悪女が悪女のまま終わる物語〜さぁ、わたしの脚を愛でるがいいわ〜

湊未来

第1話 外面の良い婚約者


 悪女が悪女のまま終わる物語。

 これは、悪女が悪女のまま天下をとり、のちに聖女と呼ばれるまでの序章の物語である。







「そろそろ、かしらね」


 夜会も終盤に差し掛かった頃、シャロン男爵家の長女レベッカは、数名の取り巻き令嬢に囲まれた己の婚約者、ニールズ伯爵家のセインを見つめ、ひとつため息を吐き出した。

 レベッカは令嬢たちと談笑するセインを見据え足を踏み出す。舞踏場を一歩一歩ゆっくりと進めば、レベッカの存在に気づいた紳士淑女が彼女を避けるように道を開ける。どこからともなく聴こえてくるあざけりの声に、これみよがしに囁かれる悪評を背にレベッカは前だけを見据え歩みを進める。


 今夜の夜会は、一際レベッカを見つめる紳士淑女の目が厳しい。伯爵家以上の貴族家で構成される宮廷貴族の夜会は、子爵家、男爵家で構成される新興貴族の夜会とは違う。男爵令嬢というだけで宮廷貴族の目は厳しくなる。しかも、名門ニールズ伯爵家長子セインと婚約したことで、レベッカの評判は地に落ちた。今も嘲りの声がいくつも聴こえるが、そんな嘲笑にかまうほどレベッカも馬鹿ではない。


 背の中頃まである艶やかな赤髪を靡かせ、紫色のドレスを翻し会場内を歩く。大きく開いた胸元を飾る瞳の色と同じ大粒のグリーンエメラルドのネックレスは、婚約者から贈られたものではない。もちろん、セインから指定された紫色のドレスも、彼からのプレゼントではない。

『セインからプレゼントをもらったことなんてなかったわね』と、そんなどうでもいいことを考えながら、カツカツカツと不作法に靴音を鳴らし歩くレベッカに、すれ違った夫人が眉を顰める。そんな夫人の視線を一睨みで黙らせ先に進めば、レベッカの行く道を塞ぎ談笑している紳士二人組に出くわした。


「そこ、どいてくださるかしら」


 レベッカの存在に気づいていない彼らへと向け、手に持った扇子を打ち鳴らせば、そそくさと談笑していた紳士達は逃げていった。


 たかが男爵令嬢のくせに、なんて傲慢な態度なの!


 そんな声が、あちこちで上がっていようとも己の態度を改めることはできない。


「ちょっと、よろしいかしら!」


 セインと取り巻き令嬢が歓談する一角。カウチソファが置かれた休憩スペースへとやって来たレベッカは両脇に令嬢を侍らせ笑みを浮かべる己の婚約者へと声をかける。すると、レベッカの声に反応した令嬢たちの鋭い視線が突き刺さった。


「あら、何かしら? 男爵令嬢のレベッカさん。ここは、あなたのような卑しい者が来るところではなくってよ」


 セインの左隣に座っていた気の強そうな金髪の令嬢が、敵愾心も剥き出しにレベッカを挑発する。


「ダメよ、シレイナ様。本当のことを言っては。レベッカさんは、平民出身のお嬢さんよ。社交界の右も左もわからない新参者。だから、紫色のドレスが社交界の華、ロッキン公爵夫人がお好きな色だと言う常識も知らないのよ。ほら、見てごらんなさい。公爵夫人とドレスの色が被っているわ」


 おっとりとした口調で会話に加わりながらも意地悪く目を細める令嬢が、周りに侍る令嬢たちに同意を求めれば、『そうだ、そうだ』と水を得た魚のように、口々にレベッカを貶す言葉の雨が降り注ぐ。そんな様子を眺めながら、『紫色のドレスを指定したのは、私に恥をかかせるためだったのね』とセインの思惑を呆れ半分に理解したレベッカの耳に、芝居がかった己の婚約者の声が入ってきた。


「やめてくれ、みんな。レベッカも悪気があって不作法な態度をとったわけじゃないんだ。なんていうか、ほらっ、男爵令嬢と言っても数年前までは平民だったわけだろう。礼節を重んじる宮廷貴族社会には馴染めないというか……、これでも僕のために必死に学んでくれているのだよ」


 レベッカを庇うようでいて貶めるセインの言葉に、取り巻き令嬢たちは『さすが、セイン様ですわ』と称賛の言葉を口にする。


「それでも、セイン様。レベッカさんの態度は褒められたものではございませんわ。男爵令嬢のくせに、格上のわたくしたちに対する傲慢な態度、許せるものではありません。新興貴族は、宮廷貴族を敬うべきですわ」


「そうだね、確かに僕もそう思うよ。ただね、僕はレベッカと結婚することで、新興貴族と宮廷貴族の架け橋になればいいと思っているんだよ」


「まぁ、なんて素敵な考えなの! さすが、セイン様ですわぁ」


 プラチナブロンドの髪に、アクアマリンを思わせる水色の瞳。王子様然とした優雅な所作で、優しさあふれる態度を崩さないセインは、宮廷貴族令嬢の間で高い人気を誇る。今も、芝居がかった態度で、己の主張を述べるセインへと、彼を取り囲む令嬢たちから熱い視線が注がれていた。

 ほんのりと頬を染め、陶酔したような目をセインへ向ける令嬢たちと己の婚約者との茶番劇に白けた目を向けるレベッカは、心の中で悪態をつく。


(ほんと、外面だけはいいのよね。新興貴族を誰よりも蔑んでいるお前が、よく言うわよ)


 オーランド王国は、伯爵家以上の高位貴族から構成される宮廷貴族と、子爵家と男爵家からなる新興貴族に分かれる。男爵家の中には、シャロン家のように王国に多大なる貢献をして男爵位を賜った平民出の貴族家も多いが、大抵は一代のみで、世襲されることはほぼない。しかし、シャロン家は、偉大なる功績を遺した祖父亡き後も、世襲が認められ、現在はレベッカの父が当主となっている。


 だからこそ、やっかみも多い。

 父がシャロン男爵となって以降ささやかれるようになった噂。現シャロン男爵は、悪どいことをして、男爵位を買った。心暗い事業をしているからこそ、滅多に社交界に顔を出さないのだろうと。

 もちろんシャロン男爵が爵位を買った形跡はない。しかし、出る杭は打たれるのが貴族社会だ。

 シャロン男爵家が裏で、どれだけオーランド王国の益になる危険な橋を渡っているかを知る者はごくわずか。だからこそ、男爵家でありながら王家もシャロン家を無視できない。

 結果として、シャロン男爵家は平民出でありながら世襲が認められ、社交界には『シャロン男爵家は悪だ』という噂がまことしやかに流れる事態が生じた。


 そして、その噂を決定付けたのが、宮廷貴族の中でも古参のニールズ伯爵家と平民出の新興貴族シャロン男爵家の婚約話だった。

 きっとこの婚約にも裏がある。シャロン男爵が娘可愛さにニールズ伯爵に圧力をかけたのではないか。娘も傲慢な性格の悪女に違いない。


 シャロン男爵家が『悪』なら、その娘も悪だ。

 今や、宮廷貴族の間では、レベッカも『悪』との認識が定着している。


「もうそろそろ、よろしいかしら? その茶番劇、見飽きたわ。セイン、帰るわよ」


 レベッカの言葉に、場が騒然となる。右に左に非難の声が上がるが無視し、踵を返すと舞踏会場の出口へと歩き始める。カツカツと不作法な靴音を鳴らしエントランスから外へ出ると、セインが来るのを待つ。


(ヒステリックを起こしている令嬢を宥めている頃かしら。きっと、今夜も一人残されるわね)


 エントランスでセインを待っていたレベッカだったが、案の定、遅れて出てきた彼はレベッカを一瞥し、ニールズ伯爵家の馬車へと乗り込んでしまった。そして、無情にも、レベッカを残し、馬車はゆっくりと門扉へと走り出したのだった。


「婚約者を置き去りにするような男のどこが心根の優しい紳士なのよ……」


 こんな茶番劇いつまで続ければいいのか。

 自分が望んだこととはいえ、己を殺し悪女を演じていれば、いつか心が死ぬ。


「もう限界……」


 レベッカの呟きは、虚しく宙へと響き消えた。

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