1−5
婚約発表パーティから数日、目が覚めると窓の外から鳥の声が聞こえてきた。
あの日からずっと、体の調子がいい。ベッドから起き上がることができた。
ドアがノックされると、リンの姿が現れた。
「ノアディス様、本日もお身体の調子がいいようですね。」
窓の外を見ている僕の姿に、ホッとしたような表情を見せるリンは、父様と母様を抜いたこの城内にいる人間の中で1番僕を大切に思ってくれている人間だろう。
リンに手伝ってもらいつつ身支度を終え、朝食の準備がされた席に着く。王宮ならば広間に食事がセットされるが、離宮に住んでいるのは僕と使用人たちのみ。広間を僕一人で使うのは勿体無いし寂しい。それに広間で食事ができるほどの力がない僕は自室に食事が用意される。
今日はベッドではなくテーブルでご飯を食べる。
開け放たれた窓から気持ちのいい風が流れ込んできて、いつものような静けさを感じる。手に持っているスプーンをテーブルに置いて、窓の外を眺める。
王宮ほど人のいない離宮は、静かで心地がいい。耳を澄ますと風の音や鳥の鳴き声、鳥が羽ばたく音も聞こえてくる。
ぼんやりと外を眺めていると、窓の近くの木がガサガサと揺れ出す。
こんなことは起こったことがない。不思議に思って窓に近づくと、金色の瞳と目が合った。
「うわっ」
驚いて尻餅をついてしまった僕にリンが駆け寄ってくる。
「ノアディス様大丈夫ですか!」
急いで僕に怪我がないかと確認してくれているリンを制して、金色の瞳の持ち主に声をかける。
「そこにいらっしゃるのは、もしかしてセレスト様ですか…?」
そう声をかけると、また木がガサガサと揺れて犯人が出てくる。
「ご、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったの…。ノアたん、ゴホン、ノアディス様の体調が良くなったと聞きつけ、一目だけでもお姿を見られれば、と…。」
木を登ってきた令嬢だとは思えないほど、申し訳なさそうにモゴモゴと弁明をしているセレスト様は反省しているように見える。なんだかその姿が面白くて、思わず笑みが溢れる。
「まあ!ノアディス様の笑顔は素敵ですわね!儚くも美しくてさすがです!」
そう褒められるとどのような顔をすればいいのかわからなくなってしまって、パッと目線をずらす。
「セレスト様、離宮にこのように近づくことは誰一人として許されてはいません!しかも、木を登ってここまでくるだなんて…。ここは2階ですよ!」
リンが怒ったようにセレスト様に注意する。いや、怒ったようにではなく、実際に怒ってはいるのだけれど。
「確かに、リンの言う通りです。そちらは危ないので、こちらにきてください。」
セレスト様の手を取り、自室に招き入れる。燃えるような真っ赤な髪が、さらりとカーテンのように目の前に広がる。
赤髪は、アイゼンフェルト家の特徴とも言える髪色だ。茶色と混ざったような色は国民の中にもいるらしいけれど、燃えるような真っ赤な髪色はアイゼンフェルト家特有らしい。アイゼンフェルト家は皆が美しい赤髪だという。
そして金色の瞳は王家の次に格式高い人間の特徴とも言われている。
彼女は、選ばれるべくして選ばれた、ヴァルター兄様の婚約者である。
「それにしても、なぜここへ?」
「両親が陛下に呼ばれましたの。パーティの日のことで話があるそうですわ。」
「パーティの日のこと…。」
綺麗に倒れていく姿がスローモーションで思い出せる。
「わたくしはもうなんともありませんのに、陛下も心配性ですわね。」
その言葉に、僕もリンもピタッと止まって顔を見合わせる。この方は、何を言っているのだろう。
「セレスト様、その言葉は本当に言っているのですか?」
「え?はい。」
なんて事のないように頷くセレスト様は、本当にあのセレスト様だろうか。噂でしか聞いたことがないが、前までのセレスト様なら、「ヴァルター様の全てを!」や「〇〇ゴールドを!」や「わたくしを必ず皇后に!」などを言い出しそうな気がする。なのに、「もうなんともない」だなんて。
リンと顔を合わせていると、大きな声が耳に突き刺さる。
「セレスト!セレスト・アイゼンフェルト!!」
「あ、やば。お母様だ。」
顔を青くするセレスト様を横目に窓の外を見てみると、アイゼンフェルト夫人の姿が見えた。
リンに連れられて外に出ると、アイゼンフェルト夫人と目が合った。
「ノアディス様…。離宮のそばで大きい声を出してしまい申し訳ありません。実は娘のセレストが時間になっても戻って来ず…。」
「そうだったのですね。セレスト様ならこちらにいますよ。」
離宮のドアに目線を向けると、婦人も同じようにドアに目線を向ける。
隠れられていない赤髪がチラチラと揺れている。それを見て夫人はワナワナと震え出す。その姿と昨日のセレスト様の姿が重なるが、夫人の表情の方が恐ろしい。
「セレスト!あまり遠くに行かないようにと注意したはずです!それにノアディス様に迷惑をかけるだなんて!!」
ずんずんとセレスト様に近付いて力一杯怒る姿は母親というものを体現しているように見えた。この姿は貴族の母親というよりも、国民の母親姿の方が近しいかもしれないけれど。
夫人に引き摺られていく彼女は、僕に手を振りつつ夫人の顔を見てとても楽しそうにしていた。
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