだ。
ある生徒は、ツヤのある黒髪を奪われた。髪はすべて、パサパサの総白髪になってしまった。
ある生徒は、しなやかな足を奪われた。足は腫れて変色し、満足に動かなくなってしまった。
ある生徒は、真っ白に光る歯を奪われた。歯は砂糖菓子のようにボロボロに崩れてしまった。
ある生徒は、明るい笑顔を奪われた。笑うと表情は無惨に歪み、見る者に恐怖をもたらした。
生徒たちはみな、校内で少女を見たという。
どんな夕焼けよりも、炎よりも、血液よりも赤い少女を。
「あのね、コーラス部の先輩がねぇ、居残り練習をしてぇ、居残ってたのは、歌が下手だからじゃなくてぇ、むしろコーラス部のエースだったんだけどぉ、あ、そうか。遅くまで練習してるから、エースなのかもぉ」
おっとりしているが、瀬奈はウワサ好き。赤い服の少女も、瀬奈から教わった。
「でねでねぇ、すっかり外も暗くなってて、もう帰ろうかなって思ったときにぃ、背中に視線を感じたんだぁ」
「視線を」
「うん。視線を。粘っこくってぇ、冷たぁーい視線。先輩は背中を指でスゥーッと撫でられたみたいに、ゾクゾクゾクッと震えちゃってぇ」
「見てきたように話す」
「ありがとぉ」
褒めてない。
「先輩はね、急いで部屋を出ようとしたんだぁ」
「どうして?」
「もちろん、赤い服の少女のウワサを知ってたからだよぉ」
「そうじゃなくて」
オレは首を横に振る。
「どうして先輩は振り向かないんだ? 背中に視線を感じたら、振り向いて正体をたしかめればいい」
「ええ~それはぁ~」
今度は、瀬奈が首を振る。
「えっとぉ、それはちがうよ遥人くん。先輩は正体を、たしかめたくなかったんだよぉ」
「たしかめたくなかった?」
「だってぇ、正体をたしかめて、本当に赤い服の少女だったらヤだよぉ。正体をたしかめずにいれば、気のせいって可能性が残りつづけるもん」
「正体があやふやなほうがイヤだけどな」
「遥人くんは怖いもの知らずだぁ」
「…………」
それは、そのとおり。
「でね、先輩は振り返らず去ろうとしたんだけどぉ、ガシッと肩をつかまれてぇ。逃がさないぞって、五本の指の一本一本に、ぎゅっと力が込められていてぇ」
「見てきたように言う」
「褒めても五千円しか出ないよぉ」
褒めてないし、けっこう出るし。
「肩をつかまれても、先輩は振り向かなかった。いや、振り向けなかったんだぁ」
「怖すぎて?」
「うん、怖すぎて」
当然でしょ、とうなずく瀬奈。
「肩をつかまれた先輩は動けなかった。向こうも動かなかった。それからどれほど時間が経ったか、突然、声が聞こえたんだぁ」
――さわる。
「さわる……」
「うん。『さわる』って、そう言ったんだぁ」
たしかに、肩にさわっているが。
「それでね、意外な言葉に拍子抜けした先輩はね、思わず振り向いてしまったんだ」
「そしてもちろん」
「うん、赤い服の少女がいた。少女はねぇ、先輩にねぇ、笑いかけたの。いや、笑いかけたんだと思うの」
「そこは曖昧?」
「そりゃあ、そうだよ。だ、だってねぇ」
震えている声。あぁ、そうか。瀬奈はおびえているんだ。
「だって赤い服の少女には、少女の顔には、穴が空いていたんだもん」
鼻の穴や毛穴ではないのだろう。
「顔にねぇ、何個も何個も、穴が空いてたの。先が見通せない穴。ブラックホールみたいに真っ暗な穴。見ていると、こちらが吸い込まれそうになる穴――だから、表情がわかりにくかったんだけど、笑ったように見えたんだってぇ」
顔が穴だらけの少女。
夜の学校でそんなものを見たら、怖いんだろうな――たぶん。
「それからね、先輩はね、部室で倒れてるのを先生に発見されたのぉ。先輩の体に、目立った外傷はなかったんだけど、ただ、声が出なくなっちゃった。コーラス部随一の、美声が」
美声――美しさ。
「……怖いなぁ」
しみじみと瀬奈が言う。
「怖い?」
「遥人くんは怖くないの? だって、自分の美しさが盗られるんだよぉ?」
「それは……」
「そりゃあね、わたしもぉ、自分がすんごい美人さんだとは言わないよ? 赤い服の少女が狙うほどの美点を持っているとは言わないよぉ? だけど、やっぱり怖いよぉ」
赤い服の少女は、単なるウワサじゃない。実際に被害者がいる。
そしてなにより、瀬奈は年頃の女子なんだ。
美しさを奪われる、魅力を失う、そして醜くなることに、敏感なのは当然で。怖がるのは必然で。
だから。
「うん。たしかに、怖いな」
オレは、嘘をついた。
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