第35話 ザル?
「さ、次はお待ちかねのデザートだね!」
ネコ娘がニコっと笑ってる。
その瞬間、銀の蓋がカチリと鳴って持ち上がる。
――ふわぁっと、黄金色の光と甘い香りが一気に溢れ出した。
「ほほう。これが噂の焼き林檎のハーブ蜜がけ、か。」
「うんうん、いい匂いだー♪」
「見てみろ、この表面の照り。まるで太陽を丸ごと煮詰めたような輝きだ。
林檎が、己の果実としての宿命を燃やし尽くしている……
そう、これはただの菓子ではない。
果実の祈り、蜜の叡智、炎の祝福が一点に結実した“果実の終着点”だ。」
「うわー、また始まった。」
「その黄金の皮の下には、ただの甘味じゃない。
一口で、人の心を丸ごとリセットする危険な代物だ。
フォークを入れた瞬間、世界の秩序が甘さに溶ける――」
「はいはい、じゃあ秩序、崩してみるね♪」
ぷすっ。
ネコ娘が焼き林檎にフォークを刺して、大きな口でバクっと食べた。
「うーん、美味しいよー。」
「まったく、キミは本当に語彙が少ないな。折角の逸品なんだぞ? もっと表現はないのか?」
「じゃあ……」
ネコ娘がフォークを置いて、わざとらしく目を細めている。
「――この甘味は、果実が転生して天界の扉を叩いた瞬間の味……!
蜜の奔流が、理性を洗い流し、私という存在を解体して再構築する……!」
ネコ娘がニヤっと笑ってる。
「おい!それは!」
「へっへー、ハートブレイクでパンティな、友達のいない孤独なリゾット探偵見たいでしょ?」
「違うぞ、良く聞けよ、ハードボイルドでダンディな群れない孤高のレジェンド探偵だ。 そもそもリゾットってお粥だろ、探偵に全然関係ないだろ。」
「まぁ、それを言ったらハートブレイクなパンティも関係ないけどね?」
「もう全体的に違ってる!」
「だいたい、友達のいないってのは完全な間違いだぞ?」
「そうなの? 誰も居ないならアタシがなってあげようかと思ってたんだけど?」
「え? そうなのか? あ、いや、居る、居るんだよ、友達も親友も仲間も。もう余っっちゃって困ってるよ。」
「ふう、美味しかったー。もうお腹いっぱい。ご馳走様でした。」
ネコ娘が万歳のように大きく両手を挙げた。
「食後のお飲み物に、ロイヤルミルクティー、ホットミルク、カモミールティーは如何でしょうか?」
メイドがネコ娘とオレの顔をみた。
「素敵ね。アタシはロイヤルミルクティー飲んでみたいな。」
「あ、オレはまだブランデー飲んでるんで。」
「かしこまりました。ではロイヤルミルクティーをお持ちします。」
メイド達がワゴンを押して出て行った。
「ねぇ、ロイヤルミルクティーってなんなの? エヘヘ、アタシ飲んだこと無いけど頼んじゃった。」
「うん? ロイヤルミルクティーは確か和製英語で、日本発祥の飲み物だよな? それが、この世界にもあるなんて、どんな世界線なんだろうな?」
「え?二本で世界戦? 戦争と関係あるの?」
「あ、いや、何でもない。オレはここの世界のことは詳しくないから、正解か分からんが、たぶん、ミルクで煮だした紅茶のことだろうな。」
「ロイヤルミルクティーでございます。あと、ティーのお供にマドレーヌとレモンピールの砂糖漬けもお持ちしました。」
ネコ娘の前にメイドがカップとティースナックが盛られた小皿が置かれた。
「うわー、可愛いな、これ。」
ネコ娘が早速マドレーヌを持ちあげた。
「アサクラ様には、ブランデーのつまみに、ブルーチーズとマロングラッセをお持ちしました。」
別のメイドがオレの前にも銀の小皿を置いた。
「へぇ、ブルーチーズとマロングラッセか。なるほど、ブランデーには最高のあてだな。」
この世界でのブランデーのブランドは知らないけど、宮殿に置いてある位だらか、間違いなく高級なものなんだろう、せっかくだから、もっと飲んでおこうか。
「アタシも、同じもの頂戴。」
ネコ娘はロイヤルミルクティーを飲み終えたのか、オレのロックグラスを指さしてる。
「ふん、これはブランデーのロックだぞ? 子供が飲むような飲み物じゃ・・ あ、キミはオレより年上だったか。 うん、まぁ、いい。飲みたいっていうなら作ってやるけど、ロックってのは飲む相手を選ぶハードボイルドな飲み方だからな?」
ご希望通り飲ませて、早く酔っぱらってもらった方が、結果静かで良いってことだよな。
オレと同じグラスに同じ丸氷を入れてロックを作った。
「お嬢さん、ブランデーロックですよ。」
声のトーンを落として、あえて仰々しくグラスを手渡す。
「ありがとう。」
ゴクッ。
「うわ、さっきのソーダ割りより美味しいね。 もう一杯もらえるかな。」
え? ゴクッて、まさか、え? 一気に飲んじゃったの? それ、ロックだよ?
結局、オレがロックを1杯飲む間にネコ娘が6杯ロックグラスを空にして、まだケロっとしてる・・。なんなんだ、このネコ娘・・ザルなのか?
もう付き合ってられないぜ。
「オレは疲れたから、そろそろ休むとするけど、キミはまだ飲んでるのか?」
「ううん、アタシももう寝るよ。ブランデーでちょっと気持ちがフワってなってきたし。」
ロック6杯を立て続けに飲んで、フワってだけかよ・・。
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