最強格闘ゲーマー少女は銃と車のVRMMOを近接格闘キャラで駆け抜けるようです。

川里モノ

全国4位の格闘ゲーマー、最後の戦い

 私は、大好きな人の「心の傷」になりたい。





 フルダイブ型VRゲーム。

 仮想空間のキャラクターに五感と意識をリンクさせ、ゲーム世界に入り込んだかのような感覚で遊べるゲームのこと。

 現在では「VRゲーム」と言えばこのフルダイブ型を指すことが多い。


 ここもそういうVRゲームの世界だ。

 この世界ゲームのタイトルはヴァンパイアストライカーVR、通称『VSVRバーサス』。


 VSVRは個性豊かなキャラクターたちを自分の肉体として操り、相手プレイヤーと1VS1で殴り合うVR対戦型格闘ゲーム。

 タイトルに「ヴァンパイア」と冠されているのは主人公が吸血鬼という設定だから。主人公以外のキャラもほとんどが「鬼」とか「人狼」といった人外ばかり。


 無論、いま私が使っているキャラも人外さんだ。


 キャラの名前は「カンフーキョンシー・冥龍メイロン」。

 カンフー映画のような体術で戦う動く死体キョンシー。中国風アンデッドの女の子。サラサラの黒髪とチャイナドレス風の衣装がチャームポイントです。


 冥龍となった私は高層ビルの屋上に立っている。

 上を見上げれば月の綺麗な夜空。少し強めの夜風が気持ちいい。


 ヘリコプターが着陸できるくらいに広い屋上で、私の立ち位置は南側だ。反対の北側には対戦相手のプレイヤーがいる。


 対戦相手は修道女シスターの格好をしていた。


 キャラ名は「シスターシルバ」。

 銀の弾丸を装填した拳銃で人外を狩る武闘派聖職者、という設定のキャラ


 そのシルバを操るプレイヤーの名前は「ノエル」と表示されている。

 ノエル……去年のVSVR公式大会、シルバで決勝トーナメントに進出した最強クラスのシルバ使いだ。


 ノエルさんは礼儀正しく私に一礼する。


「冥龍使いのミスミ。去年の公式大会で4位になったあのミスミさんでしょうか」


「あ、はい、一応はそうです」


 ミスミ。それが私のプレイヤー名。

 VSVR界隈では公式大会4位の冥龍使いとして良くも悪くもちょっぴり有名。


 私がそのミスミだとわかると、ノエルさんは楽しげに微笑んだ。


「それはそれは。キャラ性能の低い冥龍で4位になった実力から、実質1位とも噂されるあなたが最後の相手とは。悔いのない戦いができそうです」


「こ、こちらこそです。お互い、後悔のないように……」


 会話の途中で視界に「10」と数字が表示された。その数字は1秒が経つごとに9、8、7と小さくなっていく。


 試合開始までのカウントダウン。


 私とノエルさんはお互いに武器を構える。

 ノエルさんが操るシルバの武器は二丁拳銃。対する私の……冥龍の武器は、左右の拳と鍛え抜いた両足。


 カンフー映画の主人公のように、武術家らしい構えを取って。


 カウント、0。

 バトルスタート。


「踊りなさいカンフーキョンシー! シルバーバレット!」


 試合開始と同時にノエルさんが拳銃をぶっ放す。私は横ステップでぴょんぴょんと跳んで回避。

 逃げた私を追いかけて、ノエルさんは次々と弾丸を放ってくる。私はそれをさらに避けての繰り返し。


 一方的に私が撃たれっぱなしの試合展開。


 まず飛び道具で牽制しあいながら距離を詰め、相手に隙ができたら一気に近づき近接攻撃を叩き込む、というのがVSVRの戦闘の基本。


 けれど悲しいことに冥龍は飛び道具を持っていない超近接特化キャラ。

 飛び道具持ちに遠距離戦を押し付けられると逃げ回るしかなくなってしまう。冥龍が弱キャラと言われる理由のひとつだ。


 対するノエルさんのシルバは二丁拳銃を武器にしているだけあって飛び道具が強力。全キャラトップレベルに遠距離戦が強い。


 冥龍とシルバ、キャラ性能だけで言うならこっちが不利。

 屋上ステージの端っこで私たちの戦いを観戦している観客プレイヤーたちは、もうすでに私が負けるだろうと勝負の行方を予想している。


「オイオイオイこりゃ無理だわ。冥龍で対シルバは相性マジで終わってるからな」


「一発も入れられないまま蜂の巣にされてパーフェクト負けするのが冥龍のお約束。もはやVSVRのテンプレ展開。いくら全国4位の冥龍使いといってもなぁ……」


 ただ、観客の中でひとりだけ……熊のぬいぐるみ型のアバターを使っているプレイヤーだけが、私の負けという予想に反論する。


「にひひ、それはどうかな? みーさんの冥龍を甘くみちゃあいけないよ! 相性の悪さなんてひっくり返して勝ちますとも!」


「えぇ~? ほんとぉ?」


「ほんとに勝てるぅ~?」


「勝てる勝てる! 見てなって!」


 その熊さんは私の唯一のフレンド。

 フレンドの期待を裏切らないよう頑張らないと。


 ノエルさんの射撃のクセもわかってきた。

 そろそろ攻撃に転じよう。


 動き回りつつ、深呼吸。

 攻めの意識に切り替えて……、


「すぅ、はぁ……いきます!」


 突撃! 真正面から距離を詰める!


「愚かな! シルバーバレット!」


 当然、ノエルさんは迎撃! 真っ直ぐに向かってくる敵を撃ち抜くなんて楽勝と、二丁拳銃を連射した!


 私が見ていたのはその銃口の向き、それと弾が発射されるタイミング。

 避けずとも当たらない弾と、当たってしまう弾とを見分ける。


 ……顔面に当たるのが1発、左胸に来るのが2発。


 このままでは3発の銃弾を食らう。

 被弾すればゲームシステムによって私は強制的に怯まされ、一瞬だけだが動けなくなってしまう。

 ノエルさんはその一瞬に距離を詰め、私に殴る蹴るの連続コンボ攻撃をキメて来るだろう。


 被弾したら終わりだ。被弾したら。


「……ふっ!」


 なので私は弾丸を受け止めた。

 顔と左胸に着弾寸前の弾丸を、右手でキャッチしたのだ。飛び回る羽虫を捕まえるみたいに。


 観客たちが湧き上がった。


「だ、弾丸を止めた!? すげぇ! なんて反射神経と動体視力!」


「それにプレイヤースキルもなくちゃできねえよアレは! この世界の弾は現実の弾丸と比べたら遅いとはいえ、簡単に受け止められるほどノロマでもねえんだ!」


「どーよ! これぞ飛び道具に弱い冥龍の弱点を補うみーさんの必殺技! やったーカッコいいー!」


 はい、冥龍で勝つために頑張って出来るようになりました。

 まあ私以外にもこれが出来る人はいるらしく、専売特許ってわけではないんだけど。


 私が弾丸を止めたことで、ノエルさんはだいぶ焦っていた。


「くっ!? 噂には聞いていましたが本当に弾をキャッチするなんて……まずいっ!? リロードしないと……!」


 あの二丁拳銃には弾倉の弾を撃ち尽くすと再装填リロードしなければならないという弱点がある。


 リロードの瞬間はかなり大きな隙を晒す。あと一歩で拳が届くほどに接近した冥龍わたしを前に、リロードするのは自殺行為。


「……この距離では!」


 だからノエルさんは拳銃を放り捨て、拳を握ってパンチ! 格闘攻撃! いい判断だと思った。さすが決勝トーナメント出場者。


 私は顔面狙いのその一撃を、首を傾けることで回避して、


「……この距離なら!」


 反撃にパンチ!

 こちらも顔面狙い、動作が小さく隙の少ない弱パンチだ。


「がっ!?」


 弱パンチが当たった。ノエルさんが怯む。一瞬の硬直。

 その硬直に、続けて弱パンチ。腹筋狙い。さらに弱パンチ。左胸を打つ。弱パンチ、弱パンチ、弱パンチ……ペチペチペチペチペチペチと、地味で一方的な連続攻撃!


 攻撃を当てるたび、私の必殺技ゲージが溜まっていく。

 ある程度まで必殺技ゲージが溜まったら、音声入力で必殺技を解放。


「爆砕符!」


 私がそう叫ぶと同時、手の中に1枚のお札が出現する。

 奇妙な文字が描かれた不気味なお札だ。


 そのお札をノエルさんのお腹にペタッと貼り付ける。


「しまっ」


 ノエルさんが青ざめた。

 私は声でお札に命じる。


「起動!」


 瞬間、お札が爆弾みたいに爆発した!

 爆発の衝撃でノエルさんは後ろへ吹っ飛んでいき、そのまま屋上から落下。


「きゃあああああああああああ!?」


 下へと遠ざかっていく悲鳴を残して、ノエルさんはステージから退場した。場外負け。


 その悲鳴が聞こえなくなると、私の視界にYou Win——お前の勝ち! と表示される。


 勝った。


「……すぅ、はぁ。対戦、ありがとうございました」


 対戦相手には聞こえてないけど、戦ってくれた感謝を声にして。


「うっひょおおおおお冥龍でシルバに勝ちやがったぜえええええええ!」


「俺は勝つと思ってたんだよなぁさすが全国4位!」


「この世界の終わりに良いもん見れたぜ! ありがとうなー!」


 讃えてくれる観客プレイヤーに会釈しつつ、私はメニュー画面を操作、「ステージから退室」というボタンをタッチ。


 すると私は月夜の屋上から待合室へと戻される。

 椅子とテーブルが設置されたカフェみたいな雰囲気の空間。対戦相手が見つかるまで、プレイヤーがのんびり過ごせるようにと用意された場所だ。


 その待合室にいるのは私と、あとはもうひとり。


 観戦用アバターの熊のぬいぐるみでぽてぽて二足歩行するプレイヤー。

 プレイヤー名はリリィ。私のフレンドだ。


 リリィは私の勝利を祝福してくれる。


「おつかれ、みーさん! ラストの対戦を勝利で締めくくれたね!」


「うん。リリィも応援、ありがとうね」


 リリィはこの世界で出会ってフレンドとなった、お互いの素顔も本名も知らないネットの友達だ。

 なので私たちの繋がりはVSVRのみで……実を言うと、その繋がりはもうすぐ消えてしまう。


「……ラストか。もうすぐ終わりだね、この世界も」


 そう、この世界は、もうすぐ終わる。

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